夢 --幼き頃の思い出ーー
閑話みたいな感じで楽しんでいただけたら何よりです。
幼いルシオスを可愛いって思ってくれたら幸いです。
荷ほどきを終えて、
フィアは私室の寝台に沈み込んで眠りについた。
***
「ほら、フィア。
ルシオス君の所へいって遊んでもらいなさい」
「我が子に遊び相手が務まるかわからないが
我々の話を聞いていてもつまらないだろうしね・・ルシオス、頼んだよ」
幼い子供二人が広い子供部屋に取り残された。
「・・・」
「・・・」
白銀の髪をした女の子と
黒髪の男の子がじっと気まずげに見つめ合う。
・・・ああ、これは夢。
幼いころの夢だ。
フィアは朧げに思い至った。
フィアの父はルシオスの父と大の仲良しで、
フィアが物心ついた時から父に連れ出されては
頻繁にルシオスと顔を合わすことになった。
ーーーー
「ルシオス~あそびにきたよ!」
「・・・」
「ねえ、あそぼ?」
「・・・」
「ねえったら!」
「・・きこえてる」
「ルシオス、私と遊ぼうよ!本よんでないで、おそと、いこ??」
「そと?なんで」
「なんでも!いいから、いこぅ?」
「いけば、いいんだろ」
「そうだよっ、いっしょにいこ!」
まだ魔力が覚醒しない幼少時、
フィアは明るく活発な女の子で
出会った時からずっと物静かで目つきの悪いルシオスを
外にひっぱりまわしては遊んでいた。
ーーー
だが、この時は違った。
「・・・」
「・・・」
双方が黙りこくって重い沈黙が流れる。
ルシオスが先に視線をそらし、本を読み始めた。
いつもフィアが率先してルシオスに遊ぼうとせがんでいたが
この時だけは違った。
・・お母さんが、
そう、これは、お母さんが亡くなったすぐあとの夢だよね・・。
母がある日突然倒れて亡くなって間もない頃だ。
父は葬式を終えて落ち着いた後、
間をあけずフィアをルシオスの下へと連れ出していた。
「・・・」
「・・・」
長い、長い沈黙が流れる。
このときフィアはまだ母を亡くしずっと塞ぎ込んだ状態にあった。
フィアはルシオスに視線をそらされたあと
閉ざされた扉を見上げた。
じっと見上げたまま動かない。
「・・・」
「・・・」
ルシオスは覚えたばかりの文字を追いかけていつも通り本に夢中になっていたが
やけにいつもより長い沈黙に耐えかねて本から目を離し、フィアを見た。
フィアは寂しそうな・・、
白銀の瞳をわずかに潤ませて泣きそうな表情で扉を見上げたままだ。
ルシオスはいつもと全く違う雰囲気のフィアに違和感と戸惑いを感じた。
・・いつもしつこいくらいに遊びに誘ってくるくせに
と言いたげな視線でフィアを睨むように見つめる。
「・・ぉい」
ルシオスは耐えかねてフィアに声をかける。
しかし・・
「・・・・」
返ってきたのは沈黙。
フィアにルシオスの声は届かなかったようだ。
黙ったまま、扉から目を離さない。
「おい!」
強く、ルシオスは苛立った声音で再び呼びかける。
「?・・な、に?」
やっと
ゆっくりとフィアが振り向いてルシオスに視線を向けた。
力のない、今にも消えそうなそんな儚い声音で聞き返されるルシオス。
白銀の瞳にいつも光がない。
フィアらしくない。
フィアから笑顔が完全に消え去っていた。
それもそうだ。母を亡くしたばかりの幼いフィアの心はまだ立ち直ってはいなかった。
寂しさと虚しさと受け止めきれない事実に打ちのめされ、疲弊していた。
心にぽっかりと空いた大きな穴に対して
どうしようもできないでいたのだから。
だが、ルシオスはそんなこと知らない。
単純にフィアがいつもと違う。
それだけがルシオスを戸惑わせ、苛立たせ、心をかき乱していた。
「・・・」
「・・・」
言葉に迷ってルシオスは答えられず
フィアとしばし見つめ合う。
ふとフィアがルシオスの本に視線を向けた。
ふわっとフィアが座り込み、ルシオスの本に顔を近づける。
「・・それ、おもしろい?」
「・・ふつう」
フィアの問いかけに
何故だか少し安堵したルシオスがぽつりと答える。
「・・そう、なんだ」
ルシオスに対しフィアが無気力な返事を返した。
「・・・」
「・・・」
会話がつながらないまま
再び沈黙が訪れる。
「きょうは、あそばないのか?」
ルシオスが耐えかねてフィアに尋ねた。
「・・あそびたいの?」
本に視線をおとしていたフィアは顔を上げて
ルシオスを無気力に見つめ、聞き返す。
・・遊ぶ気力もこの時はなかったけど
ルシオスがこの時やたらと話しかけてきた記憶がある・・
「っ・・!」
言葉を間違えたと言わんばかりにルシオスの表情が
驚きと失敗への悔しさからか歪んだのがフィアにもわかった。
ルシオスはプライドが高い。
常に冷静でいようとする。大人ぶる。
そのせいか、言葉数も少ない。
昔からそうだった。
「・・・・」
「?」
「・・・・。・・・・・・。・・・・。」
思案してなんらかの葛藤をしだすルシオス。
いつもフィアからの遊びをなんだかんだで付き合ってくれていたが
それもしつこくフィアから誘ったからこそだ。
フィアが遊びたかったから。
幼いころはルシオスだけが歳も近く唯一遊べる友人だったのだ。
ただ、今は遊びたいとは別に思っていない。
遊ぶ元気のないフィアにとって
この日ほどルシオスをわざわざ誘おうなどと思ったことはない。
フィアからすればルシオスは誘われない方が本当はいいのだろうと
思っていたのだから。
「いつも、あそぶだろ」
ぽつりとルシオスが言い出す。
「・・?うん」
遊んでた。
フィアにとっては過去形だが。
「・・らしくない」
小さくルシオスがぼやいた。
「え・・?」
「おまえが、おまえらしくないと・・
おれも、らしくなくなる」
「???」
フィアにはこのとき、
ルシオスの言っていた意味がよくわからなかった。
「だから、・・そと、いくぞ」
唐突にルシオスが立ち上がり、
フィアの手を引いて部屋を出た。
「ルシオス・・?」
されるがままにルシオスに連れ出されて歩くフィア。
「庭に、いいのがある」
ルシオスに言われ、ルシオスの住まうノワール家の
屋敷の庭園にフィアはされるままに訪れた。
それからルシオスがフィアに見せてくれたのは
庭園の一部を埋め尽くすほどに咲き誇った白い薔薇の花園だった。
一面真っ白。それは太陽の光を浴びて銀色のまばゆい光を放っている。
それはそれは見事な薔薇園だった。
「きれい・・!」
フィアは目を輝かせて思わず感嘆の声を上げる。
「白や銀は、おまえの色だ。フィア」
ルシオスが薔薇を見て光を取り戻すフィアを見つめながら言った。
「いろ?」
「それいがいの色は、ない。おまえらしくない」
ルシオスはルシオス自身にも言い聞かせるように呟いた。
ーーらしくない・・?
ルシオスの意味深な言葉にひっかかりを覚えながらも、
白い薔薇はフィアを夢中にさせた。
花びら一つ一つが見ていて飽きない。
緩やかにかーぶする花びら、何枚も重なり花開く姿。風に揺れる花びら。
「すごくきれい。ほんとに・・」
心が洗われるようだった。
綺麗で純粋で咲き誇る薔薇に惹きつけられてやまなかった。
白い薔薇に夢中になっていたその瞬間、
ルシオスがフィアの腕をつかみ、ひっぱる。
「なにか、あっただろ」
耳元でルシオスがフィアに問いかける。
「!!」
その言葉がフィアをひどく刺激した。
硬直し、再び瞳に光を失う。
白銀の瞳が陰り、視線を彷徨わせる。
「こたえろ」
「・・どうしても?」
今にも泣きそうな潤んだ瞳で、震わせた声でフィアがルシオスに尋ねる。
「・・おれには、いえないことか?」
「そんなこと・・ない」
そんなことはない。
でも、言いたくなかった。言ったらきっと・・。
「あるから、いえないんだろ」
「・・・」
「こたえろ」
「・・・」
「はやく」
「・・」
「フィア」
「っ・・・」
「フィア、こたえろ」
「っ・・。ぉ、・・おこらない?」
答えたらきっと、ルシオスは怒る。きっと怒る。
怒ったらルシオスは・・。
フィアは怖くて心に空いた穴の存在を、それが何であるかを言えないでいた。
「?なんで、おれがおこる??」
ルシオスは首をかしげる。
「あきれ、ない?」
なおもフィアは尋ねる。
「なんで・・、おれが?」
「・・きらいに、ならない?」
これだけは答えてもらいたいといわんばかりにフィアが問う。
「???」
ルシオスは眉を寄せた。
「・・ルシオスは、わたしを、きらいにならない?」
フィアは一縷の希望をかけてルシオスを見上げる。
フィアが言えない理由は、はじめから一つしかなかった。
ルシオスに、嫌われたくないからだ。
「・・?
ーーならない。」
ルシオスは不思議そうにしながらも答えた。
何故、なかなか言わないのか?
怒らないか?呆れないか?挙句の果てに嫌いにならないかなどと
答えをせがむフィアを。
「ほんとに?」
「ならない。ぜったいに。
俺はフィアを嫌いになったりしない。
だから、こたえろ」
「わかった・・こたえる」
フィアはルシオスの答えに満足し、笑みを浮かべて頷くと
口を開いた。
「あのね・・・おかあさんが・・、しんじゃったの」
ポツリポツリとフィアは、
母が亡くなったときのことを話し始めた。
「とつぜん、たおれて、・・目を閉じて、なにもいってくれなくなったの」
「よんでも・・こたえてくれなくて」
「わた、し・・、わたし・・、
もうおかあさんと、しゃべれないんだって・・きづいて」
「そしたら、・・すごく、悲しくなって・・辛くて
・・ここに、大きな穴があいたみたいなの・・っっ」
フィアは胸をぎゅっと服越しに押さえつけた。
母がいなくなって
悲しくて
虚しくて
どうしようもなく泣きたくなって
心に大きな穴が空いて、
それがもとに戻らなくて
どうしたらいいかわからなくて
戸惑って
それが辛くて
長くて
他には何も考えられなくて
たくさん泣いて、
泣いて
泣いて
泣いて
泣き疲れて
悔しくて
泣いて
父に縋っても穴は埋まらなくて
それでも治らなくて
いまもまだどうしようもならなくて・・
フィアはふいに溢れ出した涙を止められず
ルシオスに縋りついて泣きだした。
***
・・そういえばあれから答えた後、
ルシオスはすべてを悟ったような表情で、
そうなって当たり前だと慰めてくれたような気がする。
ルシオスはフィアよりも先に母親を亡くしていた。
だからフィアはルシオスに言いたくなかったのだ。
自分ばかりが立ち直れないでいるのを恥ずかしく思って。
そんなことでと軽く扱われ怒られ呆れられやしないかと、
・・嫌悪されやしないかと。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、
幼い過去の夢からフィアの意識は浮上した。