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桜咲く

少々ぐろい描写が御座います。ご了承下さい

 「エルフ達、落ち込んでたな」

 「仕方ないさ。これでうかれてもらっちゃ困る」


 敵は撤退した。

 崩壊した前衛の内、逃げ出した連中を後衛の連中は回収しながら崩れる事なく撤退していった。

 それを知って、エルフの連中は喜んでいたんだが、あれは単に「このまま戦っても物資を焼かれたし、混乱してるから良くない」と判断して、余計な損害をこうむらない内に迅速に撤退を成功させただけだ。それを「完全に撤退したからもう来ない」なんて考えるのは甘すぎる。大体……。


 「国があの程度で諦めるとも思えないしなあ」

 「同感」


 と、カノンが同意する。

 今日、上空から戦場を眺めていたカノンに一緒に来てもらったのはある者を探しに来たからだ。そして、ティグレさんには女子陣の足止めを兼ねて、訓練に回ってもらった。エルフ達はさすがに戦闘に参加した昨日の今日なのでお休みだし、戦場の緊張感に参加した若者達はぐっすりだ。


 「しかし、女の子達の足止めお願いして、エルフ達がまだ動けない内に一番強そうだった奴を、って事は……アレを育てるのか」

 「ああ」


 さすがに知ってるよな。

 

 「【血染め桜】、確かにアレはやべえよな」

 

 そう、色んな意味でやばい。

 伝承に曰く『桜の下には死体が埋まっている』、という話がある。もっともこの話は都市伝説の類で、元々はさる明治時代の小説の冒頭文が元ネタだったりする。植物魔法を使う際に、色々と興味を持って植物を調べた際にこのお話も出てきた。

 その都市伝説を元に作られたと思われる【血染め桜】は植物系の魔物を配下として持てる植物の精霊王エントの中でも有名な魔物だ。

 通常の配下モンスターは所持スキルが決まっている。

 成長によって新たなスキルを憶える事はあっても、大体ルートが決まっている。精々、二つ三つのルートから選ぶ程度だ。

 これに対して、【血染め桜】の自由度は極めて高い。

 【血染め桜】というユニットは分類としては樹木の精霊、という事になる。本体はあくまで桜の木なのだが、『ワールドネイション』では自然に生まれた【血染め桜】の依頼を受けて、報酬として分御霊を受け取り、その上で特定のNPCを倒し、相手に種を植える事で正式に味方ユニットになるというものだった。

 その最大の特性は倒した相手のスキルを憶える事。

 ただし、あくまで戦争でPCキャラと戦う一定以下のメンバーの中に入れて、倒したら【血染め桜】自身のレベルに応じて相手のスキルから何か一つをコピーする形で選択して取得出来る、というものだった。凄く育成が大変なユニットだが、見た目の愛らしさとスキル構成の自由度の高さから人気の高いユニットでもあった。これによって、魔導師な【血染め桜】もいれば、近接戦闘型の【血染め桜】、弓の使い手もいれば格闘術の使い手もいるとプレイヤーごとに異なる能力を持ったユニットでもあった。ただし……。


 「さすがにあの子達にこの多数の死体を見せたり、おまけにその死体を餌にする光景を見せるのはなあ」

 「ま、しゃあねえだろ」


 こうしてカノンと昨晩の戦場だった場所を歩いている訳だが、実に凄惨な場面が広がっている。

 遊撃隊のエルフの矢で射殺されたりしてるのはまだマシで、地雷苔や砲閃華の爆発でバラバラになった遺体の一部、火災によって黒焦げになった死体が至る所に転がっている。素人がぱっと見ても百や二百ではきかないだろう。辺りには人が燃えた後の独特の臭いが漂っていた。


 「……何にも感じねえな」

 「ああ」


 これだけ凄惨な光景なのに。

 ゲームではこんな凄惨な光景も、臭いもなかった。もちろん、現実において自分もカノンもこんな光景を生で見た事なんてある訳がない。それなのに、自分達は全くといっていいほど吐き気も何も感じない。精々、臭いとか汚いとか思うぐらいだ。

 前の精神のまま自分達がこの光景を生み出したんだと認識すれば心が壊れていたかもしれないが有難い話ではあるが、どう心が弄られたのか、戻った時に果たして自分達の心はどうなっているのだろうかと考えると怖ろしくなる。

 どちらともなく無言で戦場跡を歩き続ける事しばし。


 「これだ」

 

 カノンが示した死体はこれまた凄惨だった。

 アレハンドロと名乗るティグレさんに斬り殺された遺体だが、あの状況下で回収出来る訳もなく、周囲の炎がある程度移ったのだろう。体は真っ二つで生焼け状態。内臓が飛び散り、周囲には蟲が飛び回っているという状態だった。


 「さっさと片づけないと疫病が流行りそうだな」

 「同感。早くやってしまおう」


 ぽとり、と。

 試してみたら生み出す事が出来た【血染め桜】の種(に見える分御霊)を落とす。最初に誰に使うか悩んだが、それなり以上の強さ確実に持った相手となるとこの人しか思い浮かばなかった。あるいは傭兵とかの中にはこの人を上回る強い人もいたのかもしれないし、スキルだけなら貴族の坊ちゃんの中に良いスキルを持った相手がいたのかもしれないが、戦場のどこに転がってるのがそういう相手なのか分からないので、この人を苗床に選んだという訳だった。


 「お」


 早速ぴょこん、といった様子で芽を出して……。


 「お?おおおおおおお!?」


 一気に根が広がった!?

 まるで触手のように膨れ上がり、周囲を呑み込んでゆく。一瞬身構えたが、自分とカノンを正確に避ける形で根が周囲に広がっていく。

 そして、唐突に今度は逆回しのように根が一気に集まって来て……。


 「……【血染め桜】ってこんなだったんか?」

 「いや、元のとはだいぶ違うな……」


 収束したかと思うとみるみる内にアレハンドロと名乗った死体を覆うように木が成長して、見事な枝ぶりを見せ、葉が生え、蕾が生じて。


 「おお……」

 「すげえ……」


 僅かな時間で、そこには巨木と言っていい見事な桜の木が美しいピンクの花を満開に咲かせていた。そして、その前に佇む(たたずむ)、見事な紅の着物をまとう和風人形を思わせる少女が一人。すっと流れるように歩みを進めて、こちらの前までやって来る。


 「はじめまして、お父様」

 

 お父様!?いや、間違いではないのか!?


 「私、桜華おうかと申します。以後末永くよろしくお願い致します」


 そう言って見事な一礼を見せたのだった。


 (おい気づいてるか?)

 (?)

 (あれだけあった死体が綺麗さっぱり消えてる)

 

 そちらに気を取られていたせいだろう、カノンの能力を使用した囁き声に気づくのが遅れた。

 言われてみれば、あれだけそこら中に転がっていた死体が消えている……?どういう事だ、ゲームでは一体だけだったはずなのに。


 「死体は桜華が?」

 「はい。……あっ、ご迷惑でしたか?」


 少し焦る姿にほっこりした。


 「いや、この後片づけないとと思っていたから助かったよ。ありがとう」


 そう言って頭を撫でた。

 嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべる姿が可愛らしかった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その夜。

 ゴリッ、パキッと。乾いた音が響く中、見事に咲き誇る桜の下で少女が微笑んでいた。


 「ふふ、お父様。桜華はお父様をお慕いしております」


 咲き誇る桜の大樹の下からなおも乾いた、そう骨ごと何かを砕き、食っていくような音を響かせながら、少女は昼の無邪気さ漂うものとは異質な、どこか妖艶な笑みを浮かべていた。

無事、ヤンデレ少女誕生致しました


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