私の自信作
「君たちが一体何を見せてくれるのか楽しみで、昨日は寝付けなくてね。それで寝坊しちゃったんだよ」
ヘレナ先生は恥ずかしそうに言い訳しながら、破損した教卓に向かって杖を一振りする。
すると、みるみるうちに砕けた教卓が元通りに修復されていった。
さすが、先生をやっているだけあるわね。
呪文なしで修復魔法を使えるなんて、今の私じゃ到底真似できないわ。
でも、そのうち追い抜いてみせるけど。
次に、ヘレナ先生は空中に浮かぶホウキにも杖を振ると、ホウキはその姿を消した。
恐らく物体転移魔法を使ったのだろう。こちらも呪文なしで使うのは簡単ではない。
キーンコーンカーンコーン
鐘の音がアウストラス学園内に響き渡る。
授業開始の合図だ。
「チャイムも鳴ったことだし、さっそくみんなの成果を見せてもらおうかな。入学して一ヶ月が過ぎた君たちの実力を、この中間選考で評価するから頑張ってね」
中間選考。
これは、一学期に二回行われるテストのようなものだ。
評価が高ければ、それに応じたメリットもある。
ヘレナ先生は生徒たちを見回し、腰につけたポーチから名簿表を取り出した。
ポーチよりも大きな名簿表が仕舞われているのを見るに、圧縮機能がついているようだ。
かなり良いお値段がするものだろうけど、先生って案外儲かるのね……。
「一人ずつ名前を呼んでいくから、呼ばれたら返事をして、各自の作品を私に直接見せておくれ。あ、もちろん出来が悪ければ補習があるからね」
その一言で、生徒たちの間に緊張が走る。
当然だ。こんな大勢の前で補習宣告なんてされたら、誰だって恥ずかしいもの。
「うぅ……緊張してきた……自信ないなぁ……。ステラちゃん、大丈夫?」
「当たり前よ。あんたは自分の心配だけしてなさい」
隣のレジーナが、不安そうに私の手をギュッと握ってくる。
仕方がないので、彼女の心配を和らげるために私もその手を握り返す。
まったく、凡人たちは大変ね。
いちいちそんな心配をするなんて。
こんなもの、ドーンと構えていればいいのよ。
その間にも次々と名前が呼ばれ、中間選考は順調に進んでいく。
私は、他の子たちのありきたりな作品をボーッと見ていた。
「次、ステラ・ヴェールくん、来てくれるかな?」
お、とうとう私の番ね! 待ちくたびれたわ!
「頑張って!」と応援してくれるレジーナにウインクを返し、じんわり汗をかいている彼女の手を離す。
私は今朝完成したばかりの自信作を両手で抱えて、ヘレナ先生の元へ駆け寄った。
「どうぞ先生、これが私の作品です!」
「おや? これは見たことがない品だ。もしかしてステラくんのオリジナルかい?」
「はい!」
私がそう答えると、教室内でざわめきが起こる。
「嘘でしょ?」や「信じられない」など、私の実力を知らない無知な言葉が飛び交う。
ふふ……凡人たちの反応が心地よいわね。
でも、「ヴェール家の力のおかげ」なんて言われるのは心外だわ。
これは私が天才なだけであって、家は関係ないのに。
「一年生でオリジナル作品を作れるなんて凄いね。じゃあ、さっそくどんな魔道具か説明してもらえるかな?」
「はい! この作品の名前は、ステラガーンって言います!」
名前の由来は、雷に打たれたようなインスピレーションから生まれたからだ。
結構気に入っている。私はネーミングセンスも天才的かもしれない。
続けて、ヘレナ先生に作品の凄さを説明し始める。
「一見変な形をした筒に見えるかもしれません。でも、持ち手に引き金があるのが分かりますか? 魔力を込めて引き金を引くと、魔力でできた弾を打ち出すことができるんです!」
私は実演として、ステラガーンを空に向けて引き金を引いた。
すると、勢いよく魔力の塊が発射され、空へと消えていった。
自信満々の表情でヘレナ先生に向き直る。
「それで?」
「それで……えっと、杖がなくても魔力の塊を打てるんですよ? 画期的じゃないですか?」
そこで続きを求められても困るわ。
こんな画期的な作品、見たことがないって反応を期待していたのに……。
「これは……うーん………ステラくん」
「なんでしょう?」
ヘレナ先生は言いにくそうに口を開いた。
「君、補習ね」
「はぁぁあああ!? なんでですか、意味わかんない!!」
私は教卓を叩いて身を乗り出す。
納得のいく説明を要求するわ!
「いや……だって、君、今回の課題内容分かってる?」
「そんなの当然じゃないですか。魔道具を作ればいいんでしょ……う……」
口に出して初めて、私が間違っていたことに気がついた。
「自分で気がついたみたいだね。君が作ったのは魔具だ。課題内容に違うものを作ったら駄目だよ」
魔具と魔道具の違い。
それは、一般人でも使えるかどうかにかかっている。
魔道具は魔力のない一般人でも使えるように調整された魔法の道具。
そして、今回私が作ったような、魔力を通すことで使えるようになる魔法の道具は、魔具と呼ばれている。
ステラガーンは杖なしでも使えるから、一般人でも使えると勘違いしてしまったんだわ!
なんてことか……こんなことにも気がつかないなんて……。
最近、あまり寝ていなかったせいに違いないわ。
「アハハハ! 名門ヴェール家の娘が補習だって! なっさけな〜い!」
教室の左端から、複数の笑い声が聞こえる。
彼女たちは、さっきからヴェール家の力がどうこう言ってた連中だろう。
ふむふむ、なるほどね……。
「殺そ」
ステラガーンを彼女たちの方に向ける。
私を馬鹿にする奴は全員ぶっ殺してやる。
「やめなさい」
「あいたっ!?」
ヘレナ先生に頭をグーで殴られ、ステラガーンも奪われてしまった。
魔女が暴力を振るうなんて、野蛮だわ。
「ステラくんは確かに間違えたけど、君のチャレンジ精神は素晴らしい! そこは高く評価しているよ」
「え? じゃあ補習も免除してくれたり……!」
思いの外、好感触を得ているみたいで、淡い期待を寄せてみる。
ヘレナ先生を信じろ!
「いや? 補習は絶対にするよ」
「クソ教師!」
「先生になんて口の聞き方をするんだい」
あ、失礼。
淑女としてはしたない言葉遣いをしてしまったわね。
姿勢を正し、改めてヘレナ先生に向き直る。
「ちょっと勘違いをしてしまっただけで補習は酷いと思います! 撤回を要求します!」
「補習の理由はもう一つあるけど、聞く?」
「当然! 納得する理由を聞くまで引き下がりません!」
食い下がる私に、少し疲れた様子を見せるヘレナ先生。
でも、私は容赦しない。補習を回避してみせるわ!
「じゃあもう一つの理由も言うけど、ここ、生活学科。ステラくんが作った作品はどう見ても武器だよね? そもそもコンセプト自体が間違ってるんだよ」
「……………………」
補習が避けられないことを理解した私は、この耐えがたい現実から逃れるために意識を手放した。