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Amの男「タナカ ショウ」

「ふざけてるの? なんでそんな事アンタに決められなきゃならないのよ!」


 案の定怒られた。


「だから、これが俺という天才が導く努力の方向なんだってば」

「はぁ? キモッ」


 あんまりストレートにキモイとか言うのやめてね。俺の精神はサンドバッグじゃないんだよ。


「もう一回言うぞ? 今月下旬にある全日本学生音楽コンクールの予選に出てくれ」

「だから! なんでアンタにそんなことを――」

「口調!」

「……どうしてあなたにそんな事を決められないといけないんですか?」


 昼休み現在、俺は例の隠れ音楽室に来ていた。

 もちろん、一ノ瀬にこれを告げる為にである。


「そして、予選本番の前に、田中に宣言してくれ」

「な、何を?」

「『私が無事に予選を突破したら、私ともう一度付き合ってください!』……だ」

「はぁ!?」


 ――イデッ!! 頭を殴るな! そこはまだ完全に治ってないのに!


「なにアホな事言ってんのよ! そんなこと言えるわけないじゃない! 私、フラれたのよ?」

「一ノ瀬さ……復縁したいんだろ?」

「そ、そりゃあ……そうだけど」


 唐突にモジモジし始める一ノ瀬。

 いちいち乙女チックになるのやめてくれ。可愛くて頬が液状化しそうになる。


「じゃマスターである俺の言うこと信じてくれよ」

「フラれた相手に、もう一回付き合ってなんて……そんなの嫌よ! ……それに、もし言えたとしても、無理よ」

「どうしてだ?」


 俺の問いに一ノ瀬はあからさまにやれやれと言わんばかりの顔で溜息をつき、ゆったりとした動作で腕を組んだ。


「もう九月。予選まで二週間しかない。いくら予選っていったって、毎日死ぬほど練習している人たちが出るのよ? そんなの、今からの練習で間に合うわけないじゃない!」


 正直俺にはピアノのことはよく分からない。コイツが言うように本格的な練習期間が短いのに予選を突破するというのは無謀な事なのかもしれない

 が、大事なのは結果(そこ)じゃない。


「大丈夫だ、俺を信じてくれないか?」

「ピアノド素人のアンタの何信じろっつうのよ」

「口調!」

「素人童貞のあなたの何を信じろというんですか」

「おい! こら! なんてこというんだよ!」


 違う違う、断じて違うぞ? 枕に素人(それ)付けちゃ駄目!

 と、そんなところにツッコんでる場合ではない。


「とにかく、田中と復縁したいなら、これは絶対だ。恋愛マスターとしての命令でもある。必ず、田中に『私が無事に予選を突破したら、私ともう一度付き合ってください!』と宣言してくれ。できるだけ早く、何なら今からでも!」

「復縁はしたいけど……でも無理なものは無理よ!」


 口を尖らせて駄々をこねている一ノ瀬を見ると、少し俺は苛立ってしまう。

 というのも、俺は全ての答えを知っているからだ。


 ◆ ◆ ◆


 数日前の事に遡る。

 選択授業の音楽の時間の田中と会話である。


「田中に一つ訊きたいことがあるんだけど、いいか」


 ギターの授業のその日、俺はアコースティックギターをじゃんじゃかしながら、隣でチューニングしている田中に話しかけた。


「おー? なんだ、恋愛マスター」

「ばっ! お前そんな大きい声で言うなって!」

「ブッ……すまんすまん」


 んのやろう……こんな無神経野郎のどこがいいんだか。なんてこの時は思った記憶がある。


「田中お前、一ノ瀬をフッたんだって?」

「……ああ」


 田中は弦の張り具合を変えながら、目をこちらに向けずに答えた。


「なんでフッたんだ? 理由が知りたいんだけど」

「んー……もしかしてそれ、恋愛マスター的な活動で訊いてるの?」

「いや! まあ、ただ単に興味本位というか?」

「んだそれ。誤魔化しヘタかよ。まあいいけどさ」


 田中はデリカシー皆無な俺の唐突な質問に、ふと背筋を伸ばしてから遠い目をして答えてくれた。


「沙織の母ちゃんに言われたんだよ。『沙織が本気になるまで、身を引いてくれないか』って」


 名前呼び、憎い、妬ましい、ちくしょうが!


「身を引くっていうのは」

「ああ、単純に別れてくれってことだ。沙織がピアノをちゃんとやらなくなったのは俺と付き合いだしてかららしくてな。あいつの母ちゃん的には、俺は沙織のピアノの練習の妨げになってるように見えたんだろうな」

「は……それで、お前はあっさり了承したのか?」

「あっさりって言うなよ。俺だって悩んださ。俺、沙織の事マジで好きだしさ」


 今なら妬みの握力でギターのネックをへし折れそうだ。はあ、青春ですね、やだやだ。


「でも、俺が惚れたのって、ピアノを弾いている沙織の姿なんだよな」

「……へえ」

「しかも、沙織の母ちゃんときたら、俺の前でガチ泣きしやがったんだぜ。あなたにこんなこと言うのは心苦しい、でも分かって、沙織の為なの――ってさ」


 田中はそう言うと、Am(エーマイナー)コードをジャンと鳴らした。長い襟足が揺れる。


「さお……一ノ瀬の母親は、直接その事を一ノ瀬本人に話してないのか?」

「さあ? 話してないんじゃない? なーんかよく分からないけど、雰囲気的に沙織と沙織の母ちゃんって疎遠チックだったし」


 要するに、ここにコミュニケーション不足があったと。


「それで田中は一ノ瀬を諦めたのか?」

「まさか! だって俺、すげえ沙織の事好きなんだぜ? 諦められっかよ!」


 うぐぐ、ノロケ、キライ、ホロベ。


「だけど、ピアノを弾いている沙織が好きってのもマジだ。それに沙織の母ちゃんは『沙織が本気になるまで』って言ってたんだぞ。なら、ずっと別れてるって訳じゃないだろ?」

「それについて、一ノ瀬にもちゃんと話したのか?」

「いやー……それは言ってねえ。なんか俺が無理矢理ピアノ弾かせた、みたいなのも嫌じゃん? だから、沙織が自分から本気になってくれるのを待ってるって訳よ! 沙織なら、きっとピアノくらいあっさり最強になるだろうしな」


 要するに、ここにもコミュニケーション不足があったと。


「田中……お前割と良い奴なのな」

「はぁ? どうしたん冬根、俺に惚れた? 残念だが俺にそっちの気はないぜ?」

「……でもお前、一ノ瀬をフるときに(なつめ)を引き合いに出したんだろ?」

「あ、ああ……あれはやっぱしちょっとまずかったよな。分かれる理由が思いつかないとはいえ、他の()()()の名前出しちゃったのはやべえよな。でも俺が知ってる女の子といえば、沙織と仲のいい(なつめ)ってやつしか思いつかなくてよ」


 ……。

 もう、(なつめ)が可愛いから悪いのでは!?


 冗談はともかく、田中との会話でハッキリしたことがあった。


 一ノ瀬は実質フラれていない。田中は別に心変わりしていない。

 原因は母親なりのお節介と、一ノ瀬沙織の母親とのコミュニケーションの少なさ。

 あとは田中の悪い意味での盲信かな。


 全てをいい方向に持って行く為に必要な事は、一ノ瀬がピアノに本気になること、だな。


 ◆ ◆ ◆


 かといって、本人にストレートにそれを言うわけにはいかない。


 言うとどうなるか?

 必ず、一ノ瀬は母親を憎悪することになる。そしてもしかすると二度とピアノを弾かなくなるかもしれない。


 正直、その辺は俺にとっては関係ないところではあるが……まあ、あんまりバッドエンドは好きじゃないからな。武器として使えるものは使おうと考えたわけだった。

 その一つが、先程から提案している『全日本学生音楽コンクール』への出場だ。


「それに……あのヒトは多分もう私に期待していない」


 一ノ瀬は分かりやすく嫌な顔を作って、ピアノに目を向けた。


「あのヒト……母親、か?」

「そう。天才じゃない私に、きっと失望している。そんな顔をよくするし」


 一ノ瀬よ、それはきっとコミュニケーション不足ってやつだ。

 それにきっと、母親に劣等感を抱く一ノ瀬自身が、自分から母親を遠ざけているんじゃないだろうか。


「とにかく!!」


 俺は全身全霊の大声で言い放った。


「これは絶対の命令だ!! これができなきゃ復縁できないと思え!! お前の田中への気持ちはそんなもんだったのか!?」

「はぁ? ……急にうるさいし」

「絶対大丈夫だ! 予選をもし突破できなかったとしても、俺にちゃんと策がある。田中と復縁したいんだろ? だったら俺もお前を信じるから、信じてくれ!!」


 両手を広げて大声を出す俺。必死さも相まってきっと非常にダサい。


「なにそれ、キモ……」


 一ノ瀬は油汚れでも見るような眼を向けてきたが、やがて深呼吸をして片方の口角を上げた。


「でも……そうね。髪も切ったし口調も直した。ここまでアンタの言う通りにしてきて、今更引けないわね。……いいわ。怖いし嫌だけど、宣言してやるわよ! アンタを信じてやるわ! 見てろよ(なつめ)ぇ! お前なんかに田中は渡さねええ!」

「……いや全然口調直ってないでしょ」


 どうにかこうにか、苦戦しつつも約束させられた。

 一人勝手に気合を入れて燃え上がる一ノ瀬を見ながら、俺の頭の中は全てのレールを敷き終えた感覚になった。


 あとは……動力装置(パワードレール)を敷けばチェックメイトだ。


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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~・~・~・~・~・~


下僕である陽太から得た情報。

そして一ノ瀬の元彼である田中から得た本当の別れの理由。


それらを組み合わせて、冬根君は復縁に導くのでした。

どうあっても冬根くん本人が青春できるようなルートは準備されていないようです。ざまあないね!


次回、いざ実行とチェックメイトです。

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