ハルウェルト・ヴィン・イルフリート
「お母さん!」
「久しぶり!遅かったね。」
扉が開ききると、ジークハルトさんがお母さんと呼ぶ女性へと走って行き抱きついていた。
どうやらジルバールは妻と喧嘩中のようだ。
「突っ立ってないで入ってこれば?」
扉の前で立ち尽くす俺達に、女性の一言で全員が部屋に入り椅子の前に移動する。
「初めまして。ミリアムさんとグレン君ですね。ジルバールの妻、ジークハルトの母親で冒険者をやっているハルウェルトと言います。夫と娘が世話になっています。」
頭を下げて自己紹介するハルウェルトさんにミリアムさん、俺の順番で同じように頭を下げて自己紹介する。どうやらミリアムさんも初対面のようだ。
「ミリアムさん、グレン君、座って。 夫から境遇は聞きました。私も出来るだけ力になりたいと思います。んで…これも夫から聞いたんだけど…グレン君。キミ、私より強いんだってね?」
「い、いえ…。ハルウェルトさんもお座りください…。 ハルウェルトさんはSSS級と伺いました。そんな人より強いだなんて…。」
中央にある丸いテーブルを囲うように座った。席は時計周りに言えばハルウェルトさん、ジークハルトさん、俺、ミリアムさん、ジルバールの順に座っている。
ハルウェルトさんはポカンと口を開け、俺を数秒見たあとジルバールを睨み、また俺を見た。
「ハルでいいよ。てか、すごいね…本当に5歳なの?ジークが5歳の時なんて、人見知り激しくてまともに会話なんて出来てなかったよ。魔法を使えるんだってね。」
「は、はい。同年代の子よりかは使えると思います。」
「ふーん。ねぇ、今度一緒にパーティー組まない?どんな魔法使うか見てみたいし!」
「は、はい…。」
「え!いいなぁ!私もグレンと一緒に冒険行きたい!さっきパーティー断られたけど、1回だけならいいでしょ?!」
「いいわよ。てかグレン君、うちの娘の誘いを断ったんだ?こんなに可愛いのに?」
ハルウェルトさんの威圧感に冷や汗を流しながら断った理由を説明し、納得したように頷いていた。
「ところで…ジル、夫から聞いたんだけど…意識不明の友達を助けたいんだって?」
「はい。実は今日その手掛かりを見つけまして…。」
「おお!良かったじゃん!んじゃ私の入手した情報は要らないかな?」
「い、いえ!教えていただけたら嬉しいです!まだ確実に治ると分かったわけでもないので…。」
「なるほどね、賢い子だ。 早速だけど…2つ、意識不明を治せるかもしれない方法がある。1つは魔法。状態異常を治す事が出来るエルフの魔法だ。因みにエルフでもその魔法を使える者は少ない。」
「そ、そんな魔法が…治療魔法とは違うんですか?」
「ああ。一応治療魔法に部類されてるが、治療魔法はあくまで肉体のみ影響する魔法だ。そのエルフの使う魔法は肉体だけでなく、精神にも影響する。混乱や幻覚幻聴とか色々な状態異常を治してくれる。エルフはシェラーって呼んでる。」
肘をつき、絡めた指の上に顎を乗せて悪戯な笑顔を見せるハルウェルトさん。ジークハルトさんと同じ髪と顔だが興奮はしなかった。ジルバール譲りの碧い瞳のジークハルトさんと違い、黒い瞳だからだろうか。それとも大人びているからだろうか。ロリコンになったつもりはないが、綺麗な顔をしているはずのハルウェルトさんには何も感じなかった。
「そのシェラーって魔法は人間にも使えますか?」
「無理だと思うよ。エルフでさえ使える者が限られてるからねー。今まで習得できた人間なんて聞いたことないし。」
「そうですか…。あともう1つはなんですか?」
「もう1つは…あまり信憑性がないんだけど、[万能薬]と言われる神話級の代物があるらしい。」
「僕がさっき言った手掛かりってのがその万能薬です。因みに、信憑性がないっていうのは…【空想の】本に載ってるからですか?」
「そうか…。うん、それもあるし、第一材料になる魔物すら一部しか発見されていないからね。本当に居るのかも分からないのが現状。残念だけど…これは諦めた方がいいかもしれない。」
顎に手をやり下を向いて考える。トゥインテの茎以外の材料全て手に入れてしまっている事を話してもいいのかどうか、を。一般人ならともかく、SSS級の冒険者が諦めろと言っている物を手に入れているのだ。話が大きくなって国に目を付けられる可能性がある。正直、ブルクレン国とは関わりたくないと思っている。ロイゼや仲間の家族を探す為、ルードを放って行けないからここに留まってはいるが…。
まぁ、魔法を教えると約束してしまっている時点で滞在しなくてはならないのだが、それは国とは関係ない話なのだ。
顔を上げハルウェルトさんを見る。
「ちょっとハルさんの事で質問いいですか?」
「ん?どうした?」
「ハルさんは国と…ブルクレン国と親密な関係にありますか?」
「急にどうした? まぁ…SSS級だからなぁ。呼び出しかかったら行かなきゃだけど…本音を言うとあんまり関わりたくないかな。だから親密かと聞かれたら違うと思うよ。」
「なら、国に内緒にして欲しい事があるって言ったら言わないでもらえますか?」
「んー。勘違いしてるのかもしれないが…私は国の兵士でも傭兵でもない。ただ国からの依頼を受けてるだけだよ。基本的にただの冒険者と違いはない。それに、私がSSS級になったのはこの国じゃないから、関わった事すらない。さっきも言ったけど呼び出しされたら行かなきゃだけどね。」
どうやら俺は勘違いしていたようで、この国とは関係を持たないらしい。ただ国から認められた、という称号を持っていて緊急時には手を貸して欲しい存在がSSランク、SSSランクのようだ。それに、認められた国以外ではそんなに関わる事はないらしい。
「安心しました。でも、出来るだけ内密にして欲しいのですが…本に書かれた素材、手に入れました。魔物も存在します。あとはトゥインテの茎だけですが、何とかなると思います。万能薬は作れます。調合方法が正しければ、ですが。」
ハルウェルトさんの表情は変わらず、沈黙だけが続いた。ジルバール以外の2人は何の事か分からず俺とハルさんの顔を交互に見ている。
ちょうどその時、扉が開きウェイトレスが数名で料理を運んできた。
「グレン君…私は嘘つきは嫌いなんだよ。」
ウェイトレスが料理を運び終わり、扉を閉めてすぐハルウェルトさんが口を開いた。
どうやら嘘と思われているようだ。
「失礼だと思ったけど、鑑定させてもらったよ。そのレベルとステータスでよく言えたね。どうやってジルに嘘を吹き込んだんだ?あの本にあるレッドドラゴンは私の友達が手も足も出なかった魔物なんだよ。それを手に入れた?そのステータスでジークに魔法を教える?逆じゃないの?」
機嫌を悪くしたのか、鋭い目つきで俺を睨んできた。俺はいきなりの出来事でどう説明すればいいのか悩み、また下を向いて考えた。
「あれ、グレンまたレベル上がった?」
「あー。そうだね…。」
ジークハルトさんに声を掛けられたがそれどころではない。ハルウェルトさんに嫌われてはジークハルトさんと結ばれる可能性がかなり低くなる。すでに脳内では交際してデートしているところまで想像しているのだが、それが全て崩れ去ってしまう。
しかしジークハルトさんへの素っ気無い返事が仇となり、ハルウェルトさんの逆鱗に触れてしまったようで、椅子を倒しながら立ち上がり、大声で俺に向かって叫んだ。
「あんたねぇ!!私の娘になんて態度してんの!!せっかく情報あげたのに、失礼でしょ!!」
「ハル!!!いい加減にしろ!!子供だぞ!!」
「だからって…!!」
「いいから座れ!! はぁ…それに、お前は勘違いしてるぞ。」
「何を勘違いしてるのよ…。」
「…グレン君は、ジークに…その…ぞっこんだ。素っ気無い態度はお前へどう返答すればいいか考えていたからだろう。」
「…そうなの?」
「はい…恥ずかしながら、僕はジークハルトさんにメロリンラブでございます。」
「メロ…なに? まぁ…本当ならいいけど…。」
ジルバールのファインプレーには心から感謝した。ステータスよりも、ジークハルトさんへの態度を一番に代弁してくれたのだ。ジークハルトさんを見ると、頬を少し赤く染めていた。その場で抱き付きたくなるほど可愛く、理性を抑えるので必死になった。
「それに…信じられないかもしれないが…昨日話した通り、ハルよりステータスも上だ。魔法の腕もな。」
「それはジルが騙されてるのよ!それで言い争いになったんでしょ?!子供よりステータスが低いってSSS級の恥じゃない!!鑑定して見たけど、ただの子供じゃない!」
「ちょっ!ちょっと待って下さい! ジルバールさん、ステータスの事話したんですか…?」
「…ああ。すまない、話の流れで…というよりどうしてもグレン君の魔法の腕を信じてくれなくてな…。協力はするが魔法は別の奴にって聞かなくて…。」
「なるほど…。話したのはハルさんだけなんですね?」
「ああ。すまなかった。」
「いえ、それなら仕方ないです。まぁ、どっちみち教える事になりそうですし…。料理が出てるのに申し訳ないですが…っと。」
前に置かれた料理を左右に退け、カバンの中から今日手に入れた魔物の血と毒が入った4つのビンを取り出しテーブルの上に乗せた。
「ま、待て! 待て待て待てまて!! そ、そのカバンどうなってんの?!ありえないだろ!!」
「ああ、カバンに空間魔法をかけてるんですよ。今日覚えました!」
「覚えましたって…クウカン…? そんな…えぇ…。」
ジルバールが引き攣った顔で驚いているが、反応としては正しいだろう。俺自身もそんな顔をしていただろうし。それよりも、今見て欲しいのはこのビンだ。
「ハルさん。このビンの中身を鑑定してください。もし鑑定しても何も表示されない場合は別の鑑定石をお渡しします。」
ハルウェルトさんは曇った顔でビンを手に取り中身を調べたが、表情を変えずに首を振った。それを見て席を立ち、ハルウェルトさんに近付き「ジッとしてて下さいね」とイヤリングに鑑定を付与させ、席に戻った。
「ん?鑑定石は?」
「イヤリングに付与しました。今まで使ってた鑑定石は持たず、鑑定してみてください。」
「……どういうこと?」
「まぁ、信じられないかもしれないが、グレン君の言う通りやってみろ。聞くより体験した方が早い。」
「百聞一見にしかず、です。」
首を傾げ、「そんなの出来るわけない…」と口にしビンをもう一度見たハルウェルトさんの顔が少しずつ変わっていった。目を見開き、唾を飲み込み、1つずつ何度も血や毒を眺めていた。
「因みに、全てダンジョンで見つけました。マンティコア・ロードは10階層と20階層の階層主フロア。レッドドラゴンは51から58階層、ブルードラゴンは73から79階層、クイーンビーは131階層で見つけました。」
「ひゃ…131階層?!! どれだけ広いダンジョンなの!!ありえない!!レッドドラゴンが階層主じゃないの?!」
「違いましたね。60層の階層主はファンストムっていう4つ首のある蛇でした。ドラゴン系で階層主だったのはブラックドラゴンとシュラっていうファンストムのもっと首があって足の生えた奴だけでしたね。」
「き、聞いた事ないわよ…そんな魔物…。いったい……え…は? …な、なにそのステータスは!!なんなのよ君はぁ!!!」
「お、落ち着いて!お母さん!グレンだよ?!」
「わ、わかってるわよそんな事!!こ、このステータスは…こんなステータス見た事ない!!いったいいくつジョブがあるのよ!!!ありえない!!」
「そういえば、ジョブも増えてたねー。」
「え、本当ですか?僕は自分で鑑定したら2つしか出ないから分からないんだ…。」
「2つでも異常だわ!!」
血相を変えたハルウェルトさんがなぜか俺を睨みつけ、1、2歩下がり、警戒しているように臨戦態勢をとる。
「ハル…お前…落ち着け…。」
「お、落ち着いてられるか!!こ、こんなの化物じゃない!!」
「ハルウェルトさん!!!」
ハルウェルトさんの言葉に今まで黙っていたミリアムさんが部屋から漏れるような大きな声で叫びテーブルを叩きつけ立ち上がった。
「うちの子に化物はないでしょう!!!訂正してください!!確かに今まで見た事もないステータスですが、れっきとした私の甥です!!!もし自分の子供が化物なんて言われたらどう思いますか!!」
「あ…いや…す、すまない…。申し訳なかった…。」
「私に謝ってどうするんですか!グレンに謝ってください!!傷付いたのはグレンです!!」
「いや…僕は大丈夫…」
「も、申し訳なかった…。取り乱してしまって…信じられない事ばかりで…。」
「い、いいんですよ?僕はただ、万能薬は作れるって言いたかっただけなので…。そ、それより料理食べましょうか…冷めてしまったら美味しくないですし…はは…。」
「うん!私お腹ペコペコだよー。」
ジークハルトさんの笑顔に癒されたが、こんなにもご飯が美味しいと感じない食事は始めてかもしれない。
ほぼ無言で食事を済ます中、片手で食べにくい料理を食べているとジークハルトさんがそれに気付き、ナイフで切った料理をフォークで刺し、俺の口元に差し出してきた。最初何をされているのか分からずジッと見ていたが、感激のあまり涙が出そうになった。他の誰でもない、ジークハルトさんがやってくれたのだ。ご褒美以外なにものでもない。差し出された料理を口に含み、「美味しいです!」と笑顔を向けるとジークハルトさんも笑顔になり、何度も口に持ってきてくれた。
その様子を見たハルウェルトさんが口を開いた。
「グレン君…さっきは本当にすまなかった…。私はSSS級としての誇りがあったのだが…たった5歳の子に…しかもこんなにも掛け離れたステータスを見せられて動揺してしまった。許して欲しい。嘘つき呼ばわりした事も申し訳なかった…。」
「いいですよ!今はもう幸せな気分なので!その話はやめて楽しくご飯を食べましょう!」
「…そうか、ありがとう。 …なぁ、よかったらジークの許婚にならない?」
ブフーッと音を出し、口に含んだ料理をぶちまけてしまった。ジルバールも同様で、テーブルの中心には汚物が転がっていた。