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情熱の赤「フルカワ アヤノ」

 月曜日になった。


 朝食を済ませた俺は、朝から自室で太くて赤い何かを握りしめていた。


 ……。

 いや、赤本のことだけども。


 聖応大学とデカデカと書いてある赤本をぶっきらぼうに鞄にしまってから、俺は家を出た。

 いつもよりもずっしりと気が重いのは、鞄の重量のせいだけではなさそうである。


 どんよりとした空も、突き刺すような風も、今は少しちょうどいい。

 荒んだ俺の心を上手く紛れ込ませてくれる地球に感謝である。


 ……いいじゃん、ちょっとくらいカッコつけたって。

 だってもう懸案事項というかいろいろあり過ぎて、今俺を針で突いたらきっと勢いよく破裂しちゃうと思う。そのくらい頭がパンパンだ。


 もしも青春がこんな感じの慌ただしさで、胸にズシンとくるような重さなのだとしたら、俺はちょっと御免(こうむ)りたい。

 青春したい! とか言いながら眼の色をレインボーにしていた自分を殴ってしまいたい。


 みたいな感じで後悔の念をお経のように脳内で唱えていても仕方がない。

 やれることから順番に、だ。


 先ずは……あの霜平とかいう教師の皮を被った利己的身侭野郎のお願い、から取り掛かるしかないよな。


 ――ピノコを助ける。

 また随分抽象的なお願いだこと。


 要するに棗や一ノ瀬の時のように、またしても俺は下僕である陽太を使ってでも情報を収集し、ピノコこと火野琴美が陥っている『何か』を把握して、救わなければならないらしい。


 はぁ。そういうのって普通、教師の領分じゃないのかよ。

 何の取り柄も魅力もないしょぼくれた空しい生徒一人に、何を期待しているんだか。


 こちとら、受験生ですぜ?

 対価が赤本一冊くらいじゃ割に合わないよな、全く。


 ああ、タイ焼きも奢ってくれたっけ。それでもギリギリ割に合わない。ギリギリかよ、タイ焼きのアド大きすぎだろ。タイ焼き好きなんだよね。知らんってば。


 とにかく、先ずはピノコの『夢』とやらを知らないと始まらないらしい。

 今回こそは優秀な下僕が動いてくれると思うので情報には困らなさそうだが、俺に手が負える仕事であることを祈るばかりである。


 何が仕事だよ。恋愛マスターとしての仕事ってか?


 もしかしてピノコさんの恋愛に関して上手くやれば全部丸く収まったりする?

 それなら、ほらこの前ピノコさん俺にプロポーズしてきましたよ? それを俺が承諾したら解決! みたいな話だったりしない?


 そんなわけないのは分かっている。言ってみただけ。


 でも、ストレートに言われるのって、心に響くし揺れるよね。

 ……はいはい、どうせ俺は婉曲的ヘタレですようだ。はぁ。


 ◆ ◆ ◆


 昼休み、俺は死んでも訪れなければならない場所に来ていた。

 彩乃のテリトリーという名の地獄、もとい放送室である。


 一応ノックはしたが一向に返事が返ってこないので、静電気をくらいながらノブを回してドアを押すと、ドアもそれに応えてくれた。


「おっす、彩乃……って、えっ!」


 俺は購買で買って持ってきた苺ジャムパンの袋をその場に落としてしまった。

 視線の先には、彩乃が居た。居たのだが……。


「な、ふ、冬根さっ……!」


 彩乃は下着の他に、ブラウスしか着ていなかった。

 手にはこれから履くのであろう紺色とモノトーン色の入り混じったギンガムチェック柄のスカートが握り締められている。


 ブラウスの裾が絶妙にショーツを隠して、見えそうで見えない感じの生脚彩乃は、珍しく動揺して顔を赤くしていた。


「ちょっと! あっち向いてくださいよ!」

「すす、すまん!」


 そうですよね、なに冷静に見て分析してんだよって感じですよね。

 というかどうして鍵もせずに堂々と着替えてるのよ。


「鍵は掛けたはずなんですが……不覚でした、もういいですよ」


 ドアと睨めっこを決めていた俺が振り返ると、いつも通りのふてぶてしい表情の彩乃がしっかりと制服を着て俺を見下ろしていた。


「前の授業が体育だったものですから、そのままここで着替えてました。まさか冬根さんがこんなに早くここに来るとは思いませんでしたので、油断してましたね」


 悔しそうに下唇を噛みながら、彩乃は腕を組んでいる。

 俺はまあ、いろいろと珍しいものが見れてちょっぴりラッキーな気分だ。


「それで何の用ですか、冬根さん」

「いやいや、お前がメッセージで呼びだしたんだろ」

「そうでしたっけ? 冬根さんともやりとりはできるだけ記憶から抹消しているので……」

「……」


 にゃろう。帰るぞマジで。


「ふふふ、その顔面白いですね。冗談です。とりあえず掛けてください」


 今度冗談言ったら、お前が今日上下真っ赤な下着なこと言いふらしてやるからな。


 ◆ ◆ ◆


「それでピノコさんはどうでした?」

「ああ」


 俺は苺ジャムパンを食べながら、一通りの事を話した。

 メイド喫茶の従業員である事、やはり凛堂の依頼で動いているであろうこと。


 そして、俺がピノコの本名を口にした時の事だ。


「火野琴美?」

「そうだけど、知ってるのか。ああそうか、彩乃は同学年だったよな」


 明らかに彩乃の顔は歪んでいった。


「あの化け物が……なるほどです」

「化け物?」


 琴美が? どちらかというと小さくて、可愛い印象だけども。

 いや、食欲は化け物級だな。


「それはいいことを聞きました。納得です」

「や、一人で納得してないでどういうことか教えてくれよ」

「ええ……」


 彩乃は桃のゼリーをパクリとしながら、俺に冷たい視線をくれた。

 いつもゼリー食べてるね。大好きなのね。


「……まあ教えてあげてもいいですけど」

「ありがとう。いやあ、彩乃さんは優しいなあ。」

「気持ち悪いのでそういうこと言わないでください」

「はい……」


 容赦ないよねこの人。

 俺が小さくなっていると、彩乃はスプーンで視力検査のように片目を隠してからこう言った。


「火野琴美は、この学校で唯一私が関わりたくない人間です」


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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~・~・~・~・~・~


なんとラッキースケベ……これじゃまるで主人公みたいですね。(主人公です)


有能な彩乃が化け物と呼び、唯一『関わりたくない』とまで言うピノコこと火野琴美さん。何者なのでしょう。

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