振り返れば、奴がいる。
「このエリアをマッピングしたら戻るぞ。」
最初に口を開いたのはエルだった。
前衛組は魔物との戦闘でアルスがアドバイスをしたりと仲良くやっているようなのだが、後衛の俺達は違うチームかと勘違いしてしまうほど静まり返り、まるでお通夜状態だった。
先ほどまでと違い、かなりピリピリしている。原因は俺にあるのは分かっているのだが、あれから何も言えないでいた。
「はい。あの…すみませんでした。」
俺自身、本当に悪い事をしたという自覚はないが、こんな雰囲気を作ってしまった事自体は悪いと思っている。保身に走って俺が造った鑑定石を渡さなかったのだから。
「いや…俺も言い過ぎた。ごめんな。でも、もうこんな無茶はやめてくれよ?」
「はい…。」
「なぁ…。なんでリーダーなのか教えてくれないか?年齢で言えばノウちゃんが、強さとレベルで言えばルードっちがリーダーなのに、なんでグレンっちがリーダーなの?」
どう説明しようか少し考え、間を置く。
「……姉を探してるんです。僕には生き別れた姉が居て、みんなはそれに協力してくれてるんです。僕が頼み込んで…それで必然的に僕がリーダーになってしまって…。」
嘘は…言ってないと思う。うん、言ってない。
「……そうだったんか。そっか…。 何も知らなかったとは言え、部外者がギャーギャー口出す事じゃなかったな…ごめんな。」
「いえ、気にしないでください。レベル1の僕も悪いですから。」
「因みにお姉さんの名前は?俺も暇があったら探してみるよ。」
「いいんですか?! ありがとうございます!助かります!名前はロイゼです!ロイゼ・リィド!僕と同じ赤い髪です!」
思わぬ協力者を得てテンションが上がった。
かなり広い国なので流石に5人では数年掛かると思っていたのでとても助かる。
「ギルドに依頼とか出してる?」
「え…あ……その手があったか!!」
「出してないんだな…。大陸全土の依頼だとかなり高額になるけど、この国に絞ればそこそこの金額で依頼できるよー。」
「そうだったんですか!ありが……みんな止まって!!」
常にON状態だった『敵対感知』に反応があった。さっき通った道から何かがかなりのスピードで近付いてくる。
全員が歩みを止め、一斉に俺の方を見る。まだ敵の姿が見えないので「トイレか?」と笑っている。
「後ろからかなりのスピードで近付いてる…。まだ見えないけど俺達を狙ってる!」
「ん? なんの話?」
「ウエンチ、強いの?」
「分からん…ただ、かなり速い。もうすぐで着…消え……前だ!!」
いきなり敵対感知から反応が消えたと思ったら同じ反応が前から現れた。
前を向くと、羽の生えた巨大な黒い猫のような顔をした魔物が前衛組を前足で攻撃しようとしていた。まだこっちを向いている前衛組は攻撃を視認することが出来ず、このままでは攻撃が当たる。
「ふんばれぇ!!」
そう叫びながら、浮遊魔法で三人を俺の方まで寄せる。かなり荒くなったので、引っ張った反動で3人は派手に転がった。
魔物は空振りしたのが気に障ったのか、「ガァアアアア!!」と吼えている。
「マンティコア…なんでここに…」
魔物を見て呆然と立ちすくんでいるエルに「早く逃げるぞ!」とアルスが叫ぶと我に返り、ライト達を起こし、来た道を走った。俺は足止め出来るか分からなかったが練成し壁を作ろうとしゃがんで地面に手を当てたが
「練成出来ない?!」
思わず口に出たが、練成が出来なかった。マンティコアは俺に狙いを定めたように噛み付こうと飛び跳ねたが突如現れた壁に妨害された。
「よし!」
思わずガッツポーズが出た。練成が無理ならば、と土魔法で壁を作った。壁に遮られた所為か、敵対感知の反応がなくなった。
どれだけ時間が稼げるか分からなかったので、急いでみんなの元へ走る。
「急げ!何してる!って壁?!」
エルが振り向き俺に叫ぶ。みんなに追いついた俺は走りながらエルにマンティコアの事を聞いた。
「さっきのなに?!」
「マンティコアだ!本来30層以下に居るはずの階層主だ!!」
「強いの?!」
「強い!あんな大型なのは初めて見た!ヘルタイガーより少し大きめのはずなんだが、明らかに倍はあった!よく気付いてくれた!」
確かに、全長9メートルほどはあっただろう。高さは5メートル、横幅3メートルといったところだろうか。このダンジョンは幅は6メートルほどだが、高さは大体7メートルくらいとかなり高めなのだが、マンティコアと天井までの距離があまりないのでは?と錯覚するほどだった。
「ところでグレン君!あれは君がやったのか?!」
「時間稼ぎ出来るか分かんないけど、とりあえず作っといた!」
「驚いたな…魔法を使えるのか…。」
「魔法は誰でも…止まって!!」
俺の掛け声で一斉にみんなが止まる。
「グレン、また来たのか?」
ルードが心配そうに俺の顔を覗く。その心配が当たってしまった。
「……みんな…ごめん…。」
「え?」
俺は大事な事を見落としていた。
さっきマンティコアは後ろから迫ってきて、いきなり前に現れた。これで考えられるのは転移魔法を使えるか、転移のトラップを利用したか、なのだが…俺は焦っていてその事が頭から離れていた。
「あいつ……! 前から来るぞ!!」
「なんで…!? 転移魔法?!」
「それかトラップを利用したんだ!」
「どこかこの辺に分かれ道なかったか?!」
エルが叫ぶとアルスが「こっちだ!」と少し前に進み、まだマッピングしていない道を指さした。
後でマッピングしようと放置してた道だ。この先何があるか未知数なのだが、マンティコアと鉢合わせするよりかはマシだ。全員移動し、分かれ道を土魔法で封鎖する。
「こんな巨大な壁を一瞬で…。ほんとにレベル1なのか?」
「レベル1だよ。訳ありだけど。で、どうする?このまま進むしかないと思うけど…何かいい案あるか?」
「……いや、ないな。」
「俺もだ。」
エルとアルスが応え、俺は他の3人の方を向くが、3人とも首を振った。
いくら圧縮して頑丈に作った壁だとしてもいつか壊されてしまうだろう。しかし、進んだとして地上に戻れる可能性はかなり低い。先に進んで10層への階段があったらどうする?トラップがあったらどうする? ダメだ…頭が回らない。
「…このままここに居ても仕方ない。マッピングは放棄して慎重に進もう。ルードと俺は前衛後衛交代。エルさんは殿を頼む。レベル1の分際で仕切って悪いが2人には従って欲しい。」
「待て。仕切るのは構わないが…魔法を使えるからといってルード君と交代するのは危険だ。」
「俺もそう思う。グレンっちは危機感知に優れている。だからこそ後ろで指揮して欲しい。」
「……わかりました。ルード、すまない。前衛を頼む。」
「わかった。まぁ、何かあったら助けてね。」
ゆっくりと先へ進む。
敵対感知に何も反応はない。今まで現れていた弱い魔物すら見かけない。これは嵐の前の静けさなのか、みんなの緊張の糸が張り詰める。数十分経ち、分かれ道も何もない道をただひたすら進み、足が止まる。
「行き止まりか…。」
「ちょっと休憩したい…。」
誰かが呟き、ノウの緊張が解けたのかその場に座り込んでしまった。かなり疲れたのであろう、注意する人はおらず、ライト、ルード、エルでさえ一緒になって座っていった。俺がみんなの元へ歩き、背負っていたリュックから食料を取り出そうとした瞬間、地面から青白い光が現れた。その現象は思わず「綺麗だ」と言ってしまいそうになるほど幻想的で、呆けた顔で見とれてしまった。
「しまっ…! トラップだ!!」
アルスの叫び声と同時に、全員がその場から姿を消した。
行き着いた先は、野球場2つ分くらいの広さだろうか、ダンジョンの中とは思えないほど広い空間だった。
その空間には、さっき出遭った『羽の生えた黒い猫』が約20体ほどが居座っていた。しかし、マンティコアのその数よりもある1体の魔物に目が奪われる。姿形はマンティコアに似ているが、軽く見積もっても3倍はある体積、黒ではなく金色に似た体毛を全身に纏っていた。エルとノウが持つ灯りが反射しているのか、光り輝いて見えた。
魔物達は俺達に気付いてない様子で、まるで眠っているように地面に伏せていた。
ゆっくりと気付かれないよう注意を払い周囲を見渡した。真後ろに昇りの階段が見えた。
ノウ達は泣きそうな顔で体を震わせている。エル、アルスでさえ若干手が震えている。
(ノウ、ルード、ライト…頼むから発狂しないでくれよ…)
そう願いながら、金色のマンティコアを『鑑定』する。鑑定した事に意味はない。別に戦うつもりなんて毛頭無い。ただ理由を挙げるならば、興味本位。ただそれだけだった。しかしそれは絶望の色で塗り潰すだけの行為に過ぎなかった。
「ひぃ!」
恐らく、今声を上げたのは俺だろう。声を出さないように細心の注意を払ったつもりだったのだが、恐怖で自然と出てしまったのだろう。体が後ずさりを始めていた。
その声と音に金色のマンティコアが反応し、俺と目が合った。
金色のマンティコアはまるで遊び道具を渡された子供のように、「ニタァ」と不気味に笑った。
「みんな振り向いて逃げろぉぉおお!!!!」
自分を鼓舞するかのように叫んだ。
振り向いた瞬間、左腕が体から離れた。
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『天災』
【マンティコア・ロード】魔物 Lv397
HP 57976/57976
MP 18832/18832
攻 26704
防 21983
魔攻 25051
魔防 19655
【能力】
[敏捷Lv10][爪攻撃Lv10][牙攻撃Lv10][斬撃Lv10][見切りLv10][確率操作Lv10][支配Lv10][治療Lv10][威圧Lv10][咆哮Lv10][夜目Lv10]
【特殊能力】
[嗅覚][聴覚][視覚][超感覚][ブレス]
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