30話 先ほどのお返しですか?
ひなこはチーズハンバーグすらも、ものの数分で平らげてしまった。
いったい、そんな小さな体のどこに、ハンバーグ定食二つ、しかも片方は大盛りが収納されているのだろうか。謎である。
「満足したか?」
「うーん、そうだね……、腹八分ってやつだよ」
「…………」
あんだけ食って、まだ腹八分目なのか。てか、その言い方だとお腹は満たされていないらしい。
彼女の胃袋は、ブラックホールか何かで構成されているのだろうか。
「そんじゃあ、抽選でもしに行くか」
「うん」
二食分の食器を重ね、お盆を一つにまとめて優也は席を立つ。
「こういうフードコートはセルフ方式つってな、食べ終わったら皿を店に持っていくんだ」
「知ってるよ。研究所の食堂もそうだったから」
「そうか」
食器を返却口へ返せば、次の目的地は、一階のエントランスにある抽選会場だ。
「ねえねえ、優也くん、甘いにおいがするよ?」
「甘い匂い?」
辺りを見回せば、その発生源を発見。
「ああ、クレープか」
「あっ、わたし、それしってるよ。ぶどうのことでしょ?」
「それはグレープな」
似てるけど全然違う。
「つか、よく知ってたな、ふどうの英語」
「わたしだって、それくらいはしってるよ。……優也くんって、ときどき、わたしのことバカにしてるよね?」
「そんなことねぇよ」
バカにはしていない。人より物事を知らないと認識しているだけだ。
「クレープってのは、甘いクリームといろんな果物を生地で挟んであるんだ。まあ、スイーツの一つだな」
「へー」
一見関心がなさそうにしながらも、ひなこの視線はクレープ屋へと釘付けだ。
「食ってみるか?」
「うん! たべてみたい!」
「んじゃ、買うか」
彼女が食べてみたいというのならば。
フードコートへの出口へと向かっていた優也とひなこは、道中のクレープ屋へと立ち寄る。
「こんなかで、気になったやつあるか?」
「んーとね……」
ひなこは、何十種類ものサンプルが並べられたショーケースと向かい合い、やがて、一つのクレープを指差した。
「これがいい」
「どれだ?」
ひなこが指定したのは、デラックス、と名付けられたクレープ。その名の通り、様々なフルーツがふんだんに使われた、高級そうな……いや、高価なクレープである。
しかし、これも彼女に楽しんでもらうためだと思えば安いものだ。……きっと。
「すいません。デラックス一つ」
「かしこまりました。ご注文は以上ですか?」
「はい」
「? 優也くんは?」
「俺? 俺はさっきのハンバーグで満たされたからな。デザートが入るほど空いてねぇよ」
どっかの誰かさんみたいに、腹の中がブラックホールじゃないんだし。
正直言えば、クレープ一つくらいは入る余裕はある。ハンバーグ定食だって、大半はひなこが食したのだから。
優也が自分のぶんを注文しなかったのは、単純に、金銭面を考えてのこと。その分、ひなこを楽しませるために使おうと思ったのだ。だが、このことは、もちろん彼女に明かすつもりはない。
そんな会話をしつつ、優也は、お金をトレーの上へ。
「ちょうどお預かりします。こちら、レシートをお持ちになって、少々お待ちください」
「わかりました」
「ねえねえ、優也くん」
「ん?」
店員が戻ってくるのを待つ優也。その服の裾を、ひなこが数回引っ張った。
「ここにあるクレープも食べれるの?」
それは、ショーケースに並べられた様々なクレープたち。
「ああ、これは食品サンプルつって、本物そっくりに作った偽物だ。だから残念だが食べれねぇよ」
そもそも食べれたとしても、ひなこが食べれるわけじゃないが。
「これが作りものなの? こんなにおいしそうにできるなんて、すごいね! わたし、これが目の前にあったらたべちゃう自信しかないよ」
ひなこのように食べてしまうほどかは置いておいて、
「確かにすげぇよな」
本物と見比べれば、やはり違いに気がつくが、サンプル単体で見れば、本物と違いないように見えるのだから不思議だ。とくに、ラーメンとか麺類を、箸ですくっているものなんて、驚きそのものである。
「お待たせしました」
優也とひなこが食品サンプルに目を奪われている間に、デラックスクレープが完成した。
サンプルでも、他のと飛び抜けて、すごかったが、現物は更に磨きがかかっている。
「わあ……、おいしそう」
「だな」
あんなけ食べて、このボリュームを見てまだ美味しそうと言えるのだから、やはり彼女の胃袋は恐ろしい。デザートは別腹といったところなのだろう。
優也は店員から受け取ったクレープを、ひなこへと手渡した。
「どっか座って食うか?」
「ううん。すぐに食べおわるからだいじょぶだよ」
「そ、そうか」
これをすぐに食べ終われると言い切れるのか……。
「それじゃ、いただきまーす!」
クレープを一口。しかも大口で。
「うーーーーーんっ! おいしい!」
大層満足そうな表情でデラックスクレープを味わうひなこ。
「優也くんもたべる?」
「は?」
突然の質問。
ひなこが差し出してきたのは、彼女が手に持っていたクレープ。もちろん、彼女の食べかけである。
食べるって……、それを?
つまり、これっていわゆる……。
「あ、い……、いや、俺はいいよ」
「とってもおいしいよ? えんりょしなくてもいいんだよ?」
「遠慮してるわけじゃねぇけど……」
ある意味遠慮といえば、遠慮なのか。
しかし、ひなこが思う遠慮を優也がしているわけではない。
「ほらほら、たべてみてよ」
「…………」
ずかずかと容赦なく、ひなこはクレープを優也の口元へ。
「……わ、わかった。一口だけもらうよ」
「うん! どうぞ」
ほんと、異性とか全く気にしないのな。
「あーん」
「あ、あーん……」
しかも食べさせてくれるパターンなのな。さっきのお返しだろうか。
宣言通り一口、優也はクレープを食べる。一応気をつかったつもりで、彼女が食べていたところとは反対側を口にした。
「どう?」
「……う、うん。うまいな……」
正直味なんてほとんど感じなかった。それほどに、優也の頭の中では別のことでいっぱいだった。
「でしょ?」
再び、ひなこはクレープを食べ始める。
そして、言ってみせた通り、数分で食べ終わってみせた。
「クレープ、おいしいね!」
「そうか。気に入ってもらえてよかったよ」
これだけ満足そうにしてもらえれば、優也も買ってよかったと思えるものだ。




