表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/91

相談発生「シモヒラ ナミダ」

 (なつめ)は言っていた。

 霜平教諭が、俺に()()()()()()()()があると言っていたと。恐らく、勝手に参加させられているのはその為だろう。


 もしその()()()()()()()()というのが、海から徒歩五分程のスーパーで先程からしている食材の買出し、その荷物持ちだとするなら、俺はまあまあ怒るぞ?

 貴重な夏休み、その冒頭部分をこんな雑用紛いのことなんかで蝕みやがって。


 まあ、夏休みにこれといった予定なんて無かったんだけどさ。しくしく。


「あ、そこの玉ねぎぃ! 一袋とってぇ」

「……先生」

「なぁにぃ?」


 脳天気にサンダルを鳴らして視線をふらふらさせながら歩く霜平に、俺は言った。


「さくらから聞いたんですが、俺にやってほしいことがあるんですよね?」

「ええ? ああ、うーん、そうねぇ。とりあえず玉ねぎとってぇ?」

「その為に俺を無理矢理ここまで連れてきたんですよね?」

「そうだよぉ。玉ねぎぃ」


 俺はカートを握る手に力が入りながらも、すぐそばの玉ねぎの袋を拾い上げてカートに入れた。


「一体、何をしてほしいんですか? まさか、この買出し雑用じゃないですよね?」

「ええぇ、そんなわけないじゃーん。これはただのデートだよぉ?」


 黒のビキニのままの霜平は、前方を歩きながら顔だけを器用に俺に向けて微笑んだ。

 このスーパーは海から近いからか水着の客は珍しくないが、それでもお客の大多数、特に男は通り過ぎるビキニの霜平を二度見している。


 そんな魅力のある霜平と一緒にデートできていることは、青春が地中深くに埋まっている生活をしてきた俺にとっては幸運な事なのかもしれない。

 もしこれが、本当にデートだったらな。


「それでは霜平先生、俺にしてほしいことって何ですか」

「えーとねぇ、あ! そこのトウモロコシ! トウモロコシもいいわねぇ。二本とってぇ?」

「先生! 教えてください! 拉致紛いな事をしてまで、俺がしなきゃいけないことって何ですか!?」

「えーん。氷花ちゃんこわーい。怒っちゃ、メッだよ」


 ……殴っていい?


「とりあえずさ」


 不意に立ち止まり、くるっと俺の方に向き直った霜平は、先程までと違う真面目な顔になっていた。

 前もこの顔は見たな。


「とりあえず、なんですか」


 さあ、教えてくれ。しょうもない事だったら怒っても良いよな。


「とりあえず、トウモロコシ。やっぱり三本」

「おい!」

「あはははぁ。冗談冗談~」


 霜平は目を細めながらトウモロコシの元までパスパスと歩き、自ら三本取って俺の持つカートのカゴに入れながら、こう言った。


「氷花ちゃんから見て、凛ちゃんってどう見える?」

「凛堂ですか」


 霜平はカートに載ったカゴを指でなぞり、翳りのある表情をしてから、


「凛ちゃん、どうして目を閉じているか知ってる?」

「目……ですか」

「そ。いつも()()()()()()()でしょ?」


 霜平はチラリと目線をくれてそう言った。

 開けられていない? 故意に閉じている訳ではなかったのか?

 俺は勝手にそれが凛堂のアイデンティティであると認識し、それ以上突っ込んだり聞いたりしたことはなかったが……。


「知りません。そういえばだいぶ前に眼科に行っていましたが……それが関係あったりしますか?」

「眼科? え、わたしそれ知らない! いつ? いついつぅ?」


 見た事のない目の見開きで訊いてくる霜平。


「んーと、あれはデートの時だったので、五月の――」

「デートぉ!? 誰との!?」


 失言だった。悲しき絶望がフラッシュバックする。

 あれはデートではない。あんなものがデートであってたまるか!

 ちなみに今現在のこれもデートではない。騙されるものか。


「え、デートというか、俺と凛堂で出かけた事が五月に」

「ええええええ、先生ショックぅ! 氷花ちゃんはてっきりデート童貞だと思ってたのにぃ。つまんなぁいぃ!」


 あからさまな怒った顔で俺の腕を揺さぶってくる霜平。

 なんだよデート童貞って。仮にもあんた、模範となるべき教師だろ……。


「ぷぅ。でもでも、眼科にいってるのは目を閉じていることとは多分関係ないよぉ」

「そうなんですか?」

「多分ねぇ。もし掛かるとするなら、眼科じゃなくて精神科だと思うよぉ」

「え」


 なんだって? 精神科って?

 中途半端な冗談はやめてくれ、と言おうと思ったが、今までで一番真面目で悲壮な表情の霜平を見て、それが冗談ではない事を悟った。


「氷花ちゃんには、先生から相談があるの。()()()()相談を、普段音楽準備室で受けているんでしょう? 先生、知ってるんだから」


 げ。このヒトも知ってるのかよ、俺が恋愛マスター(悲しい役職)やってること。

 しかし俺が受けている相談というのは恋愛的(ああいう)相談であって、そういう相談ではないと思うのだが――


「どんな相談ですか。凛堂の為になることですか」

「うん。氷花ちゃんなら、もしかしたら何とかしちゃうかなって思って。それが、氷花ちゃんにやってもらいたいこと。今日来てもらった本当の理由。氷花()()、聞いてくれる?」


 ――――受けたい。恋愛マスターなんて粗末な立場としてではなく、俺個人として、とても知りたいと思った。


「聞かせてください」


 ◆ ◆ ◆


「美味しいね、氷花くん」

「冬根君! 野菜もちゃんと食べるのよ!」

「マスター、これ。完璧な焼き加減。ミディアムレアというらしい。どうぞ」


 (なつめ)の声も、四ノ宮の忠告も、まして凛堂の献身にすら、俺は生返事をする事しかできなかった。

 それもこれも、先程聞いた霜平からの相談がずっと引っかかっているからだ。


「冬根先輩、どうしたんですか。何かありましたか」


 風に煽られた煙を避けるようにして近づいてきた彩乃が、俺にそう言った。


「いや、なんでもない。なんでもないよ!」


 何とか必死に平静を装いながら、凛堂がお皿に載せてくれた肉を食べる。

 味は全く分からなかった。しっかり噛み切る元気も出ない。


「なんでもなくはなさそうですけど……だって今口に運んだ豚肉、生焼けですよ?」

「えっ」


 慌てて周りに見えないように吐きだすと、確かに赤かった。道理で噛み切れないわけだ。

 ってか凛堂め! 俺を殺す気かよ!


「凛堂さんの絶望的な料理の手腕のことはご存知なかったんですね」

「知らないよ! というかお前はなんで知ってるんだよ」

「このくらいは当然ですよ。だって私、いつも見張ってましたから」


 怖いってば。


「それに、凛堂さんは一度あなたの家に訪れていたようなので、その時にでも凛堂さんの料理が壊滅的な事くらい知ったものかと思いましたが」


 なんで家に来たことまで知ってるの、マジで怖いって。


「別にあなたが放心状態になるくらいに落ち込もうとショックなことがあろうと、私には関係ありませんが、お姉さまだけには迷惑や心配をかけないようにしてくださいね」


 それだけ言うと、彩乃はパレオを翻して四ノ宮のいる方へ戻っていった。


「……辛辣だなあ」


 俺の独り言は肉の焼ける音には勝らなかった。


 夕日が落ちかける中で始まったバーベキューは、香ばしい匂いとともに皆が楽しんでいた。

 霜平も銀色の缶を傾けて、先程から顔を真っ赤にしてギャハハと笑っていやがる。


 ただ一人、凛堂だけはいつも通りの無表情無開眼だった。

 あんな話を聞いたばかりな手前、そればかりに目がいってしまう。


 そして俺は無意識に、数時間前の記憶を掘り起こす


 * * *


 ――目を開けるのが怖い。凛ちゃんはそう言ったの。


 スーパーから出てすぐ傍の車侵入防止用の小さな柵に腰掛けた霜平は第一声にそう言った。


「怖い、ですか」

「うん。何があったかは詳しくは教えてくれないんだけどねぇ。小さな頃に、目についての嫌なことがあったんだと思うんだよね。トラウマっていうの?」


 俺は買い物袋を持つ手に力が入った。


「あの綺麗な……青い目のせいで、何か過去にあったってことですか」

「おー、氷花ちゃん知ってるねえ。そう、凛ちゃんの目、親譲りで碧眼なんだよね」


 親譲り……ということは、親のどちらかは外国人、ということなのだろうか。


「一回だけ、ちゃんと見ましたけど、あれはカラーコンタクトとかではなかったんですね」

「え!? ちゃんと見たの? いつ?」


 今日はよく驚嘆声をあげますね、霜平さん。


「いつだったかな……結構前です。まだ俺が音楽準備室に行くようになってそんなに立ってない時期ですね」


 俺が崩壊狙いでしたアドバイスが何故かうまくいく謎と妬ましさで憤りの言葉を上げた際に、俺を宥めるようにして凛堂が説得まがいの事をしてきた。

 その時の一度だけ、凛堂はしっかりと目を見開いていた。


「ふえぇ……私は凛ちゃんが目を開けているところなんて一度も見た事ないのに。こりゃもしかして本当に希望的かもね。氷花ちゃんなら、凛ちゃんの目を開けてあげられるかもしれない」

「……期待しているところ恐縮ですが、俺に何かできるとは思えないんですけど」

「なんでー?」


 霜平は両足をパタパタさせながら俺の顔を覗くように見てきた。


「ですから、俺と凛堂には特にこれといった深い絆みたいなものとかないですし。出会ってからの思い出もしょっぱいものが多いと言いますか……」

「そうなの?」

「だって、まだ出会って数か月ですよ? もしも深いトラウマを抱えているのだとしたら、俺なんかが……」

「何言ってるの? 氷花ちゃん、凛ちゃんと小さな頃会ってるんでしょ?」

「え?」


 忘れていた。

 忘れようとしたことで、思い出せずにいた。


「凛ちゃん言ってたよ? 幼稚園の頃に氷花ちゃんと出会ったって」


 そうだ。

 あの悲惨で記憶から抹消しようとしていたデートの日。

 公園で凛堂は言っていた。「幼稚園の事覚えてる?」と。


 * * *


「――氷花くん!」


 俺を回想から浜辺に戻してくれたのは、(なつめ)の声だった。

 辺りはすっかり暗くなり、海は黒々しい色に見える。


「ぼうっとして大丈夫? 片づけ終わったから、これから花火するんだって!」


 ニコッと微笑む(なつめ)に、俺はできるだけ口角を上げてから返事をした。


「分かった! 楽しもうか」


 今はこの儚い火の輝きを楽しむとしようか。


 霜平の相談――凛堂の目を開けてあげること。

 その為に、()()()に相談するのは花火が終わってからでもいいはずだ。

お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

ブックマークや評価を是非お願い致します!


評価は【★★★★★】ボタンをタップしますとできます。


~・~・~・~・~・~


霜平先生から、まさかの相談を受ける冬根君。


ここにきて凛堂ちゃんの閉眼キャラの伏線を回収しにきました。

アイデンティティではなかったのね…

次回は少し短めになるかも?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ