青春イベント?「ガッシュク?」
「おらおらおらぁ! いえーい!」
追い越し車線が出現するたびに楽しそうに声を張る霜平教諭の運転は、どちらかといえば手つきもハンドル捌きも巧みであり安心していられるのだが、それとは別に俺は大いに不安が増大している。
一体、どこに連れて行かれるんですかね。
というわけで、駅近くの駐車場で出会ってしまった俺達は、そのまま七人乗りの大きなバンに有無を言わさずに乗せられ、今現在高速道路を移動中である。
ちなみに凛堂が助手席、二列目シートに俺と棗、後ろの席に四ノ宮と彩乃、という配置だ。とくに指示があったわけではないが、自然とこのような座り方になった。
「楽しみだね、氷花くん」
隣の棗が花畑のような笑顔を向けてくる。えへっと声を漏らして萌え袖気味の右手を口元に持っていくその仕草は、生半可な男心ならイチコロだ。俺は『コイツは男』と脳内で念じているので辛うじて半コロで済んでいる。なんだよ半コロって。
というか夏なのに長袖パーカはどうなのよ。色ピンクだし。棗は本気で男らしくなりたいと思っているんだろうか。
「楽しみ、というかこれどこ向かってるの? 俺何も聞かされてないんだけど」
「え、そうなの? 僕は一週間前には聞いていたけど」
「誰から?」
「えとね、凛堂部長さんから」
はぁ? 俺何も聞いてないですけど!
おい助手! マスターにはそういう大事なことは事前に教えなさい!
恨めしい目線を凛堂に向けたが、微動だにしないので後頭部としか目線は合わない。
バックミラーならあるいは、と目線を向けると、運転中の霜平教諭とバッチリ目があった。
「おー? 氷花ちゃんどうしたのぉ? そんなに運転する先生かっこいいぃ?」
「……まあ普段とのギャップに少し……ではなくて先生、どこに向かってるんですか?」
「えー? 着いてからのお楽しみぃ」
バックミラー越しに下手なウィンクを飛ばしてくる霜平。
いちいちセンスが古い……というか前見て運転してください。
まあ、いくら頭のあまりよろしくない俺でもこの状況ならなんとなく分かる。
部活のメンバー、それぞれの大きな荷物、着替え一式という姉の発言。
要するに泊まりがけで行う何か、つまりは宿泊施設のある場所に向かっている、という事だろう。
端的に言えば合宿というやつだ。
となれば当然の疑問が湧いて出る。
何の為の合宿だ?
運動部や実地活動のある部活なら話は分かる、しかしながらこちとらチョコレート部だ。
活動内容の無い名ばかりの部活であるチョコレート部の合宿って何するんだよ。
まさか、チョコレートの本場ベルギーにでも連れて行かれるのか?
それともカカオの本場か? コートジボワールだっけ。
「難しい顔しているところ悪いのですが、隣良いですか? 冬根先輩」
無意識に腕を組んで考えてしまっていた俺の背後から声をかけてきたのは彩乃だった。
相変わらずの含んだような笑顔で俺を見つめている。ちょっと怖い。
「ふ、冬根くん、棗くん……ごめんなさい」
後ろからもう一つ、四ノ宮の死にそうな声が鳴った。
どうやら車酔いしたらしく、顔面が見事に真っ白だった。
「お姉さまを横に寝かせてあげたいので、間、失礼します」
彩乃はそう言った直後、後部座席から跳び箱のように俺と棗の隙間に飛び込んできた。器用な奴だとは思うが、走行中にそのアクロバティックさはかなり危険だぞ。
というかなんで彩乃がここにいるんだ? 彩乃は部員じゃないはずだ。
「ふわぁ……どうして私が居るんだと。思っているでしょう?」
欠伸をしながら心を読まないでくれ。
彩乃は欠伸の涙を目に溜めながら横目で俺の方を向いて、
「その答えは簡単です。言ったでしょう? いつでも見張っています、って」
「……そうかい」
いちいち怖いよう。棗が隣だったさっきまでの平穏を返してくれ。
「ところで、彩乃ちゃんはどこに行くかは知ってるの?」
俺の言葉に、途端に研ぎ澄まされた刃物のような目つきになる彩乃。
「誰に許可を得て気安く『彩乃ちゃん』だなんて呼んでるんですか?」
「ご、ごめん、苗字知らないもんだからさ」
まあ知ってるんだけど。凛堂の兄、陽太から情報は聞いたしな。
確か、古川、だったっけ。
「……そうですね。そういえば自己紹介をしてませんでしたね。私は古川彩乃。二年です」
「そうか、じゃ古川とでも呼べばいいかな?」
「呼び捨てですか。なんかイラッときますね」
「ええぇ……古川さん、か?」
「何かそれもしっくりこないというか、嫌というか」
「……嫌なら、なんて呼べばいい? 教えてくれよ」
「そうですね。まあ一番は、そもそも呼んでほしくない、ですかね」
「……そうかい」
そういう意地悪言ってると変なあだ名で呼ぶぞ!
アクビちゃんとかどうよ。……そんなに愛嬌はないけども。
「まあしょうがないので、彩乃、でいいですよ。あまり苗字は好きではないですし」
「そう……分かった」
彩乃の謎の威圧感に委縮しながら会話していると、窓の外の景色が変わってきた。
一面の紺色。浮かぶ数隻の船やらヨットやら。
またなんて夏休みにベタな場所を……。
「そろそろつくわよぉ」
霜平の声に、車内の全員が悠然と広がる海を見た。
◆ ◆ ◆
霜平の言う『そろそろ』は優に三十分を越えており、やっとこ着いたのは海が半望できる丘の上のホテルだった。
青空の駐車場に着くなり、俺達は荷物を下ろしてホテルに入っていく霜平についていく。
自動ドアからフロントまで歩いていく途中、近づいた凛堂に俺は話しかけた。
「おい、なんで教えてくれなかったんだよ」
「……」
「こういうのは前もって言ってくれよ」
「……サプライズ」
サプライズって……コイツはどういう意味でその言葉使ってるんだ?
もしも『突然の贈り物などで、人を驚き喜ばせること』という意味で言ってるなら、今後二度と他人にサプライズしない事をお勧めするぞ。
まあ驚いたこと自体は間違いない。合宿的なものを当日まで知らされてないとかドッキリ番組レベルだ。
フロントスタッフに霜平が手続きをする中、少し遅れて真っ青の四ノ宮と支える彩乃がやってきた。
ちなみに棗は霜平教諭のそばで子供のようにきょろきょろと辺りを見渡している。
当たり前のようにチェックインをしているようだが、ここまで誰一人俺に対して説明は無し。
そろそろ誰か、何か教えてくれませんかね。
「はーい。それじゃツインルームが三部屋なので、部屋割りを言い渡すねぇ。さすがに男女二人はいろいろとまずいから、氷花ちゃんと棗ちゃん、四ノ宮ちゃんと古川ちゃん、凛ちゃんと私って感じで良いかな?」
霜平がカードキーを三枚、デュエリストのように掲げてそう言った。
先生? 男女二人もまずいけど、棗と二人も俺的にはまずいんですが?
「今が十三時五十分か……それじゃ荷物置いて、休憩して十五時に一旦ロビーに集合ねぇ」
霜平はそう言うと凛堂と一緒にエレベーターに向かって行った。
俺も棗とアイコンタクトを取ってから渡されたカードキー――六〇八号室に向かおうと思ったのだが。
「お姉さま、大丈夫ですか」
「へ、へいき……」
辛そうな四ノ宮がすぐ傍の長椅子に腰掛けぐったりしていたので、
「棗、先に行っててくれ」
俺は棗にカードキーを渡してから自動販売機を探した。
幸い御手洗側の通路にすぐに見つかり、俺はその中から敢えて梅ジュースを買ってから元の場所に戻る。
「四ノ宮、大丈夫か? これ」
ぐったり凭れ掛かる四ノ宮に結露の付着する梅ジュースの小さなペットボトルを突き出した。
「え……どうしたの、冬根君」
「あれだ。車酔いにはこれに限る。それ飲めばすぐに良くなるから」
「そ、そうなの? ありがとう、冬根君」
ゾンビのようにゆらゆらと腕を伸ばした四ノ宮に梅ジュースを渡し、彩乃の視線を見ずに――というか怖くて見れない――俺はエレベーターに向かった。
六階に着き、廊下の一番突き当りにある六〇八号室のインターホンを鳴らす。
はーい、という声とともにゆっくりと開けられた扉から、上目遣いの棗が現れた。
「あ、氷花くん、その、おかえり?」
首を控えめに傾げる棗……やっぱりどう見ても女の子だ。
というか棗と二人きりでこの部屋に泊まるのかよ! それはそれでいろいろとまずいような気がする!
入ってすぐの所で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて荷物を乱雑に床に置いた。
デュベスタイルのベッドに腰掛け、一息。
それから、立って俺を見下ろす棗に声を掛けた。
「それでさくら、これ何なんだ? チョコレート部の合宿なのか?」
「やっぱり氷花くん本当に聞いてなかったんだね。ううん、違うよ」
え? 違うの?
「じゃ、何なの? どうして俺こんなところに連れてこられたの?」
「なんかね、霜平先生が、どうしてもここに来たかったんだって」
「?」
「つまりね、ただの旅行ってこと。みんなに声をかけて、先生と一緒に行きたい人が来た感じだよ!」
みんなに声をかけて? 行きたい人が来た?
俺、どっちも当てはまってないのですが?
「僕も行くか悩んだけど、氷花くんも来るって聞いたから、行くことに決めたんだ」
ふうん、最初から俺行くこと決まってたんですか。
「そういえば、霜平先生がなんか言ってたよ。この旅行で氷花くんにやってもらうことがあるって」
「え」
承諾なく勝手に振り回して貴重な夏休みのスタートを蝕んでおいて、『やってもらうこと』ですか。
雑用とかだったら怒っていいですかね、自分。
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結局連れてこられたのは海辺のホテル……そして合宿ではなくただの旅行だったのでした。
夏休み早々、のんびりできない冬根君、ざまあないね!
しかしながら「やってもらうこと」などという不穏な言葉を聞いてしまった冬根君。
霜平教諭は何を考えているのでしょうか。




