南方攻勢10
何気に今回が100話だった模様
ビネロ駐留軍のトップであり、南部諸侯の総大将でもあるジェラール公爵は酷く暗い気分だった。
もっとも、明るい雰囲気など、この場には欠片もなかったのも確かだが。
「……改めて状況をまとめよう」
それでも総責任者としての責任感からジェラール公爵は口を開いた。
「領都ビネロはやや我が軍が劣勢なれど、壊滅的な被害は受ける事なく撤退出来た」
ここまではいいな?と周囲を見回すと誰もが元気はないものの頷いて反応は返してきた。
「しかし……軍都サフィロが陥落」
ジェラール公爵をして、この言葉を口にするには大変な気力を必要とした。
当然と言えば当然だった。
元々、領都ビネロは防衛しやすい街ではなく、最悪、ビネロから防衛に適した軍都サフィロへの撤退も考えていたのに、その逃げ場をいきなり断たれたのだから当然だ。
いや、逃げ場、というのは相応しくないだろう。
元々、領都が攻められた時には敢えて防備をなくし、開門。軍勢は軍都サフィロに籠る、というのは立派な作戦の一つだった。これが蛮族ならそういう訳にもいかないが、相手がきちんとした規律を持つ軍であれば相手に守りづらく、しかし手放すには惜しい街を敢えて渡し、一方こちらは守りやすい街に籠る、というものだ。
そして、今回の場合は敵軍の三分の一が元、王国の貴族達の率いる軍勢という事もあって、略奪される心配はまずない。残る三分の二は分からないが、もし、略奪などに走れば元王国貴族達との仲違いも期待出来た。
(だが……)
現実にはまさかのサフィロ陥落。
確かに、常に比べ陥落しやすい状況は整っていた。
ビネロに対して援軍を出し、北方の皇国侵攻に対しても軍勢を中央に向けて送り出していた。
しかし、だ。それでも軍都そのものは厳然としてそこにあった、はずだった。
南部で最強の要塞は不落のまま、そこに存在しているはずだったのに……いともあっさりと陥落した。「冗談でした、てへっ♪」とでも今からでも言われた方がまだマシだ。そう言われても、今なら寛大な気持ちで許せそうな気がする。
もちろん、実際にはそんな事は今更ありえないのだが。
「なんなんだ、一体!実質たった一体の前にサフィロが陥落した、だと!?」
「ありえん!ありえんだろう、そんなの!?」
「サフィロの連中が嘘を言ってるに違いない!いや、言ってるんだろう!そうであってくれ!!」
一人が口火を切った事で次々と叫んでいた。
そう、常葉の事を知った軍都サフィロの一同は絶望していた。
サフィロを攻めた全ての存在をたった一体で生み出した存在。しかも、その気になれば今の十倍でも即生み出せる、と言われては戦う気すら失せた者も少なくない。もう、笑うしかない、という奴だ。そして、それは使者も知っており、正確にその事がビネロの一同にも伝えられていた。
「落ち着け!」
ジェラール公爵の怒鳴り声で一時的に静まりはした。静まりはしたのだが……。
「だが、実際問題としてどうするか……最早我々に勝ち目などあるまい」
それが最大の問題だった。
ただでさえ、実質引き分けに近い状態に先ごろの会戦は終わった。
そこへ軍都サフィロを陥落させた軍勢が合流すれば……。
「なるほど、な……」
「「「???」」」
そんな事を考える中、一人の貴族が妙に納得したような様子で何度も頷いた。
「南方諸侯達が裏切った理由が納得出来た気がするよ」
「「「!?」」」
周囲が血相を変える中、その貴族は手を振って言った。
「勘違いしないでくれ。理解は出来た、というだけだ。実際にするつもりはないよ」
そうは言っても自分に向けられる視線の厳しさは変わらない事に気づいて、苦笑を浮かべた。
「そう殺気立たないでくれ。ただ、彼らも今の私達と同じような絶望を感じたのだろうな、そう思ったら、ね」
だが、その言葉に厳しさは急速に萎んだ、
絶望、その言葉を誰もが意識せざるを得なかったからだった。
逃げ込む先がなくなったらがっくりくる