田中という苗字、聡という名前
異世界モノじゃありません
『言うは易く行うは難し』
――これは僕の座右の銘だ。実体験から学んだ言葉だ。
まあ、僕がこう思ったわけを語っていこうか。
僕は田中 聡。年齢は16歳。高校一年生だ。
父と母、そして妹が1人、極々平凡な家庭で生活している。
父親は会社員、母親は専業主婦、妹は中学生、これも極々平凡だ。
おまけに、父親の旧姓は田中、母親の旧姓も田中だ。
僕のいきつく先は必ず田中。極々平凡な名字
――田中の業からは逃れられない。
そんな田中の業を背負う先輩にして同族の両親は僕に願ったのであろう。
『何か一つでもいいから目立つ何かを持って欲しい』と。
聡という言葉には3つの意味がある。
一つ、感覚が鋭い事。
二つ、何か一つに長けていること。
三つ、賢い事。
僕は幼少の頃から剣道をやっている。
それは剣道がこの『聡』という言葉を包括しているスポーツという理由で両親に始めさせられたからだ。
一つ目、感覚が鋭い事
――これは当然と言えば当然なんだけど、剣道は相手の動きに反応してナンボのスポーツだ。
当然、反射神経は高まるし、相手の機微にも敏感になる。
つまりは感覚が鋭くなる。
ということで聡。
二つ目、何か一つに長けていること
――これは剣道の大会とかで賞取れればそうなるでしょ。
というより、やっているだけで一般人よりも剣の扱いが上手いわけだから長けていると言えるわけだ。
ということで聡。
三つ目、賢い事
――剣道っていうと「イヤアアアアッ」とか「メエエエッンン」とか、とにかく奇声をあげてやたらめったら相手を叩くスポーツに見えるけどそれは違う。
面、小手、胴、突き。ちゃんと相手の打っていい部位が決まっているのだ。
打っていい部位が決まっているということは事前に守らなければいけない部位がわかっているということだ。
当然、皆守る。
守らなければ負けてしまうからね。
その守られている部位をどう露出させて、どう叩くか。
これを考えて戦うわけだ。
つまり賢くないと剣道では勝てない。
ということで聡。
――というわけで僕は幼稚園の頃から剣道をやり続けているわけだが、話を戻そう。
あれは僕が中学1年生の時だ。
僕は性の目覚めが早かった。
僕の周囲は中学生になるとしゃれっ気が出てきたり、自己満足という行為を始めだした。
――だが僕は違う、小学校の低学年からだ。
我が家の衣類は一つのタンスに詰め込まれ、引き出し毎に家族の衣類が仕訳けられている。
一番上の引き出しが父、二番目が母、といった具合だ。
僕は自分のパンツを取り出そうと引き出しを開けた。
するとそこに入っていたのは毛糸パンツの群れだった。
(やべッ、春の引き出しじゃん)
春というのは僕の妹の名前だ。
僕は妹の引き出しを開けたことに気づき、引き出しを戻そうと思ったのだが手に力が入らなかった。
視線を動かすこともできない。
これが噂の金縛りか……なんて思ったのだが、今になって考えてみると、僕自身が見たくてたまらない衝動に駆られ動けなかったんだと思う。
僕が妹の下着を凝視していると、僕に罵声が飛んできた。
「バカバカお兄ちゃんの変態エッチ!!」
――興奮した。
なぜかはわからない。
僕は剣道の大会で、『これに勝てば賞に入れる』といった大切な試合の前に武者震いする程興奮するのだが、それとよく似た現象が起きた。
僕の下半身を見ると、テントが建てられていた。
「なんじゃこりゃあッ」
焦ったように叫ぶ僕を春が虫を見るような目で見ていたことを今でも忘れない。
あれは実の兄に向ける目ではなかった。
だが、それもいい。
いや、それがいい。か。
その一件を経て、僕は小学校低学年という若輩の身でありながら性に目覚めた。
周囲がしゃれっ気をだし、異性の目を引く努力をしている中、中学生になった僕は次のステージへと昇っていた。
――そう、痴漢だ。
我が家は郊外に建てられている。
その為、僕は都心の中学校へと電車通いをしていた。
朝の通勤ラッシュ。それは異性と体が密着する。
僕はその状況を利用して巧みに触る。
その日も僕は平常運転だった。
手すりを掴み、窓の外を見つめながら、目の前のOLの尻を撫でる。
とても美人なお姉さんだった。
電車の揺れに合わせ揺れる尻。
この尻を見ていると剣道の先生に言われていたことを思い出す。
『起こりを捉えろ』
剣道には出鼻という技がある。
文字通り、相手が動作を起こすタイミングに合わせ打ち込む技だ。
相手が僕に打ち込もうと近づいてきた瞬間に相手の頭部を打ち据えるのが出鼻面。
打ち据える部位が腕なら出鼻小手。
突きと胴は部位の位置的に難しいので出鼻はない。
電車の揺れでOLの尻が僕から遠ざかる。
このタイミングで技を出してはいけない。
なぜなら相手が僕の攻撃できる距離へと侵入してきていないからだ。
ここで技を出そうとすると周囲の者に気づかれ僕の腕はインターセプトされるだろう。
僕の出鼻面に合わせて、隣のおっさんが僕の腕に出鼻小手を叩きこむ、そういうことだ。
幼少の頃から剣道を続けている僕がそんなへまを犯すはずがない。
電車の揺れでOLの尻が僕へと近づく、ここが打ちどころ。
僕は軽やかに尻を撫でる。
誰も僕の出鼻には気づかない。
『尻止~、次の駅は尻止です~。足元にご注意して下車してください』
僕が華麗な技を繰り出し、OLをひたすら打ち据えていると電車のアナウンスが流れた。
尻止は僕の中学校がある最寄り駅だ。
ここが僕の終着点。
この遊びも終わりか……僕が感慨深げに嘆きながら下車するとOLのお姉さんも一緒に下車する。
――そして
「ちょっと一緒に来てもらえるかな?」
お姉さんは僕にそう告げると、僕の腕を掴み、駅員室へと引きづっていくのであった。
その時の僕は動揺していたのだろう、全く気付いていなかった。
同じ学校の制服を着ている女子が引きずられていく僕を凝視していることに……