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美少女はじめました  作者: 針山田
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57話 家で待ってたのは


 話し合った作戦通り、カメリアが研究所へ戻り、再び『美少女』となってから数日が経過していた。

 カメリアが言っていたように、優也たちの捕獲には、カメリア率いる新鋭隊第一部隊に再度チャンスが与えられた。

 そして、ひなこが宣言していたように、『美少女』となったカメリアは優也たちの敵ではなく味方として、二人の前に姿を現してくれた。

 研究所に優也たちの思惑が知られないように、カメリアと会うのは最小限としている。

 最終の彼女からの報告によれば、研究所に新たな動きはなく、カメリアたち以外の戦力は参加していないという。

 といっても、第一部隊の他メンバーも、勝手な行動を起こさないように、リーダーのカメリアが命令しているため、実質優也たちの敵はいないことになる。

 あとは、カメリアが研究所への奇襲のタイミングを見つけてきてくれるのを待つだけだ。

 こればかりは、彼女に任せるしかない。


「今日も連絡はなしか……」


 学校からの帰路。

 優也はスマホの画面を見て、少し肩を落とす。

 確認したのはカメリアからの報告の有無。

 彼女とは連絡先を交換し、優也、ひなこ、カメリアの三名で連絡が取り合えるようにしておいた。

 そうして報告があれば、そこに待ち合わせの場所と時間を連絡するようにしてあるのだ。

 メッセージの最終履歴は、前回の待ち合わせの連絡で止まったまま……ではなく、昨日のひなこのしょうもないつぶやきで終わっている。

 内容を少し明かせば、


【カメリアちゃん、しりとりしよっ! いくよー、りんご】

【ごはん】

【ん……、ん…………ん? あれ? しりとり終わっちゃったよ⁉︎】

【あたし、偵察中なんだけど……】

【負けたカメリアちゃんにはね、罰ゲームだよ?】

【聞いてないし。……ってか、罰ゲームって⁉︎】

【こらいよりね、負けた人には罰ゲームって決まってるんだよ】

【なにやらせるつもりよ】

【んーとね、考えとく】


 てな感じ。

 こんな風な会話が、続けられている。

 というのも、本格的にスマホが使用できるようになって、ひなこも子どものように喜んでおり、毎日何かを書き込んで遊んでいるのだ。


(ま、焦っても仕方ねえか)


 いずれカメリアから吉報がもたらされる。それまでしばしの辛抱である。

 今日は、このまま家に帰るとしよう。ひなこも腹を空かせて待っていることだし。


「ただいまー」


 家へ帰ってきた優也は、玄関で靴を脱ぎ、二階の自室へと向かう。

 カバンを部屋に置き、晩ご飯の準備の為、廊下へと出た。


「ひなこ、晩飯作るからな。ちょっと待ってろよ」


 一階へ降りる階段の前にあるひなこの部屋へ向け、優也は話しかける。もはや日課となりつつある。

 わかった! と元気よく、ひなこが部屋を飛び出してくるのもいつも通り。

 ……のはすだった。


「?」


 しかし、待てど暮らせど返事が返ってこないし、ひなこが部屋から出てくる気配もない。

 思えば、優也が帰ってきたときにも返事がなかった。


「ひなこ?」


 気になって、優也はひなこの部屋の前に立つ。

 昼寝でもしているのだろうか?


「入るぞー」


 念のために一言かけて、優也はドアノブを握る。


「てっ⁉︎」


 まるで針に刺されたような感覚に襲われ、優也はとっさに手を離した。

 見れば、手には凍傷の跡。ドアノブを確認してみれば、銀色が白く濁り、まるでドライアイスのごとく、冷気が下へ流れていた。

 なぜ、こんなに冷たくなっているのだろうか。

 そんな疑問だけが、優也の頭の中に浮かび上がる。

 だからたいして気にもすることなく、優也は服の裾を使ってドアノブをひねった。


「……ん?」


 が、開かない。


「っ!」


 力を込めてドアを押してやれば、パキッ、と高い音を立てて、ドアが開かれる。

 例えるならば、何かでドアが壁と引っ付いていたような感覚。


「寒っ⁉︎」


 そして突然襲いかかってくるのは、凍えるほどの冷気。真冬とかそんなレベルじゃない。冷凍庫の中よりも寒いのではないだろうか。


「なんだここは……」


 ここが自分の家の一室であることすら疑う。もはや、ひなこの部屋ではなく、実はドアを挟んで別世界につながっていると言われても信じてしまうほどに、その部屋の温度は下がりきっていた。

 ここまで来て、やっと優也は違和感に気がつく。


「これは……」


 陽はまだ沈んでいないが、カーテンが閉められた部屋の中は暗く、しかし、それでも目立ってしまうほどに、天井のいたるところから氷柱が垂れ下がり、壁や床は白く凍りついていた。


「…………」


 部屋に入って数分。優也は寒さのあまり体が震えはじめていた。

 こんなところに人がいるとは思えない。いくら『美少女』といえど、もちろんひなこでも。


「ひなこ、いるのか?」


 そう思いながらも、一応優也は部屋の電気をつけた。

 そして、


「なっ⁉︎」


 目を疑い、言葉を失った。

 白いと思っていた壁には、真っ赤なインクがへばり付き、天井の氷柱からは、それが垂れて床に落ち、床には水たまりができていた。


「っ……!」


 明かりがついて嗅覚が働いたのか、途端鼻に突き刺さるような鉄の匂い。

 どこかで嗅いだことのある、それも最近になって覚えた匂い。

 それでやっと気がつく。それがインクではなく、血であることに。

 どうしてこんなところに血が……。

 その答えは考える間もなく出ていた。


「ひなこッ⁉︎」


 寒さなんか忘れて、ただ一心不乱に部屋のいたるところを探し回る。ベッドの中、テーブルの下、クローゼットの奥、カーテンの裏、割れた窓ガラスの外、いるはずのない場所まで。一人の少女を求めて。


「返事をしてくれ!頼む……っ!」


 いつしか、部屋の中は強盗に入られたかのように散らかっていた。

 それでも探し求めたものは発見できず。


「そんな……」


 優也は膝から崩れ落ちた。

 絶望。

 その二文字が優也に襲いかかる。


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