魔女の持ち物
ホウキに乗って、私達は空を駆ける。
今日は快晴だ。
どこまでも続く青空と白い雲が、私達を迎えてくれる。
こんな天気だと、ホウキに乗って空を自由に飛びたくなるわよね。
私は愛用のピンク色のホウキを撫でながら、空を見上げた。
「ステラちゃん、今日が課題の提出日だけど、その変な筒、昨日までステラちゃんが作ってた作品なの?」
ホウキに乗って並走するレジーナが、私の肩に掛けている作品を指差して聞いてくる。
ふふ、よほど私の作品が気になるみたいね。
「ええ、そうよ。今回はかなりの自信作だから、楽しみにしてなさい。この作品、魔女界の歴史を変えることになるわ」
先生が私の作品を見て驚く顔が目に浮かぶ。
世紀の大発明を発表するのが今から楽しみだわ。
私は笑いをこらえながら、その気持ちを隠すようにホウキのスピードを上げる。
「ステラちゃんが自信満々だと、逆に不安だなぁ……」
そう言いながら、レジーナは私の後ろで心配そうに見守っている。
そんなやりとりをしていると、あっという間に一時限目の教室に到着した。
私達の部屋からここまで歩くと15分くらいかかるけれど、ホウキならすぐだ。
私達は開け放たれた教室の天井から、ホウキに乗ったまま室内に入った。
教室内は、先生の教卓と黒板を中心に、周囲を囲むようにテーブルとイスが配置されている。
たとえ生徒が五百人もいようと、この広さなら余裕がある。通称「大教室」と呼ばれている部屋だ。
実際、この教室を使う生徒は五十人ほどなので、好きな席に座れる。
大部分の授業がここで行われるため、私達もこの教室には慣れている。
すでに他の生徒もちらほら集まってきている。見覚えのある顔も何人かいる。
私達はホウキから降りると、授業が見やすい中央の席に座った。
席を確保した後、私はレジーナに話しかけた。
「それで、あんたは何を作ったのよ、レジーナ。私に聞いておいて隠すなんてズルいわ。教えなさい」
「ステラちゃん、結局教えてくれなかったじゃん……しょうがないなぁ」
レジーナは困ったように笑いながら、ホウキを降りてカバンを机の上に置く。
ホウキに乗っている間も片手でカバンを持っていたから、バランスを崩しそうで心配だった。
レジーナはカバンに掛かっている魔法の鍵を杖で開ける。
魔女にとって、作品は大切な財産だ。それを守るためには、魔法耐性の高い鍵や倉庫を使わなければならない。
レジーナのカバンは、なかなかの上物で、私も欲しくなるくらいだ。
「良いカバンね。今度何かあったとき貸してちょうだい」
「別にいいけど、ステラちゃんも買えばいいのに。ヴェール家は私の家より裕福でしょ?」
「実家は実家、私は私よ。それに、カバンごときでお母様に頼るのは良くないわ」
私の実家、ヴェール家は国有数の魔女の名門で、かなり有名な一族だ。
私もその一員として、恥じないように日々努力している。
お母様にカバン程度のことで頼るようでは、一人前の魔工師にはなれないわ。
…レジーナには頼るけどね。
「偉い! 偉いよステラちゃん! 私はステラちゃんのそういうところが大好き! カバンなんていくらでもあげちゃう!」
「いや、貸してくれるだけでいいから! あー、もう、くっつかないで、暑苦しい!」
レジーナが抱きついてきたので、私は引き剥がす。
彼女は私より一回り大きいから、抱きつかれると胸が顔に当たってちょっとムカつく。
私はレジーナの胸と自分の胸を比較して、悲しくなる。
きっと、私の頭に回す栄養が胸に回ってるんだわ。そうに違いない。
「いいから、さっさと作品を見せなさいよ」
私は機嫌が悪いのを隠さずに、顎をしゃくって催促する。
レジーナは焦ってカバンから作品を取り出す。
「ごめんねステラちゃん、機嫌を直して。ほら、これが私が作った作品だよ」
レジーナはそう言いながら、机の上に厚みのあるうちわに似たものを置いた。
私はそれを見て、すぐに思い出した。
「これ、風扇子じゃない。こんな既製品を作って楽しいの?」
レジーナが作ったのは、普通のうちわより大きな風を起こせる風扇子だ。
これも魔道具の一つで、夏によく売れるらしい。
「私達、まだ入学したばかりじゃない? オリジナルの魔道具を作れる人なんて、ステラちゃんくらいだよ」
「私は天才だから当然よ」
レジーナに私と同じことを求めるのは、少し無理かもしれないけど。
私の親友なら、もっと頑張ってほしいところだわ。
私は風扇子で顔を扇いでみて、その出来を確認する。
「風が生温かい……」
「初めての作品だからしょうがないよ〜……」
レジーナの風扇子は、涼しいどころか生温かい風を吹き出す。
私はそれを机の上に放り投げ、やはりプロの魔工師の作品は凄いと実感する。
技術の差は、私達学生ではどうにもならない。
でも、私はいずれ世界にその名を轟かせる立派な魔工師になるわ!
そんなやりとりをしている間に、教室には生徒達が集まり、授業が始まる時間となった。
でも、肝心の先生がまだ現れない。
辺りを見回すと、開け放たれた天井から、ものすごいスピードで一人の魔女がホウキで突っ込んできた。
前の方の席の生徒に直撃する勢いだ。
私は事故を防ごうと杖を取り出してその魔女を止めようとするが、すぐにその魔女が誰かを認識して、杖を仕舞う。
その魔女は、遅刻ギリギリで教室に突っ込んで、空中で急静止し、その勢いで頭から教卓に突っ込んだ。
何してるのあの人は……。
木片が散らばり、砕けた教卓の中から、その魔女は元気そうに立ち上がった。
「やーやー遅れてすまない。みんな元気にしてたかな?」
栗色の髪をポニーテールにし、どこか凛とした雰囲気を持つその魔女は、この授業の先生、ヘレナ・シュタインバーグ女史だった。
…でも、頭に木片が刺さってるよ。