79話 再びこの場所に
「まさか、こんなにも早く、ここに来ることになるとはな」
「ほんとだね」
ひなこ奪還及び研究所本部壊滅から数日が経過した本日。優也とひなこは、再びこの地、研究所本部の入り口前へとやって来ていた。
「そういえば、いまここってどうなってるの?」
「カメリアたち新鋭隊第一部隊が、研究所の他支部の偵察の合間をぬって、ここを調べてくれてるらしいぞ」
もちろん誰かに許可を得たというわけではない。無許可での調査だ。
こんな路地奥にある施設なんて誰も気づかないだろうからいいが、本来であれば不法侵入的なことになるのだろう。
というか、所長が死んだ今、この本部であった建物は、誰かによって管理されているのだろうか。
「そのときに、カメリアちゃんが見たってこと?」
「ああ、聞いた話じゃ、そうらしいな」
ということで本題。
優也たちが再びこの地へと訪れた理由であるが、今ひなこが言ったように、カメリアから少し奇妙な報告があったのだ。
なんでも、この本部だった建物の中で、不審な影を見たと言う。
その時、彼女はその影を追いかけたが、逃げられてしまったらしい。
この情報をカメリアから聞いた時、彼女自身、影の正体を突き止めようと意気込んでいたが、優也が代わりに調査を買って出たのである。
なんせ研究所他支部の偵察という重要な任務を頼んでいる上に、協力者である彼女ら第一部隊に何から何まで全てを任せるわけにもいかない。
「だれなんだろうね、カメリアちゃんが見たっていう、その人」
「さあな。けど、こんなとこに来る人なんて、普通の人間とは考えにくいな」
先も述べた通り、ここは路地を入った先にある。ただ迷い込んだ結果、ここにたどり着いたとは考えづらい。
「もしかして門番さんだったりして」
「たしかにあいつなら来ててもおかしくないわな。でもだとすりゃ、カメリアから逃げる理由もないだろ」
「それもそうだね」
研究所本部の門衛を任されていたという門番遥と、研究所本部直属の組織である新鋭隊第一部隊の隊長カメリア・フルウが、見知った顔でなかったという可能性は限りなくゼロに近い。
(それにしても、今、門番はどこでなにをしているんだろうな)
そんなことを考える優也の隣で、ひなこが首を傾げる。
「でも、どこから探すの?」
「とりあえずは、カメリアが影を見たって言う場所だな。たしか、第六研究室だったっけか」
「第六研究室?」
「なんでも『美少女』のシステムについて研究してた研究室で、岡谷っていう研究員が室長だったらしい」
それらは、カメリアから聞いた話。
「そんで、その岡谷ってやつ、俺らの研究所本部襲撃の時に他の研究員たちと避難して、その後行方が分からなくなったそうだ」
「それじゃ、カメリアちゃんが見たっていう人、その研究員さんなのかな?」
「可能性はあるだろうな」
タイミングからも考えて、その線は濃厚である。
「忘れものかな?」
「いや、じゃないだろ」
「わかんないよ?」
「お前じゃないんだから」
などと言い切れるのも、もしも忘れ物ならば研究所の誰かに伝えて戻るだろう。ではなく、何も言わずに、行方をくらましたらしい。
実際、カメリアも岡谷という線を疑って調べたそうだ。
「大切なもんつうから、命かけて取りに行ったら、ただの写真なんだもんな」
「ああ! ただの写真じゃないよ! あれは命よりも大切なものなんだよ? あそこに写ってるのはね、とても純粋無垢な女の子なんだよ⁉︎」
「会ったこともねえのに、なんでそんなんわかんだよ」
「わたしはね、見ただけでわかるんだよ」
「はいはい」
「あー! 信じてないでしょ?」
信じるもなにも、一目見ただけで、その人物のことが理解できるなんて作り話としか到底思えない。
「わたしがどれだけ幼い女の子を見てきたと思ってるの」
いや、知らんけど。
ていうか、胸を張って言うことか、それ。
まあ、ロリコンだもんな、仕方ないか。
「そんじゃまあ、行ってみるか」
やたらと自慢げなロリコンひなこを放っておいて、優也はそのドアを押し開けた。
「優也くん、その第六研究室がどこかわかってるの?」
「わかってるというか、カメリアから地図を貰ってな」
ポケットから取り出すは一枚の紙。そこには手描きで研究所入口から第六研究室への道順が印されている。
丁寧に描かれたそれは、曲がり角の目印なども書かれており、とても分かりやすかった。
彼女、あんな性格であるが、案外几帳面な一面があるのだろう。
その地図の矢印を頼りにたどり着いたのは、金属製のドア。その表札には、第六研究室と書かれている。どうやら迷わずに到着できたよう。カメリアのおかげか。
その部屋のドアの周りはガラス張りになっており、廊下から中の様子が伺えた。
「なんか荒れてるな」
「だね」
理科室に置かれているような机の上には、いくつもの書類が散乱し、壁に並べられた棚の扉は開きっぱなしになっている。
しかし人の姿は見えない。
「誰かいたみたいだな」
「どこかに隠れてるのかな?」
「どうだろうな。でも、だとすりゃ、俺らに警戒してるって証拠だな」
カメリアの時にも逃亡を図ったあたり、何か他人に見られるとまずいことをしているのは確かだろう。
「なんにせよ、相手は『美少女』かもしれない。気をつけていこう」
「うん」
カメリアや白雪のように、真っ向勝負を仕掛けてこないだけ、まだマシではあるが。
緊張が走る中、優也は扉を開いて、中へと入る。
「まずはどこから探すか」
「とはいっても、隠れれるところって限られてるよね?」
「まあな」
学校の理科室を思い浮かべてくれればいい。そして、その部屋の中に限り、かくれんぼをしているのと同じだ。
簡単な話、隠れれる場所といえば、机の下ぐらいしかない。
それに、さしものひなこも気付いたらしい。
「優也くん、なにか失礼なこと考えてない?」
「ん? いいや、なんにも」
それにも、さしものひなこも気付いたらしい。いや、これに限っては、さすがはひなこ、か。
「そんじゃ、ひなこは、そっから見ていってくれ」
「わかった! それじゃ、優也くんはそっちからだね」
「おう」
部屋に入って間も無く、優也とひなこは壁に沿う形で二手に分かれる。
それぞれ警戒しながら、一つ一つの机の下を確認して行き、
「いないな……」
「いないね……」
入ってきたドアから一番遠い地点で、優也とひなこは合流した。
見落とした机はない。二人が協力し、部屋にあるすべての机の下に誰もいないことを確かめた。
(となりゃ、この部屋には、そもそも誰もいなかった説が濃厚か……)
優也がそう結論づけようとした時、
ガタ……、と。
微かに、だがはっきりと、物を叩くような音がした。




