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調査結果「リンドウ ルナ」

 俺は今、様々な種類の天国と地獄を一緒くたに味わっていた。


 突き刺さるレモン色の声。眩しいパステルカラーの店内に永続的に流れているアニメ映像。随所に大量に設置されているフィギュアの数々。

 そして……カウンター越しに俺に話しかけてくる、パステルミント色の服装の女性。


「お名前は、なんて言うの?」

「あ、はい、冬根です……」

「そっかぁ。それじゃ、『ふーくん』って呼んでいい?」


 なんだよふーくんて。何等分の何嫁だよ。


「あ、はい。それで大丈夫です」


 流石、俺。

 NOと言えない日本人代表選抜メンバー補欠。補欠かよ。


「わかったよ! ふーくんは学生さんかな?」

「はい」

「んー、何か部活とかやってるの?」

「は、はあ、一応」

「お、何部何部ー?」


 興味があるような素振(そぶ)りで見つめて訊いてくる女性。胸には手書きで『えり』と書いてあるネームプレートを付けている。


「いや、それはちょっと……」


 チョコレート部です! なんて言えない。言ったら笑われるか怪訝な顔をされるに決まっている。

 俺のモジッとしてしまった返事に目の前のパステルミントはくすぐったそうな顔で更に聞いてくる。


「えー? 教えてよ! えり、気になるー」


 ……この状況は、俺にとって地獄以外のなにものでもなかった。

 どう見ても年上(二十代後半だろうか)の初対面の女性と、いきなり面と向かって上手く喋ることができるわけがない。

 目の前に置かれているジンジャーエールを飲む動作すらぎこちなくなってしまう。


 メイド喫茶『パステルズ・ヘブン』――俺が現在居る店の名前である。

 もしも俺が透明人間だったら、今のこの状況は天国だったかもしれない。


 お店の中には際どい短さのメイド服を着たメイドさんが数人。それぞれが違う色のパステルカラーのメイド服で、全員が驚く程スタイルがいい。

 この歳で眼福などという言葉もアレだが、男性なら少なからず目の保養になるだろう。俺はガッツリなっている。でへ。


 しかしながら現在主流のメイド喫茶は、催しや服装という外見的な楽しみに加え、メイドさんが友達のようにカジュアルに接客してくれる、というところが多い。

 特に、誰かと一緒にいたいという親和欲求が強い人なら、どんな人種へも(失礼)ちやりほやりとしてくれるメイド喫茶は極上の場所になるだろう。


 しかしながら、俺が地獄を感じている所以はそこにある。


 だって初対面の女性と、ましてや年上の女性とマジで何話せばいいかも分からないんだもん。女の子と会話なんて高等技術だもん。

 伊達に男子校に通っていた訳じゃないもん。(開き直り)


「チョ、チョコレート部です」

「えー? 何それー、絶対嘘だー! あはは」


 ……。

 本当だもん! トトロいたもん!

 誰か助けてぇ。俺にコミュ力くれぇ。


 というか、俺はこんなところに一人で来たわけではない。そんな勇気がある訳がない。(開き直り2)

 一緒に来たもう一人は、先程メイド長らしき人に連れられて従業員専用の場所に行ってしまったのだ。


 早く、戻ってきてくれ!


「ひょ、氷花くん。おまたせ、どうかな?」


 声の方を向くと、パステルブルーの際どい服を身に纏うショートカットのメイドさんが俺の傍に立っていた。

 俺の視線に俯き加減で、両手でスカートの丈を必死に伸ばしている。


 可愛すぎる。やだ無理。つらい。

 これこそが……メイドさんの究極完全態! いや完全究極態? どっちでもいいか。むしろどっちもだ。

 ……まあ、現れたコイツは男なんだけど。


「さくら、お前なんで着替えてるの」

「だって! 僕だって嫌だったけど、あのヒトが強引で!」


 棗が指差す方向には、したり顔で顎に手を当てて「うむうむ」とひたすら頷いているメイド長らしき人がいた。

 GJと言わざるを得ない。


「うう……恥ずかしいよぅ」


 恥ずかしがる(さま)も高得点。このメイド喫茶の看板娘として売っていこう。俺がプロデュースする。


 冗談はともかく、俺はパステルメイド服から伸びる棗の四肢を凝視して安堵の息を漏らした。

 そこには以前見たような様々な色の痣は見受けられなかったからだ。


「な、なんでじろじろ見てるの? 氷花くん」

「あー……滅茶苦茶似合ってるって思ってね」

「もう! 氷花くんのおバカ!」


 ああ、もうあと三回言ってくれませんかね。

 俺は棗のメイド姿を(さかな)にすっかり温くなったジンジャーエールを飲んだ。


「折角だから、ふーくんとさくらちゃんでチェキ撮ったら?」

「え、いいんですか」

「ちょっと氷花くん! なんで乗り気なの? 僕嫌だよ!」


 メイドのえりさんの気の利いた言葉で、俺と棗は本当にチェキを撮ることになるのだが、俺がここにいる目的はこんなことではなかった。

 もちろんメイドさんにちやほやしてもらいたいわけでも、親和欲求を満たしにきたわけでもない。


 会って話すべき人がここで働いているのである。

 それを教えてくれたのは、俺の臨時下僕だった。


 ◆ ◆ ◆


 時は遡って、彩乃に依頼した凛堂の調査の日の、その翌日の放課後の事である。


 いつも通り音楽準備室で読書に耽っていると、ノックが鳴った。


「どうぞ」


 こんな狭くて埃っぽいところに用のある人物と言えば――


「失礼します! 恋愛マスター様、ありがとうございました! おかげで横山君とお付き合いすることになりました!」


 ――そうだね、相談者しかいないね。


 ちらと横目に凛堂を見ると、凛堂はほんのり笑顔でうんうんと頷いていた。

 俺は苦笑を堪えて、


「どういたしまして。末永くお幸せに」

「ありがとうございます!」


 ビジネスマナー講座のお手本のようなお辞儀をして、相談者の一年女子は音楽準備室を出て行った。


 どうやら、またしても俺のちんけなアドバイスが相談者の恋愛成就に役立ったらしい。


 静寂の戻った音楽準備室で、俺と凛堂は再び読書を始めた。

 しかし俺の頭の中は違うことで一杯だった。


 つまり――昨日、凛堂は何かしら動いたはずだ。

 俺の意味不明なアドバイスを遂行した相談者一年に間接的か直接的か、何かしらの接触をしているはずである。

 でなければ、あんなアドバイスで成功するはずがない。


 そして、俺は彩乃に昨日一日の凛堂の調査を依頼している。


 くくく。がっはっはっは!

 見てろよ! 見てろ凛堂!

 お前の手の内を読んで、出し抜いてやるからな! がっはっはっは――


 ――。


「以上が、凛堂(るな)の行動の全てです。これで満足ですか?」

「嘘ー? 嘘だぁ。またまた」


 翌日昼休み、放送室にて彩乃が俺に報告してきた凛堂の行動には、どれ一つとして怪しい行動はなかった。

 俺の恋愛マスターとしてのアドバイスを成功に導く為に動く――のような行動は皆無だった。

 というか寧ろ、拓嶺高校の生徒とほとんど関わっていなかった。


「私がここで嘘を吐いて何になるんですか」

「いや、そうだけどさ……もう一回最初から最後まで報告してくれる?」

「えー……面倒くさいなぁ」


 彩乃は氷点下の視線で俺を睨んでから、口を開く。


「起床は六時半ちょうど。三十分ほどベッドの上でぼうっとしてから、牛乳一杯を飲んで家を出てます。電車に乗って、拓嶺高校についたのは七時四十分です」

「凛堂の家ってどの辺なの?」

「うわ……冬根さん、ちょっとそれはマジでストーカーっぽいですよ。ドン引きです」


 ちょっと気になって訊いただけで、この扱いである。

 もう俺の心はボキボキに折れて蛇腹状だ。誰か癒して伸してくれぇ。


「それに『行動の調査』から脱線するので教えません」

「……わかったよ」

「続けます。学校到着後は職員室で担任教師と数分会話後、すぐに保健室に行っています。それからお昼休みまでは、養護の凛堂陽太様から大学用の授業を受けていました」


 なんだよ、陽太に様つけやがって。俺にもつけろよ、年上だぞ。

 しかしながら凛堂の奴、本当に大学の勉強を受けていたんだな。


「昼休みからは使用禁止の教室……正確には一ノ瀬沙織専用の音楽室に行っていました。完全防音の為会話や音楽までは解りかねますが、どうやらそこで一ノ瀬沙織と共にアンサンブルをしていたみたいです」


 凛堂があの世界的ピアニスト一ノ瀬陽子の娘、一ノ瀬沙織と繋がっていたのも知らない情報だった。

 以前凛堂がG線上のアリアの解説の際に「本当はピアノ伴奏があるともっといい」と言っていたのを思い出す。


 たしか前に一ノ瀬の恋路をどうにかしてやった時、音楽準備室で鉢合わせた凛堂と一ノ瀬はお互いに知らなかったはずだが、いつの間にやら一緒に練習をする仲になっていたらしい。

 

 凛堂は音大である聖応大学に行くらしいし、あれから俺の知らないところで一ノ瀬とも親交があったのかもしれない。

 一ノ瀬もピアノ専攻で聖応大学に行くのだろうか。


「冬根さん、続けても?」

「ああ、すまん」

「その後、それを十五時頃まで続けた後、音楽準備室に移っています。そこで少々バイオリンを弾き、それからはずっと読書を。途中から冬根さんも合流していましたね」

「放課後、どこかに立ち寄ったりしてなかったか? 例えば一年の教室とか」

「してません。一ノ瀬沙織専用音楽室からは真っ直ぐ音楽準備室に行ってます」


 そんな馬鹿な? それじゃどうやってあの相談者を成功に導いたっていうんだ。


「その後、完全下校時刻になると帰路に就いて――」


 その後の凛堂の行動は聞く意味がなかった。

 何故なら、放課後には相談者は『横山君のコートを着て帰る』という俺のアドバイスを既に遂行しているはずだからだ。


 一応聞いてはみたが、凛堂の行動に際だっておかしい部分はなかった。ただ普通にコンビニによって、帰宅してから食事を取り、バイオリンを演奏して入浴して二十三時には就寝していた。


「以上が、凛堂(るな)の行動の全てです」

「嘘だぁ。嘘だ……」


 ――痛い!!

 俺の解せない態度に苛立ったのか、彩乃はデコピンをしてきた。星が見えたぞ……。


「だから嘘を吐く理由がないんですよ、私には。冬根さんの言う通りに動いたんですから、労いの言葉の一つくらい言ってくれませんかね」

「あ、ああごめん。ありがとうな」


 動いてくれたのは素直にありがたい。しかしながら俺の目的の情報が得られなかった事実にショックが大きい。

 それじゃあ、どうして俺のアドバイスはことごとく成功しているんだ?

 凛堂、お前が動いているんじゃなかったのか?


「はぁ」


 彩乃は考え込んでいる俺の顔を覗いてから、激しい溜息をついた。

 さらに機材の置いてある机に肘をついて、心底怠そうな体勢になった。


「やっぱり、冬根さんは無能ですね。甘ちゃんです。甘々です」

「……どういうこと?」


 彩乃は眼だけを俺に向けながら、気怠そうにぶつぶつと言い出した。


「まず。冬根さんの目的は分かっています。分かりやすいですからね。でも、やり方が下手ッピです」


 下手ッピときたか。ワードチョイスが子供に対するそれだ。主に罵声だけど。

 俺が黙っていると、彩乃は再度激しい溜息をついてから、目を閉じて言葉を継いだ。


「まず。冬根さんがアドバイスをした相談者に、何が起こっているのか、どうして成功するのかを知りたかったのなら、調査対象はその相談者にするべきでしたね」


 初っ端からド直球だった。彩乃には俺の目的が本当に分かっているらしい。

 でも、それだと凛堂の行動が(つぶさ)にわからない――。


「凛堂(るな)が少なからず何かしら動いていると確信して、凛堂(るな)に目を付けること自体は別に大きな間違いではありません。でも、ではどうして相談者のアドバイス実行日である一昨日の一日にしたんですか?」

「だって彩乃、お前が一日だけじゃないと嫌だって言ったんじゃないか」

「……やっぱり冬根さんは無能ですねえ」


 彩乃は遂に机に顔をつけだした。最上級に怠そうなポーズだった。


「私が言ったのは『二十四時間以上は嫌だ』です。別に日を跨いではいけないとは言ってませんよ?」

「……」

「それに、どうしてもう一つの可能性を加味しないんですか」

「もう一つの可能性……」


 もうこれは説教だった。

 有能な彩乃から、無能な俺への、反省会というの名のお叱りだった。

 マジで有能なだけに、俺は何も反論できなかった。


「仮に、凛堂(るな)があなたのキモイアドバイスを聞いて、成功するように動いていたとしましょう」

「キモイって言うなよ」

「では、放課後あなたとずっと一緒の凛堂(るな)が、実際に動けると思いますか?」

「それは……」


 まさにその通りである。ぐう。

 俺が音楽準備室を訪れた際に、凛堂が居なかったことはほぼ無い。


「冬根さんがしているような事を、凛堂さんもする可能性があると予測できなかった時点で、冬根さんの負けです」

「俺がしていることってなんだよ」

「本当に分からないんですか? だとしたら話す価値もないので帰ってください」

「酷い!」


 いや、なんとなく分かってはいるさ。

 こうして、俺が彩乃に調査を頼んだように……。


「凛堂も誰かを使ったってことか」

「……そういうことですね」


 分かったところで時すでに遅し。

 俺はここぞというところで使うべき彩乃というジョーカーを、無駄にしてしまった。


 これで凛堂を出し抜く為の情報を得る絶好の機会を失ってしまったのだ。

 あとは、もう奇跡を信じて俺自身が調べるしか――


「――はあああああぁ」


 地面にめり込んでマントルにも届きそうな溜息を彩乃がついた。

 さっきからコイツ、溜息しかついてないな。俺のせいだけど。


「本当に本当に、しょうがないのでヒントを教えてあげます。本当、これが最後ですからね」

「マジか!」


 彩乃! お前、やっぱり実は良い奴だったんだな!

 死ぬほど有能で敵に回したくはないが、味方となればこれ以上に頼りになるものはない!


「仕方なく、です。特別サービスですからね」

「彩乃、なんだかんだ言いつつ、俺に良くしてくれるよな。実は俺の事結構好きなのか?」

「は?」


 俺のふざけ気味の言葉に彩乃はギリッと眉を吊り上げた。

 と次の瞬間、素早い動きで機械を操作し、気づけば大量のランプがつき、彩乃は何かのボタンを押した。

 光ったボタンに書かれていたのは――『一斉放送』だとっ!?


『全校生徒にご案内いたします。三年の冬根氷花さんの素性についてお知らせいたします。三年の――』


 彩乃はガチで全校放送を始めやがった! ちょっと待て!

 俺の正体を放送しようものなら、俺は不登校確定かつ誰も知らない遠い地への引っ越しリーチになってしまう!


「待て待て! 彩乃すまん! 冗談だから」


 というか俺のこの必死な謝罪も多分放送されてるよね。死にたい。


『三年の冬根氷花さんの――』

「なんで続けるの!? 謝ってるでしょ! ごめんなさいってば!」


 俺のあまりにも必死な謝罪が校内全土に響いたところで、彩乃はようやく放送を辞めてくれた。

 彩乃の操作で全ての機械のランプが消え、俺は気の抜けた風船のように床に転がった。


「これに懲りたら、ふざけたことを言わないでくださいね」

「…………スイマセンデシタ」


 俺が魂の抜けた状態で床に仰向けになっていると、彩乃が俺の頭の傍でしゃがんだ。

 どうして君はそうやって際どい格好をするかね。わざとなの? 見えちゃうよ?


「一回しか言わないですよ」

「……ヒント?」

「はい」


 彩乃は微妙にニヤついた顔で俺を見下ろしながら続けた。


「実は私の独断で、冬根さんの依頼前から凛堂(るな)を見張っていました。そして依頼された調査日の前日の夜に、気になる行動をしているのが判明しました」


 独断って何だよと思いながらも、俺は彩乃の有能さに改めて感心せざるを得なかった。


「前日夜、凛堂(るな)はとある人物に電話で連絡をしています。連絡の内容までは解りかねますが、相手なら判明しました」


 俺は上体を起こす。

 凛堂が連絡を取る相手?


「誰だ? 陽太か?」

「いいえ。陽太様は関わってません。『パステルズ・ヘブン』というお店に電話をしていました」


 いやなんでそれ分かるの。どうやってるのマジで。絶対犯罪犯してるでしょ?


「何それ、何の店? 怪しい名前だな」

「何の店かはご自分で。そのお店の『ピノコ』という人と数分会話をしていました。()()という単語も聞こえた気がします」

「ピノコ?」


 ア〇チョンブリケ?


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

ブックマークや評価を是非お願い致します!


評価は【★★★★★】ボタンをタップしますとできます。


~・~・~・~・~・~


彩乃の調査結果は、凛堂が直接動いていることを示しませんでした。

お情けで、冬根君は凛堂の駒?らしき人の存在を知りますが……


メイド喫茶にいるピノコさんとは、果たして……。

勿論ですが、この物語は実在の人物とは(

や、ピノコさんは実在ではないですけどもね(笑)

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