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臆病者


「次、フィア・ノスタルジーア・・前へ!」


教師の声が会場に響き渡る。

王都魔術学園エーデルの中等部で

今まさに一学年ごとに学期末試験が執り行われていた。


「・・はい」


静かに応え、言われたとおりに私は前へ出た。

白銀の長い髪がふわりと揺れる。


前へ出たことで生徒全員の目が自分に向けられるのを感じた。

見られている。


・・いやっ、ーーーやだっ

やめて・・・。

わたしを・・みないでっっ!!


恐怖心が煽られて泣きたくなった。

苦手・・。嫌なの、注目されるのは。


無意識に身体に力を入れてしまう。

眼が潤むのを、目線を下に向けたくなるのを必死に我慢しながら

私は顔を上げたまま正面を見やる。


我慢、しなきゃ・・

いやだ・・こわい・・こわいし、慣れない・・


でもまだ・・ばれてない。ーーだから。

私でも・・!


目の前は見通しの良い小さな森林地帯。


ガサガサと兎に似た魔導機器が

木々の間を器用に俊敏に跳び回っている。


意識を集中させれば、魔道機器の核に魔力があるのを読み取れる。

魔道機器の動きが一見不規則に見えても、

一つの法則にしたがって動いていることがわかった。


ピーーッッ

教師が試験開始の合図を鳴らした。


フィアは森林地帯に手をかざして口を開く。


「光よ、我が導きに応え、雷矢となせ」


かざした掌から、魔法陣が構築されて

電気を帯びた矢が動き回っていた魔道機器に直撃した。


ビリリリリリィイイ


雷の矢を受けた魔道機器は痺れてやがて動きを止める。


「光よ、我が導きに応え、磁力を以って引き寄せろ」


更にフィアは動きを止めた魔道機器に標準を合わせて唱える。

構築した魔法陣から魔道機器に向かって

目には見えない電気を帯びた魔力が放たれた。


魔道機器の核がフィアの放った魔力とくっつくように繋がったのを

フィアは認識するとすぐさま魔道機器をぐいっと傍に引き寄せるよう魔力を操作する。


魔道機器は磁力で引っ張られたかのようにフィアに引き寄せられて

教師とフィアの目の前に置かれた。


「・・・」

「・・・」


数秒の間、沈黙が流れた。

先生が目を点にして魔道機器を凝視していて、

他の生徒たちも唖然とした様子だった。


やる方法・・間違えたかな・・?


他の生徒たちはこのテストで魔道機器を追いかけまわし、

近距離魔法で魔道機器をしとめていたのをフィアは思い出す。



制限時間内に魔道機器を捕まえれば

最低ラインの80点を貰えて合格とされる学期末試験。

魔術の属性や術の難易度に制限は設けられていない。

どれだけ早く魔道機器を捕まえられるか、

どんな技をもってして捕まえたか、

それらを踏まえて、各々に点数が加算される100点満点方式だ。


それをフィアは試験の開始位置から一歩も動かず、

光り属性である自身の魔力を五大属性の一つである雷に変換して

初級魔術である雷矢と磁力で一瞬にしてとらえたのだ。

魔力の気配の動きを誤差なく的確にとらえてようやく成せる所業であるために

驚かれるのも仕方がないのだが、

フィアは驚かれるほどのことをしたとは思っていなかった。


少し不安になりながら、黙って先生に視線を向ける。


「・・フィア・ノスタルジーア、--合格!」


教師がはっと我に返ってフィアに告げた。


「・・・」

よかった・・


コクリとうなずいて、合格という言葉にひそかに安堵した

フィアは自身のクラスメートが見学している場所に戻った。


試験場を囲む観衆が一気にどよめきだす。


「あいつが噂の?」

「ああ、そうだ、あの女が--」

「あれが光の・・」

「まさかあれほどの実力者とは」

「兎を一瞬で、あんなーー」

「俺達には無理じゃね?あんなのーー」


教師も生徒も関係なくざわついていた。



どうしよう・・

さっきよりも注目されてる・・--


注目する視線の数々は試験前と何ら変わらず、

むしろ増えたような気さえして気を緩められずにフィアは縮こまる思いでいた。


フィアが合格した後も他生徒の試験は続く。


「フィア、合格おめでとう!これで一緒に進級できるね!」


見学席に戻ったフィアに対し一番最初に緑髪の少女が笑顔で出迎えた。

翡翠の瞳と整った可愛らしい顔立ちの少女だ。

名をリーン・トルマリンといい、フィアの数少ない学友である。


「リーン・・。うん、ありがとう」


くったくのないリーンの笑みにつられてフィアは笑みを浮かべた。

合格できてよかったと心底安堵する。


「ほんとにすごかったよ、フィア!

光を雷に変えちゃって、一発あてちゃうなんて!」


「そう・・かな?」


「磁力でひっぱったのもそう!

だって、自分の属性を変えるのってかなり大変なんだよ?

私は土だからあんなことできないしーー」


それからはリーンが間をあけずに明るい声で話し始めた為、

他生徒の試験見学そっちのけで会話を続けた。


「次、ルシオス・ノワール、前へ!」


教師の声が響いた。


「・・!」

ビクッ

リーンと歓談中に響いたその名にフィアは体をびくつかせる。


今、一番聞きたくない名前だった。


名を聞いただけでも無意識に身体に力が入ってしまう。

異常なほどの緊張が襲う。

震えが止まらない・・フィアにとってルシオスはそれほどの相手だった。


「あ、ノワール様の出番だよ、フィア!」


歓談をやめたリーンがフィアの服の裾をひっぱる。

頷き、フィアは改めて試験会場に目を向けた。


ルシオス・ノワールと呼ばれた青年がすでに教師の傍に立っている。

漆黒の髪と長身が目立ち、珍しい闇属性の魔力を持つ男でもある。


そして・・・、ううん、なんでもない。今は、考えたくない。


ただ、ルシオスには強い闇の魔力が絶え間なく流れていて、

それが嫌というほどわかるフィアにはそれがとても恐ろしかった。


火、土、風、水、雷の五大属性から外れた特殊属性である、光と闇。

特殊属性を持って生まれる人間は一割といないほど稀有な属性。

特に闇は光よりも希少で凶悪とされていた。


ピーーッ


開始の合図が鳴ると、ルシオスはその場で森林地帯に手をかざす。


「闇よ、かの者の魔力を奪え」


ルシオスがそう唱えると、

俊敏に動き回っていた兎の魔道機器を一瞬で暗黒の霧が包囲した。

霧が兎を捕らえるとその魔道機器の核から、

核に埋め込まれた魔力が闇に吸収されたかのように消え失せた。


途端、がくんと魔道機器が止まる。


「闇よ、かの者を我が前に差し出せ」


魔道機器がさらに深い暗黒・・闇に呑みこまれて

その場から消えたかと思うとすぐさまルシオスの傍に黒い塊が生まれ、

魔道機器が闇の中から顔をだす。ぽつりとそれは地面に置かれた。


「・・・」

「・・・」


場が静まる。


フィアの試験と同様に、ほんの数秒の出来事だった。


中等部で闇属性をもった生徒はルシオスしかいない。

ルシオスにしか成せない闇の魔力を使用した魔術によるものだ。

当然、他生徒が真似できるはずもなく、

教師もまた、ルシオスの生まれ持つ才能に驚きを隠せなかった。


「---」

「・・・」


ルシオスは教師に冷たい目を向けた。


「!--る、ルシオス・ノワール、合格!」


早くしろと言いたげな視線を向けられた教師が、慌てて告げた。


一拍おいて観衆がざわめきだした。


「漆黒の悪魔だ・・」

「やっぱりあの噂は本当だったんだ・・」

「初めて、闇の魔術を見たよ・・」

「こわいやつ・・」


周囲のざわめきや視線を

ものともしないでルシオスは見学席に戻り始めた。

好奇の視線を向けるものに対して、

殺気のような冷気を向けて牽制しながら。


漆黒の悪魔。

彼はそう呼ばれていた。

黒髪と強い闇の魔力を持つ男・・

そして、周囲に冷たい態度や発言が悪魔のようだと皆が称する。


「やっぱりノワール様ってすごいね、

さすが漆黒の悪魔と言われるだけあるよね」


リーンがぽつりとつぶやく。


「うん・・」


すごいどころじゃない。

ルシオス様の力はあんなものじゃ・・


フィアは知っていた。

彼の力がどれだけ恐ろしく強いものか。

それに・・


「あれ?フィア、ノワール様がこっちに・・--」


「えっ・・?」


ルシオスの力を試験で見せつけられて内心怯えるフィアへ

リーンが首をかしげて告げた言葉に思わず周囲を見ると

ルシオスが自席に戻らず一直線にフィアに向かってくるのが見えた。


「どうして・・」


ど、どうして・・?


動揺して頭が真っ白になる。

ど、どうしよう・・ルシオスがこっちに・・

ま、まさかーーーー



内心慌てふためくフィアの前に

ルシオスが現れる。


「おい」


フィアを前にルシオスが口を開いた。

冷たい声がフィアに降りかかる。

ルシオスは漆黒の切れ長の瞳で冷ややかにフィアを見下ろしていた。


「っ!?」


びくりと震わせてフィアは彼を見上げた。


彼と話すときは、いつも緊張する。

恐い。怖くてたまらないのだ。

秘密がばれてしまいそうで。その力に支配されそうで。

いつもクラスでも避けてきた相手だった。


「・・・」


「・・・」


向かい合って数秒沈黙が流れる。

訝し気に眉を顰めて彼が問う。


「何故、雷属性に変えた?」


「え・・?」


「何故、変換したか聞いてる。答えろ」


彼の容赦ない声と視線がフィアに突き刺さった。

ルシオスの苛立った声音がフィアを一層緊張させ、恐怖心を煽った。


「っ、それ、はーーー」


声が震えた。

強い視線に思わず目をそらし、口を開く。


「光、より・・雷の方が魔道機器には有効だったから・・」


先ほどリーンが言ったように、

属性を変えるのは大変・・もとい難易度が高い。

魔力の属性を変えるには詠唱と高度な魔力操作を余儀なくされる。


それは各属性間の相性が起因するためだ。


一般的に称される相性はこうだ。


火は風と相性が良くて土に強いが水に弱く、

水は風と相性が良くて火と土に強いが雷に弱い。

雷は火や風と相性が良くて水に強いが、土には弱い。

土は雷に強いが火と水に弱い。

風はどの属性とも相性がいい。


光は五大属性のどれとも相性が良いが、闇と対照的(強くもあり弱くもある)であり、

闇もまた、五大属性のどれとも相性が良いが、光と対照的だ。

光と闇は相性が良いとも言えるし、魔力の強弱に差があれば悪いとも言える。


相性がいいというのは同じ強さの魔力なら相乗効果を発揮しやすいということだ。

強弱が対照的な属性間ほど変換は難しい。


特殊属性は、五大属性に魔力の属性を変換できる性質をもつが、

特殊であるがゆえに五大属性内での属性変換よりもさらに高度な魔法陣構築が必要になる。


魔道機器は雷属性の魔力を核として構成されているのが主流だ。

試験に使われた兎の魔道機器もまた、雷属性の魔力で動いていた。


雷属性は意外と奥が深い属性で、

同属の魔術同士の打ち合いがあればその魔術の特性の相性によって

相乗効果が発揮されることもあれば、打ち消すこともできる属性である。


魔道機器を動かしている魔術の作用の特性を見破ることさえできれば

同じ雷属性で勝つのはどの属性よりも比較的簡単なのである。

有効だという根拠はそこにあった。

フィアはそれを利用し、今回の試験に見事合格したというわけだった。


「・・・。

光属性で捕らえるよりも、か?」


変換する際に高度な技術を使用してまで変換する必要はあったかと

ルシオスは聞きたいのかもしれない。


光属性はかなり万能だ。

ルシオスのように、魔道機器の魔力を奪うことさえ

しようと思えば可能であった。


・・でも、

私には---ーー


私には、・・できない。

こんなところで、使えない・・


フィアにはしようと思えなかった理由があった。

いや、したときに侵すリスクを考えてできなかったが正しい。


だが、光属性の魔術で捕まえることは、

いちいち雷属性に変換して捕まえるよりも簡単なのは事実だ。


「・・・・」


フィアは素直に頷くことができなかった。

何も言えずにフィアは口をつぐむ。


「・・・」

「・・・」


気まずい沈黙が流れた。


「おい、答えろ」


「っ・・・」


答えられない・・

答えはわかりきっている・・でも、

私は、答えちゃ、いけない。答えてもーー耐えられない・・


彼の苛立ちの眼差しから逃げるように視線をそらすフィア。


「ちょっと、ノワール様!」


リーンが横から声を上げた。

フィアに向けていたルシオスの冷たい視線がリーンに向けられる。


「フィアが困ってるっ!

そんなに問い詰めないであげてくださいっ」


リーンはルシオスにひるまず強気に責め立てた。


「お前には関係ないだろう」


ルシオスにはフィアを困らせている自覚はないのだろう。

悪びりもせずリーンに告げる。


「関係なくないです!私はフィアの友人ですから!!」


リーンがルシオスに牙をむく。


リーン・・ありがとう。

友人、そういわれると心がじーんと温まるような気がしてうれしかった。

同時にかばってもらってるのが申し訳なくも思う。


「俺が質問しているのはフィアだ。お前じゃない」


だから関係ないと言わんばかりにルシオスが冷静に受け答えた。


「・・っ」

フィア・・彼に冷たく低い声で名を呼ばれると、何故だか鼓動が早まる。

緊張か、恐怖か、焦りか。

昔からそうだ。彼に呼ばれると、胸が苦しい。早鐘が煩わしいほどに。


「でもっ」

「関係ない」

「関係なくないです!」

「お前はもう黙れ」

「友人だものっ、黙ってみてられないよ!」


「フィア、早く答えろ」

「ちょっと、ノワール様!」

「おい、フィア」


冷たい態度、容赦のない眼差しと発言・・それらすべてが厄介な悪魔を想起させる。

この態度や発言がルシオスが悪魔と呼ばれる所以だった。


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