初邂逅
私は、今朝と同じようにホウキに乗って、今朝と同じく大教室を目指して空を飛ぶ。
違うのは、速度だけだ。今朝は少し早めに飛んでいたが、今はのんびりと低空飛行で飛んでいる。
初夏が近づいているとはいえ、日が暮れてからは少し風が肌寒い。
上にローブを着てくればよかったかしら。
赤く染まった夕焼けに目を細めながら、私は部屋を出る前にレジーナとの会話を思い出す。
⸻
『私以外にも補習対象者? いったいどんな落ちこぼれよそいつ?』
『それだとステラちゃんも落ちこぼれになっちゃうけど……まぁいいや。たしか名前は……アビゲイル・クリアナイトさん、だったかな?』
『聞いたことない名前ね。そんな奴いたかしら?』
『彼女、いつも遅刻ギリギリに歩きで教室にやってきて、誰よりも早く退出してるから、ステラちゃんは見覚えがないんじゃないかな?』
この時、私はそのアビゲイルという名の彼女に全く興味を持っていなかった。
なぜなら、レジーナの話を聞く限り、アビゲイルは授業にやる気のない、不真面目な生徒だからだ。
落ちこぼれるべくして落ちこぼれた不良。私とはうまが合わなそうな奴。
私はそう思っていた。
『でも、入学直後に結構話題になったのに、本当に名前すら彼女のこと知らないのステラちゃん?』
『何よ? そのアビゲイルって子は有名人なの?』
『有名もなにも、彼女、今年唯一の外部入学生にして、今や使い手がいないとされる精霊魔法が使えるって噂だよ』
精霊魔法。
もはや古代魔法と称されるほど、失われて久しい古の魔法だ。
なんでも、精霊の力を借りて行われる魔法なのだそうだが、数々の魔法書を読み込んだ私でもその詳しい実態は掴めていない。
それに、外部入学というのもかなり珍しい。
魔女の大半は、死ぬまで私たちが今住んでいる大陸魔導国家、エンディミオンに滞在しており、この国以外に魔女がいるという話は聞いたことがない。
魔女は生まれてから死ぬまでこの国に永住するというのが通説である。
アビゲイルはこれまで何をしていたのか、どういう経緯でこの国にやってきたのか。
そして、精霊魔法とはいったいどういったモノなのか。
この時点で、私は彼女に対して興味津々になっていた。
『天才である私を差し置いて話題になるとは……やるじゃないアビゲイル。レジーナ、彼女の特徴を教えてもらえるかしら?』
─────────回想終了───────────
まだ見ぬアビゲイルについて、私はあれこれと思案をしながらホウキに乗っていると、いつの間にやら一時限目と同じ大教室に着いていた。
教室の天井に開いている大穴から、再び内部へとホウキを進める。
ちなみに、この大穴は魔女以外を通さない仕様になっており、雨や風などは通らない。
いったいどういう原理でそうなっているのか。皆目見当がつかない。
おや?
教室の隅っこに女の子が座っている。
どうしてこんな広い教室の中、他に誰もいないのに隅っこに座っているのかしら?
この教室にいるということは、彼女がアビゲイルなのだろう。
レジーナが言った特徴は、白く長い髪をした女の子、だそうだ。
情報があまりにも少なすぎると思う。
まあ、白い髪の女の子なんて、そうそういないから一目で分かったけどさ。
私はホウキを降りて、隅っこに座っている彼女に近づいた。
アビゲイルは、目の前に私が立っているというのに、こちらを見向きもしない。
私はその態度に少しムッとしたものの、すぐに考えを改めた。
前髪なっが!
あれ、もう何も見えてないでしょ。
私を無視してるんじゃなくて、ただ単に気づいてないのねこの子。
仕方がないので、私から話しかけることにする。
「こんにちは、アビゲイル。あなた、お婆ちゃんみたいな髪の色してるのね」
「──────!?」
前髪で表情はよく見えないけど、なんだかとても驚いているみたい。
きっといきなり話しかけられてビックリしたのでしょうね。
「………貴女はたしか、ステラ・ヴェールさん……」
「ええ、そうよ。覚えてくれているのね、嬉しいわ」
私は努めて友好的に振る舞う。
精霊魔法を使えるという彼女とはぜひ仲良くしたいわね。
それに、せっかくの補習仲間なんだし。
私は手を差し出して、握手の姿勢を見せる。
「………………」
「……………?」
あ、あれ? 握手しようとしてるの見えてない?
彼女は俯くだけで、何も動きを見せない。
もう一度声をかけようかとしたところで、先にアビゲイルが口を開いた。
「あなたも私を虐めるんですね……」
「はあ!? 何を言ってるのよ急に!?」
怯えた様子で席を立って、アビゲイルは私と距離を取ろうとする。
私はそんな彼女の手を掴んで、事情を聞こうとする。
「離してください! 私は貴女達のストレスの捌け口になるためにこの学園に来たわけじゃありません!」
「だから何を言ってるのよ! 私、まだ何もしてないでしょう!?」
「まだ!? やっぱり何かするつもりじゃないですか!!」
なんなのこの子!?
思い込みが激しいにも程があるわよ!
キチンと話をしようと手を掴むが、アビゲイルには抵抗をされて揉み合いになり、お互いの服が乱れる。
まったく……仕方ない子ね。
「……? 両手を開いて何をするつもりですか? これ以上近づかないで……っ!?」
私はアビゲイルをギュッと抱きしめる。
「落ち着きなさい。私は何もしないから」
レジーナはこうして抱きしめてやると、どんなに慌てた状態からでも一瞬で落ち着くのだけれど……あいつ以外にも効果あるのねこれ。
アビゲイルもさっきまでのパニックが嘘のように大人しくなった。
その際、アビゲイルも私より身長が高いせいで、彼女のパッと見よりも大きな胸が私の顔面に押しつけられる。
やれやれ、もう巨乳はコリゴリよ。
「なんで私があなたを虐めると思ったの?」
背中をポンポンと叩いて、彼女を落ち着かせながら尋ねる。
「だって……いきなりお前、老婆みたいだな、なんて言われたら、傷ついちゃいますよ…」
「うん? あー……そっか。ごめんね、悪気があったわけじゃないの。本当よ」
「いえ。私の方こそ、パニックになってしまってお恥ずかしい……!」
アビゲイルは、前髪で隠れている顔をさらに手で覆い隠して、私から離れる。
これがレジーナだったら軽く3時間くらいは離れようとしなかっただろう。
手が掛からなくて大助かりである。
これで一先ず落ち着いて話ができそうね。
「えーっと……これ、どういう状況なのかな?」
あ、ヘレナ先生。
私とアビゲイルがごちゃごちゃ色々とやっている間に、ヘレナ先生はすでに到着していたようだ。
ホウキから降りて、ヘレナ先生は私とアビゲイルの間に視線を右往左往させる。
お互いに乱れた制服。
アビゲイルの巨胸に押し付けられてぐしゃぐしゃになった私の髪。
恥ずかしそうに顔を覆うアビゲイル。
ヘレナ先生は冷静にその場を分析すると、頷いた。
「…………30分後に出直すね……」
先生は、そう言って再びホウキを召喚して跨った。
「待ってください先生! 誤解ですから!! 待ってぇぇーーー!!」