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牛耳る巨魁「シモヒラ ナミダ」

 つまりはこういうことだった。


 まずは琴美が持ち前の人脈を使って、両想いだが未だに交際に発展していない一年生を見つけだす。

 その片方、女子生徒に恋愛マスターの居場所を教え、相談を推奨する。


 この間に恐らく、もう一方の男子生徒に「〇〇が変な行動をとってくると思うが、恐らく君のことが好きが故の暴走である」というような保険を吹き込んでおく。


 そして音楽準備室に相談に来た女子生徒に何も知らない俺が崩壊狙いのアドバイスをする。


 その内容を踏まえ、琴美がアフターケアをする。恐らく、男子側に告白に導くような言動をするのだろう。もしかしたら、女子生徒のとる奇々怪々な行動の内容を先に流している可能性まである。


 そうして実際にアドバイスを遂行するときには、男子側も女子に接近する心構えができているという算段だ。

 大前提として、両想いの男女だ。上手くいくのが当たり前である。


 厳しい話になるが、片思いと発覚した時点で、俺の元に相談に寄こすことはしないのだろう。

 失敗のリスクがあるからである。


 要するに、全ては最初から仕組まれていて、失敗するはずのない結果の分かりきったデキレースだったわけだ。

 それを全く知らなかったのは、恐らく当事者を除けば俺だけだ。


 ふーん。

 なんだそれ。


 俺が憐れに踊り暗い助言をする様を、凛堂は内心ほくそ笑みながら『助手』などと言って傍にいたというわけか?


 それは、ちょっと違くないか。

 何もかも騙されたような気がするし、裏切られた気分である。


 凛堂の過去とそれからを俺は知っている。

 凛堂にとって『マスター』なる存在がどれほどの支えになっているかもだ。


 だが、それにしてもここまで用意周到に騙す必要がどこにある?

 格ゲーでわざと接待試合をされて勝っても何も嬉しくない。それと同じだ。いやちょっと違うか?

 そもそもが試合ですらなかった分、こっちのほうが悪質だ。


 凛堂はどうしてこんなことをする必要があった?


「氷花ちゃぁん?」


 俺の頭の中は凛堂に対する当てのない疑問と不信感が一杯で、今現在が受験前の大詰めで霜平の家で勉強を教わる日曜日だろうが、目の前に教科書とノートがあろうが関係ないくらいには気分が悪く何も考えられない。


「氷花ちゃん、さっきから先生の言ってること聞いてないでしょ」

「……聞いてますよ、んで、次は何の公式についてですか?」

「あのねぇ。今教えてるのは英語の文法なんだけどぉ」


 ――本当だった。道理で教科書が読めない筈だ。


 霜平はグイっと俺の顔を覗き、俺の目の奥を読み取るように見つめてきた。

 あまりの近さに少し心臓が元気になったが、次の霜平の言葉で心臓は逆に止まるかと思った。


「あらら。その顔はもしかして、氷花ちゃん全部知っちゃったって感じぃ? 恋愛マスターの仕組み」

「…………は?」


 いつもと変わらない笑みの霜平が、一瞬にして違う人間に見えてくる。

 お前今なんて言った?


「ショッキングなのは分かるけどぉ、勉強はちゃんと聞いてくれないとこまるよぉ。受からなくなっちゃうよぉ?」

「ちょっと待ってください。どういう意味ですか?」


 俺の言葉にしにくい抽象的な質問には、やけに具体的な言葉が返ってきた。


「えぇ? 氷花ちゃん、恋愛マスターへの相談に来る生徒たちが、凛ちゃんとピノコちゃんによる誘導と半自作自演だって知っちゃったんでしょう?」


 俺の中の不信感と疑問は、一気に憤りと確信に変わる。

 というか、顧問(おまえ)も知ってたのかよ。知らないピエロはやっぱり俺だけだったようだ。


 はぁそうですかい。やってられない。

 受験? 大学? それももう今となってはどうでも良くなってきている。


 何が「言葉には力がある」だよ。テキトウに言い包めやがって。言い包められたの俺だけど。

 今俺が真っ先にしたいことは、青い目の助手への詰問だ。


 俺が複雑な思いを込めて睨むと、霜平はやれやれと言わんばかりの顔で腕を組んでこう言った。


「本当、氷花ちゃんは可愛いねぇ。世話のかかる子だぁ。食べちゃいたいっ」


 食べれるもんならどうぞ。今の俺はたっぷりと毒素を孕んでるぞ。


 ◆ ◆ ◆


 小さい溜息を残してキッチンの方角に消えていった霜平が、缶コーヒーを二つ抱えてリビングに戻ってきた。

 片方は真っ黒の、もう片方は虹色の缶だった。


「さて、クイズです」

「なんですか藪から棒に」


 今にもテーブルを殴ってしまいそうな程苛立っている俺に、煽るような笑みを向けてくる霜平は俺に虹色の缶を突き出しながらこう言ってきた。


「氷花ちゃんは、凛ちゃんのことが好きなんだよねぇ?」

「……」


 缶コーヒーを受け取りながら、このタイミングでそんなことを言う悪魔のような霜平を俺は再度睨む。

 俺の視線など効果が無いと言わんばかりに霜平は鼻息を漏らしてから言葉を継いだ。


「じゃあ訊くねぇ? 氷花ちゃんはピノコちゃんに何をお願いしたの?」

「……何をって」


 俺が琴美にしたお願いは――凛堂からの依頼を一度無視して欲しい、だ。

 というか、なんでお前がそれを知ってるんだ?


「んでぇ、彩乃ちゃんにも何か頼んでたよねぇ? 何を頼んだのぉ?」


 俺が彩乃にした依頼――凛堂の行動を(つぶさ)に調べて欲しい、だったな。

 いやだから、なんでお前がそれを知ってるんだよ!


「ねえ、氷花ちゃん、それって何の為に? 何の為にピノコちゃんや彩乃ちゃんにお願いしたの?」

「なんでそんなこと知ってるんですか?」

「先生はなんでも知ってるんだぞぉ。えっへん」


 腰に手を当ててそのなかなかに巨大な胸を突き出す霜平。

 いやいや、答えになってない上に怖すぎる。


「それで? 何の為に? 答えてぇ?」

「何の為って――」


 ――凛堂を出し抜きたかった。

 そうすれば、俺は恋愛マスターなんて悲しい職業を降りることができる。

 そして――


「そうまでして、知りたいことがあったんだよねぇ?」

「……」


 コイツ、本当にどこまで分かってるんだ?

 心が読めるとしか思えない。


「氷花ちゃんの、曖昧な与式から最善手を見つけられる能力、先生本当にすごいと思うわぁ。でもでも、それって結局凛ちゃんがやってることとどう違うの?」

「……意味が分かりません」


 何一つ具体的な事を言わない霜平。

 しかし俺には言いたいことは突き刺さるように分かった。


「折角濁してあげてるのに、そういう態度をとるなら先生も手加減しないからねぇ。覚悟して答えてねぇ?」


 そして分からないとごまかしたツケは、羞恥になって返ってくることになる。

 

「氷花ちゃんは凛ちゃんが好きで好きでたまらなくて、でもでも凛ちゃんは氷花ちゃんのことをマスターとしてしか見ていない、氷花ちゃんはそう感じたのよねぇ? だから、周りの有能な人物を利用してでも凛ちゃんの本当の想いを、具体的には氷花ちゃんのことをどう思っているか知りたかったのよねぇ? マスターとしての氷花ちゃんじゃなくて、男としての氷花ちゃんをどうおもっているか」

「……」

「だからピノコちゃんや彩乃ちゃんを利用して、それを知ろうとしたのよねぇ。凛ちゃんに上手くばれないようにしながら」

「やめてください」

「そこまでして凛ちゃんが好きで一緒に居たくて、同じ大学の受験勉強まで死に物狂いになってたのに、ちょーっと自分の知らないことがあったからって怒るのって、それって氷花ちゃん何かおかしくなぁい?」


 具体的な言葉にされて、俺は恥ずかしさの余り腹筋に力が入っていく。


 霜平からはすっかり笑顔が消えていた。

 そのひんやりとした表情に、俺は首の後ろに冷や汗が垂れる。


「じゃあ一つ訊くけどねぇ」


 霜平は真っ黒い缶のプルタブを開け、一口飲んでから変わらぬ冷たい視線を俺にくれてこう言った。


「氷花ちゃんが凛ちゃんに隠れてコソコソ動いたのと、凛ちゃんが氷花ちゃんに内緒でいろいろと根回ししていたのと、何が違うのぉ?」

「何がって、そりゃ……」


 霜平が何もかもを知り過ぎていて恐ろしいことはともかく、まあ確かにその通りだ。


 俺は凛堂に『騙したな』と怒れるような真っ当な手段を取れる人間ではなかった。

 苦い感情をぼやかすために俺は虹色の缶を開け甘いコーヒーを飲んだ。


「それにさ、氷花ちゃん。内助の功って考えれば、凛ちゃん凄く優秀じゃない? 氷花ちゃんにもずっと気づかれないんだもん。いい奥さんになるぞっ」

「……でもやっぱり騙すようなことされていたのは納得いきませんよ」

「ぶぇー、氷花ちゃん自分のこと棚に上げすぎー。まあでもでも、それについては凛ちゃんのせいじゃないのよぉ」


 霜平は小さな缶を両手で火おこしのように回しながら今日一番の笑みでこう続けた。


「凛ちゃんにそうするように言ったの、私だもん」

「……は?」


 本当の諸悪の根源が分かった瞬間だった。


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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~・~・~・~・~・~


……うん、いったい霜平教諭は何者なんですかね。

冬根君が結局いいように『マスター』することになった本当の原因は、この顧問にあったようです。

ナ、ナンダッテー(棒)


次回、受験が開始とともに理由が分かります。何考えてるかわからない女の人コワイヨー

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