29.皇后陛下と家族の時間
皇后陛下にお呼ばれした部屋に入ると、そこには色とりどりの布が広げられていました。
「セシリア、元気そうでよかった」
にっこりと皇后陛下は仰いました。「もう泣いてはいないわね」
「はい、陛下」
私は率直に答えました。
つい先日までとても悲しかったことなど忘れてしまうくらい、今は幸せでした。
お母様に申し訳ないくらいに。
明るく淡い色や、花模様の布たちのような華やかな気持ちだったのです。
つい先日の私なら、それを見ただけで気持ちが沈んでいたことでしょう。
ですがレオン殿下の誤解が解けたことや、母に対する皇帝陛下の評価をお伺いしてからは、お母様の死はそれほど悲しいものではなくなっていたのは事実です。
私はどれだけ自分勝手なのだろう、と気づき、恥じ入りました。
「あなたが薄情だと、責めているのではないのよ」
皇后陛下は、お美しい眉を困ったようにひそめられました。「むしろ私の方こそ許しを請わなくては」
「陛下が……ですか?」
「だから今日はお詫びも兼ねて、あなたのドレスを仕立てようと用意させたの」
「お詫びだなんて……私、何もされていません」
「あなたが心細いときに、その力がありながら手を差し伸べなかったことを許して欲しいの。どれだけ心細かったか。私も嫁いで来た時は一人でした。両親は存命だったけれど、遠い小国で、頼ることはできなかった。嫉妬される方もいて、心細くてーーなのに、あなたが頼れる相手が少ないことを知っていて、近しい境遇と知りながら、あえて放置しました。今は味方がたくさんいるというのに……」
皇后陛下は目を伏されました。「でも、信頼関係を築くには他人が手を出すべきではない、周囲にはどうすることもできない、夫婦になるならなおさらだと信じるからこそ、あえて見て見ぬ振りをしました。陛下や公爵は多少介入されたようですが……私はーー自分と陛下の時がそうだったからこそ、私の立場で余計な手も口も出すべきではないと静観してしまいました」
「陛下……」
「お母様も亡くされたばかりだというのにーーでもこれからあなたはどんな問題もレオンと解決していかなくてはならない。そう思って、あえて距離を置きました。そのことを許せないというなら、許さなくて構いません。でも私があなたを嫌っているわけでも拒絶しているわけでもないとは知っておいてほしいの。私はーー幸いにも娘ができなかった分、むしろあなたを可愛がりたいと思っているのよ」
皇后陛下は寂しげに微笑まれました。
「そんな……! 許せないなんて、そんなこと思ってもいません!!」
「セシリア、気を使って無理はしなくていいのよ」
「私、自分のことだけで頭がいっぱいで、距離を置かれていたことも気づかなかったくらいなんですから。むしろ陛下がそんなお気持ちで思ってくださっていたなんて、申し訳ないくらいです。私は……むしろ愛情深い家庭が分かりません。優しくて素敵な皇后陛下も、仲のいい両陛下も私の憧れでした。昔から、義理にでも娘になれることは私に取っても、楽しみでした。ええと……申し訳無いのですが、皇帝陛下は怖いですが……」
「私もそうだったのよ」
皇后陛下は咎めるどころか、懐かしそうに仰いました。「よく知りもしない相手と強引に結婚させられて、顔も好みじゃないし、嫌だったし怖かった。来たばかりの頃は、逃げ回っていたし、泣いてばかりいました」
私とレオン殿下は小さい頃から旧知の間柄でしたが、政略結婚というのはどんなに心細いことでしょう。
結果として、仲睦じい夫婦におなりですが、これが気が合わなかったとすると、ぞっとします。
「加えて、お義母様も性格が悪くて……誰かに助けてほしいと思っていたし、誰も助けてくれないことを恨みに思う気持ちもありました。見かねてセントクレア公爵だとかよくしてくれたけれど、結局は私たちの問題で、私がアルフレッドと向き合わなくては解決しない問題でした。それはとても勇気が必要で、時間がかかりましたけれど……」
どのような状況かは分かりませんが、目の前の華奢で線が細い皇后陛下が、あの皇帝陛下に向き合おうというのは相当勇気がいったことでしょう。
「最初から好き同士というあなたたちが、少し羨ましいわ」
皇后陛下は仰いました。「でもーーだからこそ私は、息子たちのお嫁さんを大事にしようと思っていたの」
皇后陛下は私の手を取ると、ご自身の細っそりとした手を重ねられました。「代わりにはなれないと分かっているし、母と思ってーーとは言えません。でもこれからは、私があなたを甘やかすことを許してもらないかしら? だからあなたにドレスを贈らせてほしいの。この中から、好きなだけ選んでちょうだい。普段使いから夜会用まで、これからいくらでも必要になりますからね。デザインの見本帳もあるのよ。ウエディングドレスは好みを考えながら、追い追い決めていきましょう」
「私……私……あの、嬉しいです」
お気持ちがありがたすぎて、私は驚いて言いました。
今までとは違った意味で、目頭が熱くなっているのを感じました。
実のお父様からも、こんな思いやりをかけられたことはありません。
お母様も、私のことよりも自分の意地が大事だったと、気づかされました。
血の繋がりはないのに、このように大事に思っていただけているなんて。
そう思うと、感極まっていたのです。
「あー、エリザベートが、セシリアちゃんを泣かせてるー」
通りがかられた皇帝陛下が緊張感のない声で仰いました。「何? 早速の嫁いびり?」
「あなたのお母様じゃあるまいし」
皇后陛下は、唇を尖らせられました。
「大量の生地を前に、何の話をしてたらこうなるわけ?」
皇帝陛下は目をパチクリさせて仰いました。「大抵の女性はドレスを新調するのは大好きだと思うんだけれど、君達2人は稀有だよねぇ」
「あなたのことが大っ嫌いだったという話をしていただけです」
皇后陛下はツンと顔を反らせて仰いました。
「……過去のことでも蒸し返されると傷つくんだけど……それで、なぜ私じゃなくてセシリアちゃんが泣くのさ?」
「あの……皇后陛下のお気持ちが嬉しくて……申し訳ございません」
涙をぬぐいながら、私は答えました。「私、あんなに毎日悲しいと思っていたのに、殿下と両陛下のおかげで、そんなことも忘れて、今とても幸せだと気づくことができました。私がーーレオン殿下と結婚してもいいのでしょうか?」
「当たり前です」
「勿論」
お二人の声が唱和されました。
「ただ、式を挙げられるのは、一年後だけどね」
「あら、準備には時間がどれだけあっても足りませんわよ」
皇帝陛下に対し、皇后陛下が仰いました。
「君、結婚式の準備なんかしたことないじゃないか」
皇帝陛下が目をパチクリさせて仰いました。「君がつっけんどんで非協力的な態度だったから、ぜーんぶ私が決めて手配したんだよ」
「結婚させられることに合意していませんでしたから」
皇后陛下は冷たく仰いました。「ですから今回は私も介入して、ドレスも何もかも、本人たちが納得のいくものを用意させます」
「何それ、不本意だったってこと!? あんなに似合ってたのに」
「あなたの強引さから子供達を守るのが私の役目です」
皇后陛下は仰いました。「あなたが口を挟んでは、本人たちの希望が通らないと言っていますーーですが、センスが悪いとも嫌だったとも言っていませんーーええ、あなたのセンスは悪くはありません」
私には、それが皇后陛下の最上級の褒め言葉なのだと分かってきました。「だからあなたからも、セシリアに何か見立てて差し上げたらいかが?」
「あれがいい」
陛下は間髪置かずに、指差されました。
あまり選んだことのない、金糸の刺繍の入った黒地の生地でした。「どうせ君達が選んだら可愛い系になるんだろうから、大人っぽいのがあってもいいと思うな。こういうことなら、レオンだって選びたいんじゃない?」
「あのーー陛下はどんなドレスがお好きですか? 私、レオン殿下がどんなドレスがお好みかわからなくて……」
男性の意見を聞きたくて、私は質問していました。
「脱がせやすいドレス」
陛下は真顔で仰いました。「結婚以来一貫して言い続けても、エリザベートが聞いてくれたことはないんだけれど……それに尽きるね」
「論外です」
皇后陛下は冷たく仰いました。「レオンはセシリアさえいれば、裏表だろうと前後ろだろうと気づかないと思います」
「……かもしれない……」
皇帝陛下も同意されました。
「では用も済みましたし、採寸がありますので、出て行ってください」
皇后陛下は、ご夫君を追い出しにかかられました。
「用済みになったら名残を惜しむ間も無く追い出されるとか、なかなか非情だね……」
皇帝陛下は苦笑しながら、人差し指で頰を指し示されました。「お財布係に何かご褒美はもらえるのかな?」
「頑張ってらして」
皇后陛下は仕方がないという素ぶりで、そっと皇帝陛下の頬にキスされました。
皇帝陛下が耳元で何事かを囁き、皇后陛下の顔が朱に染まられました。
ため息が出そうなくらい麗しく仲睦まじいお二人のご様子に、私も幸せな気持ちになったのです。




