同類「ニシウミ と フルカワ」
思い出すのには相当な時間を要した。
しかしながら、目の前の生徒会長から相談時期や容姿を聞いたことで、漸く俺は引きだしの奥底に埋もれていた記憶を発見した。
「ああ、あのロリきょn……じゃなくて背が小さくて、元気なあの子ですか」
俺と凛堂がタッグ(でいいのか?)を組んでから初めて相談を受けた一年女子。
西海姫科という名の、ショートカットパッツン前髪の巨乳の一年だ。
「思い出してくれた? そうそう、そのロリ巨乳! 私の妹なの。西海姫科」
折角言い直したのに剥き出しで言うなよ!
俺は脳内であの弛む胸部が再生されて、上がろうとする口角を必死に表情筋で押さえつけた。
「なるほど」
たしかに俺は西海姫科という一年にアドバイスはしたのだが……。
記憶が正しいなら、想い人である男子にビンタをしろという助言だった気がするぞ。
「姫科、すごい可愛かったでしょう? もう食べちゃいたいくらい。姫科、すごく嬉しそうに冬根君のこと話してきたんだよ。恋愛の神様がいるだのエロースだの」
「エロースはやめてください……」
「『お姉ちゃんも恋愛事で悩んだら冬根君に相談するといいよ!』って何回も言われたわ。風の噂だけど、他にも何人もアドバイスで成功に導いているんでしょ? 冬根君、実はすごいヤリ手なのね」
バカにしているのか感心しているのか判別しにくい笑みを向けてくる西海。
「いよっ! エロース!」
絶対馬鹿にしてる! その減らず口、弓矢でぶち抜いたろうか?
「とにかく、妹に良くしてくれた冬根君にずっとお礼が言いたかったの。それが良いほうの言いたいこと。ありがとうね」
「いえ、そんな俺は別に何も」
本当に何もしていない。というか寧ろ俺は例に漏れず崩壊を狙った助言しかしていない。
実質、成功するように動いてくれたのは恐らく凛堂だろう。お礼を言うならそっちだ。
「そうそう。お礼に、冬根君に何かしてあげなくちゃって思って、今日はここに来てもらったんだよ」
「お礼ですか」
「うん。何がいい? 何をしてほしい? 何でも言ってよ」
何でもって……本当に何でもいいんですか?
その妹にも負けず劣らずの胸部に、触りたいとか言っても良いんですかね?
「んー? どうしたの、ちょっと顔赤くして。あ、もしかして」
西海は生徒会長らしからぬほんのり妖艶な目付きをして、両手を自分の胸部に当てた。
「触りたい、とか?」
「ぃえ゛ッ?」
なんでわかったの? 心読めるの?
というかいいの? マジで良いの!?
この世に生まれて十八年少々、事故で触れてしまった姉の胸以外に接触できる機会を遂に俺は獲得したの?
これもせっせと恋愛マスターなる奴隷のような労働をしてきた努力に対するご褒美か?
「冬根君がそうしたいなら、別に私は構わないよ? 姫科よりはちょっと小さいけど、それでも結構すごいんだから」
俺の脳内で世界的オーケストラが第九を奏で始めた。
この生徒会長、なんて話の分かる人なんだ。いよっ! エロース!
「えーと」
思えば、俺は後悔していたじゃないか。
凛堂を助手にした際に、触ることを躊躇してしまったことを。
「えーと? ほら、何でも言ってよ」
「それじゃ――」
そうだ。俺は遂に男になるのだ。さようなら悲しい青春、こんにちは色欲の園。
◆ ◆ ◆
男などになれる訳がなかった。
……別にチキンとかヘタレとかそういうことじゃないし? 泣いてないし?
こんな絶好の機会を逃したのには、理由があった。
目の前の生徒会長である西海のなかなかに大きな膨らみを触ることよりも、もっと大切な使命が俺の頭の周りを渦巻いていたからだ。
「何でも、と言うなら、一つ尋ねてもいいですか」
「何? 私が答えられる事なら」
そう言って西海は足を組みかえた。いちいち際どいところが見え隠れして集中力を削いでくる。
首を振って煩悩を吹き飛ばしてから、俺は問う。
「古川彩乃を知っていますか?」
「うん、知っているよ。然愛とよく一緒に居る大きな子でしょ?」
然愛……四ノ宮の名前だよな。
「そうです」
「あの子、本当に大きいよね。身長もだけど、胸も……すごいのよね。あれはきっと肩こりとか大変だと思う。冬根君もそう思うよね?」
……知らねえよ!
ていうかいちいち胸のこと言わんでくれよ。おっさんかよ。
「ん、んんっ。(咳払いで誤魔化した)その彩乃のことなんですが」
「触るなら彩乃ちゃんの胸がいいの?」
「ちがいますよ!」
「じゃ姫科のがいいの? 妹のはあげないよ!」
「いらねえよ!!」
いや、要らなくはないけどとかそういうことじゃなくて!
頼むから胸から離れてくれぇ……。
そしてニヤニヤ俺の顔を覗かないでくれ。
「ごめんね、冬根君からかうの楽しくて。ふふふ」
「…………」
そう綺麗に微笑まれたら何も言えなくなる。美術品レベルの美しい笑顔だった。
「それで? 彩乃ちゃんがどうしたって?」
「彩乃の……好きな人とかって知ってたりします?」
目一杯真っ直ぐな俺の問いに、西海は澄ました顔になってこう答えた。
「知ってるよ」
「知ってるんですか!?」
ダメ元で訊いてみるもんだ。
まさか生徒会室で答えに行き当たるとは思わなかった。
しかしながらこれが俺の苦悩の始まりでもあった。
「知ってるし、教えてもいいけど……もしかして冬根君、恋愛マスターとして今度は彩乃ちゃんの恋路でも応援するつもりなの?」
「それは……まあ、そんな感じと言うかなんというか」
「ふーん」
西海は先程とは打って変わって、冷酷な印象を受ける表情になった。
俺は背中に冷や汗が垂れるのを感じる。
「冬根君には、ちょっと難しいと思うけどな」
◆ ◆ ◆
西海と彩乃は普段はそこまで深い関わりはないとのことだった。
月に一回、他校の生徒会と情報共有を兼ねた合同会議という名目の親睦会があるらしく、そこには生徒会メンバー以外にも生徒が参加することがあるらしい。
その親睦会に彩乃はほぼ参加をしているらしく、そこで西海と彩乃は時折話す間柄になったと教えてくれた。
そして月一度の親睦会で何度か彩乃を見ている内に、想い人が誰なのか分かったとの事だった。
「確証はないけど確信はしてる。だって彩乃ちゃん、私と同じ目をしてるんだもん」
「同じ目?」
「彩乃ちゃんは、私と同類。同じ穴のムジナってやつ? だから私も彩乃ちゃんの好きである人が分かるし、きっと彩乃ちゃんも私の好きな人が分かっていると思う」
ここまでで俺は、目の前の西海の言っていることがさっぱり分からなかった。
ループザループな思考の中、実は彩乃から相談を受けて動いていることを西海に話すと、西海は眉をハの字にして下唇を噛んだ。
「そっか。彩乃ちゃん……」
「……もし差支えなければ、教えて頂けませんか。彩乃が想う、その相手を」
俺の問いに、西海は大きく肩で深呼吸をしてから、
「彩乃ちゃんの好きな人は――」
一人の生徒の名前を口にした。
頭をもたげ疑懼を抱いてしまう名だったが、西海の表情はそれが冗談ではないことを証明していた。
そして、こう続けた。
「私に関しては、もう諦めている。諦めるしかないからね。でも、彩乃ちゃんはきっと諦められないんだと思う。だから冬根君に相談したんじゃないかな。恋愛マスターなら、なんとかしてくれるかもって。望みを持って、願いを託してくれたんじゃないかな」
ここまで来て、漸く西海の言う『同類』の意味が分かり、俺はしばらく声が出せなくなっていた。
俺の代わりに秋雨の様な表情の西海が言葉を継ぐ。
「きっと、彩乃ちゃんは苦しいと思う。私も同族だから気持ちは凄い分かるんだよ。何の疑いもなく住んでいた自分の世界が、ある日突然出口の用意されていない迷宮だったことに気付かされるんだから。だから冬根君、繊細で難しい相談だとは思うけど、彩乃ちゃんの力になってあげてね」
俺は両手の甲に突き刺すようなしびれが発生していた。
そしてあの日の、放送室での彩乃の言葉がフラッシュバックする。
――冬根さんには無理だとは思いますけどね。
ああ。確かに今回ばかりは、あまりにも難しい。
俺の常識も知識も通用しないし、情報があろうとも太刀打ちできるような相談じゃない。
だがな。
無理ではない。無理ではないはずだ。
彩乃が俺にした相談の内容は、きっとそういう意味だ。
その為の襠を作ってくれたのはきっと、彩乃が本来優しい女の子だからなのだ。
こんな俺に願いを託してくれたのだとしたら――。
俺にできる事は、どれが最善かを考えつくすことだ。
もう少しだけ時間をくれ、彩乃。
「教えてくれてありがとうございました、西海会長」
俺がそう言い終わると同時に昼休み終了の予鈴が鳴った。
「もういいの? 妹の恩人なんだから、もっといろいろしてあげてもいいのに」
「いえ、有益な情報を得られましたから、充分です」
「そう? 何なら最後に、触っとく?」
そう言ってにんまりとした顔に戻って西海は両手を再び胸部に当てた。
「勘弁してください」
俺が触らないと分かっていて言ってくるあたり、良い性格してる。
俺は顔が赤くなる前に立ち上がり、出口に向かった。
「ふふふ。意外と紳士なのね、冬根君」
西海も俺に倣って立ち上がり、俺と同時に生徒会室を出た。
生徒会室の鍵をブレザーの内ポケットから出して鍵を掛けながら、細めた目を俺に向けてこう言った。
「冬根君、触りたくなったらいつでも生徒会室においでね?」
……毎日通うぞ、この野郎。
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胸ニモ負ケズ、胸ニモ負ケズ、なんとか冬根君は彩乃の想い人が誰なのかを知りました。
いつものチープ気味なロジックの通用しない、苦悩に満ちていくことになる冬根君。ざまあないね!
次回、凛堂ちゃんにちょっと攻めた確認をしてから、本格的に彩乃の為に動き始めます。
果たして彩乃の想い人とは……? 引っ張ってすいません汗




