32話 喜怒哀楽の喜と楽
「どうだった? 初めてのクレーンゲームの感想は?」
「簡単そうにおもったけど、いがいとむずかしいんだね」
「まあ、たしかにな」
景品を掴んで落とすという単純なゲームなのだが、単純ゆえに難しい。いろんな取り方やコツなんてものがあるが、それらはクレーンゲームをある程度できる人たちの話。初心者の優也たちに使える技ではない。
「ねえ、優也くん、あれはなに?」
立ち止まって、ひなこが指差すは、クレーンゲームコーナーの隣に設けられた一角。若い女性がプリントアウトされたカーテンに囲まれた部屋がいくつもある。
「あれはプリだな」
「ぶり?」
「それは魚な」
なんだか、今日はえらくボケてくる日だな。
「プリントシール機。略してプリっていうんだ」
「さっきみたいなゲームなの?」
「ゲームっていうか、あのカーテンの中で写真を撮るんだ。小さくて裏面がシールになってるから、好きなところに貼れて人気なんだ。そういや……」
優也は財布を取り出し、中から一枚のプリを取り出した。
それは、中学生の頃、珠音とステラへ来た際に撮ったものだ。いまだ、こうして優也は財布の中に保管している。大切な写真である。
そういえば、もう半分、珠音が持っているのだが、彼女はどうしているのだろうか。珠音のことだ。捨てている可能性は無いに等しいが。
「これがプリだ」
「あ、たしかにちいさな写真だね。だれがうつってるの?」
「これは、俺と珠音だ」
「たまね?」
「俺の幼なじみだ。まあ、なんかの機会があれば会うだろうし、名前くらい覚えといてもいいかもな」
優也のそばにいる以上、一度も珠音と顔を合わせないということはないだろうし。
優也の希望的には、二人が会うことに反対ではあるが。なにせ、珠音にひなこのことを何と説明すればいいのかわからない。本当のことは言えないし、かといって、嘘を言ってもバレてしまいそうだ。
「んじゃあ、こっちが優也くんなの?」
「ん? ああ、中学ん時の俺だな」
「ぜんぜんふいんきが違うね」
「そうか? 髪が長いからかな」
「あっ、たしかに。どうして髪をのばしてたの?」
「どうしてって……」
そこは黒歴史の一部であるからして、禁忌の領域だ。
「ほんとどうしてだろうな……」
ほんと、どうしてなのだろう。大半の男子が中学二年の時に発症するあの病気は。
しかし、不思議なものである。
今となっては、『石裂き』という超能力のような力が持っていると判明し、昔の夢が叶ったといっても過言ではないのだが、素直に喜べない自分がいる。まるで、自分が人間でない気がしてならない。
「ねえ! 優也くん! とってみたい!」
そんなことを考える優也の隣で、ひなこが跳ねる。
「構わんが……、一人で撮るのか?」
「ううん。優也くんととるんだよ」
「俺と?」
「うん、もちろんだよ。いや?」
「いやじゃねぇけど……」
「じゃないけど?」
「………………」
こういう時に、彼女の言う、鋭い勘というものが働いてくれないものだろうか。
「……なんでもねぇよ」
「んじゃ、とろうとろう!」
「ちょ……」
優也の手を引いて、ひなこはプリ機へと走り出す。
最近のプリントシール機というものはすごく、というか恐ろしく、目の形や大きさなどが変えられるどころか、輪郭までも好きにいじることができてしまう。出来上がった写真なんて別人が写っていると言っても過言ではない。
そんな中、説明のアナウンスに従って、ひなこは画面をタッチしてゆく。
「優也くん、もっとこっち」
「こ、こうか?」
「もっともっと」
「もっとって……」
すぐ隣にはひなこがいる。これ以上近付くと……。
「寄らないとうつらないよ?」
「そう言われてもな」
しかも、写ってるには写ってる。端っこの方になってしまっているだけだ。
「さっき見せてくれた写真だと普通にとってたよ? へんなポーズしてたけど」
だからそこには触れないでくれるかな?
ていうか、あの時はあの時、今は今だ。状況は似てても、心境が全く違う。
カシャリ、と。
結局撮れたプリは、これである。
「どう? 優也くんに教えてもらうんじゃなく、自分でがんばってみたよ」
「それはすごいが、意外とシンプルだな」
花柄のフレームに、二人の名前を書き込んだ、いわばスタンダードともいえるプリントシール。
「優也くん、しんぷるいず……いず…………、シンプル、イズ、バスト! なんだよ?」
単純、は、胸? ……貧乳?
「……自分のことか?」
「ち、ちがう! ちがうよ! 優也くんのばかっ‼︎」
よほど胸のことをいじられたくないのだろう。
珍しく、ひなこから攻撃が飛んできた。とはいえ、威力は皆無で、痛くもかゆくもないが。
てか、自分から言ったんだろ。
「それを言うなら、シンプルイズベストだろ?」
「わかってるよ! ちょっと間違えただけだもん」
そのちょっとのミスが、全く別の日本語へと変わってしまうのである。
「それで、どう? わたしの初プリは?」
「ん? ああ、いいと思うぞ。俺はこういうやつの方が好きだな」
「やった! ほめてもらえたよ!」
不満はない。
ただ強いて言えば、緊張のあまり表情が固くなってしまっていることくらいか。理由はともあれ、男として情けない気がする。
と、おもむろに、ひなこが隣にあったテーブルへと移動し、何かをし始めた。
「何やってんだ?」
「ん? ちょっと待ってね?」
そう言われ、待つこと数分。
「はい、優也くん」
「?」
手渡されたのは、さっき撮ったプリだ。見れば、ひなこは、もう半分を持っている。
「優也くんのぶんだよ。わたしと半分こ」
「いいのか?」
「もちろんだよ。大切にしてね?」
「ああ、もちろんだ」
珠音とのプリ写真を入れている財布へ、ひなこから貰ったプリを入れる。
女子高生とかなら、ここでどこかに貼ったりするのだろうが、優也は男子、やはりそういうことを気にしてしまうタイプだ。
「ひなこはどうするんだ? 何かに貼るのか?」
「うーん……、はったりできるものを持ってないんだよね」
「まあ、それもそうだな」
定番なのは、携帯電話の裏側だが、ひなこが、それを持っていないことは、聞かずとして知れていること。
「なにかはれるものができたらはるよ」
「それまで折れないように気をつけねぇとな」
「あ、ほんとだね。んじゃあ……、優也くん、あずかっといて?」
「ああ。わかった」
ひなこからプリを受け取り、自分のとは反対側のスペースへ、それをしまう。
「よかったら、買い物袋も持とうか? そろそろ重たいだろ?」
「ううん。それは大丈夫だよ」
「そうか……」
どちらかといえば、そちらの方が預かりたいのだが。
またしても優也の試みは失敗に終わった。
いつになれば、安心できる時がくるのだろうか。
「……ねえ、優也くん」
「ん? なんだ? やっぱ袋持ってくれって頼みなら、こころよく受け入れるが?」
「ちがうよ」
「なんだ、違うのか」
「じゃなくて、もう一回、わたしにチャンスをあたえてほしいの」
「チャンス? なんの?」
「さっき取れなかったやつ」
「?」
ひなこが言わんとすることは、彼女の視線を追えば、知ることができた。
「……あぁ。さっきのクレーンゲームか。やっぱ悔しかったのか?」
「うん。なんとしても取りたいんだよ。今ならいける気がするの」
「そうか」
そう言って、さっきは失敗に終わったが。
まあ、やりたいと言うのならば仕方がない。
「いいぞ。気が済むまでやればいい」
「やった! ありがと、優也くん!」
笑顔で飛び跳ねるひなこ。ほんと喜怒哀楽の、喜と楽を擬人化したようなやつだ。
そうして、ひなこの挑戦は再び始まった。




