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13.秘密の花園(side レオン)

 皇太子妃候補たちが集められたお茶会で、私は正直面倒くさくなって、母上に後を任せ場を離れようとした。

 今なら考えられないが、10歳の子供だから許されたことだ。


 庭園の開けた場所に設えられた会場には、お菓子やお茶の用意されたテーブルや、日の避けられる天幕があった。

 私の同世代が前提なのだから、お菓子に群がる子の方が多かったが、時々関係ありませんと取り澄ました子もいた。日陰になる天幕は、日焼けを機にするような大人たちーー主に母上用だ。


 それらの喧騒から離れた皇宮への帰り道、道端でうずくまって泣いている女の子を見かけた。

 

 それがセシリアだった。


「どうしたの? 道に迷った?」

 自分で聞いていてそれは不自然だと思った。ここの方が建物が近く、お茶会会場だって遠目に見えている。


 この子は、あえて人が来ない方に身を隠していたのだろう。


「いいえ、迷子じゃありません」


「どうして泣いているの?」


「私、私、どうしても皇太子殿下に気に入られなくちゃいけないんです」


「どうして?」


「私がいい子で、自慢できる子じゃないと、お父様がお母様を責めるから……」

 どんなクソ親だ。私は内心毒づいた。


「皇太子とは会えたの?」

 他人事のように私は言った。名乗り出てしまうと、目の前の怯えた子を恐縮させてしまうような気がして、言えなかったのだ。

 ふるふるとセシリアは首を横に振った。


「知らない人ばかりで、押しのけられて……お姿も見られませんでした」

 その言葉に安心して他人のふりを続けることにする。


「でもこのまま何もできずに家に帰ったら、評価されずに、落とされてしまいます」

 再びセシリアの目に涙が浮かんだ。


 ああもう、とたまらず私はセシリアの体を抱きしめた。

 なだめるように軽く背中を叩く。


「泣かなくていい」


「君、名前は?」


「セシリア、ドレイク侯爵家のセシリアです」

 泣きじゃくりながら、セシリアは答えた。


「セシリア、泣かないで」


「でも……でも……私、頑張らなくちゃいけないのに……殿下もお父様くらい怖い人だったらと思うと怖いんです……」


「皇太子は、怖くはないよ」


「本当に?」


「むしろ、優しいんじゃないかな」

 レオンはとぼけた。


「だったら嬉しい……」

 セシリアは少しはにかむように表情を緩ませた。「でも私なんてみっともないし、殿下に気に入られるか……」


 思えばこの正直さは、幼いゆえの無自覚さによるものだったのだろう。

 成長したセシリアは、そうしたことを一切口にすることはなくなった。

 婚約破棄を言い出すまでは。


「君は十分可愛いよ」

 そう言うとセシリアは頰を紅潮させて俯いた。


「他の皆さんが、とても可愛いんです……」


「じゃあどうする? ここで泣いている? それとも頑張る?」


 この時、私は少し意地悪な気持ちになっていた。

 このころは、まだ赤の他人のウジウジしている女の子に対処できるほど、人間ができていない。


「私……頑張らなきゃ」

 ここは私にとって非常に好ましい態度だった。


「会場に、一人で戻れるね?」

 念を押すと、セシリアはこくんと肯いた。

 逃げ出してきた以上、一緒に戻るわけにはいかない。

 ましてや婚約者候補の女の子の一人を連れて。


「でも……もう少しだけこうしていてもらっていいですか?」

 この時にはもう私はセシリアに心を奪われていたの違いない。

 思いつく限りの、「可愛い」とか「いじましい」とかいう思いがこみ上げてきたのを覚えている。


「勿論。君が望むだけこうしているよ」

 私は、ぎゅっとセシリアを抱きしめ直して、言った。「君は何も心配することはない、セシリアーー君は皇太子妃になれる」


「もう大丈夫。ありがとうございます」

 そう言いつつも不安そうなセシリアを、

「少しだけ、待っていてくれる?」と私は引き止めた。


 セシリアの目線より下に跪くと、取ってきたものを身につけていたハンカチで包み、セシリアの手に握らせた。


「皇后陛下もとてもお優しい方だから、これを持って話しかけてくるといい。直接話しかけるのが怖かったら、まずあそこの天幕の右端に控えている女官にこれを見せるんだよ。ただし、ハンカチの中身は誰にも見られてはいけない。ーーできる?」


 素直なセシリアは真剣な顔をして二度肯いた。



「ーーって、さすがにイニシャル刺繍入りのハンカチと、王家の薔薇まで渡して気付いてないなんてある!?」

 それからおよそ8年後ーーエリアスに愚痴っていた私は頭を抱えて喚いた。


「気づかれてないんだからそうでしょう。一つに、幼児の一歳差は大きいということが挙げられます」

 咳払いをしてエリアスは言った。「そしてセシリアは小さい時の方があがり症で、テンパった時のことならなおさら記憶が遠いはずです」


「だったら私のことを誰だと思ってるわけ!? 他の男とハグしたことがないなんて言ってたけど、他の男だったら、浮気だよ浮気!?」


「あなたが他人のふりをしたんでしょう。私と同じような殿下の友人か何かだと思ったのでは?」


「皇宮の庭園で花を採っていいのは皇族だけだって!」


「そんなことに、セシリアが気づいていると思います? 子供の時のその他大勢のハグなど勘定に入りませんし、緊張しすぎてその部分の記憶も飛んでいるのでは?」


「もうさ……どうやったら父上みたいに自信が持てるのか、全くわからないよ……」

 私は顔を覆った。



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