マスターの証?「ハートマーク」
放課後になり、久しぶりに凛堂とここ音楽準備室で再会を果たした訳なのだが、感動の再会、という訳にはいかないようだった。
凛堂がその綺麗な碧眼を見せてくれていたのは俺にとっては嬉しいことだった。
海での俺が演じた小っ恥ずかしい赤マントも少なからず役に立ったようで、俺は自然と表情が綻ぶ。
しかし、おさげで碧眼で根元が金髪の凛堂が、俺の表情とは相反する顔付きで俺に迫ってきた。え、何で怒ってるの。
「マスター」
「はい?」
どう見ても分かりやすく不機嫌な表情の凛堂は、入室直後の俺に上目遣いを向けている。
正確には上目遣いではない。これはガンを飛ばしているようだ。
「また陽太を使った?」
「…………まあ」
ばれている。棗の為にも凛堂含む他の奴らには内緒でことを進めたかったのだが……まあ陽太は凛堂の下僕って言ってたし、筒抜けなのはしょうがないか。
「マスターの助手は誰?」
「ん、凛堂だけど」
こいつがこうしてプリッとしているところを見るのは初めてで、まるで新種のポケ〇ンを発見した時のような高揚感があった。
「何かあれば、私がマスターの助けになる。違う?」
「はあ……」
「でもマスターは陽太ばっかり。確かに陽太は優秀。でも正規の助手は私」
「いやまあ、そうだけど」
好きに使ってって言ったの君じゃないっすか。
「何か大切なことがあるなら、言って欲しい。力になりたい」
そう言った凛堂は、顔こそむくれているが、切願する声は弱々しく寂しそうだった。
もしかして、俺が凛堂ではなく陽太ばかりを頼るものだから――
「嫉妬してるのか?」
「ッ!」
思わず口にしてしまった俺の言葉に、凛堂は声にならない何かを漏らし、徐々に顔を赤くしていった。
耳まで真っ赤である。
そして何も言わずに俺の腕をぺちんと叩いて、定位置であるパイプ椅子に座ってしまった。
眉を寄せたまま、若干口を尖らせて本を読み始める。
……可愛くね?
これで「べ、別にアンタの為に言ってるんじゃないんだからね!」なんて言ったらテンプレなのだが、俺にはそこまでツンデレ属性ないしな……今はその珍しい仏頂面を拝めるだけで満足だ。
それに、どうあれ「力になりたい」なんて言われて嬉しくないわけがない。どうして俺みたいな奴を慕ってるんですかね。
俺も遅れて定位置に座り、文庫本を手にしてから凛堂のむくれ面を横目に口を開く。
「ごめんな。でも次からちゃんと話すよ。助手だもんな」
「…………うん」
本から目を離さない凛堂から小さい返事が一つ。ゆっくり眉の間隔が戻り、口角も僅かに上がったように見えて、何となくホッとした。
でもまあ、凛堂はあくまで『恋愛マスター』の助手だ。
今回ばかりは、恋愛がらみでもなく、棗も広く知られて嬉しいはずもないだろうしな。
次に恋愛絡みの問題が起こった時には、しっかりと助手をしてもらうことにしよう。
……いや、多分今回も最終的に恋愛がらみになるんですけどね。妬ましくてしょうがないね。
そんなこんなを思考しながらいつもの半分以下のスピードで読書をしていたが、結局完全下校時間まで他の部員は現れなかった。
四ノ宮は生徒会でよくある事だが、俺の左に座るべき棗も現れなかったのは心配である。
昼休みにあんなことがあったのだから仕方ない気もするが。
チャイムが鳴り終わると、凛堂は本をしまって立ち上がった。
「マスター、また明日」
「おう」
おさげを揺らして音楽準備室を出ていく様を見送ってから、凛堂も少し変わったなと俺は思った。
最初の頃であれば、何らかの意思表示などしてきたことなどない。寧ろ良く無視されて悲しくなっていたっけ。
相変わらず表情も口調も抑揚が少ないが、それでも少しずつ喜怒哀楽が増えている気がする。
本来、凛堂はそういう子なのかもしれない。
そして何よりも、目が開いているのは大いに違うな。やっぱりそのほうが絶対いいぞ。
心の中でそう呟いてから俺も下校した。
「あ! おかえりなさい、氷花くん!」
家に着いた俺はまたしても幻覚を見ていた。
玄関までおたまを持ったまま迎えてくれる何故かエプロン姿の棗さくらの幻覚だ。
「お風呂にする? ご飯にする? それとも、ぼ・く? なーんちゃって」
残念なことにそれはやっぱり幻覚ではなかった。いっそ幻覚であってくれたほうが良かった気がする。
というか何言ってんの。
「どうして俺の家にいるの?」
「うんとね、直接氷花くんにお礼が言いたくて、来ちゃった。お姉さんに訊いたら『もうすぐ帰ってくるから上がって待ってな』って」
「あの野郎……」
「えー、ごめん駄目だった?」
駄目とかじゃなくて。
……まあいいか (いいのか?)ちょうど話したいこともあったし。
「……そういえば、氷花くんのお姉さん、『どうして氷ちゃんばかりモテるのかしら』って言ってムスッとしてたけど……氷花くんってやっぱり、モテてるの?」
「……それはきっと、さくらが可愛いってことだよ」
「?」
女性の目すら騙す、やっぱり棗は罪が深い。有罪!
ぽかんと首を傾げる棗を見ながら手を使わずに靴を脱いで、自身の後頭部を掻いてから俺は懸案事項に切り込む。
「さくら、今日のお昼のことなんだけど」
「うん! ありがとう氷花くん! 僕、本当に嬉しかったよ! やっぱり氷花くんは男らしくて格好いいね」
「男らしいというか……勝手にやってすまなかった」
「とんでもない、僕の為に動いてくれたんでしょ? 分かるよ。本当にありがとう。僕、氷花くんのこと、好きだよ」
「……は?」
リアルに顎外れるかと思うくらい口を開けてしまった。
は!?
「えへへ、もちろん友達としてね。僕、男の子だし」
「あ、ははは……」
心臓が何個あっても足りないから突然そういうこと言うのやめてね。
それでなくてもキミマジで可愛いんだから。気を付けなさい。
「でもね、昨日も言ったけど、多分氷花くんが今度は目を付けられちゃうと思うんだ」
「……ああ。そうかもね」
「そうなったら、今度は僕が男らしく止めに行くね? やめろー! って!」
「いやいや大丈夫、そういうのはしなくていい」
お玉を片手に持ったエプロン姿の棗に、新妻に帰宅を迎えられるのはこんな気持ちなのかなぁ、なんて考えるのも程々にして俺は棗にこう言った。
「そのかわり、一つ訊いていいか?」
◆ ◆ ◆
「僕も正確には知らないんだけど」
こう前置きをした後に、エプロン姿の棗は語ってくれた。
一ノ瀬がどうして棗を暴行するようになったのか。
概ね下僕である陽太の調査通りだった。改めてあの下僕の優秀さが怖い。
「だから、一ノ瀬さんの元彼さんが、僕の事が好きになっちゃって、付き合っていた一ノ瀬さんに別れを告げたんだって。それってやっぱり、僕が男らしくなかったから……女の子っぽいから悪いんだよね」
「……」
この……泥棒猫! と一ノ瀬が言っているところを想像して、妙にしっくりきた。
誰かに似ているとは思っていたが、そうか、何とか真珠さんだったか。
それはともかく、確かに棗の女の子らしさはある意味小悪魔的というか、かなりの男の心を揺さぶっているという意味では悪寄りなのかもしれないが、今回の一件に関しては全面的に悪くはない。
「一ノ瀬さんに恨まれても仕方ないなって。だから我慢するしかなかったの。僕がもっともっと男らしくなったら、一ノ瀬さんの彼氏さんも僕なんか見なくなるかなって」
「さくらは悪くないし、男らしくなる必要なんてないだろ」
ソファに座る棗は、俺に上目遣いを向けてくる。そういうとこだぞ。
「でも、一ノ瀬さん本当に彼氏さんの事好きだったみたいだから……すごく怒っちゃうのもしょうがないよ」
そういうのを、逆恨みって言うんだ。
なんか青春っぽくて妬ましい、俺も混ぜてくれ。
……いや、やっぱりスパナは食らいたくない。遠慮しておこう。
「教えてくれてありがとう。その彼氏さんに、俺もちょっと事情を聞いてみるかな」
「うん……氷花くん、無理はしないでね? 助けてくれたことは嬉しいけど、それで氷花くんが傷つくのは僕嫌だよ」
「大丈夫だ」
その一ノ瀬の元彼氏さんの考え次第で方向性に差異はあれども、陽太から得た情報さえあれば俺は恋愛マスターとして上手く動けるはずだ。
酷いことをされる前になんとかできるはず。
きっと大丈夫だ。
◆ ◆ ◆
「――ッウゴェ!!」
あるえ? あっれれー? 痛い、痛いよう。
大丈夫なはずじゃなかったっけ?
「お前のせいで! コラァ!!」
「うぐぅっ」
昼休み現在、俺は殴られていた。
背の高いほうの取り巻きの一人が後ろから凄まじい力で俺をガシリと捕まえており、身動きが取れない。
背の低い小うるさい取り巻きの一人が俺の腹に先程からグーで正拳突いてきている。
「んで、アンタ誰なわけ?」
俺の正面に位置する椅子に足を組んで座っている一ノ瀬沙織が、針のような眼で訊いてきた。
手にはこの前と同じ銀色の工具を持っている。スパナ、ダメ、ゼッタイ。
「冬根、だ」
「ふーん。まあ名前なんてどうでもいいけど」
汚いものを見るような眼を向けてくる一ノ瀬は、そう言うと足を組み替えた。
脚の隙間に一瞬布地が見えた気がする。ラッキーである。
「んで、どうしてあんなことしたわけ? もしかしてアンタもあの棗とかいう奴にでも惚れてるの?」
「……だったらなんだって言うんだよ」
まあ確かに惚れてもおかしくないくらい可愛いよね、棗。
「……きッ――」
俺の言葉に一ノ瀬は頗る顰め面を作り、立ち上がって俺の腹を蹴ってきた。
痛い。痛いよう。
「キメェんだよ!! 陰キャのくせして出しゃばってんじゃねえよ!!」
追加で二発、脛と太腿に蹴りが入った。
こんなことを棗はずっと受けていたってのか。
「アンタみたいに中途半端に口出してくる奴が一番嫌いなんだよ!!」
追い打ちに蹴りが俺の顎に決まった。
痛え!! けど蹴る瞬間に今度はハッキリと足の付け根の白い布地が見えたぜ。眼福眼福。
「中途半端じゃない」
「はぁ?」
さて、良い感じに暴行を受けた頃合いで、そろそろ動くとしますか。
「一ノ瀬沙織、俺はこれからお前にしっかりと関わっていく事になるぞ」
「何それ。キモイんだけど」
陽太という下僕が居なかったら、情報が無かったら、きっと俺は棗を助ける事すらできていなかっただろうな。
そしてその下僕があまりにも優秀すぎるから、俺はコイツの事まで何とかしなくちゃならなくなってしまった。
恋愛マスターとして、だ。
ここまで見越しているとか、霜平マジで何者だよ。
「お前、田中と付き合ってたんだってな」
俺の言葉には沈黙が返ってくる。
しかし一ノ瀬の目線が今まで見たどのホラー映画よりも恐ろしい色になっている。
「んで、フラれたんだろ? その理由はこうだ。『他に気になるやつができたから』」
――っうべ!! 遂にスパナを使ってきやがった!
多少筋肉の存在する腹部への攻撃だからよかったものの、場所によっちゃしっかり痣が残りそうな重い一発だ。
「だから何。アンタに関係ないでしょ」
「関係、あるん、だよなぁ」
痛みで途切れ途切れになる俺の台詞には、またしても一ノ瀬の殺傷能力が宿った視線が向けられる。
先程から俺を固定するデカ女もキャンキャンうるさかった小女も黙ってしまっている。
「だって俺は恋愛マスターだからさ」
「…………はぁ?」
悪魔のような嘲笑をする一ノ瀬。
ダサいって馬鹿にしてる? うん、わかる俺もマジで凄えダサいって思うもん。
「お前、今でも田中が好きなんだろ?」
「死ねッ!」
鈍い衝撃が前頭部に走った。どうやらスパナで頭を殴られたらしい。
「さ、沙織、ちょっと……」
小さいほうの女が焦った声を出した。
それもそのはず、俺の顔面に温かい液体が垂れている感覚がある。そしてきっと赤いんだろう。
「俺なら」
気絶しそうなくらいには痛いが……良いだろう、この一発くらい許してやる。
だから、乗ってこい。
「お前の助けになってやれるぞ?」
「頼んでねえよ!!」
「田中とまた恋人に戻りたいんだろ」
「……はぁ? 何言ってんだよ、キモイんだよ」
きっと、乗ってくるはずだ。何故なら、下僕のおかげで俺は知っている――。
「俺は、一ノ瀬の恋を応援してるよ。状況もある程度知った上で、俺には策があるんだ」
――一ノ瀬が、見た目以上に相当な乙女であることをだ。
「だから信じて話を聞いてくれないか? だって俺は……」
顎からポタリと床に血が落ちる。
流石に動揺したのか、背の高い女も俺をホールドするのをやめた。
開放感に包まれた俺は、よろけるのを必死に耐えながら、表面張力で顎に残る雫を右手人差し指で少し拾う。
そして拾ったその指で左手の平にマークを書いた。
「恋愛マスター、だからさ」
書いたマークを一ノ瀬に見せながら、一生懸命笑顔を作って俺はそう言った。
……いや、待って。
冷静に考えてマジでダサすぎない?
ひええ、何言っちゃってるの俺……今すぐ細胞レベルに分解されて消え去りたい。
そして全員がしばらく沈黙した。すべったみたいな雰囲気が俺を突き刺す。
この音楽室はしっかり防音なので、マジで無音である。
「……キモっ」
一ノ瀬は必死な笑顔の俺にそう一言だけ呟き、ブレザーからハンカチを取り出して俺に差し出し、
「とりあえず、先に保健室いくわよ。その後で――」
蔑視でも顰め面でもないツンとした表情で、一ノ瀬はこう続けた。
「――ちょっと、話したい」
はあ、マジで何してるんだろうね俺。こうやって自ら妬ましい存在の助けになるとか、馬鹿とか阿呆とか超越してあんぽんたんって感じだよね。霜平のこと言えねえや。
狼狽えてピーピーうるさい取り巻きの小さい女や、茫然と無言で立ち尽くす大女を無視して、俺は一ノ瀬にこう言った。
「放課後、音楽準備室に」
お読みいただき誠にありがとうございます。
もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、
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いやいや、血でハートマークって、最早ダサいとか通り越してある意味ホラーですって。
とは言えなんとか話し合いに辿り着けた冬根君。
無事に済むといいのですが。
下僕からの情報を小出しにしてしまいすみません! 次回以降徐々に判明して参りますのでお楽しみに!




