34話 起こってほしくないことに限って起こってしまう
抽選の結果、見事にひなこが当ててみせた一等から五等の景品たち。
一等のカップル温泉旅館は、旅館と日付が指定された、二名一組の旅行券を貰った。ちなみに、日程は八月五日と六日のようだ。そして、カップルでなくとも、男女二人のペアであれば参加できるらしい。
二等のスマホは、その場で機種を選び、書類を送ると一年間の料金が無料になるプランに加入でき、スマホが使えるようになるらしい。優也はすでに自分のスマホを持っているため、ひなこの物とし、彼女に選んでもらった。
三等の焼肉、四等のバリスタ、五等の美人水は、店員に教えた優也の住所に、後日送られてくるのだという。
そうして今は、抽選会場から、それほど離れていない場所に置かれたソファーに、二人は腰を下ろしている。
「どうだった? 行きたかったステラは」
「うん! たのしかったよ! いろんなことがはじめてだったからね」
「そうだな」
始終楽しそうに笑顔を浮かべていたのを覚えている。
正直、何もかもが初めてだらけだった彼女に説明やら何やら大変だったが、研究所の外の世界を知らないひなこにとって良い経験だっただろうし、なにより、優也自身楽しい時間だった。
「ちなみに、一番楽しかったことっていったらなんだ?」
「焼肉だね」
即答。それほどに断トツというわけか。
まあ、どちらかといえば、楽しかったことというか、嬉しかったことに近いのだろう。現に、今のひなこも、どこか笑顔に感じられる。
そんな彼女の手には、焼肉ではないが、抽選の二等で当てたスマホが握られている。ひなこが選んだのは、ピンク色の機種だ。
「スマートフォン。略してスマホっつうんだ。知ってるか?」
「聞いたことはあるよ。研究所にいた子たちも、なんにんか持ってたから」
「んじゃ、電話のかけ方とかも知ってっか」
「たぶん? ……でも、いちおう教えといてもらおうかな」
「そうか」
とはいえ、彼女の持つスマホは、まだ契約がされておらず、通信はおろか、携帯番号すら与えられていない。
「俺のスマホで説明するから、見ててくれ」
「わかった」
なるべくひなこが見やすいようにスマホを傾けて、優也は操作を始める。
「色々とやり方があるだろうが、俺は電話帳からかけていくタイプだな」
電話帳のアイコンをタップすると、登録されている人たちの名前が表示される。
「こん中から掛けたい人の名前を探して、それを押すんだ」
今回は適当に、珠音の電話帳を開く。
「ここの十一桁の数字が電話番号。これをタップすりゃ、電話をかけられるんだ」
さすがに、こんなことで珠音に電話すれば、怒らないだろうが迷惑だろうし、そのまま優也はスマホの画面を閉じる。
「どうだ? わかったか?」
「うん。かけ方は。でも、どうやって、電話番号を登録するの?」
「それは、さっきの電話帳のところに、プラスマークがあるから、それを押せば、登録の画面にいけるんだ。まあ、それは、いざ登録するときに説明するよ」
「なにからなにまで。ありがと、優也くん。ここにいるのが優也くんでよかったよ」
「ど、どうしたんだ? 急に」
「ん? なんか、言いたくなって」
「そ、そうか……」
なんだか恥ずかしい気持ちになってしまう。……まあ、優也だけなのだろうが。げんに、そう告げたひなこは、ケロリとした表情で、自身のスマホを触っている。
気持ちを紛らわすためにも、なにか話題を考えなければ……。
「……そういえば、さっきのプリ、それに貼ったらどうだ? 貼るもん探してただろ?」
「あっ、それいいね!」
ひなこからの賛同も得られたところで、優也は財布からひなこから受け取ったプリを取り出し、それを彼女に渡す。
「……ねえ、優也くん」
「?」
「これ、どうやってはるの?」
「ああ、そうか」
プリントシールをさっき知ったひなこが、シールの剥がし方まで理解しているわけもなく。
「これな、ここが裏紙になってて、剥がしたらシールになるんだ」
「へー、すごいね!」
優也は、台紙から剥がしたシールをひなこに渡す。
「どっか好きなところに貼ったらいいんだ」
「んーとね……、ここにするよ!」
「ちょっ⁉︎」
なんと、ひなこが選んだ場所は、表画面のど真ん中。
「ちょ、ちょい待て」
「ん?」
「好きなとことは言ったが、そこはやめておけ」
「えー、ダメなの?」
「ま、まあ……」
駄目というか、今後の使用に支障をきたすだろうし。
「他の、裏側とかにしとけって」
「わかったよ。んじゃ、ここにする」
次にひなこが選んだのは、
「そこカメラ!」
「えー! ここもダメなの?」
それは今後の使用に必ず支障をきたす。
てか、わざとチョイスしてないですよね?
彼女に限っては天然ゆえの行動なのだろうが。
「それじゃ、ここかな」
もはや、妥協といった様子。
ひなこがプリを貼ったのは、裏面の左下。まあ、そこが無難な位置だろう。
最初の選択が却下された時点で、本人は納得していない様子だけど。
「プリのついでに、ゲーセンで取ったクマのキーホルダーも付けたらどうだ?」
「そんなこともできるの?」
「ああ、ここをこうしてな……」
スマホのストラップホールへ、キーホルダー の紐を通す。わりと、こういう作業、得意だったりする。
「これで完成だ」
「かわいい! ありがと!」
「お安い御用だ。ひなこのスマホなんだから、好きなようにすればいいさ」
「んじゃ、これもつけて?」
そう言って、ひなこが差し出してきたものは、努力の末に獲得した、猫のぬいぐるみだ。
「そ、それはさすがに大きいからな……」
「好きにしていいっていったのに?」
「確かに言ったけど……」
それとこれとは話が違う。なんせ、そのぬいぐるみは抱くことができるサイズだ。
そんなものをスマホに吊り下げれば、スマホのキーホルダーというより、スマホがぬいぐるみのキーホルダーになってしまう。
「それは家に飾るほうがかわいいって。それにほら、スマホは常に持ち歩く物なんだし、そんな大きいの付けてたら荷物になるだろ?」
「それもそうだね。……わかった、これはあきらめるね」
「そうしてくれ……」
ホッと胸をなでおろす優也。
そんな彼の横から、ひなことは反対側で、彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あれ? もしかして、ゆーくん?」
この声は、というか、優也のことをそう呼ぶ人は限定されるわけで。
その人物とは、この場で最も優也が会いたくないと願っていた、
「た、珠音じゃねぇか……」
彼の幼馴染みであった。




