南方防衛2
王国軍は起死回生を狙い、軍都を落とした敵の別動隊が合流する前に攻勢に出る事を決めた。
「……無駄じゃあるんだが」
「そうだね」
ティグレのどこか哀れんだような口調に苦笑で答えたのは常葉だった。
桜華に後を任せ、常葉本人は一気に高速で動ける配下と共にこちらへ合流した。
軍都は大丈夫なのか?と思うかもしれないが、実の所、桜華の指揮の下、軍都の兵士の数倍に達する常葉の作り出した兵士達が存在している。
植物が筋肉の代わりに詰まっているそれは一見すれば火に弱いのでは、と思うかもしれないが、実際は火を使った所で早々燃えるものではない。水をたっぷり含んだ生きた植物はちょっと火をぶつけたぐらいでは燃えたりしない。
そもそも、本当の意味では命なき兵士であり、自らの存在が消滅しても気にしない癖に一般の兵士より圧倒的に強い相手が自軍より数倍いて、現在兵士は武装解除して帰宅済。
そして、兵士達からすれば戦うのは兵として稼ぐ為であり、家族を養う為でもある。
当面は自宅待機とするが給与はこれまで通り出す。反乱や犯罪を起こさないなら、ある程度落ち着いた頃を見計らって、警備兵として雇用する。ただし、反乱を目論んだり、犯罪を犯した者に対しては容赦しない。木々の養分になってもらう。
こうした事を伝えられている現状、逆らう気を起こす訳がない。
軍都で生き残った騎士や貴族は、と言えばこちらも反乱を起こすとかそういう気には全くなれないでいた。
何せ、彼らからすれば下手にやらかした所で、武器は手元になく、兵士は現実を見据えて、さっさと白旗を上げている。ここで自分達が兵を募った所で自分達の味方をする兵士など果たして元の十分の一もいるかどうか怪しい。となると、戦力差は数だけ見ても数十倍。これでは勝ち目が全然見えない。
誰だって、犬死にはごめんだった。
つまり、現在、軍都は常葉がおらずとも、非常に安定しているのだった。
「で、どうします?」
「この際だ。数揃えて威圧しちまおう」
まだまだ訓練足りないって事は今回の戦でよく分かったし、とティグレは溜息をついた。
実際、今回の戦は綱渡りだった。
右翼の元貴族達の軍勢は崩壊寸前だった。
これは仕方がない面がある。裏切ったという引け目を感じる側と、裏切りやがって!という怒りを感じる側の激突で、しかも元々の兵士や騎士の強さは同じブルグンド王国所属だった事から推測もつくだろうが、似たり寄ったりで大きな差はない。
となれば、後はメンタルの差が大きな影響を与える。
そして、結果として右翼は大きな損害を受けていた。数日ぐらいでは戦闘に参加するのは困難な程度には。
では左翼はというと、こちらも消耗が激しかった。
何せ、これまでのような嫌がらせとは一線を画したれっきとした正面きっての会戦だ。
当然、こっちはこっちで慣れない戦いと重圧に精神的に限界!という者が続出した。
なにしろ、兵を率いる指揮官クラスでさえそうなった者が多数出たのだから、相当だ。
で、中央だが。
こちらもこちで消耗していた。
確かに損害は最も小さかったのは間違いないが、だからといってゼロな訳もなく。
何より、慣れない戦いで精神的疲労が大きい。
「という訳でな。案山子でもいいんだ」
「分かった」
……という会話が行われた翌朝の事。
見張りに立った兵士は何気なく朝日に照らされた軍勢を見て……慌てて上司達へと報告を行った。
それを聞いた上司達も最初は疑った。
それだけの軍勢が目と鼻の先に登場して気づかないという事があるのか、と。
何せ、軍勢というのを除いても大勢の移動というのは予想以上に騒々しい。ただ歩くだけでも、一人ひとりの足音は小さいものが数百数千となれば結構な騒音になってしまう。ましてや、夜の間にやって来たとなれば姿は夜の闇に紛れても、音が響き渡るのは避けようがない。
かといって、騒音を立てないよう移動するとなると数百が限界だろう……。
上司達はそう思ったが、実際に見てみれば、兵士達同様、仰天して慌てて更なる上司、騎士や貴族達へと報告に向かった。
「夜の間に軍都を攻略した軍勢が合流した模様」
「南部連合軍の主力と思われる軍勢が到着した模様」
そして。
「合流した敵軍の総数は数万に達する模様」
軍都が陥落した理由に納得出来ると共に。
それは極めつけの凶報でもあった。
敵勢合流
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