本当の仕組「レンアイマスター」
冬休みが終わった。
え、終わったのかよ! 早すぎない?
もっとほら、こう初詣イベントとか、正月とか、何かあってもいいでしょ?
残念ながらマジで何もなかった。ただただ霜平の指導の下、勉強に明け暮れる冬休みだった。
勉強が学生の本分だというなら、その箸休めたる長期休暇を勉強に費やしたということは、実質休んでいないということである。労基にかけこむぞチクショウ。
冬休み頭にあったあの申し訳程度のクリスマスパーティ以外は本当に勉強漬けで、覚悟をしていたとはいえつらく厳しい期間だった。
その甲斐もあって、俺は来月頭に控える大学入試には万全の心の準備で挑めそうである。
まあ心の準備だけはね。一気に詰め込み過ぎたせいかふとした拍子に公式が一つ零れ落ちていても不思議ではない。
そんな状態の俺が、始業式の日にたまたま遭遇したピノコこと琴美から教えられた衝撃の事実に、試験を受ける最大の理由すらも揺らいでしまうことになるのだった。
悲しくも逃れられない恋愛マスターに関することである。
崩壊狙いのアドバイスしかしていない俺が、何故かことごとく成功に繋がる本当の理由。
それは俺が想像したものよりも残酷で念入りな根回しがあったからなのだった。
俺はただ目隠しをされてまんまと誘導されていただけだった。
そこまでして俺に恋愛マスターでいて欲しかったんですかね?
それならそんな回りくどいやり方をしなくても、直接俺に頼んでくれれば良かったんじゃないですか?
どうなんですかね、凛堂さん。
……回りくどさなら右に出る者はいない俺が言えないけど。
◆ ◆ ◆
無事、貧血で倒れる生徒もいないまま校長の長話も終わり、始業式を終えた拓嶺高校の生徒たちは弛緩する空気とともにぞろぞろと体育館から出ていく。
そのだらっとした波に流されながら廊下を歩いていると、昇降口付近で立ち話をする珍しい組合せの人物を発見した。
その内の一人、背の小さなショートボブのピノコと目が合って、俺は自然にそこに向けて歩いて行った。
「へえ。お前ら、知り合いだったのか」
「よう。恋愛マスター」
俺に挑発的な笑みを向けながらそう言ったのは田中だった。
相変わらず筋肉質な腕を見せびらかすようにワイシャツを腕まくりしている。
「ば、お前その名前で呼ぶなって!」
「わりいわりい。わざとだ」
「お前な……」
「ふーくん、田中先輩と知り合いだったのか」
「ふーくん? ブッ!」
ガハハと笑いだす田中。思えば俺ってちゃんと名前で呼ばれないことが多いな。
「学校でふーくんは辞めてくれ、琴美」
「ふむ。では学校ではふーくん先輩と呼ぶことにしよう」
「敬称つけただけで何も変わってないんだけど」
「そんなことよりふーくん、何の用だ?」
「もうふーくんに戻ってるし!」
俺と琴美のやりとりに涙を流して爆笑を続ける田中。良いな、お前は幸せそうで。
琴美はぞろぞろと階段で自教室に戻っていく生徒を眺めながら、時折ニコリとその生徒らに向けて笑顔を飛ばしている。
そうか、琴美は生徒会副会長だった。いろいろと顔が広いんだろう。
「あー! 冬根のおかげで一ヶ月分は笑わせてもらったわ! そんじゃ火野、俺はいくぜ?」
「ああ。そのうちまた」
社交辞令のようなやりとりをした後、田中はだらしない歩調で人の波に合流していった。
俺はそれを見届けながら、
「琴美は、田中とどんな関係なんだ?」
「ふーくん、それは嫉妬か?」
「はい?」
「未来の嫁たる私の、周辺の男性関係が気になるのだろうかと」
「いやいやいや。最初から最後までちがうって」
気の抜けた顔のまま琴美は俺を見上げている。
……まあ、なんとなく気にはなるけども。
「まあいいが、それで結局ふーくんは私に何の用なのだ? 依頼でもあるのか?」
「いや、別に――」
何となく見知った顔が二つあったから近寄っただけではあったのだが、この機会に俺は知っておきたくなった。
それは琴美のことである。
彩乃曰く、人心掌握や心象操作に長ける『化け物』であり、凛堂の依頼で俺の残念アドバイスを元に相談者達を成功に導く影のネゴシエーター。
今まで何度も成し遂げてきたであろうその手段が知りたくなったのである。
「――そうだな。ちょっと教えて欲しいことがある」
普通、誰かが誰かを好きだという事実と、何かアクションを起こすという事実を事前に知っていたとしても、そこから交際に結び付ける術などない。
どのように唆したのか、根回しをしたのか、その『化け物』的手段を知りたくなったのだ。
「ふむ。教えるのは吝かではないが」
琴美は片眉と口角を上げて、俺に薄い笑みを向けながらこう言った。
「報酬は高いぞ?」
◆ ◆ ◆
というわけでその日の夜、琴美は俺の家に来ていた。
そして今俺が皿に装っているカレーは四杯目である。相変わらず食いすぎだろ。
「まあ、というわけで俺が知りたいのはそんなところだ」
チラチラ俺の顔を見ながらカレーを掻きこむようにして食べている琴美が、俺の言葉に不思議そうに眉をハの字にした。
同時に浴室から姉の歌声が聴こえてきて俺の眉もグニャリと歪む。来客中くらい静かにできんのかね。
琴美は咀嚼と嚥下を繰返し、やけに上品にグラスの水を飲み干してから強めに息を吐いた後、こう言った。
「んで、何だって?」
「いやだから!」
聞いてたんじゃないのかよ! カレーと一緒に俺の質問も飲み込んでるんじゃないよ。
「どうやって、相談者とターゲットが上手くいくように仕向けたんだ? 普通、無理だろそんなこと」
「何が、うぷっ……無理なのだ?」
「……今まで、相談者達は総じて交際に発展していた。それこそ人の心でも操らない限り、全ての相談を成功に導くなんてのは無理だろう」
まさか、本当に人の心を操れる、なんて言いださないよね?
そんな異能の力を持ってるとなると、この小説のジャンル変わってくるんですけど。
「んー。教えてもいいが、その前に」
「その前に?」
琴美は俺に催促するような手を向けてきた。
金ならないぞ? それともおかわりか?
「爪楊枝をくれ」
「……」
遠慮のないそのふてぶてしさは女子高生っぽくないよね。
もしかしてそれは男子の幻想? 今時の女子高生ってこんなもん? 男子校出身なもんで良く分からん。
爪楊枝を渡すと、琴美はシーシーしながら話し始めた。
「ふーくんのアドバイスが今まで全て成功してきたのは、ちゃんとしたカラクリがある」
「カラクリ」
「うむ。……そうだな。普通に教えても面白くないので、問題形式にしよう」
「えぇ」
冬休みの間、散々問題集と向き合ってきたのに、ここでも問題かよ。
まあ、俺の頭が切れることを証明するにはもってこいか? ……その前に頭の血管きれちゃいそうだけど。
「何個目のヒントで正解に辿り着けるだろうか。因みに早ければ早い程、ふーくんと私の結婚の時期が早まるぞ」
なんじゃそりゃ。ちなみに一つ目で答えたらいつ結婚ですか。明日ですか。
琴美は爪楊枝を咥えたまま、テーブルを挟んで対面の俺にキリッとした表情を向けてくる。
「ヒント①。私が生徒会に入った理由は、様々な人脈構築の為だ。事実、私は拓嶺高校の生徒の九割以上と面識がある」
「へ、へぇ」
鼻にかける様子もなくさらっと言い放つ琴美。
のっけから意味不明だ。全く分からん。
それ自体は純粋に凄いと思うが、それが恋愛マスターの成功とどう繋がる?
「シー……。んむ、ヒント②。ふーくんのアドバイスがどんなものであっても、実は関係ない」
「……」
いやでしょうね。だって酷いアドバイスしかしてないもの。
それすら上手く使って、琴美が色々と動かしているんじゃないのか?
それこそ、お得意の人心掌握とやらで。
「この辺で分かると、なかなか鋭いのだが。ふーくんは鈍いからな」
「俺ってそんなに鈍いか?」
「私のこの気持ちに気付いてないのだ、鈍いだろう」
「いや結婚せがんできて気付くも何もないだろ!」
「私はいつでも準備ができているというのに」
そう言って、琴美は自身の両胸を掴みながら上目遣いを向けてきた。
……お前の嘘くさい積極性には参るよ。てか何の準備だよ。
「次のヒントをくれ」
「……ふむ。ヒント③。拓嶺高校の一年生は、殆ど全員がふーくんが恋愛マスターということを知っている――」
「ああ、らしいな」
「――が、どこにいるか、どこが活動場所かを知っている生徒はほぼ居ない」
「え?」
どういうことだ?
怪訝な顔をしてしまっているだろう俺に、琴美は膨らんだ腹部を撫でながらこう続けた。
「そして放課後、音楽準備室に恋愛マスターのふーくんがいることを教えるのは、私の役目である」
「役目?」
今まで意を決したようにノックをして入ってきていた相談者達は、皆この琴美に教えられて音楽準備室を訪れていたということか。
ということは? どういうことだ?
「ヒント④。ふーくんのアドバイスごとに発生する凛堂からの依頼自体は、ただのアフターケアに過ぎない」
「アフターケア?」
「うむ。そういえば一度ふーくんからその依頼を無視しろと頼まれたことがあったな。なにやら古川彩乃が代わりに動き回っていたみたいだが、それもただのアフターケアでしかなかったということだ。古川彩乃自身はそれを良く分かっていないようだがな」
ぼやっとカラクリの輪郭が浮かんできた。
「つまり、俺がアドバイスをした時点……いや、その前から既に、結果が決まっている?」
「そうだな。ふーくん、もしかして分かったかい?」
おいおい、ってことは本格的に俺はお飾り以外の何者でもないということになるんだけど。
「俺のアドバイス後に発生する依頼とは別に、前提のような大きな契約が凛堂と琴美の間にあるってことか?」
「おお。本当に分かったみたいだな」
頭が重くなる感覚とともに、痺れるような恥ずかしさが湧き上がってくる。
そりゃ、全部上手くいくわな。当たり前だ。
「全部、デキレースだったってことかよ」
「ご明察」
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~・~・~・~・~・~
いやまあそうですね。
『多感な時期の男女』ってだけでは全相談が成就しているのは解せないですし、やはりどこかに何か絡繰りがあったのですね。
今更それを知る冬根君。無駄に裏切られたような気がしてぷりぷりしてしまいます。
次話は詳しい内容と、ぷりぷり冬根君です。(?)