ストラテジー「フルカワ アヤノ」
季節外れの夏日になった霜月の水端。
朝からソファで寝る姉のけたたましいいびきをBGMに朝食であるトーストを胃に入れて、いつもよりも三十分以上早く家を出た。
金曜日の本日、普段ならなんとなく腹の底で小さく気合いを入れて、今日を乗り切れば青と赤の素敵な二日間が待っている――などと思っているところなのだが、今日の俺はそんな訳にはいかなかった。
余暇や受験勉強の時間を費やして、俺は今日の為に準備をしてきたからである。適度な緊張感と炊き立ての気合に顔付きまでいつもより凛々しくなっている気がする。
まあ、ふと電車の窓に映り込んだ自分の間抜け面を見てそれが気のせいだと気付いたし、そもそも受験勉強の時間なんて元々ほぼ存在していなかったんだけどな。俺マジでヤバイかも。高校四年生にはなりたくない。
そんな自身の将来設計よりも、今は目の前のことで精一杯だった。
不器用だと思いつつも、こんな俺は俺で、俺は好きだった。ナルシストって訳ではないぞ。
学校について真っ先に向かったのは下僕の住処、保健室だった。
机に向かって何かの書類を作成している陽太に、俺は一つお願いをした。
「かしこまりました」
いやに色っぽい陽太の声を聞き届けてから、俺は屋上に向かった。
柵がやたらと低いからか普段施錠されて解放されていない屋上に侵入できたのも、陽太のおかげだった。
昨日の夜のうちに陽太に鍵を開けておくように頼んだのだ。
吹きさらしのアスファルトしかない屋上で浅い日光を浴びていると、
「ふわぁ。冬根さん、何ですかこんなところに呼び出して」
俺の到着から二分もせずに彩乃が欠伸をしながら現れた。
……陽太さん、マジで仕事早すぎる。
「おはよう」
「おはようございます。いつもながら冴えない顔してますね」
「ほっとけ。受験勉強で疲れてるんだよ」
「ふーん」
笑み五パーセントの表情でとぼとぼと近づいてくる彩乃。
時折吹く風に揺れる髪を押さえながら、俺と一間程の距離で止まり、
「元々たいしてしてないくせに」
やっぱりばれましたか。さすがの慧眼をお持ちで。
「……ほっとけ」
精一杯の負け惜しみワードだけ口にしておいた。
◆ ◆ ◆
俺に呼びだされた理由が彩乃には薄々分かっていたのだろう。
俺と彩乃はしばらく無言だった。
風の声とたまに聞こえるエンジンの唸りを環境音に、五分は日光浴をしただろうか。
そろそろいいだろう。開戦といこう。
「彩乃の相談にアドバイスをする前に、ちょっとした確認がしたい」
「破廉恥なことでないならいいですよ」
「確認って言ってるでしょ!」
なんで破廉恥前提なんだよ。俺はいたって紳士だぞ。
だってあの生徒会長に許可されても……とそんな場合ではなかった。
「まず最初に。俺に相談を持ちかけてきたのは、彩乃の意志で間違いないんだな?」
「……どういう意味ですか?」
彩乃は有能で賢い人間だ。
俺が明確に言葉にしなくても、伝わるはずだ。
「俺の交渉自体がきっかけになったのはそうなんだろう。でもだ。去ろうとする俺を呼び止めてまで提案してきたのは彩乃だよな?」
「…………」
「そこには彩乃の意志……というよりは願望があるからだ。ここまでは合っているはずだ。そして願望を俺に託すということは、現状に納得がいっていないか、もしくは――」
「納得がいってないなんて誰が言いましたか」
彩乃が凍てつきそうな鋭利な視線を向けてきた。
怯みそうになるのを奥歯の圧で必死に耐え、俺は言葉を続けた。
「もしくは、どうしても打ち明けたいことがある。知ってほしいことがある。我慢するのが辛い。ということでいいんだよな?」
「……何のことですかね」
「彩乃、頼む。今回俺は本気だ。俺なりに真剣に考えた。それでも多分、彩乃の想いの一割も理解できていないのかもしれない。それでも、ここで彩乃がはぐらかさないで答えてくれるなら、もう少しでも気持ちを理解できるかもしれない。絶対的な自信はないし、上手くいく保証はない。だけどな」
俺は眉をひそめる彩乃から目を逸らさずに、一つ呼吸を整えてから、
「今は、心から彩乃の恋愛を応援したいと思っている。恋愛マスターとして、初めてな」
小恥ずかしいセリフを口にした。
しかしながらどうだ? 恥ずかしくとも何ともない。寧ろ真剣に訴えるような気持ちでいっぱいだった。
「そうですか」
訝しげな顔だった彩乃がゆっくりと表情を変え、悲痛な曇りを帯びたものになった。
初めて見る顔だ。
「やりますね、冬根さん。ということは、私の好きな人が分かったんですね」
「まあ、同じような境遇の人に聞いただけなんだけどな」
「同じような…………ああ、あの会長さんですね」
ご明察、そしてこれは確証を得られる発言だった。
「それを分かってもらえて、応援してくれただけでも、私としてはちょっと満足です。冬根さんは、思ったほどの無能ではないですね」
きっと、彩乃は最初から俺にどこか期待してたんだろうな。
無能と言い焚きつけ、挑発的態度で罵り、それでも最後には願いを託してくれた。
「もう一度訊くぞ? 彩乃が俺にした相談は、彩乃の意志。俺はそれに対して俺にできるアドバイスをする。そして――」
マジで、恋愛って何なのでしょう。
安易に恋愛マスターとか名乗るやつは、きっとどうしようもなく無知で胡乱なバイアスのかかった奴が殆どだろう。誰だよ最初に恋愛マスターなんて言葉口にしたの。俺か。
「俺のアドバイスは、現状維持のものではない。リスクが伴う可能性がある。それでも、いいか?」
俺の言葉に、彩乃は真剣な顔付きに変わる。
「……ということは、やっぱり私が」
「うん。奇を衒うアドバイスにはならないよ。俺は状況を準備するだけ。後は、彩乃自身が進むしかない。それが、俺のアドバイスだ」
選択肢はいくつかある。そして今の俺ではどれが正解かは分からない。
ただ、俺はアイツがどういう奴か多少なりとも分かっている。
俺のアドバイスで、崩壊するような、きっとそんな人間じゃない。
「ずっと、言いたかったんだろ?」
「……」
「こんな俺に頼るくらいだもんな。打ち明けないで秘めておくのも一つの答えだとは思う。でも、もし俺が彩乃なら……きっと伝えるだろうな」
俺はシニカルな笑顔を作ってから、
「俺、後先考えない馬鹿だし」
俺の言葉に、彩乃は表情を変えないまま片目から涙を零した。
「怖いです」
「……だよな。想像でしかないけど、きっと俺でも怖いと思う。でもさ」
彩乃の相談はこうだ。
――相談者を幸せな結末に導くこと。
最初から交際が条件ではなかった。
それなら……アイツならきっと大丈夫だ。
「彩乃が好きな、アイツを信じようぜ?」
俺がそう言うと、彩乃は無言でひとつ首肯をしてから、
「分かりました。私もなってみます。……後先考えない馬鹿に」
もう片方の目からも雫を流した。
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アドバイスは、シンプルなものでした。
どうして彩乃は想いを伝えるのが怖いのか。泣く程怖いのか。
多くは語りません。
全ては次回『実行結果』にて!




