月光の誘い「コースアウト」
悪魔の証明とまでは言わないが、俺が彩乃の唇を奪っていないと証明するのは難航した。
それもこれも、彩乃という悪魔みたいな奴が絶妙にややこしく言葉で掻き乱すからだった。
「唇を奪われた」「冬根さんから奪いに来た」「私には拒否する時間は無かった」、などと言ってくる始末。
全部嘘ではないですね。枕に『間接的に』をつけてくれればな。
どうにか必死に説明して凛堂はギリギリ納得したようだが、どうして必死に釈明しているほうが嘘っぽく聞こえるのだろうか。
もっと全てにおいて余裕を持った大人に、私はなりたい。そんな階段を上っている最中の、僕はまだ、シンデレラさ。 (?)
凛堂の持ってきたクリスマス料理はどれもこれも筆舌に尽くしがたかった。
……もちろん悪い意味で、である。
チキンは生焼けだし、サラダは見た目がコガネムシの光沢みたいな色になっているし、ケーキは一回床に落とした? ってくらいぺしゃんこだった。
凛堂の料理の腕は壊滅的と彩乃が以前教えてくれたことを思い出して苦笑いが滲み出てきたが、これもきっと凛堂が俺の為に準備してくれたのだと思い意を決して食べた。料理は腕前よりも想いや愛情って言うしね。
するとどうだろう。
予想通り、あまり美味しくなかった。
やっぱり料理は腕だ。凛堂さん、頼むからもう料理はしないでいただきたい。
もしも俺が凛堂と結婚したとしたら、料理は俺の担当にさせていただこう。
ってなに恥ずかしい妄想してるの俺。今すぐ生焼けの鶏肉で食中毒になって倒れたい。
……いや、それはマジで現実的で笑えないんだけども。
そんなわけで腹も良い塩梅に膨れ上がり、棗の寝顔を堪能するのも飽きてきたところで、霜平がリビングに戻ってきた。
昨日とは違うスリーエルサイズくらいのダボッとしたシャツ一枚で、襟元も緩く目のやり場に困る格好である。
穿いてるんだか穿いてないんだか分からないくらいの絶妙な丈で、俺の中の矮小な男心は古い吊り橋のようにぶんぶんと揺れている。これが吊り橋効果ですかね。違いますね。
「そろそろ凛ちゃんは帰ったほうがいいんじゃなぁい?」
霜平のいつものようなだらっとした声に、凛堂は無言で頷いた。
そうなのか、帰ってしまうのか。
「では、マスター。また……冬休み明けに」
「お、おう」
久々に会えたというのに僅かにしか時間を共有できていないことに名残惜しさを感じるくらいには、俺の青春は始まっていたらしい。
「氷花ちゃん、凛ちゃんを家まで送ってあげてぇ?」
「え?」
霜平は何か含みのありそうな言い方だった。
目の端のほうで彩乃がニヤッとしているのを俺は見逃さなかった。んのやろう。
「こんな時間にか弱い女の子を出歩かせたら、先生が怒られちゃうのよぅ。勉強は今日は終わりだし、そのまま氷花ちゃんも帰っちゃっていいから」
「はぁ」
お前もたまには誰かに怒られたほうがいいぞ、とも思ったが。
俺にとっては断る理由はない提案だった。
「って言ってるけど、凛堂、どうする?」
ここで凛堂に判断を委ねる辺りが俺の残念なところだよね。
凛堂は綺麗な碧眼を真っ直ぐ俺に向けて「マスターの指示なら従う」と言った。
俺は後頭部を撫でながら一度辺りを見渡して、もう一度凛堂に目線を戻す。
「それじゃ、送るよ」
俺の言葉に、凛堂は僅かに目尻が下がったように見えた。
「ありがとう」
◆ ◆ ◆
二人きりの沈黙のエレベーター内は、来たときよりも倍以上長く感じた。
開のボタンを押して「どうぞ」なんて言葉を吐いてしまうくらいにはいつもの距離感が分からなくなっている。普段らしさ、探してます。
春以来、あれだけ音楽準備室で凛堂と二人きり、沈黙の放課後を過ごし続けてきたというのに、いざこうして状況が違うだけで緊張感が倍増している。
それもこれも、変に意識を明確にさせてきたあの顧問のせいだ。
マンションの仰々しいエントランスを出ると、冷気が絶え間なく俺達を襲った。
俺は制服に酷似したピーコートを羽織っているが、凛堂は上下制服のみで、マフラーすらしていない。
「寒いな」
俺の呟きは独りごとになった。
すっかり金髪姿の馴染んだ凛堂は、時折通る自動車のヘッドライトに目を細めながら前だけを見て俺を先導するように歩いている。
並んで歩くのはこれで何回目だろうか。
しかしながら今までで一番心臓が高BPMなのは間違いなさそうだ。
何か気の利いたことでも口にしようと思考するが、結局何も浮かばない。
歩道を照らす街灯も、もどかしく何も言えない俺のことを嘲笑っているような気がして、ますます言葉に詰まる。
沈黙のまま歩き続けて数分が経った。
どうやら霜平の住む高級マンションから凛堂の家までは徒歩圏内の距離らしく、凛堂は「マスター、もうすぐ」と前を見たまま口にした。
声が震えていた。きっと寒いのだろう。
こういう時に手でも握って温めてあげたりできる男としての気概があれば――きっと仄暗い高校生活にはなってなかったと思うな。
俺が羨んだ青春ってのはどうやら相当なエネルギーが要るらしく、俺にはそもそもの燃料が最初から不足していた。
それなのに妬みや嫉みを空焚きして、挙句他人を崩壊に導こうとまでしていたのだ。
最近気づいたけど、俺拓嶺高校の中で一番悲しい存在かもしれない。ぐすん。
「ついた」
唐突に立ち止まり、くるっと振り返った凛堂が白い息とともにそう言った。
そこには霜平宅には劣るが立派と言って差し支えないマンションが建っていた。
「へぇ。結構良いところに住んでるんだね」
「そう?」
鼻を赤くして小首を傾げる凛堂が堪らなく愛しく見えるのは、きっと寒さのせいだよな。
「んー……」
このままさようならをしたら、なんとなくもう会えないような気がして、俺はスッパリと「じゃあな」が言えずに凛堂を見ていることしかできなかった。
そんな訳がないのにね。
凛堂も、俺が何か言うのを待っているのか、おさげを風に揺らしながら無言で俺をしっかと見つめている。
月光だけが俺達を優しく見守っている気がして、なんとなく俺は月を見上げた。満月になり損ねた、中途半端な楕円がぼんやりと浮かんでいた。
凛堂も俺に倣って空を見上げる。
恥ずかしながら、俺は凛堂のことがいつの間にか好きになっていたらしい。
明確に『いつ』というのは分からない。
ページを捲る音だけが鳴り響く静かで居心地の良い時間を過ごすうちに自然と……なのか、美しい弦の振動音に心が揺さぶられたからなのか、盲目に全信頼を中ててくる一途な姿勢にやられたのか……どれがきっかけなのかも分からない。
それでも、こんな俺が必死に勉強に縋りついたり、コミュ障を顧みずに人の心に入り込んだりしてしまうくらいには執心らしい。
らしくない、けれど俺は本来こういう奴なのかもしれない。
案外、自分のことは自分でも分からないみたいだ。
鼻から大きくゆっくり息を吐いてから視線を正面に戻すと、凛堂の三日月のヘアピンと目があった。
凛堂は何故か、浅く俯いていた。
「どうした? あ、寒いよね。送ったんならさっさと帰れってな。すまん」
俺は顔の前で右手で手刀を切り、笑顔を作った。
そのまま右掌を凛堂に向け、「それじゃ」と言い放って踵を返した。
その時、俺のピーコートは背後からの力で突っ張った。
凛堂が俺のコートの裾部分を摘まんでいたのだ。え?
「凛堂?」
「…………っていく?」
歩み出した左足をそのままに、俺は顔だけを凛堂に向ける。
「何だって?」
相変わらず俯いたまま俺のコートをちょいと摘まむ凛堂は、青い瞳だけを俺に向けてこう言った。
「私の部屋、上がっていく?」
「…………へ?」
一瞬で心拍数が上がり、呼吸が苦しくなった。
「いやいや、ほら親とか居るなら悪いからさ」
ギュッと、俺のコートを摘まむ凛堂の握力が強くなった。
「一人暮らし」
「……そ、そうなのか! そっかそっか、それじゃ問題ない……のか?」
さっきから両足が震えだしている。寒さのせいだな、きっと。
凛堂はいつものように小さく頷いてから、
「問題ない」
とギリギリ聞こえる声量で言った。
上目遣いの困ったような表情に、更に血圧が上がる。
え? もしかして本当に大人の階段上る感じ? 想い出がいっぱい?
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何それどういうこと。一人暮らしの女の子の家に上がるの?冬根君、見損なったぞ!(嫉)
何を意図してか、凛堂に誘われた冬根君。
一体どうなっちゃうの? ラブコメなの? 変な事したら許さないぞ!(誰だよ)
次回、何かが起こります。




