33話 優也の運とひなこの運
「ふふふ〜ん」
上機嫌に鼻を鳴らしながら、猫のぬいぐるみを腕に抱くひなこ。
優也がその隣に並びながら、二人はステラ一階のエントランスで開催されている抽選会の会場へと向かって歩いている。
「よかったな、それ、取れて」
「うん! 優也くんもだきたい?」
「俺か? 俺はいいよ」
なんせ、男がぬいぐるみを抱いて歩いていたら、周りから痛い目で見られそうだし。
なにより、現在の優也のテンションは、海抜ゼロメートルを通常とし、マリアナ海溝の底にある。
というのも、取れると自信満々だったひなこが、このぬいぐるみを獲得するまでにチャレンジした回数が半端ないからだ。つまり、ぬいぐるみへ費やした金額が原価をはるかに超えているのである。
まあ、それと引き換えに彼女の笑顔が買えたのだから良しと
「ならねぇよな……」
「? なにがならないの、優也くん?」
「な、なんでもねえよ」
あまりのショックに心の声が漏れてしまっていた。
「ほれ、もうすぐ抽選会場だぞ」
話題を変える絶妙なタイミングで、目的地へと二人は到着した。
「あっ、先ほどのカップルさん」
受付の一人が、優也とひなこの姿を見て、そんな反応を返す。
どうやら覚えていたらしい。まあ、当然といえば当然。なにせ、数時間前、それだけ印象付けるようなことを二人はしたのだから。
というか、
「カップルじゃないですよ」
服屋さんの店員といい、やはり二人の男女が歩いていたらデート、つまりはカップルだと判断してしまうものなのだろうか。
だが、現実は違う。
「なあ、ひなこ」
「? たぶん?」
なんで曖昧なんだよ。
「でも、わたしは優也くんと『かっぷる』でもいいよ?」
「それってーー」
「なんだかおもしろそうだし」
「……お、面白そうね……」
面白いから好き、という意味では当然なく。それがひなこにとっての、カップル、というものの純粋なイメージなだけ。
思えば、恋人を知らない彼女が、カップルなど分かるはずもない。意味を履き違えているのだ。
これもまた、現実である。
「まあ、それはいいとして……。俺たち、抽選をしに来たんです」
「あっ、そうなんですね。今度は抽選券をお持ちですか?」
「はい」
優也は財布から店で貰った券を渡す。
「十枚ですね。では、十回お引きください」
そう言って、店員が手のひらで指すは、ガラガラタイプの抽選機。回して、出た玉の色で、何等かが決まるやつだ。
ちなみに、少し振り返りを含め、それぞれの玉の色と景品を整理しよう。
1等 カップルで行く! 温泉旅
玉の色は、金
2等 選べるスマートフォン
料金一年間無料プラン
玉の色は、赤
3等 A5ランク黒毛和牛 焼肉セット
玉の色は、緑
4等 一流バリスタ監修 コーヒーメーカー
玉の色は、青
5等 美人水2L 6本
玉の色は、茶
参加賞 ポケットティッシュ
玉の色は、白
となっている。
「どっちからまわす?」
「俺はどっちでも構わんぞ」
どちらにせよ結果は同じなんだし。
「じゃあ、優也くんからね」
「俺からか?」
意外。あれほど楽しみにしていたのだから、真っ先に自分から引くと言い出すと予想していたのだが。
「別にいいが、どうしてだ? 楽しみは後にとっておくタイプか?」
「違うよ。わたし、考えたんだ」
「考えた? あの、ひなこが、か?」
「…………」
あれ? 怒ってる?
「……優也くんが、参加賞を引くんだったら、そのあとにわたしが引くほうがいいんじゃないかなって」
「まあ、確かにな」
そうすれば、必然的にひなこの当選確率が上昇する。
「ひなこがいいって言うなら俺から引くぞ?」
「うん」
優也は、抽選券を五枚渡し、ガラガラと向かい合う。
「さて、当てますか」
参加賞のポケットティッシュを。
そんな意気込みで挑む、ガラガラ抽選五回。
結果は、
「な、言ったろ?」
受け皿の上に乗った玉の色は、全て白。要するに宣言通り五個全て参加賞だった。
「ぎゃくにすごいんじゃないかな。ぜんぶおなじ色なんて」
「そんなことねえよ」
この中に入れられた白玉の割合を考えれば、そう言い切ることもできる。
「そんじゃ、今度はひなこの番だぞ」
「うん! 見ててよ。ぜんぶ焼肉当ててみせるから」
「全部おんなじ色はすごいんじゃないのかよ。てか、そんなに三等入ってないだろ」
「えっ? そうなの⁉︎」
この驚きようである。
「ちなみになんですけど、くじって、何枚ずつ入ってるかとかわかりますかね?」
「わかりますよ」
「教えてもらうことって……」
「大丈夫ですよ。一等が二枚、二等から四等が三枚、五等が五枚となっております。その内、一等と二等が残り一枚でございます」
どうやら、すでに一等や二等を当てた人がいるらしい。たいしたものである。
「だってよ、ひなこ」
「なるほど。じゃあ狙うは焼肉三つだね」
「他の二つはどうすんだ?」
「? 優也くんが当てたのとおなじのでいいよ」
「ポケットティッシュだぞ?」
「うん。いいよ」
本気で焼肉以外に興味なしかよ。
「それじゃあ、あてるよー、焼肉!」
まず一回目。出た玉の色は、
「おめでとうございます! 五等の美人水六本です」
五等であった。
「いきなり当たりじゃねぇかよ。やるな、ひなこ」
「うーん……、焼肉がでるはずだったんだけどな……」
納得がいかない様子。
「つぎこそはあてるよ!」
そうして二回目。出た玉の色は、
「二連続おめでとうございます! 二等、スマートフォンです!」
マジか……。
「んー……。これ、ほんとに焼肉はいってるの?」
「いや、そこを疑うのかよ」
二等を当てたことを喜べよ。てか、二等が入ってるなら、三等は確実だろう。
「つぎはぜったいに!」
三回目。出た玉の色は、
「お……、おめでとうございます! 四等のバリスタです」
「…………」
ここまでくると、さすがの店員すらも目を疑っている。
二等、四等、五等と、ここまで連続して、ひなこは当たりくじを引いている。にもかかわらず、当の本人は狙う三等の焼肉が当たらず、大層不満そうだ。
「……まあ、これで、言ってた、焼肉三つってのは叶わなくなったな」
「でも、まだあと二回あるからね」
「最後まで当たらないんじゃないのか」
「そんなはずないよ。わたしの運は強いからね」
確かに、その言葉、あながち間違ってはいない。三回チャレンジ全て当たりを引く彼女の運は強運といえよう。
「つぎこそは、かならずあてるよ!」
「頑張れ」
そうして、四回目。出た玉の色は、なんと、
「…………お、おめでとうございます! 大当たりです!」
ワンテンポ遅れて、店員が鳴らすベルの音が響き渡った。
トレーに乗る玉は、金色に輝いていた。つまり、
「一等の、カップル温泉旅館が当たりました!」
さすがの優也も、この結果には驚きを隠せない。
「や、やったな! ひなこ。一等だぞ!」
「…………」
「ひなこ?」
浮かない表情のひなこ。その口から、ぽつりと言葉が漏れた。
「焼肉じゃない……」
一等を当てた喜びよりも、三等を外した悲しみ。
「お、おい。一等が当たってんだぞ? もうちょい喜べよ」
「そんなことよりも、あと一回しかチャンスはないんだよ。集中しないと……」
「………………」
焼肉を当てることに人生でもかけているのだろうか。一等よりも、二等よりも、三等の焼肉を欲する彼女の執着も、ここまでくれば恐ろしいものである。
「優也くん……」
「ん? なんだ?」
「手、かして?」
「手?」
突然の頼み。優也は疑問に思ったが、差し出されるひなこの手を取る。
「…………ありがと」
ひなこは静かに優也の手を少しの間握ると、そっと離した。
「なんだったんだ?」
「ん? ほら、優也くん、参加賞しかあてなかったでしょ? だから手をにぎったら、わたしもくじ運が下がるのかなって」
「俺は疫病神か⁉︎」
「ちがうよ。このときばかりは、わたしに幸運をもたらしてくれるからね」
「…………」
それ、なんのフォローにもなってねぇよ。
……もう決めた。参加賞が当たることを願ってやろう。最悪、参加賞でなくとも、三等以外が当たるよう祈ってやる。
心の中で、ひなこに不幸が訪れるよう念じる優也。そんなことは知らず、ひなこの最後のチャレンジ。
出た玉の色は、
「おめでとうございます! 三等、黒毛和牛焼肉セットでございます!」
ついに、抽選機から緑色の玉が排出された。
「どう? 優也くん。見たでしょ?」
Vサインと共に、ひなこはドヤ顔を決め込む。非常に腹立たしく思えてきた。
しかし、ここで言うべき言葉は、それではない。
「まあ、良かったじゃねぇか。焼肉当たって」
「うん! 優也くんのおかげでもあるからね。やっぱり優也くんには運を下げる力があるんだよ」
「…………」
どれだけ優也が我慢をしたか。褒めてほしいものである。
宣言とは少し違えど、ひなこは五回の抽選で、一等から五等を全てコンプリートするという異常ともいえる強運っぷりを見せつけたのであった。




