祈りへのモノローグと迂遠な確認
俺は結局、何かを与えられないと道筋を立てられない粗末な人間だった。
情報がなければ閃けないし、誘導がなければ動けない。
最初から、危険を顧みない自発的な行動ができる人間などではない。
だからこそ、この年齢まで恋愛経験がゼロなのだ。
今にして漸くわかったことで、ひどく納得のいくことだった。
嫉妬に興じて暴論をかましているのも、お門違い甚だしい。今考えてみれば情けなくて仕方がない。
なるべくして寂しい人間になっていただけなのだ。
凛堂が助手になって、棗と友人になって、四ノ宮に慕われて、霜平に頼られて。
この数か月で、俺は若干変化したように思う。
妬みや嫉みを押し殺して他人の為に動くことができたり、他人を救えたりもした。
しかしながらそれは全て、俺の本心からの行動ではなかった。
情報を与えられ、きっかけをもらい、状況を準備されて初めて俺は半ば強制的に動けていたに過ぎない。
そして――。
俺は今回、初めて自分の思いで動いている。
それこそ始点は彩乃が誘導をしてくれたように思うが、実質これから彩乃にしようと思っているアドバイス自体は、俺自身が考えつくした、俺の想いを入り混ぜたものなのだ。
その為に俺は普段読まない小説や漫画を読み漁ったり、当事者の意見を聞いたり、とにかくできる限りのことはしたつもりだった。
――冬根さんには無理だとは思いますけどね。
そうかもしれないな。だって、どうあっても俺は彩乃ではないから。
答えがどこなのか分からない。何が正解なのかも全く分からない。
それでも俺は、真の意味で初めて恋愛マスターとして動く決意ができた。
初めて、心から誰かの恋愛を幸せに導こうと思った。
恋愛ってマジで何だろうね。
文献を読み漁っては『恋愛』の真意が遠退いていき、近づいては砕け散る。
俺が嫉妬に狂っているのはきっと、俺が本質から目を背けているからだ。
誰かが誰かを好きになることは、すべからく尊く素敵なものだというのに。
そしてもう一つ言えることがあるとするなら。
この世に恋愛マスターなんてきっと存在しない。
◆ ◆ ◆
神無月最終日。
換気の為に開けている窓から冷たい風が入り込む廊下を通り抜け、音楽準備室に辿り着いた放課後。
直で触るのも億劫なほど冷たいノブを回して扉を開けると、やはりと言うか凛堂は定位置で読書をしていた。
「おっす、凛堂」
俺の挨拶には、凛堂の微弱な頷きが返ってくる。
既に百回近く繰り返したやりとりを心地よく思いながらも、内心穏やかではなかった。
定位置に座り、今となっては棗が座ることがほぼ無いパイプ椅子に鞄を置く。
小説を取り出して栞のページを開いてから、活字を見つめたまま俺は口を開いた。
「なあ凛堂。もし、さ」
明日、俺は彩乃にコンタクトを取るつもりだ。
準備は整った。後はちょっとした、最終的な細かい確認だけだ。
「もし俺が、誰かと付き合ったらどう思う?」
俺の問いに凛堂は返事をせず、代わりに手に持っていた本を床に落とした。
こちらを見た凛堂は、いつもより二割増しで眼球が良く見えるほど大きくなっている。
「誰かと付き合うの?」
「いや、例えばの話な」
「……そう」
凛堂は床に落ちた本を拾い、優しく埃を払いながら俺から目を離さずに、
「マスターがそれで幸せなら、良いことだと思う」
と言った。
この言葉で、俺は最終チェックを終えることができた。
あとは、明日、彩乃と対峙することにしよう。
当初は自分の為であり、今となっては彩乃の為でもある、『恋愛マスターの証明』をするために。
「それじゃさ」
俺は今現在の特殊な感情を抱く勢いのままに、凛堂に切りだしてみることにした。
「俺と付き合ってくれって言ったら、凛堂はどうする?」
一瞬、目を真ん丸にした凛堂。綺麗な碧眼に夕日が反射している。
ゆっくりと本を閉じてから、凛堂は小さな声でこう言った。
「マスターの望みなら、付き合う」
まあ、そうだよなー。
そうですよねぇ。俺、あなたのマスターですもんねぇ。
最初から、この返答であることは分かっていたし、夕日の反射のせいかもしれないが頬を若干赤くしながらそう言ってもらえるだけで俺はもしかしたら妬ましい存在の仲間入りを果たせているのかもしれない。
しかしながら、こうじゃない。これじゃない。
俺が欲しい返事はそうじゃない。
このままだと正しい青春とは到底呼べない。
「そっか。良い助手を持てて、俺は幸せだよ」
「……そう」
複雑そうにむず痒い顔をする凛堂をチラと見てから、俺は思考する。
何が正しい青春だよ、贅沢言ってんじゃねえよ俺。
とはいえやはり俺が望んでいる青春をするには、恋愛マスターを辞める必要がありそうだ。
その為にも、絶対に彩乃の相談を……。
「マスター、頑張ってね」
「え?」
唐突な応援に俺は首を痛めた。力いっぱい右向くんじゃなかった。
痛みに耐えながら見た凛堂の顔には、優しさ満点の笑みが彩られていた。
「私はマスターを応援している」
見透かしたような、分かっているような、曖昧な言葉。
差し込む夕日が凛堂の三日月のヘアピンに反射して俺の右目を突き刺した。
「ああ。ありがとう。頑張るよ」
眩んだ片目を閉じながら、俺はサムズアップを決めた。
なんてことはない、何ならちょっと無愛想気味な応援でここまで心が燃えるのは、もうきっとそういう事だよな?
妬ましい奴らがみんなこんな気持ちだったのだとするなら、目の敵のように恨みに燃えていた自分がちょっと恥ずかしい。
……いや、妬ましいことに変わりはないけども。
もうちょっと俺にも早く訪れてくれよ、青春。もうすぐ三年の冬だぞ。
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なんか冬根くんのくせにちょっとカッコつけててムカつきますね。
そして凛堂は安定してマスターに忠信なのでした。
凛堂への確認を糧に、ついに次回彩乃にアドバイスをします。
生意気な後輩への、本気のアドバイスとは……。




