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鼓動

「フィア!」


ルシオスが名を叫ぶと同時にフィアに手を伸ばした。

フィアの腕が捕まれて力強く引っ張られる。


「ぁ・・っ!」

勢いよく引っ張られたためか、

反射的に数歩踏み出してフィアの体はルシオスの腕の中にすっぽりと納まった。

ルシオスの片腕が背中に回されてぎゅっと抱き込まれる。

フィアはルシオスの衣服に顔を埋め込むような姿勢になってしまった。


ガサ・・バタンッ!


フィアがいた場所に数冊の分厚い本が音を立てて落ちた。


「・・・」

ルシオスが、--助けて、くれた・・?


後方で響いた落下音と、ルシオスに抱き込まれた状況とで

フィアはなんとか思考を巡らせて理解する。


ふぅ・・

と耳元にルシオスの安堵をにじませた吐息がかかる。


「!」

ぴくっとフィアの体が小刻みに揺れる。

フィアは頬がかぁっと熱くなるのを感じた。


鍛え抜かれた男らしい体、布越しに伝わるぬくもり、

背中に回された腕と、大きくごつごつとした手に腕をつかまれている感触

密着した状況・・

それらすべてがフィアを恐怖よりもなぜだか勝る熱となって襲い掛かる。


ドクン、ドクン、ドクン・・・

早鐘のように打ち鳴らす鼓動は地響きのせいだけではないだろう。


ルシオスはフィアにとって、

まさに漆黒の悪魔と呼ぶにふさわしいほど恐ろしい男に違いない。

しかし、それでも、

フィアはいま恐ろしい男に抱きこまれているというのに

恐怖を感じてはいなかった。


「・・フィア」


いつもの冷たい声ではなく甘さを含んだ低い声で

名を呼ばれる。

「っ……」

ドクンっと心臓が高鳴った。


ルシオスは助けてくれたんだから

お礼を言わなきゃ…


体に緊張を走らせ、フィアはルシオスをそっと見上げて

礼を言おうと口を開く。

だが、


「まだ、動くな」


至って真剣な声音でルシオスはフィアにいい放った。


え、どうして…


ルシオスに問うより早く、フィアはその意味を理解し、

身体にぎゅっと力をいれた。


図書館の下になにか、いる…!


意識を集中する必要がないくらいに

足元に禍々しい魔力の気配を感じたのだ。


それは頭をガツンと殴られたような衝撃だった。

ルシオスもその衝撃を受けて、動くなとフィアに告げたのだろう。


フィアはいつでも魔方陣を組めるように自身の魔力を研ぎ澄ませる。


来る…!!


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


禍々しい魔力の気配を帯びた存在が、

図書館の吹き抜けになっていた中央に床を突き破って

激しい破壊音と共に現れた。


フィアは首だけ動かして振り向き、

その光景を目にする。


「!!!」


成人した人間よりも一回り大きい魔物が翼を広げ浮遊し、

複数の小さな魔物を引き連れていた。


魔物による襲撃事件。

父が最近頻繁にあると言っていた言葉を思い出した。


フィアはルシオスの腕を振りほどき、体ごと振り向いて

身構えた。


目の前の想定外の出来事に命の危険を感じずにはいられない。


突如、



きゃあああーっ!



という女性の叫び声。


館内にいた人々は恐怖に染まった表情で慌てて走って逃げはじめた。


突き破られた衝撃で奥の本棚は倒れ、

本が無数に散らばり、

瓦礫や土砂も魔物の出現した周囲に散乱している。


図書館の入り口へ逃げ惑うパニックに陥った人々の群れ。

魔物の雄叫び、

無惨に倒れる本棚、割れる窓ガラス、

小さな魔物が5体と大きな魔物が一体が

きょろきょろとあたりを見回している。


人間は自分以上にパニックになっている人間を見ると

返って冷静になれる生き物である。


恐い・・逃げたい。でも、

こんな状況で逃げても事件は解決しない。

逃げるだけじゃ魔物に勝てない。戦わなきゃ。

少しでも多くの人が逃げられるように

時間を稼ぐことはできる…!

王立図書館は貴重な本ばかりあるし、

なんとしても被害は抑えなきゃ!


フィアには目の前に映るすべてを加味して

ルシオスから離れて魔物へと振り返り、両手をつきだした。


「我が内に秘めし力の源よ、我が意思に従いて、

我が導きに応え、強き光を纏い、具現せよ!」



光輝く魔方陣が両手の平に構築され、術が放たれる。

光の魔力を充満させた結界が現れ、魔物すべてを中へ閉じ込めた。


魔物に最も効果的な光属性の魔術。

フィアの会得した防御系の魔術の中で一番強い魔術の応用術だ。

もはや出し惜しみしている場合ではない。


閉じ込められた魔物たちは動揺し、

結界へ体当たりしたり魔術をぶつけて壊そうとし始める。


結界の周囲は入り口に向かって走る人、腰を抜かしている人、

泣きじゃくる子供とでごった返している。


「ルシオス、ーーーお願い。

魔術でみんなを逃がしてあげて」


結界を張り終えたばかりのフィアにはみんなを逃がす時間を稼げても

避難の誘導や、テレポートの類いで助ける余裕はできない。


「・・外に逃がすだけだ、それ以上はしない」


「うん、わかった。」


まったくもってルシオスらしいセリフに

苦笑しながらフィアは快く頷いた。


「闇よ、我が意思に従い、

我が導きのままに、かの者を導け」


ルシオスは辺りを見回すと

人々に向かって手を突き出して、術を解き放った。


漆黒の闇が現れて人々を次々と飲み込み、消えていく。

図書館の外へと転移させたのだろう。


ルシオスが皆を避難させている間、

フィアはずっと、結界の維持のために魔力を送り続ける。


結界を壊そうと

魔物の咆哮と共に攻撃が絶え間なく続いている。


「・・大方、避難させた」


「ありが、とう」


「結界の内側で魔術を発動できるか?」


ルシオスがフィアの隣に立って、提案した。


光の結界を発動しているのはフィアだ。

フィア以外の者が外から攻撃魔術を放とうものなら、結界を破壊しかねない。

ルシオスはそれを理解したうえで、魔物をどう始末するか考えたのだろう。


「・・攻撃呪文の、詠唱が終わるまで、

結界がもたない・・かもしれない。

攻撃が増して、きてるの」


苦し紛れにフィアは答えた。

結界の維持が時間が経つほど難しくなってきて

必然とフィアの息が上がる。


どの属性の魔力を使った魔術も、

魔力と詠唱と術のイメージによる魔法陣の構築が必要だ。

当然、異なる魔術を同時に発動するならば魔法陣の構築の難易度は高くなる。

他の魔術詠唱中にすでに発動した術に対して補強するのは

よほどの実力者でない限り不可能に近い。


「・・そうか。なら、お前は攻撃呪文を組み込め。

結界の補強は俺がやる」


「っ、どうやって・・?」


ルシオスの発言にフィアは耳を疑った。

光と対照的な闇属性の持ち主であるルシオスが、

光属性の結界をどう補強しようというのか。


「雷と風を使う。

もうしゃべるな。フィア、集中しろ」


ルシオスの迷いのない答えが返ってくる。

五大属性の中でも、特殊属性と相性の良い二属性だ。

フィアにはわからないが、何らかの策がルシオスにはあるのだろう。


「・・・」

コクリとフィアはルシオスの言葉に黙ってうなずき、

魔力を送るのをやめて、結界の魔法陣に攻撃魔術を組み込む詠唱に移る。


「我が内に眠りし光よ、我が意思に従い、

聖なる光を以て、纏い、包み、…天空に満ちる光よ…」


詠唱によって、手のひらに大きな魔法陣が構築され始める。

まばゆい光が術式を描いていく。


「我が内に眠りし闇よ、我に従い、我の導きのままに、

天空に満ちる力の源よ、我が手に集いて

阻む風となり、雷壁となりて、かの光を助けよ」


ルシオスが隣で唱える。

構築された漆黒に輝く魔方陣が風を纏い黄金に変色する。

魔方陣から、風を纏った雷撃が打ち出され、

光の結界にぶち当たると、光の結界に重ねるように

結界は風を纏い、電気を帯びたものへと補強された。


結界に体当たりしていた魔物は風に弾き返され

さらには体を痺れさせていた。


補強どころか魔物にダメージを与えている。


「汝の恩恵たる力、天より我が前に示せ、

我と汝の領域を侵すものに、聖なる矢を以て、浄化せよ!」


ありったけの私の魔力で作ったこの術なら・・!


フィアは掌に魔力だけでなく希望を乗せた思いも込め、

大きな光輝く魔方陣を完成させて、膨大な量の魔力を結界へ打ち出した。


まばゆい光が結界を包んだかと思うと、

結界内の上空で光る矢がすぐさま無数に現れた。

魔物めがけて矢が同時に放たれる。


グサグサグサッッ!

すべての魔物に光の矢が無慈悲に突き刺さった。


グギャァアアア!

ウガァアアアア!

魔物の悲鳴じみた叫びが館内に響きわたる。


矢は魔物たちを深く貫き、

貫いて与えた傷口周囲で矢は眩い光を放って

ジュワジュワと溶かすように魔物を浄化していく。


魔物の体全体からどす黒い魔力が血飛沫と共に吹き出て

浄化によってその色が抜け、湯気のように空へ上る様子が伺えた。


小さな魔物たちは光の矢によって殲滅された。


現れた魔物の中で最も大きかった魔物は

腹部を矢に貫かれ、致命傷を負ったようだが、

まだ生きていた。


「っまだ・・!」

まだ、生きてるの・・?

手ごわい・・

詠唱も魔法陣の構築もうまくいったのに・・っ


フィアは少なからず一撃で仕留められなかったことに衝撃を受ける。

悔しかった。


魔物を相手にするのはフィアにとって今回が三度目。

結界内に攻撃を仕掛ける戦法は初めて試みたものではあったけれど

術を完成したときにフィアは確かに手ごたえを感じていた。

確かに、手ごたえはあったはずなのに。


致命傷を与えたとはいえ、

魔物の魔力はおぞましくて禍々しいのは至って健在だ。


フィアは焦る。


結界の魔力も、今のでほとんど使ってしまった・・

もう消えちゃう・・私の魔力もあと少ししかない・・


魔物が攻撃をしてこようものなら

いかに補強された結界であれど一撃しか耐えられないだろう。

それだけ魔物の魔力は強く大きいままだった。

光の矢でそれが少しも削れていなかったのだから。


一度は耐えても、次はない・・

今のが駄目だったんなら、今度は・・---


悔しさに唇を噛み締めつつ、再び攻撃に転じようと

フィアが身構えたとき、


「っ・・!?」


ユラ・・ッ”


視界が不安定に揺れた。

ぐにゃりと視界がゆがみ、

足に力が入らなくなって、フィアがその場に崩れ落ちる。


「フィア!--ー」


ルシオスが何か言い掛けたとき、


グギャアアアアアアアアアア!


魔物が咆哮した。

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