絶望と希望と切望と
「笑えない冗談だね。怒らせる為についた嘘なら効果覿面だよ。」
「冗談ではありません。嘘でもないし、怒らせる為に言ったわけでもありません。本当に申し訳ないと思ってますし、魔法を教えたり、ダンジョンに行く約束は果たそうと思っています。」
「そういう事じゃないんだよ!お前ジークを馬鹿にしてんのか!!」
「そんなわけないでしょ。今でもジークハルトさんは好きですが、事情があるんですよ。」
わなわなと震えるハルウェルトさんは必死で殺気を抑えようとしているが、敵対感知に引っかかるほど洩れている。事情を説明したが、納得いかないのか息を荒げただただ俺を睨んでいた。
「あ…あの…ハルウェルトさん…す、少しよろしいでしょうか…。」
ハイルが恐怖を抑え、手を震わせながら上げていた。
しかし、ハルウェルトさんは聞く耳を持たず「部外者は黙ってろ」と一言言い放ち、ハイルを蔑んだ。
「聞くくらいいいでしょう!あなたの威圧に耐えて必死に手を上げたんですよ?ハイル、どうした?」
「あ、あの…グレンは仲間を家族だ、と…思っています…。小さい頃から過ごした掛替えのない家族…な、んです…。グレンの気持ちも、その子の気持ちも…か、考えてあげてください…。」
「何を言い出すかと思えば…。なら、ジークの気持ちはどうなる!あんなに喜んでいたんだぞ!ふざけるな!!」
「な、なら!!ミント大国に行ってみてはいかがでしょうか!!」
「は?なんでミントに…ミント…。その仲間は女の子なのか…?」
ハルウェルトさんの殺気が薄れ、威圧が解けたのかライトとハイルは膝をつき、ゼェゼェと肩で息をしていた。
「ハイル、ミントって?神様の名前だよね?」
「神様?ミント大国は私たちの故郷だよ。」
「さっき言ってたとこか。はぁ…お言葉ですが、僕はジークハルトさん以外を幸せにする覚悟はありません。ジークハルトさん以外と結婚しても、その子を不幸にしてしまうだけです。なので、一夫多妻は僕はお断りです。」
「あんたね、それじゃあジークも幸せになれないじゃないか。全員が不幸になってどうするんだ。妥協案だけど、せめてジークにだけは幸せになって欲しい母親の願いだ。行け。」
「願いって…命令じゃないですか…。いや、まず嫁が2人もいてジークハルトさんは幸せになるんですか?!」
「さぁね。それは君がジークに聞けば?明日その子も連れてきなよ。そこで話をしよう。」
「いやいやいやいや!修羅場確定じゃないですか!な、何を言ってるんですか!」
「その子を切り捨てられない君の甘さが招いた結果でしょ?破棄の話はジークには言わないでね。どれだけあの子が喜んでたか知らないでしょ。我が子ながら気が狂った猿に見えたよ。」
見えない所でジークハルトさんも同じように喜んでいたようだ。それを聞くとジークハルトさんに本当に申し訳ない事をしようとしていたのだなと気付いた。しかし、だからと言って一夫多妻なんて俺はしたくない。それならノウを説得する。
「まぁ、この話は明日するって事でいいね。2人ともさっきはごめんね。グレン君も、ジークの事になると周りが見えなくなっちゃうから。まだ冷めてないかな?」
「い、いえ…いいお母さんだと思います…。」
「グレン、ノウに念話しといたから、逃げれないぞ。」
「おま!!なんて言ったんだ?!」
「宿屋に戻ってからのお楽しみ!そろそろいいんじゃないか?温度計ってみろよ。」
ライトに何も言えず、あたふたしながら温度を計ると、16℃を表示していた。
とりあえず万能薬作成に集中する事にした。といっても、あとはトゥインテの液を加えるだけなのだが。
用意していた液を紫の液体に垂らす。容器が空になりゆっくりとかき混ぜると、液体が発光していった。
「おおおお!!」
神秘的な光景に全員の声が揃った。
光が消え、紫だった液体が半透明の透き通った水のように変化していた。
「やったあああ!!!」
ライトと抱き付き、歓喜した。ライトの目には涙が滲んでいた。
万能薬が完成した……と思った。
「待って…ちょっと…え?」
「…グレン君、君の鑑定ではこれは万能薬なの?」
「え…?」
万能薬だと思った半透明の液体を鑑定した。
【エリクサー】
・HP、MPを完全に回復させる究極の回復薬。
・神話級アイテムの1つ。飲みすぎると吐き気を及ぼす。
「エリクサー…?」
「…これ、万能薬ではないけど…なんかすごくない?」
「MP回復薬なんて今までなかったよ?それなのにHPも回復させるとか…何これ…。」
「………失敗、か。くそ…。くそっ!!くそぉ!!!!」
「グレン落ち着いて!!」
近くにあった容器を投げ、椅子とテーブルを蹴り、何ともいえない突き落とされた絶望感を物に当たる。ライトは何も言えず立ち尽くし、エリクサーの入った容器を壊そうとした俺をハイルとハルウェルトさんが止めようと体を抑える。
「離せ!!こんなもの作りたかった訳じゃない!!捨ててやる!!」
「ま、待て!!これがあれば救える命があるんだ!捨てるな!!」
「知るか!!!!俺が救いたいのは、治したいのはルードだ!!!こんなの!!こんなのは…あんまりだ…なんなんだよ…」
やっとルードを治せると思ったのだ。希望の光が見えたところだったのだ。騙され、馬鹿にされたような気がした。
「グレン…本には…エリクサーも載ってたはずだよ。次はそれを作ろ?もしかしたらそれが万能薬かも知れないよ?」
「……。」
「エルフの仲間も…シェラーを使える仲間をこっちに向かわせている。絶望するな!」
「次は万能薬が出来るのか?シェラーで本当にルードが治るのか!!?どうなんだ!!!」
2人は黙ってしまった。2人に当たるのはお門違いなのは分かっている。2人の腕をへし折って動くことは可能だし、浮遊魔法でエリクサーの入った容器を壊す事も出来る。だが、まだ残っている理性がそれをさせない。怒りを抑えようと、涙は流すまいとする理性が憎く感じた。唸る俺に足音が近付いてきた。
ライトだった。
ライトの表情は涙を流しながらも笑顔で、抑えられた俺の正面で顔が見えるようにしゃがんだ。
「グレン、また1からやってみよ?今回はダメだったけどさ…次もダメかもしれないけどさ…近道なんてないと思うんだ。お前ならまたすぐに素材手に入れられるだろ?俺には無理なんだ。お前だけが頼りなんだ…。任せっきりで悪いけどさ…お前は前を見ててくれ。頼む…。」
一番悔しく、一番ルードの回復を期待していたライトから言われた言葉に、泣く事しか出来なかった。
思えば泣いてばかりの人生だ。まだ5年しかこの世界を生きていないが、思い出すのはいかに自分が無知で、無力で、頼りなかったか。
それでも、そんな俺を頼りにしてくれている仲間がいる。
情けなく人や物に当たる事しか出来ない俺を頼りにしてくれている。
力が抜け、ハイルとハルウェルトさんが離れる。地面に伏せ泣いている俺を情けない奴だと思っているかもしれない。それでも、立ち上がる事は出来ず、ただただ大声で泣いていた。
「もう大丈夫か?」
「ああ…ごめんな。情けないとこ見しちゃって…。」
鼻を啜り、腫れた目を拭い、ライトに謝った。
ライトは「大丈夫」と肩を叩いた。
「グレンが泣くの見たの、2度目だけどさ、全部俺達のために泣いてくれてた。情けなくなんか無い。ありがとな。」
「…どれだけ俺が頼りないか分かっただろ?」
「そんな事ないさ。また頼むぜ、リーダー。」
ライトが元気よく背中を叩いた。
「…グレン君。すまない、少し…いや、かなり君の事を勘違いしていた…。」
ハルウェルトさんが俺の肩を掴み、無理やり顔を上げさせた。俺は顔を合わせないように斜め下を向く。
「そうでしょうね…。こんなみっともない姿見られたら…。こんな奴にジークハルトさんを渡したくないでしょう…。」
「…そうだな。こんなにも仲間を想うパーティーは見た事がない。本当に『家族』と思っているんだな…。」
「…ダメですか?」
「いや、素晴らしいとしか言えない。私がジークを想うように、グレン君も仲間を想っている。ジークの件、無理やり押し付けて悪かった。ジークには私が破棄したと伝える。それと、ルード君とロイゼちゃんの件、ジークと関係なく協力させてもらうよ。」
顔を上げ、ハルウェルトさんと目を合わせる。優しい笑みで俺を見ていた。
「…ありがとうございます…。魔法はちゃんと教えます。ダンジョンにも行きます…。もし、この先みんなと別れて、まだジークハルトさんが1人なら…必ず迎えに行きます…。待ってくれなくてもいいです…。ジークハルトさんが幸せなら…それで…。」
「そうか。ありがとね。ジークには…伝えない方がいいかな?」
「…はい。内緒にしてくれたら、嬉しいです…。」
「うん。さて…このエリクサー…どうする?もし必要ないなら少し分けて欲しいんだけど?」
「そうですね…。約100人分あるみたいなので…少しで良ければ差し上げます。ハイル、エリクサーってここで売ること出来る?」
「ふぇ?! あ、う、うん…出来ると思うよ!!てか、ここで売っていいの?!」
「うん、いいんじゃね?材料渡すから、それで作って売ってくれ。売り上げは手間賃やトゥインテ代とかあるし、6割貰えたら嬉しいかな。おっさんと相談しといてくれ。あと本に載ってるアイテム、出来るだけ作りたいからここ毎日借りたいんだけど、いいかな?」
「うん!!ぜひ来てよ!!お父さんも喜ぶよ!!なんだったら、部屋は無料で貸し出すから!!」
「いいのか?助かる。」
「いいよ!!無理だったら僕の部屋使っていいし!」
「ありがとう。」
壊してしまった椅子とビーカーに寄り、練成を使って直す。今では練成素材が足りなくても元に戻す事が可能なので、壊してしまった詫びに1つ追加で練成した。3人とも驚いていたが、何も言わなかった。
おっさんにエリクサーの事を説明し、売ってもらう事になった。詳しい事はハイルに聞いてくれと言い残し、ライト、ハルウェルトさんと3人でルードの元へ移動した。
念のため、とエリクサーをルードに使ったのだが、やはり効果は無く、目を覚ますことは無かった。
ハルウェルトさんにシェラーを使えるエルフの事を聞くと、あと数日で着くと言っていた。迎えに行こうかと思ったが、あっちにも都合があると思うのでやめる事にした。
ハルウェルトさんと別れ、ライトと宿屋に戻ると1階でノウが待っていた。ルードの姿が無いのに気付き、寂しそうな顔を見せた。
「おかえり…ダメだったんだね…。」
「ああ。ごめんな。でも諦めないからさ。また色々作りに行くよ。」
「うん。…それと、ウエンチ…朝の事なんだけどさ…」
「ん?その話は終わっただろ?もういいだろ。いままで通りやろうぜ!あ、でも魔法とか教えに行かないとだから、クエストは任せる事になるかも。まぁ、物売ったりでお金は入ってくるからそんなに根詰めてやる必要はないけどな。」
「え?でも…え?ライトが…」
「もういいんだって。そうだろ?ライト。」
「そうだな。俺の早とちりだ。気にしないでくれ!」
訳が分からないといった顔で俺とライトを交互に見るノウは、少し残念そうな顔をしていた。
ライトが何を言ったのか結局分からなかったが、ノウはまたいつものような笑顔に戻っていった。