相談発生「フルカワ アヤノ」
さて、あの日から数日が経った。
あの日、というのはもちろん、あの忌々しきボス的存在である古川彩乃に協力を求め、あっさり拒否をされて、交渉に持ち込むと『それならば恋愛マスターであることを証明せよ』などという哀しみ極まりない条件を出されたあの日だ。
そしてもっと哀しいことに、証明に使う相談者が、よりにもよって彩乃本人なのだった。
もしかして、もう弄ばれてる?
その可能性は大いにあるが、放送室入り口付近にしゃがみこみ、膝に顔を埋めていた彩乃の表情がどうしてか曇っていたのが非常に気になる。
『私には好きな人が居ます。その人と幸せな関係になりたい。それが相談です』
あの日彩乃は放送室を出る際にそう言い、「アドバイス気長に待ってます」と付け足して立ち去ったのだった。
俺は数日間、授業中も食事中も入浴中も、いつでもその言葉が脳内を衛星のように回り続けていた。
彩乃の好きな人――そもそも俺は拓嶺高校の二年生のことなど殆ど知らない。
三年生ですら半分も分かってない俺に、一人の力で彩乃の好きな人の特定などできるとは思えない。
それに幸せな関係という注文も至極曖昧だ。恋愛経験ゼロの俺にどうしろって感じだ。
だがまあ、そうだな。
やるしかない、だろう。
彩乃からは一人の力でやれと言われたが、誰かに直接訊く分には良い筈だ。
となれば、真っ先に聞いておきたい人物が一人いる。
アイツがアドバイスの突破口になればいいのだが……。
それにしても、なんて回りくどいことやってるんだろうね、俺。
こんなことをしなくても、素直に凛堂に直接訊ければいいのにな。
ただ、現状何を訊いたとしても、凛堂からはマスターとしての俺への返事が来るだろう。
そしてそれはきっと「マスターの言うことなら何でも聞く」に基づいての返答だろう。
俺が知りたいのはそうじゃない。
冬根氷花の事を、凛堂がどう思っているのか知りたいのだ。理由は訊くなよ。
その為の超絶回りくどい方法が、後述の通りである。
①まず、凛堂の真の想いを知る為には、俺の持つ恋愛マスターとしての名を失墜させる必要がある。
②その為には、恐らく裏で根回しなりをして俺のアドバイスを成功に導いている凛堂を出し抜く必要がある。
③凛堂を出し抜く為には、対峙するにあたって有益な情報が必要である。
④有益な情報を得る為には有能な人物の協力が必要不可欠である。
⑤そして今現在俺の知り得る有能な人物が、動いてくれない陽太を除けば古川彩乃しかいない。
⑥古川彩乃の協力を得る為には、彩乃が条件として出してきた『恋愛マスターの証明』をしなければならない。
⑦その証明のために使う相談者が、彩乃本人だった。
⑧彩乃本人の相談を成功に導けば、彩乃は俺の為に動いてくれるらしい。
⑨有能である彩乃が調べてくれれば、凛堂に関する有益な情報を得られるだろう。
⑩情報を利用すれば、凛堂を出し抜けるかもしれない。
⑪出し抜く事ができれば、俺は恋愛マスターとしての地位を失うことができるかもしれない。
⑫そうすれば恋愛マスターでなくなった俺に対して、凛堂はどのような想いを以って対応をするのかを知ることができるかもしれない。
……。
いやいやいやいや、めんどくさ! まわりくど!
⑫とかビリヤードくらいでしか目にしないぞ……頭が処理落ちしてブルースクリーン寸前でもう考えたくない。
俺がこれから成そうとしていることをすごく簡素に要約するとこうだ。
――恋愛マスターという名を失墜させるために、恋愛マスターであることを証明する。
矛盾甚だしいし何言ってるのって感じである。
でも、そうだな。
恋愛経験ゼロなのに、恋愛マスターとして君臨し続けていた俺に相応しい頓珍漢な命題だ。
◆ ◆ ◆
「彩乃の好きな人? さあ。知らないわ」
最速で突破口は土砂崩れで埋まったとさ。
「何か、アイツの周りに関する事でもいいんだ。仲のいい男とかさ」
「本当に知らないわよ。私と居ないときの彩乃を、あまり見た事がないし」
神無月中旬に差し掛かった日の放課後、俺は音楽準備室に行く前に生徒会室に寄っていた。
彩乃の相談へのアドバイスの突破口となる可能性の有る人物を訪ねて、だ。
しかしながらお目当ての貧乳ポニテからは芳しい情報は得られなかった。うーん、お手上げ。
「そうか……」
「んー? もしかして! もしかして!」
んだよその顔は。目に星を散らすな。
「冬根君、彩乃の事気になってるの!?」
まず『気になる』の定義を教えてもらおうか。
何をしてくるか分からない恐怖的存在として気にはなっているので、広い意味だとイエスである。
だが、四ノ宮の星の散った目を見るに、そういった意味の『気になる』ではなさそうだった。
「はぁ」
結果、否定する前に大きな溜め息が出てしまった。
俺の落胆顔には目もくれず、四ノ宮はメガネをくいと上げて言葉を継ぐ。
「冬根君、今のは恋の溜息かしら?」
「ちげーよ、バカ」
「バ、バカですって!?」
目の星々が一瞬で燃えだし、炎を宿した視線を俺に向ける四ノ宮。忙しい奴だ。
「時間取らせて悪かった。じゃあな」
「待ちなさい! 誰がバカよ! 撤回しなさい!」
俺が背を向けて去る最中も終始「バカって言うほうがバカ」だの「待て」だのピーピー四ノ宮の声が鳴っていた。
何でもかんでも色恋に結び付けて考える奴は、もうバカってことでいい。
……そうなるとまあ、俺もバカってことになるけどな。ちっ。
収穫を得られぬまま音楽準備室に辿り着いた俺は、既にいた凛堂の隣に座った。
ライトノベルを取りだして栞を摘みページを開いていると、凛堂が珍しく自分から口を開いた。
「マスター、何か隠してる?」
「え?」
待て待て待て待て。なぜ気付く。
凛堂は本から視線を離さずに、
「もしかして相談、受けた?」
待て待て待て待て、マテマティカ。
だからなぜ分かる? 俺もしかして制服に盗聴器とか仕込まれてる?
「いや? とくに何もないけど」
「…………そう」
再び沈黙。
それから完全下校時刻のチャイムが鳴るまで、再度の会話はなかった。
「マスター、また明日」
根元から四センチくらいは金髪になっている凛堂は、出際にチラッと顔だけ振り返り、綺麗な碧眼を見せてから音楽準備室を出て行った。
カチャンと音が鳴ってから、俺は深く溜息を出す。
これは非常にまずい。既に凛堂は俺の行動の何かしらを感じ始めているようだ。
凛堂に彩乃の相談がばれると、俺一人の力ではなくなりその時点でアウトだ。それにまたしても隠し事をしていると凛堂に責められるかもしれない。
うかうかしていられない。一刻も早く彩乃の相談に対するアドバイスを決めなければならない。
のだが……。
結局、数日経っても俺は彩乃の好きな人が誰なのか、知ることはできなかった。
いかに自分が無能であるか痛感させられて、自己嫌悪が肥大する一方だった。
それから更に数日経った神無月下旬のとある日の放課後、そんな役立たずな俺に奇跡の助言をくれたのは、これまた意外な人物だった。
そいつのおかげで俺は彩乃の想い人が誰なのかを知ることができたのだが。
色んな意味で、笑えない相手が彩乃の想い人だった。
どうやってアドバイスをしていいか分からないという意味である。
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彩乃が相談者側になるとは。
そして相手が誰なのかも冬根君は自分で調べなければならないようなのですが……。
次回、意外?な人物がその答えを教えてくれるようです。
彩乃の想い人は一体誰なのか。何故冬根君に相談をするのか。お楽しみに!