現実逃避
「なんだ、夢か……」
「起きて早々、現実逃避はよくないよ、ステラちゃん……」
目が覚めると、視界の先にはレジーナの顔があった。後頭部に柔らかな感触を覚える。どうやら私はレジーナに膝枕をされているようだ。チッ、夢オチだったらよかったのに。心からの落胆と共に、ため息を吐いた。
上体を起こして辺りを見回すと、私とレジーナの共同の部屋に戻っていることが分かった。私のベッドの上で、レジーナが膝枕をしてくれている。そこで、私はもう一つの事実に気づき、背中にじっとりと汗をかいた。
おかしいわね。ついさっきまで朝日を浴びていたはずなのに、窓の景色が夕焼け色だわ。
「私、どれくらいの時間意識を失ってた?」
嫌な予感がする。恐る恐る尋ねてみると、レジーナは申し訳なさそうな顔で答えた。
「だいたい、10時間くらい……」
じゅ、10時間……!?それじゃ、一時限以降の授業を全部サボってしまったことになるじゃない!!
「いや、やっぱりこれは夢よ……!私は悪夢を見ているに違いないんだわ……!!」
「重症だなぁ……」
一刻も早く目覚めなくては! 授業に遅刻なんてしたら、ヴェール家の恥さらしだわ!私は近くに転がっていたステラガーンを手に取り、発射口を自分に向けた。
「何やってんの、ステラちゃん!?危ないからそんなことしちゃ駄目だよ!」
「あっこら、返しなさい、レジーナ!私はこの悪夢から抜け出すのよ!」
「辛くても現実を受け入れて!」
結局、ステラガーンはレジーナに没収されてしまった。畜生……この思い通りにならなくて理不尽な感じは、間違いなく現実だわ!
「はぁ……もう大丈夫よ、レジーナ。落ち着いたわ」
一通り暴れ倒した私は、ようやく現実を受け入れることができた。ちょっと気が動転していたわね。レジーナがいてくれて助かったわ。
私が落ち着いた様子を見せると、レジーナはホッとした顔をして、抱きついてきた。
「大丈夫だよ、ステラちゃん。私がずーっと一緒にいるからね。困ったらいつでも頼ってくれていいんだよ?」
「……ありがと」
普段は気持ち悪い言動をするレジーナだけど、今だけは彼女に甘えていたい気分だ。……なんか照れくさいわね。
「そういえば、あんた、私が気絶してからずっと膝枕していたの?」
なんとも言えない照れくささを紛らわせるために、私は未だに抱きついて離れないレジーナを引き剥がしながら、ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。レジーナは私から離されて、露骨にションボリとした顔で返事をした。
「そうしたいのは山々だったんだけど、やっぱり授業はサボれなくてね。ステラちゃんを部屋に運んだ後は、いつも通り過ごしたよ」
「そうなの? ていうか、起こしてくれたらよかったじゃない!そうすれば、私も授業を休むことなかったのに!」
「ステラちゃん、何しても起きなかったんだよ……それくらい補習がショックだったんだね」
たしかに、かなりショックだったし、そういうもんかしら。気絶なんて初めての経験だから、よく分からない。
「授業が全部終わったのが12時だから、それからずっとステラちゃんを膝枕してたよ」
「えっ、お昼も食べずに?」
「うん!」
壁にかけてある時計を確認すると、時刻は5時を回っていた。たまらず、私はレジーナを叱り付ける。
「5時間もレディの顔ジロジロと見るんじゃないわよ!あと、私はいいから、お昼くらいちゃんと食べなさいよ!!」
「ご、ごめんね。でも、私は全然苦じゃなかったよ。ステラちゃんの寝顔を見てたら、時間なんてあっという間だったから」
まったく。私を心配するのはいいけど、自分の身を顧みないのがレジーナの欠点ね。それと、気持ち悪いところも。
「ていうか、私もお昼食べてない!お腹減った!」
「もうすぐ夜ご飯だから、我慢しよ? あ、そうだった!」
レジーナは突然、何かを思い出した様子で、一際大きな声を上げた。
「ヘレナ先生から伝言があるんだよ! 補習の件で」
補習、という単語に私はうげっと顔をしかめてしまう。なんて嫌な響きの単語だろう。私が立派な魔工師になって偉くなった暁には、この単語を抹消してやるわ。
「とりあえず、聞かせてくれる?」
あまり気は乗らないけどね。レジーナは頷くと、ヘレナ先生の伝言を話し出す。
「えっと……『補習は一時限目と同じ場所で、本日の5時半に行う。もし体調が悪かったら別の日に変えても構わない』だって。どうする、ステラちゃん?」
「随分と急な話ね。当然、今日受けるに決まっているわ。嫌なことを後回しにして良いことなんてないもの」
「ステラちゃんならそう言うと思った」
レジーナは屈託なく笑って、私のことを見透かしてくる。まあ、付き合いも長いからね。お互い、相手が何を考えるか予想するくらいなら簡単だろう。
「5時半までもう時間がないし、私はヘレナ先生に会いに行こうと思うけど、他になんかある?」
「あ、そうそう! これは伝言とかじゃないけど、もう一つ伝えたいことが」
人差し指を立てて、レジーナはまだ何か伝えたいことがあるようだ。私は黙って話の先を促す。
「補習対象者なんだけどね。ステラちゃんの他に、もう一人だけいるんだ」
レジーナは神妙な面持ちで、そう言ったのだった。