南方攻勢7
予備兵力を動かして突撃した王国軍だが、予想外のトラップ群によって大混乱に陥っていた。
無理もない話ではあるが、まさかこんな大規模な会戦で落とし穴なんか掘ってるとは思わなかったのだ。
「ひ、卑怯者め!!」
そう叫んだ騎士がいたが、南方解放戦線の面々からすれば「知るかよ、そんな事」という事になるだろう。
なにせ、彼らにとってはこの戦い方が当り前だった。
王国軍の戦い方に合わせないからといって卑怯呼ばわりされるのは心外だっただろうが、彼らはそんな事に躊躇しなかった。王国軍が先頭部隊が罠に嵌まった事で足が止まった瞬間、彼らは即反転し、攻勢に出た。それも少数の部隊に分かれてだ。
ただ、はっきり言おう。
この戦い方は邪道であり、時間が経てば、立ち直った王国軍左翼は怒りに燃えて押し出してくるだろう。そうなれば南方解放戦線は逃げるか、壊滅するかの二つしか選択肢はない。
……彼らだけならば、だが。
「よし、敵左翼の動きが止まったぞ、今だ!!」
南部連合軍は伝令の代わりにドラゴン三体による通信を構築していた。
これはこれまで確保というか、仲間に引きずり込めたドラゴン全部だ。
彼らによって構築された命令系統はこの時、きちんと働いた。
最初に動いたのはオーガ重装兵団だった。
彼らはじりじりと詰めていた足を止め、全力で防御の姿勢を取った。
続けて、ゴブリン達が動いた。
彼らは全力で矢を放ち始めたのだ。
この矢は正確に王国の中央部隊、その前衛よりやや後方に降り注ぎ、前衛部隊と後衛との間に僅かな空間を生む事になった。すなわちこの瞬間、一時的にではあっても前衛部隊と後衛部隊との間の連携が途切れた。その瞬間を見計らって、オーガ達とゴブリン達によって守られる事で、防御魔法や支援魔法の維持を解除出来たオーク達が動いた。
そう、彼らは全力で攻撃魔法を構築。
前衛に対して攻撃を行った。
貧しい暮らしをしていた為に、オーク達は誤解されていたが実の所、こと魔力や単純なパワーにおいてはオークは人のそれを大きく上回る。
そして、豚そっくりの頭部などから見た目で勘違いされているが頭だって悪くない。
動きこそ鈍いが、彼らはそれを魔法で補ってきた。ただし、これまでは部族ごとに伝えてきたものなどがほとんどで、効率が悪い魔法があったりしていたがそれらに対してきちんと正規の洗練された魔法が提供され、今日この時に備えてきたのがオークの魔法部隊だった。
そして、容赦なく叩き込まれた魔法で前衛部隊は大混乱に陥った。
「よし、次だ!」
素早くそれを見て飛び出したコボルト騎兵がその混乱を続行させる。
「ぎゃ!?」
「あ、あちい!!」
彼らが用いたのは要は火炎瓶だ。
この世界ではガラスはそれなりに高価で大量生産出来ないので別の代用品を探す必要はあったが、その仕組み自体は簡単だ。山脈のドワーフ族には蒸留酒の作り方も伝わっていた。……ドワーフが強い酒が好き、というのはこの世界も変わらなかったって事だ。
それを更に煮詰めて、引火するレベルにまで高めた。
アルコールによる引火は長時間燃え続ける訳ではないし、それ単体で打撃を与えるならそれ以外に手を加える必要性……そう例えばナパームみたいな事をする必要があるけれど、今はこれで十分だった。
燃え上がる炎というのは本能的な恐怖を感じる。
次々に混乱する場に放たれた炎を助かった者が避けようとして、或いは運悪く直撃を喰らった奴が上げる悲鳴が更に混乱を生んで……指揮官の声すら届かなくなっていた。
そして、兵士達が気づいた時。
既にオーガ重装兵団は距離を詰めていた。
「まあ、ちょっと速度にはズルをさせてもらったヨ」
移動にはカノンが支援を行い。
更にこの移動の間にオーク達が支援魔法を用いる。
そうして、遂にオーガ達が混乱する前衛部隊へと突入した。
あっという間に前衛部隊は壊乱し、逃げ出す者が出た。
「引けっ、引けええええっ!!」
指揮官もそう叫んでいる。
当然だ、この状況で部隊を立て直すなど出来るはずがない。指揮官だって死にたくはない。
しかし、逃げ出した兵が駆け込む先は後衛しかない。
そして、後衛も逃げて来た仲間を見捨てる訳にもいかないが、そうなるとどんなに整然と並んでいても、その間に次々と別部隊の兵士が入り込む事になる。
それは整然とした部隊行動を取る妨げになる。
だが、指揮官もこの後起きる事態を悟って「入れるな!」と叫ぶ者はいるが、それを躊躇う者も一定数いるし、そもそも「入れるな」と言われても従うかどうかはまた別だ。
瞬く間に王国軍中央はひどい混乱状態に陥っていた。
長らく南方が大規模な戦闘を体験していない、その弊害が出ていた。
もうちょっとだけ続くんじゃ(戦闘は