『ノウ・ノウ』
ノウ視点です。
ウエンチが、泣いていた。
空へ飛び、変な道具を振り回し土人形を半分に斬ったかと思えば、リリアの元へ行き、泣いていたのだ。
最初目を疑った。そんなはずはない、あのウエンチが泣くはずがない、とゆっくりと近付く。
安座で座り、口元にある手は大きく震え、目は瞬きも無くただただ涙が出ていた。
尋常ではないと一目で理解し、急いで駆け寄った。
「どうしたの?!大丈夫?!」
「…ああ……ああああ………!!!」
と、目が合った瞬間震えた声がウエンチから漏れ、さっき以上に涙が溢れ出したと同時に私に寄りかかり、大声を上げた。
むせび泣きながら「ごめん、ごめんなさい」と何度も何度も一生懸命声を出すウエンチに私は何も言えないでいた。何が起きたのか、起きているのか状況がわからなかった。
どうすればいいのか分からなかったが、自分の胸にウエンチを寄せ、「大丈夫だよ、大丈夫だから」と自分に言い聞かせながら頭を撫でた。
「どうしたの?!」
マイム達がウエンチの声に気付き、集まってきた。
「わかんない!!気付いたら!!どうしたの?!」
「ノウ落ち着いて!聞いてるのはこっちだよ!」
「わ、分かんないんだよ!!」
こんなウエンチを見たのは初めてなのだから分かるはずがない。
その間にもウエンチはずっと「ごめんなさい」と声にならない声で必死に何かに謝っている。
「とりあえず町に戻ろう!」
「ど、どうやって戻るのよ!!」
「どうやってって…どうやるの?!」
「マイムも落ち着け! 浮遊魔法と消音魔法使ってこっそり部屋に戻ろう。こんな状態じゃ歩いて行けないだろ。僕はリリアを背負って戻るから、2人はグレンを頼む。」
「わ、わかった!」
ウエンチを離さないようしっかりと抱き寄せ、マイムに消音してもらいながら部屋に戻った。
「グレンは?! もう大丈夫なの?」
1階に降りると、私を待っていたように全員がテーブルに集まっていた。首を振りながら空いていた席に座る。
「泣き疲れたのか、今は寝てるよ。」
「で、何があったの?詳しく教えてくれない?」
「私も、ホントに分かんないんだよ。変な道具…武器なのかな?それ持って空飛んでてさ、土で造った人形を真っ二つにしたと思ったら、リリアの近くで泣いてて…。近付いたらあんな状態になったんだよ。」
私だって全てを見ていた訳ではない。首を捻るみんなには申し訳ないけど、本当に分からないんだ。
「武器って…大きな鎌みたいなの?」
リリアが口を開いた。多少ルード達が説明してくれたのだろう、みんなと同じで不安がっていた。
「うん、大きな鎌だったよ。」
「創造魔法で造ったやつだ。」
「創造魔法って?リリアがなんか出してた魔法?」
「うん。少し後ろから見てたから。グレンそれ造って、私に教えてくれた。」
「どんな魔法なの?」
「んっと…しょう」
「リリア。ちょっと待って。」
ルードが真剣な顔をしてリリアの話を止めた。魔法について聞きたかったマイムは少ししかめ面をしていたが、リリアは「ん?」と首を捻っていた。
「グレンがああなった理由が、その魔法にあるかもしれない。だから、無闇に話さない方がいいと思う。」
「そゆこと。」
ライトがリリアに説明し、ルードが相槌を打った。ライトってこんな子だったっけ…?
「まぁ、そういう事なら…。」
「まぁ確定したわけではないけどね。グレンが目を覚まして落ち着いたら聞いてみよう。」
「うん…。ウエンチ大丈夫かな…。」
私の言葉でみんなが下を向いてしまった。
「ちょっと、グレンの様子見てくるよ。ご飯になったら呼んで。」
この場に居るのが辛くなり、頷くみんなを見てからグレンの部屋に戻った。
グレンはまだ寝息を立てていて、瞼の近くに流れた涙の跡がくっきりと残されていた。
「ウエンチ…1人で抱え込まないでみんなに教えてくれよぉ…。なんで謝ってたんだよぉ…。ウエンチは悪い事なにもしてないよぉ…。」
寝ているウエンチの手を握る。視界がぼやけ、何故か自分も涙を流しているのに気付いた。
手を握りながら腕で涙を拭う。
私はウエンチを尊敬している。すごい奴だと思っている。
たまに抜けているが、すごく安心できる。
私は攫われた時、人に対して恐怖心を抱いた。
襲われて、口を封じられ、身動きが取れないように縛られ、殺されると思った。食べられると思った。殺さないで、と何度も叫ぼうとしたが、口を閉ざされていたのでうまく声が出せなかった。
いつの間にか辿り着き、連れて来られたこの場所で、『ようこそ、人生の墓場へ!』と笑顔で恐ろしい言葉を投げかけてきたのが、ウエンチだった。殺されるのでは、と泣きそうになった。
自分の名前を聞かれ、『亜人だ』と言うと、すごく変な顔をして、『いや、種族は見て分かる。』と言われた。自分が今まで知らない人に呼ばれていた名前だと思っていたものは、私という種族を表す言葉だったのだ。ウエンチは近くで座っている子に亜人について説明をしていた。 賢い子だな、と思った。
【ノウ・ノウ】という名前を付けてくれた。というより、半ば強引に決め付けられたのだが、あまり違和感がなかったのでそういう事にした。
最初はよく睨んできて、恐いと思っていた。よく分からないモノに似ていると言われ、生肉をそのまま食べそうと言われ、蚤が湧いているかもと言われ、私はウエンチに嫌われているのだと、理解した。
ただ、仲良くなりたかっただけだったと思う。
恐いけど、睨んでくるけど、同じ境遇の者同士、みんなと仲良くなりたかった。
キビッシュが居ない今、独りは嫌だった。
ウエンチが内緒で男の子たちに魔法を教えている事を知った。
ウエンチと仲良くなれるチャンスだと思い、『魔法を教えて』と頼んだ。一瞬ウエンチは変な顔をしたが、了解してくれた。その代わり『なんでここにいるのか教えろ』と言われたが、意味がよく分からなかった。知らない人に襲われた事を言えばいいのだろうか、と首を捻った。
その日、ウエンチの布団に潜り込んだ。
早く魔法を教わりたかったわけではなく、ただ早く仲良くなりたかった。
するとウエンチからとんでもない事を言われた。
私は30歳を過ぎていて、魔法を使えるはずだ、と。
この場所は0~6歳までの子が教育を受ける場所と話を聞いていた。それなのに私はここにいる。
ウエンチはそれが不思議だったのだろう。異常だったのだろう。ただ、嫌っているのではなく、疑っていただけなのだと、ウエンチも不安だったのだと理解した。
そう考えたら、嬉しくて涙が出てきた。ずっと、嫌われていると思っていたのに、そうじゃなかった…。
なぜ突拍子も無い言葉を信じたのかと問われれば、私はうまく答えられない。素直に嘘じゃないと感じたのだと思う。
ウエンチは私になぜ年齢と名前が分かったかを教えてくれた。それを聞いて、ウエンチのことを知りたくなった。
気付けば毎日ウエンチを目で追っていた。
みんなと仲良くなりたいと言いながら、ウエンチの事しか考えていなかった事に気付いた。
きっと、私だけではない。マイムも、リリアも、シュナイザも、ルードもライトもナールもリヴも、全員がウエンチをすごいと思っている。見ていて飽きず、毎日驚きをくれ、目が離せず、教え、成長させてくれる尊敬できる大人のような子。それがウエンチなのだ。
そんなウエンチが、子供のように泣いていた。
ウエンチに付いてきた理由は、力になりたかったからなのに、なにもしてやる事が出来なかった。なにも分かってやる事が出来なかった。
「ごめんね…。頼りなくて…。ごめんね…。」
手を離さないよう、強く指を絡ませる。
そして、ウエンチと同じく、泣き疲れたように、意識を失った。