幸せはこの掌の中に
あの日からロイゼは俺にビンタすることはなかった。
魔法も見せることはなく、ただ俺の部屋に来てはニコニコしながら頭を撫でているだけだった。
今日もロイゼが俺の頭を撫でに来た。隣には緑髪の男がいた。
珍しくグエンも一緒のようだ。こいつはなかなか俺に顔を見せに来ない。いったい何様のつもりなのだろうか。だが、顔を見せると必ず俺を持ち上げ、高い高いしてクルクル廻す。まぁまぁのイケメンが台無しになるほどの満面の笑みで。ホントやめて欲しい。気持ち悪い。ゲロって顔にぶちまけてやろうか。
「グレンは俺にそっくりだから絶対モテモテになるぞぉ!」
と俺に頬ずりする。
「パパってモテたの?」
と、本気で疑ったような口調でロイゼが聞いているが「ママと結婚出来たのがその証拠だ!」と言うとすごく納得していた。
しばらく2人で話したあと、グエンは部屋を出て行った。
恐らく隣の自室に戻って仕事をするのであろう。
この家の間取りは浮遊魔法の練習がてら、探索して覚えている。
2階立てで、俺の今いる部屋は2階の階段すぐ近くにある部屋だった。
場所はどこかの城の城下町。遠くに城のような建物が見え、その城からこの家まで続いており、街頭やちらほら点いていた家の明かり、それと3つの月がとても幻想的だった。(もちろん、浮遊魔法で家の上から眺めた景色だ。)
人目に気をつけながら家の周囲を浮いているときに、俺の隣室がグエンの部屋だと知った。
書類を眺め疲れた顔をしていたのは最近の事だ。
そんな事を思い出していると、ロイゼが部屋の隅にある本棚から本を取り出し、俺に読み聞かせてきた。
魔法は得意でも、本を読むのは苦手なのか、たまに詰まっていた。それでも読む事をやめず、合間に「はやくおしゃべりしたいねー」と頭を撫でる。ロイゼは俺にメロメロのようだ。
途中でミーリが部屋に来て、読み手が交代した。ロイゼは自分で読みたかったのだろう、しかめ面していたのだが、ミーリが朗読しだすと、一生懸命耳を傾けていた。
俺は途中でミーリの朗読を子守唄に眠ってしまった。
・・・ドンッ・・・・ドドンッ。
ゴトン、ガタガタガタ・・・ガタッ!
大きな物音で目が覚めた。
どこからか叫び声が聞こえる。1つや2つではない。
金属音がかすかに聞こえ、嫌な予感がした。
浮遊し窓から外を見ると、暗い空に浮かぶ雲が赤く彩られ、炎が街々を焼いていた。
下を覗けば、そこらかしこで色や形の違う鎧を着た者達が剣を交えていた。
(戦争!?戦争中だったのこの国!?)
こんな街中で戦闘されては命が危ない。
俺はロイゼ、ミーリ、グエンが心配だったのでそのまま部屋を出ようとしたのだが、1人でベットから降り、開けられないはずの扉を開け、階段を下りる、しかも浮いている。なんて事を赤子の俺がしたら戦争以上に驚くだろう、と思い(5分…5分だけ待って来なかったら行こう。)と誰かが来るのを待つ事にした。
(まずいかも知れない…選択を間違えたかも…。)
誰も来ない事に焦りを覚える。
まだ1分も経っていないが、我慢できずに扉を開けた。
向かいの部屋、隣の部屋を魔法で空ける。しかし誰も居なかった。
ガタッ
と下から物音がしたので急いで階段を下りる。
3人の青い鎧を着た男が剣を持って立っていた。
その鎧と剣は赤く濡れており、剣先からポタポタと赤に染まった地面をさらに広げるように落ちていた。
鎧の男が向いている方向に目を向けると、男と女が抱き合うように倒れていた。
男の右手は切断されたように肘から先が無くなっており、鎧の男の足元に地面の赤を吸ったように剣を握ったままの腕が転がっていた。
「あ・・・・ああ・・・あえん・・・いーい・・・」
かすれた声が俺の口からこぼれた。
その声に鎧の男たちは気付かない。家の外からの騒音に掻き消されている。
しかし俺には何も聞こえなかった。
聞こえたのは俺の叫び声と、尖った氷が鎧の男たちの顔面に突き刺さる音だけだった。