9.皇后陛下とお茶会を
皇后陛下にお茶にお招きされた私は、御前に参上すると儀礼通り頭を下げました。
「陛下……」
「かしこまらないで。名前で呼んでと言っているでしょう」
でも、もうお呼びすることができなくなるかもしれないんです、とは言えませんでした。
エリアスに釘を刺されたからでもあったけれど、皇后陛下が大好きだったから。
仲の良い皇帝夫妻の娘になれることを、私は嬉しく思っていました。
「お母様が亡くなられて悲しすぎたのかしら。他人行儀に戻ってしまったのね。レオンが寂しがっていたわ」
「殿下がーー?」
そんなはずは、と言いかけて私は口を噤みました。陛下が話を続けられたからです。
「あの子は小さい時からあなたが大好きだったから。聞いたかしら? ドレイク公爵を外戚にすることに誰もが反対したのに、あなたが皇太子妃に決まったのは、他の子では嫌だとレオンが言い張ったからなのよ。セントクレア公にまで話をつけて」
「でも、他に候補はいらっしゃいましたよね? だから、何度も皇宮に呼び出されて審査されたのだと……」
「その段階では選考なんてとっくに終わっていたのに、あなたに月に一回でも会いたいからって、そういうことにしたのよ。小さい時から小賢しいこと。あの子は、あなたに会ってお茶をしたかっただけ」
「ですが、なぜ殿下は私など……」
「恋に理由がいるかしら?」
「気づいたら気になっていたーーではないの?」
レオン殿下のお母様であるエリザベート皇后陛下は、殿下と同じ色の目を瞬かせて仰いました。
とても麗しい、模範的な美女でらっしゃいます。同性の私でも、思わず見とれるくらいに。
「あなたはレオンが好きではないの?」
「分かりません」
「では、嫌い? 触れられて嫌な気持ちがする?」
「いいえ! そんなことは……」
「辛い時にそばにいて欲しいと思った?」
「はい……」
いてはくれなかったけれど。私は唇を噛み締めました。
「レオンがするようなキスを、従兄のエリアスともする?」
「いいえ」
「エリアスとしたいと思う?」
「いいえ」
「辛い時に側にいてほしいと思ったのは、レオン?」
「はい」
「どうしてエリアスは想定しなかったのかしら?」
なぜかエリアスを呼ぼうと思わなかったし手紙も書きませんでした。
必要なことはセントクレア家に伝わるし、彼らが必要と判断すれば来てくれるという話とは別に。
「セシリア、その違いは何だと思う?ーーそれが親戚の好きと、恋人としての好きの違いではないのかしら?」
皇后陛下の言葉に、私は虚を突かれました。
「ですが……殿下に触れられるのは決して嫌ではないんですが……でも、時々嫌なんです」
「どうして?」
「時々、怖くて……」
「どんな時、どんなふうに怖いの?」
「あの……キスをしている時、時々……殿下が私を見る目が怖いんです……」
私は縮こまりながら声を振り絞りました。「それに、最近出しきしめられたりする腕も強くて、キスも激しいので……私、怖くて震えてしまうんです」
「レオンは、そこでやめるの?」
「はい」
気のせいか舌打ちのような音が響きました。まさか上品でお美しい皇后陛下が舌打ちなどするはずもありません。私の空耳なのでしょう。
「セシリア、その怖いのというのは、もしかして背筋がゾクゾクする感じのことかしら?」
「そうです」
「その答えはーーいいえ、今ではなくていいわね」
皇后陛下は美しい唇でにっこりと半月を描くと話題を変えられました。
「セシリア、私、17歳で嫁いできて20歳の時レオンが生まれたの」
「はい」
「私の母もそうでした。まだ38歳ですが、もう、いつ孫ができてもいい覚悟はできていますからね」
「陛……下……?」
皇后陛下が何を仰りたいのか分からず、私は首を傾げるしかありませんでした。