布陣
到着はしたものの…?
どうも副官です。
さて、私達討伐軍は遂にエルフ達の住む広大な森の近くまでやって来ました。
ですが……。
「おい、どうなっておるのだ!事前にはこんな話聞いておらんぞ!!」
「へ、へい、ここら辺の地形は儂らが知っておった頃とはまるで別物になっとります……」
「どういう事だ!!」
ああ、また馬鹿が喚いている……。
「落ち着いてください、エルフ達がおそらく何かしたんでしょうし、彼らを責めるのはお門違いというものですよ」
「む……」
「念の為に確認しますが、この辺りは以前は地図の通りだったんですね?」
「へ、へい、まだ放棄された最後の開拓村まで着いちゃおりませんし、村までは一応の道ぐらいは整備されちゃおりました」
「そうです!こんなに地形変わっちまってちゃあさすがに気づきまさあ!」
怒鳴るだけの馬鹿を止めて、丁寧な口調を心がけて聞いてみれば案内役に雇ったかつてこの辺りに住んでいた者達は口々にそう告げます。周囲には疑いの目で、且つ殺気立った様子で彼らを見る騎士達がいる訳ですから必死ですね。
とはいえ……。
(一体どういう手を取れば、こんな事が出来るんでしょうね?)
この辺りは地図通りならまだまばらな林が所々に残る程度の草が生い茂った荒れ地だったはずです。
ところが、今はここは湿地帯と化しています。
そう、湿地帯です。
大地は水に浸り、泥濘地と化し、とても大軍の行進に適した地であるとは言えません。溜息をつきたい気持ちを抑えながら、私は周囲の騎士達に声をかけます。
「おそらく、地面の底から水を導く魔法でも使ったんでしょうね……とりあえず水浸しにすれば私達の足は止まらざるをえません」
「む……」
やれやれ、黙りこくりましたか。とりあえずは納得したと見ていいんでしょうね。
とりあえず、農民達は帰しました。
これじゃここからの道案内は役に立たないと判断した方がいいですからね。足手まといを抱えていても仕方ありません。もちろん、支払いはきちんとしましたよ?こういう所でケチっても仕方ありませんし……ああ、副団長が羨ましい。
そうなんです、副団長エンリコ子爵は現在後方の辺境伯の都市に留まっています。
ご本人の名誉の為に申し上げるなら、好きでやっているのではありません。……騎士団って不正防止の為に出撃する当事者だけでの書類処理が禁止されているというのは前回述べた通りですが、さて、ここで問題となるのが「今回の派遣部隊の指揮官は副団長=副団長は当事者」な訳ですよね。
でもって、これまで騎士団のそうした書類などを一括して処理してきたのが副団長とその指揮下の部隊な訳でして。
ええ、「短期間だから大丈夫だろ」と安請け合いした結果、騎士団長らの処理はあっという間に破綻しました。もちろん、副団長にケチつけて次期団長を狙ってたような連中は何の役にも立ちません。結果、「現場には出ていないから当事者じゃない」という屁理屈を用いて、少し後方となる都市に副団長が留まって、物資と共に送られてきた書類を処理して送り返すという面倒な作業をしています。当り前ですが、派遣部隊の一同はほとんどは文句言いません。副団長が処理してくれないと食料や水がまともに届かないんですからね……。
ほとんど、と言ったのは極一部にはバカがいるって事です。
ええ、なので彼ら自身の書類処理はまとめて彼らに処理させるようにしましたよ。そうしないと一切食料も水も彼らには与えられません。
部下達からの突き上げは激しい上に、自分の食事すらまともに出ないせいで即根を上げましたが、知りません。彼という見せしめ……おっと、失敗例が身近にあるせいで他の者も一切口を出しませんしね。
「さて、隊長殿、こうなりますと湿地帯手前でしっかりとした野営地を構築した方が良いと思われますが」
「……そうだな、まだ距離があるが仕方あるまい」
本来は大隊長であるアレハンドロ・ディブロン殿に言えば、しばし考えた後頷いた。
この湿地帯がどこまで続いているのか分からないが、「もう少し先まで行けば大丈夫だろう」などと軽い考えで先へ進む訳にはいかない。何しろ、当初騎士団から七千、内二千を工作兵で埋めるはずが現在の兵力は一万を超えている。
……領主勢が国にかけあって、出兵してきたんですよね。
連中の目的は分かってます。出兵した、手伝いをした事を根拠に新たに開拓された場所に領地を与えられる事を目論んでいるんでしょう。次男三男といった子供に領地を与えるなら騎士爵領程度でも十分ですし、将来的に開発が進めば男爵とかも狙っていけるでしょうからね。
でもって、国としても利があるから承知した訳で。
なにせ、新たに領地として加えたならそこには誰かしら責任者としての貴族を置かないといけない訳でして。
辺境伯に任せるという手もありますが、任せるとなると今度はどこまで任せるのか、って事になります。最悪、エルフ達の森全域がという事になりかねませんからね……そうなったら辺境伯が力を持ちすぎるという事になるのを懸念したんでしょう。辺境伯にした所で下手に力持ちすぎて国から警戒感持たれても困りますしねえ……。
ただ、その調整はエンリコ子爵が後方に留まらざるをえなくなったせいで副官である私が担当する事になってしまっています。
はて、この戦い無事に終わるのか不安になってきましたよ……。
という訳で、エンリコ子爵、前線に立つ事さえ出来ませんでした
当人は「なんでこうなるんだよ!」と、懸命に遠征軍への食糧他の供給維持に全力を注いでいるとの事です