戦国の世が終了した
5 実質的な天下人 大統領 滝川一益 首相 柴田勝家
厩橋城では沖田が悩んでいた。一益と勝家の命を守ることはできたが、信長が今までやってきた天下統一の為の業績が吹っ飛んでしまったのである。
このまま放置すれば再び戦乱の世となって、人々の人心も荒廃していくことになる。残る秀吉と家康の存在が邪魔になるが、そうは言っても殺す訳にもいかない。更には消えるはずの北条を小田原に残したままだと、江戸を作ったのは北条になってしまう。治安の維持と外交、国防は大統領である一益の役割なので、内政全般は勝家の担当である。沖田から詳細な説明を聞いていた勝家がまず最初に手がけたのは、それまでの諸大名の領地や統治をそのままにして日本全国を道州制に区分けした。北から1千島列島と樺太を含む蝦夷道 2青森、秋田、岩手、宮城を東北道 3山形、新潟、福島を新潟道 4茨城、栃木、千葉を房州道 5群馬、埼玉、江戸、神奈川を関東道 6静岡、山梨、長野を富士信州道 7愛知、岐阜、三重、和歌山を中部道 8富山、石川、福井、滋賀を柴田道(北陸道としなかったのは勝家の特権である)。 9京都府 10大阪府 11兵庫、岡山、広島を山陽道 12島根、鳥取、山口を山陰道 13四国道 14福岡、佐賀、熊本、大分を北九州道 15宮崎、鹿児島、沖縄を薩摩琉球道として、合計15人の知事を任命する事を決定した。知事の下の国主や大名・豪族は市町村にあたり、知事の命令は重く受け止めなければならない。もしも規律を乱したり反乱等を画策実行した場合は軍が動いて当主の交代や処罰を行い、後任は該当地域の住民による選挙又は談合によって決定する。知事は知事で業績が悪ければ罷免される。
ここまでは順当に来たが、問題は知事の選任である。例えば東北道の知事希望者を募ったら、まず伊達政宗が手を上げるだろうが、最上や南部も手を上げたらどうするか?である。くじ引きで決めるしかないが、落選した奴は必ず足を引っ張ろうとして、良くて面従腹背、悪くすれば政治闘争が始まるだろう。
「沖田殿、なにか良い知恵はござらんかの?」鬼の権六も平時の難問は苦手なようである。 「これはいつの世でも悩ましい問題なんですよ 版画印刷の技術が完成しているので、知事の周りに瓦版業者を置いて、真実を庶民に報道させるのがいいと思うのですが・・・しかし!」 「しかし?」 「中には金を受け取って一方に不利な報道をする業者が出てくる可能性があります」 「そのような不届き者は首をはねたらよよかろう」 「まぁ、そう思わないでもありませんが・・・しかし!」 「しかしなんじゃ?」 「今度は権力者側が瓦版業者を恐怖と抑圧で自由に報道出来ないようにする恐れがあります」 「それならわしにも似たような覚えがあるぞ・・・」 「信長殿のことですね?」 「そうじゃ、今でも御館様の顔を思い出すと恐怖が蘇ってくるわい」 「情報を公開することは欠かせないので、瓦版業者は各道におきましょう ただし、癒着や硬直を防ぐ為に、1~2年で一部の業者を全国に回して、知事にも4年程度の任期を設けて終了させ、再度推薦や立候補者を選挙か、制度が整っていなくてそれが無理ならまた恨みっこ無しのくじ引きで決めるということでいいんじゃないでしょうか」 「くじ引きばかりでどうしょうも無い奴が知事に選ばれたらどうするのじゃ?」 「そのときは理由を公表して、柴田首相が罷免したらいいのです 言うことを聞かないときには甲賀軍団を差し向ければ否も応もありませんよ」 「なるほどのう? それで決まりでよろしいかな?」 「いやぁ・・・」 「なんだ、まだ何か問題があるのか?」 「暫くは一向一揆のような反乱が発生すると覚悟する必要があるでしょう」 「そこはわしが専門じゃよ 任せておきなさい」 「どうなるんですか?」 「元々知事は実力者であり、さらに地方の大名もそれなりの兵力を持っておる 反乱鎮圧の命令一下ですぐに収めることができる・・・ 他にもなにか言いたそうじゃな?」 「新政府に心も国も閉ざしたままのところを放っておくと武器の密輸や密造を行いかねません その手当てはいかがでしょう?」 「これもわしの専門じゃよ 全国の地域々に地元の情報提供者をおいてある しかもあの薩摩にもじゃぞ!」 「さすがは権六どの 鬼といわれる理由は腕力だけではなかったのですね?」
「鬼鬼言うな わしは仏の権六よ!」 「それは失礼しました でも本当の仏にならなくて良かったですね? きっと天界のお市様も喜んでおられることでしょう」 「天界のお市とは今の妻のことか? どんな様子であった?」 「今のお市様とはまだお会いしてませんが、天界のお市様はまだお若くて綺麗な方でした」 「ふむふむそうであろう わしもぞっこんじゃよ」 「但し今の世で終生お幸せに暮らされたとすると、私が天界に戻った時にはかなりのお婆様になっておられると思います」 「それが人として本当の幸せというものよ わしはこの国から戦乱をなくして、民が平和に暮らせるようにさせてみせる!」
早速勝家は全国に知事募集の案内を出したが、すぐに応募してきたのは上杉と佐竹と北条で、やや遅れて応募してきたのが伊達政宗であった。伊達家の本拠が山形の米沢で新潟道と被っているので、仙台に移ってくれればいいのだが、仙台は母方の実家である最上の領地である。しかも悪いことに最上と伊達は仲が悪いのである。 一方で最上も山形北部が新潟道と被っていてややこしい。
そこで勝家が下した判断は、上杉が新潟道の知事となって最上と伊達を支配下に置き、伊達を仙台に移るよう命令を出した。最上の心中は穏やかではなかったが、今ここで新政府の意向に逆らった上に、上杉と伊達を相手に事を構えても勝ち目が無いのでしぶしぶ承知した。更に追い討ちをかけるように最上に悪い知らせが入ってきた。東北道の知事に南部が手を上げたのである。秋田の半分を手放すか、或いは上杉と南部か伊達の両方に顎で使われるかを選択しなくてはならなくなった。最上家は、こんなことになる位なら知事職に手を上げておけば良かったと後悔しているであろう。 東北道は伊達が手を上げたのが早かったので、今後4年間は伊達家が知事を勤め、その後は南部と仲良く知事を交代すればよい。佐竹は芦名に遠慮して手を上げなかったのだが、元々親新政府派だったので、その後勝家に乞われて房州道知事に就任した。ここでも一方的に上杉の支配下に組み込まれた芦名が暴発しないか要観察である。東日本で残るは北条となったが、北条に関東道知事になってもらっては困る事情がある。関東道知事にはいずれ徳川にやってもらわなければならないからである。江戸イコール徳川であるから、これはなんとか実現させねばならない。
勝家は意を決して北条親子がいる小田原に出かけた。
「お初にお目にかかります柴田勝家にござる」 氏政も氏直も勝家とは初対面であったが、あの織田信長の筆頭家老で猛将としても知られる柴田勝家が目の前にいることが信じられない思いであった。「これは柴田殿 よおうおいでなさった 天下人の柴田殿がこのようなむさいところに訪ねてくださり、我ら親子恐悦至極に存じますぞ」 氏政が近習に酒の支度を命じたところ、既に支度は出来ていたと見え、蒲鉾に金目鯛の刺身にその他豪華な海鮮が並んだ。
暫く談笑が続いて酒の効果で場が和んできたところを見計らって、勝家は筒状に丸めてあった大きな地図を広げた。 「氏政殿、これは日本の地図ですが、西日本と四国、九州は既に羽柴秀吉改め豊臣秀吉の勢力下になっております。 そして秀吉はこの石山本願寺跡に巨大な大阪城を建てて居城としています 現在の勢力は西の全ての大名を勢力下に置いて、その兵の数は10万は下らないだろうと・・・」 勝家はそこまで言って氏政の表情を確かめた。 「10万でござるか!? それは大したものだのう 氏直はいかが思う?」 「父上、ご安心下さい 例え敵が10万であっても、お爺様が築かれたこの小田原城はびくともしないでしょう」 「さすがは氏政殿のご嫡男! 戦場で鎧を着けた凛々しいお姿が目に浮かぶようです」 「ハハハ 鬼の柴田殿にかかれば、こやつはただの小童ですわい」 勝家は少し居住まいを正して 「実はこの秀吉めが東に勢力を伸ばしてきているのです」 「なんと、まだ領地を広げようとしているのか 誠に欲深いやつよのう」 「ただ広げようというのではありませんぞ やつは天下を狙っているのです」 「なんと! 天下ですか?」 「我らが領地のこの近江を秀吉が攻めてきておるのですが、いつまで持ちこたえることができるか予断を許さない状況になってきています」 氏政はひょっとして勝家が助勢を求めにきたのかと思い、一瞬渋い顔になった。 「ほう、それで・・・」 「ここは損害が生じないうちに越前に引こうと考えているところですが、そうすると岐阜を平らげ尾張に入ってきますな?」 「うん、そうじゃな」 「するとこの小牧山あたりで徳川殿とぶつかりましょう」 「さようでござろうな」 「氏政殿は徳川殿に御加勢するのですかな?」 「いや、そうなってみなければわからぬな」 「徳川方7万5千 豊臣方10万 このような大軍同士で睨み合っていてもなかなか決着はつかないでしょう そこで秀吉は黒田官兵衛に命じて家康に自分の妹の旭日姫を嫁がせ、それでもたりなきゃ大政所(秀吉の正室)まで家康詣でをさせて懐柔に成功すると見ています」 「ほ~ そんなものかのう?」 氏政はあまり本気にしていないようである。 「そしてあまり間を置かず、今度は徳川・豊臣連合軍で小田原征伐にやってきますぞ!」 ここで氏政、氏直双方が反応した。 「父上、確かにそれは有り得る事です」 「ま、まさかそのようなことが・・・ しかしその時は滝川様が我らを守ってくださるであろう? のう、柴田殿」 「勿論ご安心くだされ、 我が新政府は国民の命と財産を守るのが役目です ただ一つだけお願いがございます」 「何でも言ってくだされ 我ら北条は全力で新政府のお役に立とうと思っているのですよ のう氏直」 「それは有難い事 ではこの地図の上の方を御覧下さい この地はご存知の事と思いますが、詳細を説明します まずはここ(函館)ですが、南部領から船で僅かの距離で行けます ここを蝦夷開発の拠点として物資の集積地にします 次にここ(小樽)ですが良港でして、海産物が豊富に取れてすぐにニシン御殿が建てられるでしょう そこからやや内陸に入ったここ(札幌)ですが、北の都の建設にとても適しています 豊かな自然と豊富な資源が、ここを領地とする者に巨万の富を与えてくれることは間違いありません 見渡す限りの地平線の先には延々と延びる千島の列島 また、北方には巨大な島の樺太もついています 我ら新政府はただ今この夢の大地の知事を募集しているのですが、当然申し込みが殺到しています でもどれもこれも帯に短し襷に流しでして・・・ いかがでしょうな? 今なら拙者の権限で氏直殿に決定することもできますが・・・?」 「ここは冬は雪が積もり、とても寒い所と聞いています 父は年ですからこのような地に連れてはいけません」 「氏直殿 ご安心めされ 確かにこの北の大地は冬は寒いでしょうが、豊富なマキも手に入るし石炭も露出しており、暖房に事欠くこともありません そしておやじ様は住み慣れたこの小田原城で海を眺めながら、敵の攻撃に遭う心配も無くのんびり日光浴が楽しめるよう、我ら新政府が保証しましょう」 それを聞いたら拒否する理由は見当たらないだろう。小田原の城と城下町が残った上に、蝦夷とうい広大な領地が手に入るのである。そして蝦夷知事に北条氏直が目出度く就任した。
6 聚楽第落成記念 茶々姫、秀吉に~で家康、激昂!?
秀吉は柴田勝家より茶々姫の側室輿入れを打診されていた。英雄、色を好むの諺通り、秀吉は家康同様無類の女好きである。織田家と浅井家の超名門のDNAを受け継いだ姫をくれると言う勝家の提案に喜ばない訳がない。但しそれには条件があって、勝家によると 「大阪城に輿入れさせると寧々殿の不興を買う事は必定 なので京に住まわせて秀吉殿が通われるのがよかろう」 と言われ、喜んで聚楽第を建てたのである。いつもは他人を篭絡するのが得意の秀吉も、今回は勝家に篭絡されたようなものであった。しかしこの計画は勝家にとってなんのメリットも無いが、沖田の言う何らかの事情が絡んでの事なので、仕方が無い。勝家自身は女子に関わる業務は苦手としているので、我が子の勝豊に茶々姫のそっくりさんを探し出して、越前北の庄城で本物の茶々姫の下でしぐさや言動を学ばせるよう命じてあった。 聚楽第での茶々姫と秀吉との面通しの儀はひっそりととり行われた。表向きの理由は大阪の寧々殿の耳に届かないようにとの配慮だが、勝家はもちろん一益にも 「あほらしい!」 と言われた行事なので、なるべく早く安く終わらせたかったのである。儀式の最後に京都守護職の佐久間盛政が禁裏からの使者として、秀吉に太閤殿下の称号を下賜した。これには当の秀吉は気付かなかったのであるが、側近の黒田官兵衛は 「やられた!」 と気付いたが、禁裏の手前どうしようもない後の祭りとなったのである。 大阪に戻った秀吉に官兵衛は憤懣やるかたない様子で迫った。 「殿! 何故に太閤の称号を受けなされたのですか? これで殿は隠居なされた事になるんですぞ!!」 「おのれ、無礼者! 太閤といえば天下を取った証であろう きっちり説明してもらおうか? 事と次第によっては切腹を申し付けるぞ!」 「はぁ~ 殿、よくお聞き下さい 天下を取った武将に禁裏から与えられる称号は摂政・関白、或いは太政大臣等が一般です 太閤殿下は聞こえが良いかもしれませんが、それは後進に道を譲った事になります」 「後進とは誰じゃ?」 「新政府の滝川殿や柴田殿になりましょう」 「なにいぃ~ そうなのか~ わしは今まで天下を取る為に必死になって働いてきたというのに、くっそう! 勝家め、茶々を与えて誤魔化そうとしたのか?」 今更気付いても遅いが、そこで秀吉は或ることに思い至った。 「のう官兵衛、以前に上杉と北条の大軍が厩橋城攻めを行った時の話を聞いとるか?」 「はっ なんでも高崎の川を渡ろうとした兵が猛烈な鉄砲の反撃にあって、多くの犠牲が出たとか?」 「わしは長篠の戦を思い出したわい」 「滝川殿は元々鉄砲の名手でございますれば、それもあながち不思議ではないと思われます」 「不思議ではないと申すならば、こちらに何か手立てがあると申すか?」 「滝川の鉄砲は横に二本の銃身が並んでいて、一人の兵が連続二発の玉を発射させる仕掛けのようです」 「それをこちらでも作れるか?」 「堺の鉄砲鍛冶に聞いてみなければ分かりませんが、至急手配させましょう」 「それからのう? この前の柴田との戦でわしらが通る道に仕掛けられていた爆弾じゃが、あれをなんと見る?」 「あれは想像ですが、伊賀か甲賀の忍びが使うものではないかと思われます 仕掛けは恐らく単純で、地面に埋めておいてその爆弾を踏めば爆発するようになっているのでしょう あのような物は我らでも簡単に作れます」 「仮にその爆弾を大量に作ったとしよう それを我らはどうやって使うのじゃ? 敵の城の周りに埋めるのか? それとも街道至る所に仕掛けるか? だがそれではこちらの兵が誤って踏む恐れもあるよのう? なぁ官兵衛、どうもわしには先々の行動が読まれている気がしてならんのよ! 四国攻めでも九州攻めでも思い通りの戦展開であったのに、何ゆえ柴田を相手するとこのように裏目々に出るのか・・・」 「殿、気弱になってはいけません それでは益々柴田の術中にはまってしまいます 西日本を制覇した今、これからは東に向かって行くときです まずは信長殿の遺児達を篭絡して尾張も美濃も手に入れていい気になっている徳川をやりましょう」 「やるって、まさか討ち取るつもりか?」 「いえ、そこまではやるつもりはありませんが、折角頂いた太閤殿下の称号を逆手にとって、西日本の武将を総動員して家康に泡を吹かせて家来にしちゃいましょう」 「柴田はどう出るか予想はつくのか?」 「柴田殿とて家康とは反目しています それに甲斐の川尻や信濃の森にちょっかいを出しているようなので、滝川殿の覚えも目出度い訳はないでしょう」 「徳川征伐か? 我らの力が駿河まで及んでは、さすがの滝川も黙ってはいまい ここは権六を使ってうまく取り計らい、時間を置かずに速攻家康を配下に加えよ」 またしても秀吉は無駄な労力を使おうとしている。 戦国の世が終わりを告げている事は、新政府が発布した全国知事制度を理解すれば分かる。従ってどれだけ領地を増やしても結局最上義光の二の舞になって、先見の明のある者に功を持っていかれるだけである。
駿府の家康は怒り心頭に達していた。それをまともに浴びせられて戸惑う本多正信は、家康の怒りを静めようとあの手この手で妙案を披露したがなかなか収まらない。 「柴田の爺が茶々姫を事もあろうかあの猿に差し出すとはなんたることか! わしは恐れ多くも信長殿の弟分、それに対して奴は家来だったのだぞ お市殿の姫様ならわしがもらうのが筋であろう」 「まったくでございます しかも秀吉めは妻がありながら茶々姫様を側室に迎えるとは失礼千万! 今なら殿は独身なので正室に迎えられるものを」 「政信! 余計なことはいわんでよい! それよりわしには何の名誉というものもないのだぞ」 「お市様にはまだ二人の姫様がございます これから柴田殿に交渉しましょうか?」 「たわけ! 茶々姫でも相当に年が離れているというに、その下では恥になっても名誉になる訳がなかろう 可能性があるとすれば秀忠の嫁にするくらいな年じゃ」 「では殿はどのような名誉をお望みですか? この政信、御殿の為なら命をなげうってでも手に入れてみせますぞ」 「大袈裟なこと言うな! ところで秀吉が禁裏から授かったという太閤殿下と征夷大将軍どちらが偉いのじゃ?」 「征夷とは蝦夷の征伐ということで、朝廷から任命されるものです ですから今にあてはめるならば、征猿大将軍として朝廷から任ぜられる必要があります 一方太閤とは平たく言えば隠居した爺であって、国家の最高権力者は関白か摂政ということになります」 「ぬぬぬ・・・ わしの聞き方が悪かったようじゃ ではその摂政とか関白と将軍はどちらが偉いのじゃ?」 「偉さでいうと一概にはいえませんが、足利義昭公と織田信長公の関係に似ています」 「つまり見栄を大事にする人と、実力主義の怖い武将というこことか?」 「左様にございます 因みに足利義昭公は将軍と呼ばれてはいましたが、実質は公家化しており将軍の名に相応しくなかったようですな 殿も幼少の折人質となられた先の主も似たような者ではありませんでしたか?」 「全くよのう 今川公の上洛の折の織田攻めで、わしは当時先陣をきって織田の砦を落としまくっていたら、たった二千の織田の兵に総大将が討ち取られたと聞いて馬からずり落ちてしまったぞ」 「ワッハッハッハ~ その時の殿のお顔が目に浮かびまする では殿、日ノ本一の弓取り、将軍徳川家康公を目指してまずは征猿大将軍作戦を実行しようではありませんか」
7 小牧、長久手の戦い
勝家は二条城で秀吉からの書簡を持ってきた加藤清正と面会していた。
「ほう? 秀吉殿は徳川と一戦交えたいのでわしに協力をしろと申すか」 「我が殿が申しますには、徳川は既に戦の支度を整えて駿府を出立したとの事です」 「美濃と尾張は実質的に徳川領となっておるに、その先に進むと我が領地の近江であるが、まさか家康殿が我らを無視して進軍するというのか?」 「或いはそのような事態となるやも知れません」 「それで頼みもせぬのに秀吉殿が我らを守る為に徳川勢と戦ってくれると申すのか?」 「それだけではありませんが、柴田様には万一の事があってはならぬと申しておりました それに信長公のご嫡男様を拐して尾張も美濃も取り上げてしまいました 我が殿は信長公の大恩を仇で返す徳川殿が許せないと申しております」 「ほほう これは殊勝なことを申されるものよ 清洲会議の態度とは間逆の申しようだの 何か悪いものでも食されたか?」 「ハハハァ~ ご冗談を 我が殿は一見合理主義に見られがちですが、実はとても心音のきれいな人物でございます」 清正は勝家が秀吉に茶々姫を献上したので、てっきり秀吉側に傾いたのかと思い込んでいたのだが、この皮肉はきつかった。 「秀吉殿は新政府の方針をご存知であろうか? 領地その他の争い事で武力衝突は禁ずるとなっているはずだが?」 勿論清正もその事は知っている。しかし勝家に正義を訴えれば通じるであろうと軽く考えていたのだ。だんだん青ざめてくる清正に 「しかしわざわざ名将加藤清正殿がおいでになったのだから、ここは勝家一肌ぬぎましょう ただし我らは法度を破る訳にはいかぬ故、領内を通る事と徳川との戦には目をつぶろう それからもうひとつ・・・」 「もう一つ? なんでございましょう」 「清正殿の命をわしにくれぬか?」 清正は一瞬意味が分からなかったが、そこは武将としての反射神経で 「勿論拙者のような命でよろしければいくらでも差し上げます で、どのようにすればよろしいのでしょうか?」 「新たに得た熊本の領地に帰って、北九州道の知事を引き受けて頂きたい それから薩摩・琉球道の知事には島津殿になって貰えるように説得してくれないか?」 「そのような事を我が殿に申しても、決してお許し下さらんと思います」 「ではこの事を清正殿の心にしまっておいてくだされ いずれ秀吉殿から命じられよう ああ、それから決して無茶をして命を落とさぬよう約束してくるかな? これも条件の一つだぞ」 「ははっ! 天地神明にかけてお約束を守ります」
黒田官兵衛は秀吉に命じられていた鉄砲の改良について、堺の鉄砲鍛冶を回って二連式の火縄銃の試作をしてみたが、火皿をどんなに工夫しても時々二連同時に暴発して射手が後ろに吹っ飛ばされてしまう。更には二連の銃口からの弾込めも二倍の時間がかかるため、火縄式では不可能と諦めたのである。
そこで今回の家康征伐作戦は、従来通りの数の勝負とせざるを得なくなり、西国大名を総動員して12万の兵を集めた。これに対し徳川軍は駿河、遠近江、三河、尾張、美濃の合計6万を集めた。数だけでいえば圧倒的に徳川方が不利に見えるが、美濃と尾張は別としても、三河は家康の本領だし浜松も駿府も家康の中庭であって、遠征軍である秀吉にとって単に数の優位だけでは容易に攻め込むことが出来ないであろう。家康は地理的優位を利用して、尾張と三河に多数の部隊を巧妙に配置して、秀吉が大軍で押し寄せた場合はゲリラ戦を展開する作戦をとった。秀吉はというと、自らの本陣は尾張全域を見渡せる小牧山に置き、前方に数十に及ぶ大軍団のブロックを配置した。まずは自然発生的に先頭集団がぶつかり、数に勝る豊臣軍がじりじりと押していったが、新たに次々と横から斜めからと大軍で襲ってくるために、一度目の合戦では豊臣方が大きな損害を出した。そこで官兵衛は一軍を正面に進ませつつ、二軍を山側の守山か瀬戸方面に回りこんで長久手の家康本陣に切り込もうと企てた。二回目の攻撃では、一軍の状況は一回目同様損害が膨らむばかりではかばかしくない。その隙を狙って迂回ルートをとった二軍は守山から先の山間に差し掛かると、至る所からゲリラの大軍が現れて大損害を出して逃げ帰った。さすがの官兵衛も勝手知らぬ敵地で大軍同士の野戦では不利と悟り、一旦兵を引いて睨み合いが続いた。このまま長期戦になった場合、家康は古巣の浜松城でのんびりうなぎでも食べていればいいが、秀吉は10万以上の兵の食料の心配をしなければならない。又、家康の兵達は交代で休暇を取って自宅の野良仕事ができる。これでは一日に掛かる戦費の差で豊臣軍は破綻してしまうので、焦った秀吉は他家に嫁いでいた妹の旭姫を離縁させて家康の正室に差し出した。 これには家康は当然不満足である 「よりによって秀吉の妹じゃと? そんな出戻りのババアなんぞいらんわ! 茶々姫をよこせば考えてやると言え」 正信はわざと困った表情を見せて 「茶々姫を貰い受けたら殿は秀吉の“弟君”になりますぞ 旭様は人質と考えればよろしいのではないでしょうか」 本気とも冗談ともつかない政信の言葉に家康は納得せざるを得ない。家康とて秀吉のとんでもない大軍を目の前にして徐々にヤル気を失っていたのである。この時家康は 「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」と心に決めて、秀吉の軍門に下りながらチャンスを窺う事にしたのだが、この後、家康の野望は半分は適うが、甲斐や信濃にちょっかいを出して、旧武田の武将達をそそのかした罰か下る事になる。
8 国の形を作る
勝家の支配する広大な柴田道では、早くから米の量産や漁業の発達で目に見えて豊かになった。大消費地の京に近く、京の工芸技術が金沢に広がり、琵琶湖の水運も発達してきた。だが一方で、地方によっては地理的条件や人口に大きな差もある。例えば東北道の青森や岩手などはあまり豊かになれず、未だに子女を身売りする習慣が残っていた。柴田道や新潟道から献上された大量の金銀を原資に金銀の預り証(紙幣)を地方交付金として配ったが、実際に流通する量は半分以下で、多くは現物の金銀に替えられていた。しかし、各地の両替所に持ち込めば間違いなく金銀に取り替えてくれるので徐々に信用がついてきて、逆に現物を持ち込んで紙幣に取り替える例もみられるようになってきた。でもいいことばかりではない。
世の習いというべきか、両替所強盗が頻発するようになってきたのである。どこの藩でも警察の役割を果たす役人はいるが、それぞれバラバラな組織であまり機能的ではない。新政府は真っ先に軍を創設したが、地方の警察組織を構築する必要に迫られた。まだ日本の半分程度しか知事を置いていないので、早く理想的な統治体制を敷いて他道にアピールしなければならない。沖田がさくさく指示したところによると、各知事は道庁をおいて、警察、消防、民生部、農林漁業部、地方裁判所、収入役、両替と融資を一体化した信用部そして複数の副知事を置くよう通知した。あとは知事の手腕次第で争いが起きたり、飢餓が起きたり、治安が悪化するだろうけど、地方交付金と軍隊の出動でなんとかしていくしかない。地方から徴収する税金は鉱山がある道なら金銀の現物でよく、米が取れるならそれを売って現金で納めてもよい。税額は一律で決めて徴収し、各道の財政状況によって交付金を支給する。金がなければ信用部から融資を受けても良いが、知事の最大の仕事は道の経済を成長させることである。柴田、北条、伊達、上杉、佐竹の各知事を信じるしかないが、並みの人物ではないので大いに期待を持てるだろう。
倉賀野は海運の都合が良い江戸湾の京浜地区に、まだ小規模ながら製鉄所を作った。 蝦夷から輸送されてくる石炭を鉄釜で蒸し焼きにしたコークスと釜石から輸送されてくる鉄鉱石に石灰石を混ぜて高炉で燃焼させて銑鉄を作り、更に転炉に移して大量の空気(酸素)を送って不純物を除去した鋼の生産を試みている。さらに隣の棟では鋼の圧延や鍛造を行う工場と、その隣に蒸気機関を作る研究棟がある。鋼の鍛造は大規模なものは人力では無理で、100t レベルのプレス機が必要だが、その機械を作るために動力とプレス機が必要になるという悪循環に陥っていた。他にも動力クレーンも必要だろう。この当時でもトップレベルの技術職人や知識人を集めて英知を結集させているところだが、満足な結果が得られるのは世代交代後であろうと倉賀野は感じていた。
今、倉賀野の指令で急ぎで製作している物が二つある。一つは銃身を薄くして一本にした軽量小銃である。弾込めは既にあるガトリング銃をヒントにして、薬室下部に12発入りの弾倉をはめて、コッキングレバーを引いて装弾、廃莢、ハンマーリセットが一度に出来るようにした。最大の特徴がまずそれまでの弐連銃よりビックリするほど軽くなったことである。但し、弾倉をセットしたらあまり変らなくなる。続いては大砲である。沖田から詳しく聞いていたのだが、まず薄板を丸めて筒状にし、心棒を通して更に上から線材をグルグル巻きにして鉄が赤くなるまで熱したところを回しながら鍛造し焼入れと焼きなましを経て強化する。これが内筒で、同じ要領で外筒を作って(ここでは線材は巻かない)赤く熱して内筒に被せて自然冷却をすれば粘着性のある(割れない)外筒となる。倉賀野はここで又壁にぶちあたったのである。大砲というからにはそれなりの大きさになるが、現在のような人力頼みの鉄砲鍛冶では限界がある。
仮に砲身が出来たとしても、とても人力ではライフル溝は刻めない。
その結果、出来上がったのは辛うじてライフル溝の刻める3寸砲と溝のない6寸滑空砲ができた。砲弾のサイズも二種類となり、弾頭の前半は鉄で後半は中空の火薬入りとなっている。形はやや長めのどんぐりのようで、発射薬は筒状に梱包して別に装填する。ここで弾の信管だが、安全性を考慮して発砲の衝撃で反応しないように強化し、更に使用直前に弾頭にセットするようにしてある。
試射会では滑空砲以外は概ね問題はなかったが、滑空砲では不発弾が続出した。
それに計算通りの飛距離も出ていない。やはりそうかと見ていた沖田は倉賀野に 「滑空砲の砲弾は今の形状ではヨレヨレ状態で飛んでいて、頭から着弾していないようですね だから飛距離もバラバラでどこに落ちるか分からないですね」と言った。 「溝の効果でこんなにも違いがあるとは思ってもいませんでしたよ しかし6寸の砲身に溝を刻むにはあと10年はかかるでしょう」 「蒸気機関の進捗状況はどうなっていますか?」 「はあ まずは手作りで出来る部品を使って試作中ですが、その後は徐々に大きくしていこうと思っております」 「まあ仕方ないでしょう その代わり6寸砲の砲弾はやや小径にして後ろに回転羽根を取り付けて外套で保護した滑空弾を作り、外套は発射後に剥がれて羽根つき弾体だけが飛翔するように工夫をしてください 多分これでびっくりするような精度と飛距離を得られると思います」
沖田は厩橋に戻ると一益が温泉に行こうと誘ってきた。話によると真田親子が草津に良い温泉があるので、一緒にどうですか?と招待されたのである。
滝川が上野に管領職として入ってきた当時は、真田が支配する沼田城と小諸城を取り上げてしまったので険悪な空気であったが、その後の滝川の政策が新しい世の中を目指していて領地的野心がないと判ってからは友好的な関係になったのである。草津の宿に着くと早速真田親子の出迎えを受けて、父昌幸が 「おお! 滝川殿 それに沖田殿ですか? こんな山の上までようおいでなさいました まずはひとっ風呂浴びて男同士裸で談笑しましょう 沖田殿は初対面じゃから風呂の中で改めて息子達を紹介いたします」 沖田は夢を見ているようであった。滝川一益 真田昌幸 信行 そしてあの有名な雪村である。年齢は沖田よりもかなり若くて、見ようによっては普通の若者に見えなくもない。
「あ~ 今も昔も草津の湯はいいですな~ この硫黄の匂いがたまりませんよ」 沖田の感想に真田親子は“え?”というような顔をしたが、一益は平然と 「沖田殿、それを言うなら今も未来でもではありませんかな?」 と言い、真田親子は更に不思議に思った。すると雪村が機転を利かせて 「流石は滝川様でござる 過去、現在、未来と世の中は変らず平和で温泉も楽しめるということですよ」 それを言われた昌幸と信幸はただ愛想笑いしかできなかった。
その後、5人は離れの茶室で一杯やりながら密談を始めた。
「甲府の川尻殿が危ないとの噂が聞こえてきておりますが、大丈夫ですか?」 昌幸から見れば、もし万が一甲斐で反乱が起きれば必ず上田にも難が及ぶだろうと危惧しているのだ。 「政府軍の一部を派遣して反乱を抑えていますが、問題は二つ つまり武田の旧臣達の人心掌握がうまくいってない事と、それを悪用してそそのかす家康が原因でござる 武田の旧臣たちとは真田殿は昵懇の者も多いでしょうから、ここは是非真田殿に富士信濃の知事を引き受けてもらえんだろうか?」 そう頼まれた昌幸はしんどそうな表情で 「わしはもう年だし新しい流れにはようついてはいけんですよ その代わりにここにいる信幸か雪村ならどうですかの?」 一益はこの二人の若者についての知識がなかったので、沖田に返事をうながした。 「私の記憶では、信幸殿は治世と実務に優れ、雪村殿は軍略に優れていたと」 「優れていた??」 再び沖田の突拍子もない時間の表現を聞いて、親子三人で沖田を見つめた。 「ああ、すいません、話せば長くなるので簡単にお話します この世には天と地があることはご存知ですよね?」 沖田は簡単にと言いながら延々と自分の経緯を話した。
「・・・・いやぁ、閻魔大王にならんかと誘われたときには流石にどうしようか悩んでしまいましたよ~」 と得意げに語るのを見て、雪村からタイムリーな質問がとんだ。 「もし沖田様がこの世に現れなければ我らは今現在生きていたのでしょうか?」 「う~ん 親父様は別として、雪村殿は家康に殺されます」 雪村の表情はみるみる強張り、それまでの好青年風から赤鬼の表情に変った。 「滝川様、その知事のお役目是非わたくしにお命じください」 一益は無言で深くうなずいた。 「それはいいですね 私も大賛成です 目出度いついでに雪村殿にもう一つ頼みたいことがあるのですがいいですか?」 「勿論私めで出来ることなら何でもおっしゃって下さい」 「雪村殿は茶々姫をご存知ですか?」 「茶々姫? 申し訳ありません、存じません」 「確か信長様の妹君と浅井長政公の間にできた姫君でしたかな?」 昌幸はだてに年をとっていなかった。こんな信州のはずれの片田舎にあっても、尾張や近江の時事に詳しい。 「そうです とてもお美しい姫君なんですが、その姫を雪村殿の正室にどうかと思っているのです」 「しかし茶々様は秀吉殿に・・・」 そこで沖田はにやりとしながら 「あれは替え玉です 本来ならば柴田勝家殿が秀吉に打たれたことから、天下人となった猿に取られたのです 今の猿には替え玉で十分でしょう」 「それはそれは結構なことです のう、雪村 異存はあるか?」 「父上の仰せとあれば異存などありません」 信幸は妻帯者なので、今後真田の家督を継いで信濃全域を経営することになる。
雪村は早速甲府の躑躅ヶ崎の館から近くの町の中心地に知事公館を建てて公務にとりかかり、川尻秀隆は引き続き躑躅ヶ崎で甲斐の経営にあたっている。
滝川の肝いりで真田の若武者が甲府にやってきたのを聞いて、武田の旧臣達は潮が引くように大人しくなり、川尻の施策に逆らう事がなくなった。
今の雪村にとって最大の使命は、家康を屈服させて江戸に城を築かせ、町を作らせる事である。そんな時、前橋から驚くべき知らせが入ってきた。家康と秀吉が同盟を結んだとの知らせだ。これだけならどうって事もないのだが、徳川と豊臣の大群で柴田勝家の近江とその子達の大和と伊勢を挟み撃ちにされたら、如何に新式銃で武装した甲賀軍であっても手が回らず、大きな被害を出してしまう恐れがある。雪村は前橋にある軍に協力を要請して、西に注意を向けている徳川軍を後方から攻め込み、秀吉、徳川の両軍が一体になる前に壊滅させる決断をした。作戦要旨はこうだ・・・ まず真田雪村を総大将に置き、小銃隊500で猛スピードで身延を経由して清水に入る。このとき、沼津・三島方面に残る兵力があれば興津に半数を残して、本隊は清水の手前で様子を見ながら無理押しを控える。雪村隊とは別に津田秀政率いる忍軍団、霧隠隊100名(情報収集及び強行偵察部隊) 風魔隊80名(大砲 ガトリング砲部隊) 猿飛隊230名(小銃及び手投げ弾切り込み部隊)が江戸湾の京浜港から水、食料、弾薬を満載して出航する。
雪村本隊が笛吹川を渡り身延道を通り下部温泉あたりまで来ると、前方に徳川方の砦が目に入ってきた。川沿いの高台に物見櫓を建ててあり、中には数十名程度の兵がこちらを睨んでいた。 「ここはまだ甲斐の領地だよな? 随分舐めた真似をしてくれるものよ よし! 攻撃開始だ!!」 直ちに小銃隊は火縄銃の射程ギリギリ外側を包囲して一斉に撃ち始めた。ほんの数分程度で砦内に動く者がいなくなったように見えたが、焼夷手投げ弾で柵や門を焼き払って注意深く侵入すると、奥で数名の兵が火縄銃を構えていた。「おい! その古めかしい銃に弾は入っているのか」 と小隊長が怒鳴った。すると火縄銃を構えた兵が小隊長に向かって轟音を放った。敵兵の撃った弾は小隊長の肩を貫通して、小隊長はその場に膝をついたが、同時に数名の敵兵は激しい銃弾の洗礼を浴びて蜂の巣になった。 「官助 大丈夫か!?」 「真田様 大事ござらぬ 敵を侮ったこの官助が悪いのでござる」 「すまぬ官助 新式銃を過信して、用心を徹底していなかったこの雪村の責任だ」 「なあにこんな傷 薬草でも詰めておけばすぐに直ります それよりこのまま拙者に進軍をお命じ下され」 「ならぬ! ならぬぞ官助 まだ甲府から然程遠くない故、戻って養生せよ」 そして官助は四人の介護者に連れられて甲府に戻って行った。
それから再び先に進むと身延の集落の入り口に関所があり、中から弓や鉄砲、火縄銃を持った集団が現れた。雪村は隊の幅を出来るだけ広げて一気に撃ちかけて強行突破を図ったところ、今度は容赦しなかったので一人のけが人も出さずに通過できた。更に急いで先に進み、十島集落から山道(今までも十分山道だったが)を超えてやっと興津の海が見えたところで一日が終わった。見張りを交代しながらそれぞれ思い思いに夕餉の支度をして空腹を満たす。酒は敵地でのキャンプであるから厳禁である。翌朝まだ夜の闇が開けきらぬ時、見張りから敵勢に囲まれているという知らせが入った。用心して山を背にして、背後から襲い掛かられる事のないようにしていたので、敵の数がどの程度かわからないが、とりあえず守るだけなら問題はない。しかし前は海、後ろは急斜面の山で清水に進むには海岸近くまで降りていかなければならない。 「さてどうしたものよのう・・・」 雪村は考えた。海岸近くの細長い道で左右に広がる敵を正面から攻撃を加えたらきっと左右に分かれるであろう。こちらは右の清水を目指して進むのに、後方に残敵が残っていたら甚だ進みにくくなる。そこで雪村がとった作戦は、まず隊を二つに分けて甲部隊と乙部隊とした。甲部隊は右斜めに斜面を下りながら正面を攻撃する。その間乙部隊はひっそりと姿を隠しながらなるべく富士川方面に進む。敵勢の最右翼が見えたら一気に駆け下りて一兵たりとも富士川方面に逃がさないようにする。そして海岸線の細い道を清水方面に追い上げていき、甲隊と合流してガンガン撃ち込みながら清水を目指すと決まった。 「よし、攻撃開始!」 雪村の号令一下、甲乙部隊は作戦行動を開始した。すると乙部隊が隠れている先を敵の右翼にあたる軍勢が上ってきて甲部隊を囲む動きに出てきた。乙部隊の大将川尻は焼く250名の隊員に音を立てないようにじっと待てと指示して、敵の最後尾が見えたところで攻撃命令を出した。まず火縄銃を持っている兵を狙い撃ちにした後は、姿を現してガンガン撃ちまくった。銃弾を浴びた敵兵はもんどりうって斜面を海岸まで転がり落ちるものや、途中の木の切り株に引っかかって絶命する者や、まさに爽快な戦いである。どれだけの敵兵が清水方面に逃れたかは分からないが、甲部隊と合流したときには回りに敵の姿はなかった。野営した場所が用心の為、やや由比方面に回っていたので再度興津川を渡ろうとしたら橋が破壊されていた。「川尻殿 細めの杉を数十本用意させて下さらぬか?」 「目の前の山に生えているような太さで構わぬか? それで橋を架けるのですかな?」 「このまま腰まで浸かれば渡れんでもありませんが、鉄砲や弾薬にもしもの事があってはなりませぬゆえ」 臨時に工兵となった者達が褌一丁になって横棒と縦棒を交互に組んであっという間に丸太のアーチ橋が出来上がった。釘などは一本も使っていないが、万が一丸太同士が滑っては困るので、最低限は縄で縛って止めた。川を渡った先はすぐに清水の港が見えてきた。遠く沖を見ると帆掛け舟が何艘か見える。早速こちらから狼煙をあげて合図をしたら近づいてきて、津田司令官が座上する旗船が岸壁につけた。 「津田様 お役目ご苦労様です」 「真田雪村殿でござるか? やはり想像通りの若武者でござるな~ まっことほれぼれするようじゃ」 「またまた~ 津田様 お口が上手でござるよ(笑)
」 霧隠隊が偵察してきた情報によると、徳川の軍勢は清水から駿府方面を見て左側の日本平に1万 反対側の山に5~6千の構えを敷いているようだ。駿府城は堀があるだけの平城である。それを効率よく守っているのが、この両側の山と城の西を流れる安倍川である。雪村は先の小牧・長久手の戦いでの徳川の戦法を研究していたので、仮に双方の山から攻撃を仕掛けられてもやられる心配はないけど、特に日本平に大軍を残したままだと後々面倒なことが起きるだろうと予測した。そこで雪村の決断は、軽装備の小銃隊を安倍川の河口から駿府側に上陸させて橋頭堡を築き、駿府城を威嚇する。この時城には最低限の守備隊位しかいないだろうから、山から慌てて敵の主力が駿府に下りてくるのを待ちながら、同時に掛川方面からやってくるであろう援軍を対岸から攻撃する。深夜、かすかな月明かりを頼りに真田主力隊は清水の岸壁を離れ、安倍川河口を目指した。砲撃担当の風魔部隊と小銃担当の猿飛部隊は港や民家から離れた位置で身を隠す。余談だが忍者が本気で身を(装備も含む)隠したら、匂いで気付く犬以外は分からないであろう。
安倍川河口の沖合いに待機していた三艘の船は、夜が明けるのを待って河口に入った。一艘あたり約200名の突撃兵が乗っている。全くノーガードかと思われた安倍川沿いには新しく土塁が積まれていて、数百の兵が守りを固めていた。霧隠隊長の船が前に進み川中から援護射撃をしている間に他の二艘の兵達が続々上陸して簡単な橋頭堡を築き、続いて霧隠隊も悠々と上陸を果たした。
真田の主力は湿地帯を避けた見通しの良い場所を選んで陣構えをし、霧隠隊は十数人の小隊に分かれて斥候に出かけた。本陣からは所々で斥候隊が発砲する様子が見えたが、それはあまり長くは続かなかった。全く勝ち目がないと悟ったようで、全ての敵は駿府城に逃げ帰ったものとみられる。雪村は日本平方面から駿府城内に入る敵の数をよく見張って置くようにと才臓に命じ、同時に掛川城から来るかもしれない増援部隊に注意するよう命じた。まず最初に動きが見えたのが、左右の山に布陣していた駿府城主力が続々と城に入ったようである。しかし、才臓が言うには多く見積もっても1万程度だと言う。 「まだ敵さんは我らを陽動部隊ではないかと疑っているようだの 川尻様はいかがに思われますか?」 「わしもそのように思います」 「ではなんといたしましょうか?」 雪村はもう既に考えをまとめているであろうが、織田家の重臣であった川尻の考えを聞いてみたかったのである。 「あれだけの大きさの城なので夜間は城内に引っ込んでいるでしょう 今夜にでも奇襲をかけて城の全ての城門を手投げ弾で焼き払いましょう」 「それはいい考えですね 私もそう思っていました 但し目的を果たしたらさっさと引き上げる事が肝要です 我々は陽動部隊というのは本当のことですから」 駿府城は家康の居城であるので、城の外周は長大なものであった。単なる小銃と手投げ弾だけでは余程の大軍でもなければ攻め落とす事は不可能である。 そして闇のなか、大きな炸裂音があちこちで響きわたり、やや経ってからあちこちから火の手が上がりだした。慌てた城兵が火消しにやってきたところを、今度は銃撃を加えられてバタバタと倒れていく。火消しのいない木造建築の門や櫓は思いのままに燃えていく火勢を防ぐ事ができない。外周を業火にみまわれた駿府城の天主が夜の闇から浮かび上がった。そして翌日日本平等に残っていた守備兵達の目には、石垣を残してあちこち無残に焼け崩れた城郭の駿府城が写った。しかも堀に架かる橋も焼け落ちて城内に入ることも出ることも出来ない。駿府城攻めの戦いで最も割を喰ったのは、雪村の陽動作戦に素直に乗っからなかった為に、城外に取り残された7千の兵達であった。才臓の手配で雪村本隊と風魔、猿飛部隊が城下の町で合流した。徳川征伐軍総大将の真田雪村は総攻撃の号令を発する。
「皆のもの 総攻撃じゃぁ~!!」 総勢600名の突撃部隊は巨大な外周を取り囲むように包囲して城外に取り残された兵を次々撃ち倒し、槍や鉄砲を捨てて逃げ出す者は百姓の臨時雇いであろうから逃がしたり、降伏したい者には武装解除して捕虜にした。 続いて満を持したように風魔隊が無残に焼け落ちた門や兵から本丸がよく見える場所に10門の三寸砲を並べてドッカンドッカンと恐ろしい音をたてて砲撃した。天守閣も二の丸御殿もたちまち穴が開き、更に火災も発生した。「撃ち方やめーい!」 佐助はそう命じて、次に手を頭に置いてうつ伏せにさせている捕虜に向かって 「この中で一番偉い奴はどいつだ!」 やや暫くモジモジしていた捕虜の一人がうつ伏せのまま手をあげた。 「よし立て おぬしの名はなんと申す?」 「本多平八郎忠勝にござる」 「ほんだへいはちろうただかつ?」 そういって佐助は殺してはいけない重要人物リストを見たところ、本多政信の次に並んで書いてあった。 「おぬしは本多政信の子息か?」 「いえ、父は本多忠高にござる」 「なんじゃ、紛らわしいのう ところで状況は見ての通りだ この城を見ておぬしはどうしたい?」 「・・・・・」 「そうか! 改めて撃ち方はじめ~」 たちまち10門の三寸砲が火を噴いて城内で炸裂する。その尋常ではない兵器を見ていた忠勝はたまらず 「待ってくだされ もうこれ以上城内に撃たないでくだされ!」 「撃ち方やめ~ ・・・で? どうしたいのじゃ?」 「今から拙者が堀を泳いで渡り、城中の者に降伏する事を進言します」 「城中の者とな? 家康殿はおらんのか?」 「はい、我が殿は不在でござる」 「どこにおるのだ?」 「・・・・。」 「そうか、それは言えんわなー どうせ秀吉と企んで柴田殿を攻める為に浜松城にでもおるのじゃろ あ、それから降伏の使者だが、おぬしの手下をやるようにな!」 降伏後の駿府城には一箇所だけ仮の橋を架けて、戦費賠償としてけちで有名な家康が城内に溜め込んでいた莫大な金銀財宝を没収した。因みにこの資産は後に家康が江戸の城と町を建設する為の原資にする予定である。
浜松城で駿府城落城の知らせを受けた家康は愕然としていた。家康本隊を4万に抑えて、駿府の守りに2万の精鋭を残してきたのにそれがたった1日であの広大な城が見るも無残に破壊されたとの事。しかも長年爪に火をともすような思いで貯めてきた金銀等を洗いざらい没収された事は死ぬことよりも辛かった。 「これは天罰が下ったのかもしれぬ わしが秀吉の口車に乗せられさえしなければこのようにはならんかっただろう」 政信は政信で主君に仕える身として己の無能を恥じていた。「殿、ここは滝川殿と和解をして新しい政権に入って再起を計りましょう」 「それはどうかな? 滝川はきっとわしに腹を切れと言うに違いない」 「我らは確かに甲斐では少々悪さはしたかもしれませんが、今回は一方的に居城を破壊され、財産も没収されたのですよ これ以上殿の責任は問うてはこないのではありませんか?」 「そうじゃのう 腹を切る位なら滝川に尻尾を振ってみせる位は大したことないか? 政信、おぬし行って確かめてくれるか?」 「はい、謹んでお請けいたします」
更に数日が過ぎた朝の大阪湾には雪村らが乗る三艘の船が入ってきた。朝日に白の帆が眩しく輝き、帆の真ん中には赤い日の丸が描かれている。
大阪城は北も東西も淀川と大小の支流に守られ、南は海でまさに天然の要害にそびえるように建てられた巨大な城であった。人工の堀も幾重にも巡らせていて、これではあの家康も苦戦するであろうことが容易に理解できる。
しかし早くもこれまでの常識が非常識に変ったのである。海を攻め手の障害としていたのだが、その海から敵が現れたのである。この時点で秀吉はまだ駿府城が落ちた事を知らないでいた。その為に雪村も湾の沖合いで甲賀から秀吉に降伏を勧める書状が届くまでのんびりと待つことにした。 「川尻様 もう既に勧告状が届いて2日はたちますよね? 秀吉は一体何を考えているんでしょうかね?」 川尻はやたら沖を気にしている。 「雪村殿 ひょっとしてあれが秀吉の答えかも知れませんぞ」 遥か沖に帆を張った船が十隻以上こちらに向かってくるのが見えた。 「あれは?」 「まだ遠くてはっきりは分かりませんが、恐らく九鬼の水軍でしょう」 「まさか我らに加勢しようとやってきた訳ではなさそうですね?」 「恐らく秀吉に雇われたのでしょう あいつらは金になることなら海賊行為も辞さないような連中ですから、攻撃してくるようなら容赦は無用ですぞ」 「あいわかりました 今回はちょうど良い機会だからここにあるガトリング銃の性能を試してみましょう」 「大砲で吹き飛ばした方が気持ちいいんじゃない? それに大阪城の野郎達の度肝もぬけるだろうし」 「津田殿もそう思われますか?」 「う~ん 奴らの船はこちらの船より随分大きいようですな? 吹き飛ばすのは勿体ないでしょう 小銃の穴は修理できますが、大砲で撃ったら修復不能になりますよ」 「ですよね? 乗組員だけを狙ってガトリングの餌食になってもらいましょう」
やがてその海賊船が近づいてきた。やはり海賊と恐れられた九鬼水軍である。
十分間合いを詰めたところで6銃身のガトリング銃が回転を始め、同時にパンパンパンと乾いた連続音が響いた。銃弾は小銃の弾と同一規格なので弾切れの心配はない。帆掛け舟の操船は色々な綱を操作しながら方向転換をするものだから、いざ“ヤバイ”となっても簡単にUターン出来ない。なされるがままに銃弾の雨を受けて甲板上は死体と血の海となった。そして帆柱が折れたり綱がずたずたに切られた、まるで幽霊船のような集団となった。
これで秀吉の回答を得た事になるので、大阪城に近づき本丸以外の目標に大砲を撃ち込んだ。暫く砲撃が続いた後、本丸と石垣以外の造作物から火の手が上がったところで一旦攻撃を止めて様子を窺った。
暫くすると、天守から白いものを棒に括り付けて振っている。降伏である。
城内は火消しに走る者や負傷者の手当てをする者でごったがえしていた。幸い砲弾の直撃を受けて即死した者は少ないが、負傷者の数は多い。本丸は攻撃していないので秀吉は勿論、淀殿もその他大勢の武将達も無事である。雪村は消火に必要な人員だけを残し、その他の負傷者や兵達を全て城外に出るよう命じた。そして捕らえられた猿のように怯えた表情の秀吉に対し 「真田雪村でござる 今般の徳川との結託、不届き至極 あまつさえ我らに軍船を向かわせるとは死罪に値しますぞ!」 普段は秀吉がふんぞり返っているであろう、一段高い場所に分厚い座布団を敷いて床机に肘をかける雪村に、「あいすまなんだ まさかあのような恐ろしい武器があると分かっていればこのような事はいたさなかった・・・・でござる どうかお許しを」 「では新政府の命令に従うか?」 「はい、従いまする」 「武士に二言はないな?」 「はい、誓って二言はありません」 「さよか? では取り急ぎ指示をいたすのでよーく聞くがよい まず大阪府知事にその方を任命する そして北九州道知事には加藤清正 その他は地元で自由に選出させること」 「知事とはどのようなお役目でしょうか?」 「そのような事はとうに知らせてあるだろう! 全く舐めきっていたようじゃの! まずは領内の大名や豪族と協力して商業、工業、農業の発展に尽くし、
全ての子供に良質な教育を施し、民の健康と幸福を保証し、司法と治安維持に努め、毎月国家に納税することじゃ!」 「わしでなくてはいかんのかのう? なにか自信がございません」 「いきなり全てとは言わんよ ゆるりとやってくれて構わないが、確実に前にだけはすすめるように それから城内に溜め込んであった金銀財宝は懲罰として没収いたすが、ここにある分は城の修理代であるから取っておけ」 「はは~ 有難き幸せにございます」
厩橋城の本丸内大広間では沖田が天界に帰る前の別れの挨拶をしていた。
「皆さん 短い間でしたけど本当にお世話になりました 私が天界に戻る前に再度念を押したい事柄がありますので、是非参考にしてください まず国家財政についてでありますが、その原資は国民の汗によって生産された価値と、海外との貿易によって生まれた利益であって、金で金を稼いだり、新しい金融商品を発行して設けようと安易に考えてはいけません 国が豊かになると欲の深い人間が台頭してきて、もっと紙幣を刷って国内にばら撒けば、より経済が発展するなどと妄言を吐く輩が現れてきますが、そのような戯言に軽々に乗せられてはいけません 今は国内の金銀を基にして紙幣を発行しているので、その限りにおいては貨幣価値の暴落はありません そもそも全世界の金の埋蔵量はこの城の本丸程度の量しかありません 仮にそれでは足りない程経済が大きくなったならば国を富ませて信用を高めることと、海外からの侵略を防ぐ為の強い国防軍を育てて下さい また、人材は活用するもので搾取するものではありません 勿論海外に対してもそうです 時代は違えど同じ日本人として皆さんを信用しています いい国造ろう滝川政権 ではこれにて失礼します」
終