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使命

魔物の咆哮は図書館全体にこだました。


禍々しい魔力が咆哮と共にほとばしり、

結界が虚しくも一瞬でかき消される。


「!!」


魔物の咆哮・・ただそれだけで、結界は霧散した。

小さな魔物に結界に攻撃させるばかりで

静観していたはずの大きな魔物のたった一声によってだ。


魔力を使いすぎてへたりこむフィアには

もはや絶望しかなかった。

あの魔物には何をしても勝てないだろう

と感じずにはいられない。


ルシオスも驚いているようだった。

実力差を思い知ったのかもしれたい。

拳にぎゅっと力を入れている。

どんな魔術で攻撃すれば勝てるのかと焦りの表情をわずかに見せる。


咆哮の余韻が消えた頃、

傷だらけの魔物がゆっくりと周囲を見渡す。

そして、フィアを目にしてその動きを止めた。


フィアと魔物の目が合う。

魔物の赤い瞳がフィアをはっきりと捕らえていた。


魔物が体ごとフィアに向けなおすと

翼をはためかせてフィアにゆっくりと近づいてくる。


な、んで…?


魔物に致命傷を与えたのはフィアだ。

魔物に殺されてもなにも言えない。だからこそ疑問に思った。

殺そうと近づいてくるなら魔物から殺気が感じられるはずなのに、

それが一切ないのだ。


それでも相手は敵対すべき魔物だ。

図書館を襲ってくるぐらいに危険な生物に変わりはない。


魔物が口を開き、

おそらくなにか発するだろうとフィアが思ったそのとき、


ズドン!


魔物は後方から光の弾に撃ち抜かれた。

撃ち抜かれたと思うと音もなく魔物は塵となって一瞬で消え去る。

その場には小さな魔物たちの残骸と、大きくぽっかり空いた穴だけ。


「!?」

「!」


フィアもルシオスも何が起こったのか瞬時には理解できなかった。


魔物たちがいた場所の後方、

つまりはフィアたちの視界のはるか先に、弾を打ち出した人間がいた。


距離が遠くて見辛いが、

フィアと同じく銀色の髪をした男のようだった。

身なりがずいぶんと良い。


「…」

「…」


フィアもルシオスも呆然とするしかなかった。

力の差があったあの魔物を一瞬で滅ぼされ、

平和を取り戻した事実に頭がついていけてない。


男は図書館にあいた穴を避けて二人のそばに近寄ってくる。


「この俺が間に合ってよかったな」


フィアたちが無事なのをみて、

男は満足したようにうなずいて不敵に笑った。

端麗な顔立ちに銀の瞳。


フィアは、白銀の男をよく知っている。

ルシオスは面識がないのか、ただ黙って視線を向けていた。



その後、警備兵と王国軍が駆けつけてきて、

フィアたちはその場に起こった状況と

どう対処したを事細かに長々と事情聴取されることになった。


フィアたちが驚愕の目に晒されたのは言うのまでもない。

その場で最善に近い対応を取り、魔物によって負傷した者もいないのだから。



こうして王立図書館魔物襲撃事件はあっけなく幕を閉じた。


***



「ーーこちらからの質問は以上です。

お時間取らせていただいてありがとうございました。

あとはこちらで対処致しますので」


「はい」


事情聴取がおわったのは夕日が沈みきった夜もいい時間帯。


解放されたフィアたちが

図書館から帰ろうと図書館を出ようとすると



「フィア・ノスタルジーア、お前には残ってもらおうか」


後方からフィアだけが呼び止められた。

ずいぶんとなれなれしく上からの物言いだ。

フィアは立ち止まって振り返る。

見れば白銀の髪の男が立っていた。


「!・・わかりました」


断れない相手だ。

なぜ自分だけがと訝しく思うけれどこの場で聞くのも野暮だろう。

フィアはしぶしぶ頷いた。


「・・・」

ルシオスもフィアと同様に立ち止まり、

白銀の男に訝し気に視線を向けている。


「ルシオス・ノワール、貴公には

自宅まで馬車を用意させる。しばしそこで待っていてくれ」


「・・ありがとうございます」


白銀の男が言うと

警戒を解かないのまま、ルシオスが答えた。


「では、行こうか」


白銀の男はフィアに声をかけて

再び図書館のなかへと戻っていった。


「…ルシオス、今日は助けてくれてありがとう。ーーまた、学校で。」


「あぁ。」


ルシオスに告げて背を向けると

フィアは白銀の男の後に続いた。



***


被害のなかった図書館の2階にある一室で、

白銀の男とフィアは二人きりになる。


白銀の男はすでに暗くなった外を窓から見ていた。

部屋の窓から王城に灯されている明かりが見える。


フィアは白銀の男の背を見つめた。


高貴な身分の男が側仕えもつけず、

フィアと密室にいるこの状況は異常だ。

よく許されたものだと半ば呆れ気味にフィアは思う。


フィアはこの男がどれだけ尊く高貴か知っていた。

親族の中でも一二を争うほど強い光の持ち主であることも、

男の頼みをフィアの断れない性格抜きにしても断れないことも。


「今回の件、お前はよくやった方だ。

普段使わないくせして実践であれだけ使えるのなら及第点をやろう」


男は王城を見上げながら話はじめた。


「!ありがとうございます」


大きな魔物を一瞬で塵にした男に誉められて

声が上ずった。いつも上から目線の男がまさか誉めるとは。


「俺たちの…いや、

我々、天の使いから賜った力を持つ者として

魔物の殲滅は悪魔を滅ぼすための第一歩…つまりは使命だ」


「…はい」


使命。

その言葉に表情を固くする。

物心ついたときからずっと聞かされていた言葉だ。

光属性に生まれた者として逃れられない定め。


「弱点も多いが、魔物殲滅がこの国の平和を守るためにも

天から与えられた使命が最優先事項だ。

これからも鍛練は怠るな」


「はい。」


悪魔の手下である魔物を滅ぼすことは

悪魔の戦力を削ぐことに繋がる。


人間界は外界のやり取りに干渉できない。

しかし、神話にもあるように天使に力を与えられて、

人間界を侵そうとやってくる魔物を倒すことが

できるようになったのだ。


「お前はまだ発展途上だ。

使命が第一とはいえ、無理はするなよ。

決して親族以外に弱味を見せるな。

特にあのルシオス・ノワールにはな」


男は後方にいたフィアに向き直って告げる。


「はい…隠し通してみせます」


特に…?

なぜそこでルシオスの名がでてくるのだろう?

私と幼馴染みだから?

それとも、高等学部三年間をパートナーとして同棲を強いられて

必然と一緒にいる時間が誰よりも増えるから?


浮かび上がった疑問を口に出さないまま、フィアは頷いた。

誰であろうと光を受け継いできた親族以外には

見せてはいけない決まりだからだ。


「ふっ…何故?と言いたげだな?フィア」


ふっと男は鼻で笑う。

久しく男がフィアの名を口にするのを聞いたような気がする。


「…すみません」


「いや、いい。

お前が闇を持つ一族のことを知らないのも無理はない」


「あれは、天使から光を授かるより前に存在していた一族の家系だ。

光を授かるより前の時代、悪魔に最も効果的な属性は闇しかなかった。

あまり知られていない話だ。気になるだろう?

何故、闇は悪魔に対抗できる力として有効だったのか?と」


「…はい」


「それは、悪魔の力だからだ」


男は語る。

簡潔的に述べられた真実は、

ずいぶんとシンプルな答えだった。


「悪魔の力…」


闇は悪魔の属性だと言われている。

しかしあえて男は、悪魔の力と意味深に言ったのだ。

人間は常に悪魔に脅かされている。

悪魔の支配下であるため、人間は魔力をその身に宿し、

人間界の環境の影響を受けて魔力の属性が明らかになる。

支配が強い時代は闇属性の者が多かったらしい。


「もともと人間界は神に創造された世界、

魔力なんてものも人間は持ち得なかった。

いや、覚醒していなかったというべきか。

そしてある日、悪魔が人間界へ降りた。

それはもちろん侵略のためだが、

悪魔に大層気に入られた人間がいたそうだ」


「…」

悪魔に気に入られた人間…

いったいどんな人間かといえば、なんとなく想像がつく。


「その人間は悪魔との圧倒的な力の差の前に屈しない人間だった。

悪魔はその人間を支配下に置くために力を、

つまりは闇属性の魔力を分け与えた」


「…」

男の語る物語はフィアにとって初めて耳にする話だった。


「与えられた力はその人間を簡単に陥落させた。

悪魔の本性に逆らえないよう洗脳したといってもいい。

もともと人間は本能と欲求には逆らえない生き物だ。

それが親和材となって、闇属性の持ち主が増えていった」


フィアが生きる現在、闇属性の持ち主はほとんどいない。

昔は多かったと男が言うが現実味のない話だ。


「悪魔の支配下に下った人間が増えてきたが、

人間の欲は悪魔より根強い。

悪魔に対抗する者も出てきたというわけだ。

闇が光のある現在でも迫害されないのは、

悪魔を倒すことを、王国に協力することを王家に誓わせたからだ」


「…そうだったんですね」


光を受け継ぐ王家に闇属性の一族が

絶対的な忠誠を誓ったということなのだろう。


でも。でもそれなら尚更、

ルシオスの名が出てきた理由はわからなくなってしまった。


「まだ納得しかねないようだな?」


「・・そう、ですね」


「ルシオス・ノワール。

あいつが漆黒の悪魔と呼ばれる本当の理由を教えてやろうか?」


「本当の理由、ですか?」


性格が悪い、髪も瞳も黒い、属性は闇・・

悪魔の三拍子が揃っているのがルシオスだ。

これ以上にもっともらしい理由なんてあるのだろうか?


「そうだ。あいつは・・--いや、ノワール家は」


男がもったいぶった口調でいいながら、フィアに近寄る。

数歩踏み出し、男はフィアの耳元に顔を近づけた。


「闇属性の魔力以外にも別に悪魔の力を所有しているからだ」


「別の・・!?」


男の囁いた言葉にフィアは目を見開いた。


「ゆえに、いつ裏切るかわからない。

ノワール家が王家にしてきた忠誠は長いが前例がないわけじゃない。

フィア、あいつには気を許すな。絶対に知られるなよ?警戒しておけ」


男は闇の魔力とは別の悪魔の力が何かまでは教えてくれなかった。

ルシオスには気を許すなと・・むしろ警戒しろと警告する。


「はい、わかりました」


フィアは覚悟をもって頷いた。


男は同じ属性を持つ同胞。

嘘は絶対に付けない。ついた様子も見受けられない。

ならばその言葉は真実だ。


男の言葉によって、フィアの中でルシオスは

幼馴染でありながら警戒すべき相手という立ち位置が刻まれた。


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