後日談と新たな理想
三年生にとっては受験勉強も大詰めの神無月に入った。
何故十月が神無月と呼ばれるのかは周知のとおりなので割愛するが、正直俺にとっては年中神無月だ。一月から十二月全て神無月に変えてほしいね。
なぜなら、俺がここ数年ずっと続けている祈りを、神様は全く聞いてくれないからだ。
――青春したい! 恋愛したい!
俺のこの悲痛な叫びを聞いてくれない神様なんて神様じゃない。ただの意地悪な人、だ。
別に流れ星に高速で三回祈ったわけでもないし、七夕の短冊に書いたわけでも神社でお賽銭を投げて祈ったわけでもないので、叶えてくれないこと自体はまあしょうがないとは思う。神様も忙しいでしょうしね。
でも何もしていない無装備な一男子高校生に、わざわざ真逆の立ち位置を与える必要はなくないですか?
まあそういう状況に陥ったのはどこかの碧眼助手のせいではあるんですが。
もしも俺の行いを見ていてくれる神様が存在するなら、どうか俺にも青春チャンスをください。
俺、結構いろんな人の為に動きましたよ。たくさんの迷える一年生を導いてきました。
え、大半は崩壊を企んだアドバイスだろって?
……いやだな、結果オーライって言葉があるじゃないですか。
それでもチャンスをくれないってんなら俺は神様なんか信じない。
何なら俺が黒いノートでも拾って神にでもなってやる。……いや俺なら絶対落ちてるノートとか拾わんけど。
とまあ捻くれるのもこの辺にして、そろそろちょっとした後日談でも話そうと思う。
分かってはいると思うが、俺にとって幸せな話は期待しないでいただきたい。してないか。
◆ ◆ ◆
まずは目下、皆気になる一ノ瀬の恋の行方だが、残念なことにしっかりとすべて上手くいったようだった。
何なら、やはりあいつも天才だった、と言わざるを得ない。
全日本学生音楽コンクール予選通過者の一覧にはしっかりと一ノ瀬沙織の文字が記載されていたし、ここ数日登校時に手を繋いで登校している一ノ瀬と襟足の長い男を見かける。
演奏を見に行った棗が言うには、「涙が自然と出てくるような、心をグッと掴んで揺さぶる演奏だった」らしい。
音楽の知識やセンスが無い俺がもし見ていたとしても、恐らく「上手だなあ」という小並感しか出てこなかっただろうな。
そして先日、選択の音楽の授業で俺がギターのチューニングをしている時に思い切り背中を叩いてきた田中が教えてくれたのだが、どうやら一ノ瀬は母親としっかりとコミュニケーションをとることができたらしい。
その結果、ますます対抗意識が芽生えたんだとか。なんだそれ。
でもそれは結果的には元来一ノ瀬が持ち合わせていたピアノへのひたむきな姿勢を呼び戻し、過去にないくらいピアノと真剣に向き合うことになったらしい。
嬉しそうな笑顔で語る田中を見て、妬ましくも少しだけ嬉しくなったのは否めない。
でもいちいち背中を叩かないでほしい。痛いんだよ。
というわけで、どうやらこれで俺は恋愛マスターとしての役目もしっかりと果たしてしまったようだった。
どこかの顧問に頼まれたことを素直に遂行してしまった感が否めず、なんとも釈然としない。
まあ結果的に棗が心底嬉しそうだったから、良しとしようか。
その棗だが、少し前の九月末ごろから音楽準備室に来る頻度は激減した。
理由はバドミントン部による熱い勧誘である。
これも後から耳にした情報だが、棗のバドミントンの実力は相当なものだったらしい。
本来、運動部は高校三年生の夏には引退が相場なのだが、どうやら棗はその類稀なる実力を買われ、コーチとして指導をしてほしいと後輩部員たちに懇願されたようだった。
俺としては、その現バドミントン部員に言ってやりたい。
本当に指導が目的なのか、と。
どうせ棗が可愛いからって、目の保養だのなんだの、そんな理由なんだろ?(偏見)
……棗がコーチやるなら、俺も入ろうかな、バドミントン部。
さて。
棗がたまにしか顔を出さなくなってしまった神無月の初旬、放課後の今現在、音楽準備室に常駐するのはまたしても俺と凛堂の二人だけになった。
たまに顔を出しては、身体がきな粉ねじりみたいになってしまうような恥ずかしいセリフを言ってくる四ノ宮は相変わらず健在だが、それでも基本は二人きりである。
今まで言ってはいなかったが、一ノ瀬事件の前後にも時折相談者が現れる事もあった。
その殆どが一年生で、その度に俺は相変わらずの崩壊狙いのアドバイスをしてやるのだが、やっぱりどうしてか皆揃って数日経つとお礼を言いに再び現れるのだった。
ここまで上手くいくと、凛堂の言っていたオカルト発言も信じちゃえるよね。
俺の言葉に力がある。
……。
いやいや、そんなわけがない。
どこかの安心院さんじゃあるまいし、ましてや俺の言葉に特殊な音波が宿っているとも考えられない。
俺が放った残念なアドバイスが、他人の恋愛を良い方向に導いている事実など絶対に有り得ないのだ。
ではどうして崩壊狙いのひどいアドバイスをしているのに、ことごとく成功するのか。
ビンタさせようが、足を踏ませようが、食べ物を盗ませようが、烏の鳴きまねをさせようが、全てが上手くいく理由。
それは、ちょっと冷静になって考えればわかることだった。
直近で実際に俺も行動したから、実体験として言えることがある。
――縁を結ぶために誘導している奴がいる。
一ノ瀬と田中の時に俺がそうしたように、他の相談者のときにも同じように密かに誘導をした奴がいる。
そしてそれは勿論俺ではない。俺は崩壊を望んでいたしね。
では誰か。
消去法で考えれば、一人しかいない。
棗や四ノ宮とは出会う前から相談者は現れているし、霜平教諭が知らない相談も成就している。
もちろん、彩乃が俺を手助けするとも思えない。
相談者が居た時に、必ずと言っていい程近くにいた存在。
俺をマスターとして居座らせることになった発端であり、今でもマスターを続ける事を望む人物。
瞳の色が綺麗な青の、おさげで無口で無表情の、俺の右隣りの女の子。
凛堂 月。
どうやら、コイツが俺の雑アドバイスを利用してこそこそと行動を起こし成功へ導いているおかげで、リア充撲滅を望む俺は妬ましスパイラルに落ちているようだ。
目に見えた証拠はないが、恐らく間違いはない。
そしてそれに気付いた時、俺の中にある感情が芽生えた。
――凛堂を出し抜きたい。
直接表だって、「邪魔するなよ!」などとは言えない。
開けなかった目が開けられるようになる程、マスターという存在が凛堂の支えになっていることは言うまでもないし、そもそもで凛堂が動いているという目に見えた証拠はないからである。
でも凛堂の行動は、捻くれた俺にとっては嬉しいものではないのも確かである。
俺は、『恋愛マスター』などという失笑ものの存在に頼ってまで青春をもぎ取ろうとするリア充予備軍どもには、是非とも破滅の道を粛々と進んでほしいからである。
要するに嫉妬ですね。うわ、悲しい男。
はてさてそんな嫉妬大明神たる俺が、ここに来て『凛堂を出し抜きたい』と思ったのには、理由がある。
理由の一つはそのまま、俺の残念なアドバイスがリア充予備軍どもの崩壊に繋がればいいと思ったから。
そしてもう一つは、確かめたいことがあるから。
凛堂は是が非でも俺を『恋愛マスター』として存在させたいようだが、それではいざ俺のアドバイスが失敗に終わり、俺がマスターたる威厳も資格もなくした時に、凛堂が俺に対してどのような態度をとるのか。
……声を大にして言いたくはないが、要するにこういうことだ。
凛堂が、恋愛マスターではなく、『冬根氷花』の事をどう思っているのか。
まさか、直接訊くような勇気なんて俺にある訳がない。無いからこうして恋愛経験ゼロの悲しい高校生をやっているのだ。
では直接でないなら……間接的にそれを確認できる状況を作るしかない。
その為に『凛堂を出し抜きたい』のである。
その手段を、俺は持っている。
まさか、ここにきて凛堂と対決することになるとは思わなかったな。
しかも個人的な理由で、かつ表面上ではない目に見えない部分での対決だ。
……どうして凛堂が俺の事をどう思っているか知りたいのかって?
それはまあ、うん、アレだ。言いたくない。
◆ ◆ ◆
『申し訳ありませんが、月……凛堂さんに関する情報は私からマスターにお伝えすることはできません』
「え」
えええええええええ?
俺の唯一の手段なのにぃ?
凛堂を出し抜いてやろうと思い立った日の夜、俺は早速準備の為に下僕である陽太に電話をかけた。
もちろん凛堂に関する情報を得る為だ。
偉そうに『手段を持っている』とか言いながら、早速他力本願なのは悲しくてゴーヤでも丸かじりしたような顔になってしまうが、どうやら今回は下僕という最強の情報収集手段は使えないらしい。
そりゃそうよね、陽太は俺に従えているというよりは、従える凛堂のマスターだからって理由でいろいろと協力してくれてただけだもんね。
寧ろ危険を冒してまで無償でここまでいろいろと調べてくれたことに感謝で身体を折りたたまなければならないレベルだ。
『凛堂さん以外の件でしたら、いつでも力になりますので何なりとお申し付けください』
「……はい。夜分にすみませんでした」
通話終了のボタンを押すと、ずんと身体が重くなった。
それは、今まで如何に陽太に頼っていたかという事を知らされた重みだった。
きっと俺が単身で凛堂を出し抜くことはできない。
例えば、いつものような相談者が現れ、いつも通り崩壊狙いのアドバイスをしたとする。
しかしながら三年である俺がその相談者の行動の一部始終に携われる気がしないし、そもそも凛堂がどのような手口で誘導し、縁結びに導いているのかすら分からない。
分からないものに対抗する手段など思いつかない。
要するに俺が凛堂を出し抜く為には、決定的に情報が足りない。
その為の非常に優秀な陽太が封印されてしまった今、俺にできる事はほぼなくなってしまった。
そりゃ気が重くもなる。
俺は携帯をぶっきらぼうにベッドに放り投げ、部屋を出てキッチンに行った。
冷蔵庫の中からほんの少し残っていた牛乳を取ると、紙パックごと飲み干す。
空になった紙パックを濯ぎながら、ふと凛堂の横顔が頭に浮かんだ。
そうだ。俺には時間がないのだ。
俺が拓嶺高校に通えるのも後五ヶ月弱。受験のなんやかんやを加味すれば四ヶ月くらいか。
卒業を迎えてしまったら、俺が音楽準備室に行くことはなくなってしまう。
そうなる前に、俺はどうしても確かめたい。
どんな手段を使っても。
自室に戻り、俺はベッドにうつ伏せになった。
そして一旦悲痛な雑念を薙ぎ払い、精神を研ぎ澄ます。
凛堂の想いを確認する状況を作る為に、凛堂を出し抜く。
その為に必須となるもの――やはりどう考えても情報だ。
情報を得る為に必要となるのは、有能な人物の存在。
陽太が使えない今、俺にとれる手段を考えるとするなら……。
「有能な人物ねえ」
居るじゃないか。怖いくらい滅茶苦茶に有能な人物。
恋愛マスターである俺に楯突いてきた、凛堂が危険視するほどの人物。
恋愛マスターを辞めたがっていた俺を、焚きつけることで動かし、結果某心酔ポニテを引き込ませることで恋愛マスターとして動かざるを得ない状況に追い込んできた人物。
古川彩乃――あの背も態度も胸も大きな女だ。
もし俺が彩乃を使うことができれば、凛堂を出し抜く事も可能かもしれない。
俺はだいぶ前に陽太から聞いた彩乃の情報を必死に思い出す。
確か、身長は百七十五センチで体重は……ってそこじゃないな。
とりあえずは明日、勇気を出して二年の教室に出向くしかない。
……彩乃が俺の為に素直に動いてくれるとは思えないけどな。
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とある目的ができた冬根君。
そのために凛堂を出し抜こうと画策しますが……早速ジョーカーの陽太が封印されました。
情報がないとロジックを進められない冬根君が、情報の為にまさか彩乃にお願いをする日が来ようとは。
……間違いなく彩乃はすんなり協力してくれる人間ではないですね。




