41話 新たなる刺客
ステラの落とし物騒ぎから数日が経過し、ひなこも以前の彼女に戻り元気に日々を送っていた。
研究所を壊滅させ他の『美少女』を救う、というひなこの目的も、もちろん継続中である。しかし、あれから何一つとして進展していないのが現状だ。
敵の本拠地の場所が分かっているのに、そこへ入るための方法が見つからない。正直手詰まりである。
まあ、その方法があったとして、実質戦力となるのはひなこだけで、彼女一人が乗り込むなど無謀にもほどがあるが。
幸いにも、向こう側も、あれから何も仕掛けてくる様子はない。冷戦状態といったところか。
この間を有効活用し、得策を考え出して先手を打たなければ。
「つってもなぁ……」
そう考えること、早数日。
ひなこが無くしたという、研究所に張られた結界の中へ入るためのカードが見つかればいいのだが、ステラでの落とし物みたく、今度もうまくいくとは考えづらい。
誰か他の意見をもらおうにも、ひなこ以外の『美少女』といえば、門番遥しかおらず、しかし連絡する手段がない。
文字通り、八方塞がり。
「ひなこに聞けば、門番の居場所とかわかるのかな?」
マンガとかでよくある、同じ存在同士なら、オーラとかで感じ取れるとかないのだろうか。
「帰ったら聞いてみるか」
そんなことを考えながら、優也は、学校からの帰路を歩いて自宅へと向かっていた。
「…………」
ふと、優也はその足を止めた。
背中に何かの感覚がある。まるで、細いもので突かれているかのような、かすかだが、はっきりとした違和感。
「動いたら、このまま一突きよ」
背後から、女の、そんな声が聞こえてきて、先の違和感が思い違いでないことを確信する。
根拠はないが、おそらくは剣先。そしてその場所は、心臓がある位置。
「不思議な力を持ってるって聞いてたから、どんなやつかと思えば、こんな殺意にも気付けないなんて、やっぱただの人間ね」
「誰だ」
「『美少女』と答えれば早いかしら?」
正直分かっていた。
こんな状況に巻き込まれるなんて、『美少女』がらみとしか考えられない。
「研究所からの差し金か」
「その通りよ」
どうやら先に仕掛けられてしまったようだ。
なぜいつも、現実は優しくないのだろうか。少しは味方をしてくれてもいいのに。
「目的はひなこか?」
「あの子もだけど、アンタもよ」
やっぱり。世界美少女化計画に、優也が持つ『石裂き』の力が利用できると、研究所で見つけた書類に書いてあった。
まあ、ひなこと契約する以前から、研究所は笹木を通じて優也と接触していた。当然といえば当然か。
「とは言っても、優先順位はあの子だから。変なマネしたら、このまま刺すわよ」
「じゃあ俺はどうすりゃいい」
「このまま大人しくあたしに捕まることね。そうすれば、命だけは助けてあげるわ」
「…………」
「暴れたりしたら容赦しないわよ」
「……わかった」
こればっかりは従うしかないだろう。
相手は、優也の出方次第で、本気で殺してもいいと考えている。生き延びようと足掻くことが、逆に命取りとなってしまう。
「一つ質問いいか?」
「なに。答えられることなら教えてあげるわ」
「…………」
絶対的不利な状態にあることは分かっているが、しかし彼女の、この上から人を見下すような物言い、非常に気に食わない。
「なんで俺からなんだ? ひなこの方が優先ってんなら、あいつから捕まえりゃいいだろ。俺を囮にひなこをおびき出すってんじゃねぇんだから」
「あら? ただの人間のわりに、よくわかったわね」
「は?」
「その通りよ。アンタらを捕まえる方法は、あたしに任されてるから。アンタをエサに誘い出す方が得策だと思ったのよ。アンタも捕まえられて、あの子も捕まえられる。一石二鳥だからね」
「んじゃ、このあと俺は……」
「エサになってもらうわ。といっても安心しなさい。ただ立ってるだけでいいから」
一体何に安心すればいいのだろうか。
「ほら、両手を上にあげて」
「…………」
指示されるがまま。優也は両手をあげる。
「そのまま前に歩きなさい。少しでも妙なことしたら刺すから」
背に刺さる感覚が強まり、ぷつりと服を突き破ってくる。肌に直接刺さる感覚。少しでも後ろに下がろうものなら、今度は皮膚を突き破ってくるだろう。
「…………」
もちろん相手の指示には従うつもりでいるが、最後まで言いなりになる気はさらさらない。
こんなところで捕らえられれば、ひなこの計画が破綻してしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。
よく考えろ、優也。今を打開する策を導き出せ。
「なにしてんの。さっさと歩きなさい」
日は傾きつつあるものの、ここは道路沿いの歩道。堂々とした、この光景が人の目に触れないわけがない。
ならば、少しでも時間を稼いでーー。
「……ああ。もしかして、時間を稼いで誰か来るのを待ってるのかしら?」
「……ならなんだってんだ」
「それなら残念ね。誰も助けになんて来ないわよ」
その言葉には脅しとかそういったものは感じられない。
なら、それは一体どういう……。
「一つ教えてあげると、ここは結界の中よ」
「結界⁉︎」
『美少女』と、それに関係する者以外を排除し、現実世界と隔離された世界を作り出す結界。
確かに、言われてみて違和感に気がつく。さっきから誰一人として歩いていないし、車も一台も走っていない。それはあまりにも不自然だ。
なぜ気がつかなかったのだろう。
結界の発動条件は『美少女』が異能力を使う状況になること。相手は『美少女』。しかし、よく考えれば、クリアしていない条件がある。
「『美少女』はお前しかいないはずなのに、どうやって結界を……」
例えば、人間へ向けた異能力でも結界が展開するのだとすれば、以前に優也の部屋でひなこが異能力を見せてくれた時も結界が展開していなければおかしい。だが、あの時は結界の中ではなかったはず。
「簡単なことね。あたしらには、自由に結界を展開できる道具を支給されてるのよ。それを使っただけ」
そんなものがあったのか。
(……いや、待てよ。ここが結界の中なのだとしたら、)
「だとしたら、ひなこが助けに来てくれるって?」
「っ⁉︎」
一切声になんて出していないのに。考えは完璧に読まれていた。
「あり得ないわね、そんなこと」
「だが、この結界にひなこはいるだろ」
むしろそうであって欲しいという希望。
「確かに、この範囲の結界なら、あの子も巻き込んだかもしれないわね」
「なら可能性はーーっ!」
「勘違いしてるみたいだけど、『美少女』は他の『美少女』の位置を特定したりすることなんてできないわよ。もちろん人間の位置もね。だから、たとえあの子がこの結界の中にいたとしても、あたしたちの居場所はわからない。ここにはたどり着けないの。わかったかしら?」
「…………」
だったら自力でどうにかするしかないのか。
そもそもひなこに頼ってばかりではダメだ。男ならカッコいいところを見せてやらなければ。
とはいえ、この場は相手の言う通りに。
優也は足を一歩前へ。
「たあッ‼︎」
誰かの、そんな声がした直後。優也たちの横合いから何かが飛んできた。
「ぐわッ⁉︎」
その何かを理解するよりも、優也は目の前で起きた衝撃と爆風に吹き飛ばされる。
地面を数回バウンドし、転がって止まった。
「いっ……てぇ……」
敵から解放された喜びよりも、襲ってくるは激しい痛み。
一体何が起こったのか。
それを確認するために、優也は何かが飛んできた方向を見やる。
「優也くん!」
その方向から走ってくるは、明元ひなこであった。




