救うべき者?「ナツメ サクラ」
『さくらちゃんを助けてあげて』
霜平が企て、強制連行されたあの旅行から一週間が過ぎた。
葉月に入り、外はトースターの中のようなとろける暑さの中、俺はエアコンの効いた部屋でアイスを食べながらゲームをしたり小説や漫画を読んだりしていた。
夏休みはこうでなくちゃね。
とはいえ、そのどれもに十二分に集中できていないのは、あの霜平の言葉が定期的にリフレインするからである。
これがもし霜平による精神攻撃の類なのだとするなら、それは正に効果覿面である。
やっと恋愛マスターから解放される夏休みだというのに、なんて事を吹き込んでくれるんだよ、全く。
あんな事を言われれば気になってしょうがない。こうなれば真相をはっきりとさせて身も心もスッキリするしかないだろう。
霜平の言いなりっていうのは気にくわないけども。
俺がスッキリする為には、霜平曰くどうやら棗と風呂に入る必要があるらしい。
これは棗を助ける為とのことだ。
もちろん邪な考えなどない。本当ですよ。
いくらどう見ても女の子で可愛らしい棗でも、その実態は男なのだから、一緒に風呂に入るというのは特に問題はないはずである。
あるとするなら、俺の精神的問題だ。
無垢な可愛さを醸す棗との入浴に耐えられるか……。
もしくは不意に棗の男性的部分を直視した時に俺がどんな気持ちになるのか……。
……なんかいろいろと怖いよぅ。どうなっちゃうんだろう、俺。
なんていうしょうもない想像をしているところに、件の棗から電話が来た。
俺はスマホを充電器から切り離し、なんとなく立ち上がってから電話に出る。
「もしもし」
『氷花くん? 僕、さくらです』
「うん、俺もちょうど連絡しようかなと思ってたところだよ」
『本当? えへへ、嬉しいな』
……ああ、青春のかほり。性別以外。
『それでね、そろそろ会いたいなって』
……あああああああああ!(吐血)
言われてえ、言われたいよそんなセリフ……女の子に。
「良いよ、会おうか」
『えへへ、ありがとう。氷花くんはどこか行きたいところある?』
「ああ、それなんだけど……」
違うんだ棗。これは俺の意志ではないのだ。
顧問に言われて仕方なくなんだ、分かってくれ。
「一緒に、温泉にでも行かないか?」
『えっ』
数秒、無言になった棗。
いくら男同士とはいえ、やっぱりいきなり温泉は敷居が高いよね。
「一緒に、温泉行こう、さくら」
しかしだ。
もしも本当にこれが棗を救うルートなのだとしたら、俺は進むしかない気がする。
付き合いは短いが数少ない男友達だしな。未だに何からどう救うのかはよく分からないけど。
『あの、温泉はちょっと……』
「やっぱり嫌か?」
『ううん、嫌ではないんだけど』
「それじゃ行こう。明日なんてどうだ?」
『うーん……どうしても温泉がいいの?』
正直、俺もいろいろと怖いが……今はあのあんぽんたんを信じるしかない気がする。
何やってるんだろうね俺って感じだけども。
「うん。温泉がいい。頼むよ」
『わかったよ。氷花くんが望むなら』
これで大変なことになっても、霜平のせいだからな。俺は知らんぞ?
「ありがとう。それじゃ明日の――」
◆ ◆ ◆
結論から言うと、この温泉行事では大変な事にはならなかった。
何故なら、もう既に、相当前から大変なことになっていたからだ。
今までどうして気付けなかったのか。
それは棗が巧妙だったからであるが、思えばそのヒントは今まで何度も散りばめられていた。
もし俺が超絶敏感野郎だったなら、すぐにでも気付けていたかもしれない。
翌日のことである。
待ち合わせは十二時。近場の温泉の最寄駅に集合だった。
本来なら先に待ち合わせてから一緒に列車に乗るのがデートの醍醐味だろうが、残念なことに俺の家と棗の家は温泉からはちょうど逆の位置にあるし、そもそもこれはデートでもない。
効率重視で決めたことだ。こんな時にゲーム脳で効率厨な部分が出てしまうのは悪い癖な気がするが、目的が他にあるのだから仕方がない。
大人気観光スポット的な温泉ではないが、あまり遅い時間だと混雑が予想されるので、敢えてオープン直後のお昼時、閑散とした時間帯を狙ってみた。
蒸し暑さに抵抗する俺の全身が汗を噴き出しながら改札を抜けると、券売機近くのベンチに棗が居た。
フワッと広がった白いカーディガンから、黒スキニーの細い脚が伸びている。
「おっすお待たせ、さくら」
「ううん、僕も今来たところだよ」
まさにデート常套句のやりとり。というかこれもしかしてデートに分類されちゃいます?
「行こうか」
「うん。僕、ちょっと緊張するなぁ」
俺もしてるさ。これから自分がどうなっちゃうか分からないし。
駅から徒歩五分、風情もへったくれもない住宅街のど真ん中にその温泉はあった。
こりゃ遅い時間帯なら地元の人たちで賑わいそうだ。早く来て大正解。
立てつけの悪い引き戸を開け、券売機で六百円の入浴料を支払い、いざ男湯へ。
もちろん棗も何の迷いもなく男湯の暖簾を潜った。
独特な香りが漂う脱衣所には誰も居なかった。
厳密に言えばデッキブラシをシャカシャカしているおばちゃんが一人いたが、その他に客はいない。
さて――これで本当にいいんだろうな? 霜平よ。
「氷花、くん……あの」
「どうした?」
棗はロッカーの扉に手を掛けたまま動かない。
「先に、入っててくれるかな? 僕ちょっと、御手洗に」
それだと駄目だ。顧問の言いつけ通りにならなくなってしまう。
「じゃここで待ってるよ」
「え、えーと……やっぱり、一緒に入らなきゃダメ、かな」
……なんか幼気な少女と無理矢理一緒に入ろうとしている変態オヤジみたいな気分だ。
鼻の穴が広がっている気がして、慌てて俺は両鼻翼部を指で摘まんだ。
そしてデッキブラシシャカシャカおばさんもやたら棗を見ている気がする。大丈夫、男のコですから。逮捕しないで。
「嫌か? 恥ずかしいかな」
「うん、恥ずかしいのもあるけど」
俯く棗は非常に可愛らしいが、どうやらその顔色は冴えない。
ただ照れているだけではなさそうだ。
「さくら」
「は、はい」
「男らしくなりたんだろ?」
意地悪言っているのは許してくれ。
これもきっと君の為なんだ。そうだよな? 霜平。
「……うん」
「じゃ、一緒に入ろう。男同士、気兼ねせずに」
そう言って俺は着てきたシャツとジーパンを脱いだ。
備えてあったタオルを腰に巻いてから、パンツも脱ぎ捨てた。
背徳感や緊張よりも、俺の頭の中には嫌な予感が膨らんでいた。
「わ、わかったよ。その、氷花くん、ビックリしないでね」
乙女のような上目遣いで顔真っ赤にして自分の後頭部を優しく撫でた棗は、徐に服を脱ぎ始めた。
白いカーディガンを脱ぎ、中の長袖の薄い肌着のようなシャツが露わになる。
次に黒のスキニーを脱ぐさまは、女性顔負けのセクシーさではあったが、問題はそこではなかった。
その足は……。
そしてシャツも脱ぎ、タオルを控えめに腰に巻いてからパンツも下ろした。
貧弱目な、しかしちゃんと男の身体ではあったが、問題はやはりそこではなかった。
その腕、その背中、そのお腹。
全身だった。
信じたくないが、霜平の言う通りだった。
問題は既に、棗の全身に起こっていた。
棗の全身の至る所に、痛ましく痛々しい、赤や黒、黄色の痣が大量にあった。
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…真夏の海で長袖パーカーを着ていたり、水着に着替えなかったりと、ヒントがありましたが、まさかこんなことになっているとは…
ちなみに、アザは治りかけなどの程度で色がいろいろと変化するみたいです。ひええ。




