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美少女はじめました  作者: 針山田
30/154

30話 先ほどのお返しですか?


 ひなこはチーズハンバーグすらも、ものの数分で平らげてしまった。

 いったい、そんな小さな体のどこに、ハンバーグ定食二つ、しかも片方は大盛りが収納されているのだろうか。謎である。


「満足したか?」

「うーん、そうだね……、腹八分ってやつだよ」

「…………」


 あんだけ食って、まだ腹八分目なのか。てか、その言い方だとお腹は満たされていないらしい。

 彼女の胃袋は、ブラックホールか何かで構成されているのだろうか。


「そんじゃあ、抽選でもしに行くか」

「うん」


 二食分の食器を重ね、お盆を一つにまとめて優也は席を立つ。


「こういうフードコートはセルフ方式つってな、食べ終わったら皿を店に持っていくんだ」

「知ってるよ。研究所の食堂もそうだったから」

「そうか」


 食器を返却口へ返せば、次の目的地は、一階のエントランスにある抽選会場だ。


「ねえねえ、優也くん、甘いにおいがするよ?」

「甘い匂い?」


 辺りを見回せば、その発生源を発見。


「ああ、クレープか」

「あっ、わたし、それしってるよ。ぶどうのことでしょ?」

「それはグレープな」


 似てるけど全然違う。


「つか、よく知ってたな、ふどうの英語」

「わたしだって、それくらいはしってるよ。……優也くんって、ときどき、わたしのことバカにしてるよね?」

「そんなことねぇよ」


 バカにはしていない。人より物事を知らないと認識しているだけだ。


「クレープってのは、甘いクリームといろんな果物を生地で挟んであるんだ。まあ、スイーツの一つだな」

「へー」


 一見関心がなさそうにしながらも、ひなこの視線はクレープ屋へと釘付けだ。


「食ってみるか?」

「うん! たべてみたい!」

「んじゃ、買うか」


 彼女が食べてみたいというのならば。

 フードコートへの出口へと向かっていた優也とひなこは、道中のクレープ屋へと立ち寄る。


「こんなかで、気になったやつあるか?」

「んーとね……」


 ひなこは、何十種類ものサンプルが並べられたショーケースと向かい合い、やがて、一つのクレープを指差した。


「これがいい」

「どれだ?」


 ひなこが指定したのは、デラックス、と名付けられたクレープ。その名の通り、様々なフルーツがふんだんに使われた、高級そうな……いや、高価なクレープである。

 しかし、これも彼女に楽しんでもらうためだと思えば安いものだ。……きっと。


「すいません。デラックス一つ」

「かしこまりました。ご注文は以上ですか?」

「はい」

「? 優也くんは?」

「俺? 俺はさっきのハンバーグで満たされたからな。デザートが入るほど空いてねぇよ」


 どっかの誰かさんみたいに、腹の中がブラックホールじゃないんだし。

 正直言えば、クレープ一つくらいは入る余裕はある。ハンバーグ定食だって、大半はひなこが食したのだから。

 優也が自分のぶんを注文しなかったのは、単純に、金銭面を考えてのこと。その分、ひなこを楽しませるために使おうと思ったのだ。だが、このことは、もちろん彼女に明かすつもりはない。

 そんな会話をしつつ、優也は、お金をトレーの上へ。


「ちょうどお預かりします。こちら、レシートをお持ちになって、少々お待ちください」

「わかりました」

「ねえねえ、優也くん」

「ん?」


 店員が戻ってくるのを待つ優也。その服の裾を、ひなこが数回引っ張った。


「ここにあるクレープも食べれるの?」


 それは、ショーケースに並べられた様々なクレープたち。


「ああ、これは食品サンプルつって、本物そっくりに作った偽物だ。だから残念だが食べれねぇよ」


 そもそも食べれたとしても、ひなこが食べれるわけじゃないが。


「これが作りものなの? こんなにおいしそうにできるなんて、すごいね! わたし、これが目の前にあったらたべちゃう自信しかないよ」


 ひなこのように食べてしまうほどかは置いておいて、


「確かにすげぇよな」


 本物と見比べれば、やはり違いに気がつくが、サンプル単体で見れば、本物と違いないように見えるのだから不思議だ。とくに、ラーメンとか麺類を、箸ですくっているものなんて、驚きそのものである。


「お待たせしました」


 優也とひなこが食品サンプルに目を奪われている間に、デラックスクレープが完成した。

 サンプルでも、他のと飛び抜けて、すごかったが、現物は更に磨きがかかっている。


「わあ……、おいしそう」

「だな」


 あんなけ食べて、このボリュームを見てまだ美味しそうと言えるのだから、やはり彼女の胃袋は恐ろしい。デザートは別腹といったところなのだろう。

 優也は店員から受け取ったクレープを、ひなこへと手渡した。


「どっか座って食うか?」

「ううん。すぐに食べおわるからだいじょぶだよ」

「そ、そうか」


 これをすぐに食べ終われると言い切れるのか……。


「それじゃ、いただきまーす!」


 クレープを一口。しかも大口で。


「うーーーーーんっ! おいしい!」


 大層満足そうな表情でデラックスクレープを味わうひなこ。


「優也くんもたべる?」

「は?」


 突然の質問。

 ひなこが差し出してきたのは、彼女が手に持っていたクレープ。もちろん、彼女の食べかけである。

 食べるって……、それを?

 つまり、これっていわゆる……。


「あ、い……、いや、俺はいいよ」

「とってもおいしいよ? えんりょしなくてもいいんだよ?」

「遠慮してるわけじゃねぇけど……」


 ある意味遠慮といえば、遠慮なのか。

 しかし、ひなこが思う遠慮を優也がしているわけではない。


「ほらほら、たべてみてよ」

「…………」


 ずかずかと容赦なく、ひなこはクレープを優也の口元へ。


「……わ、わかった。一口だけもらうよ」

「うん! どうぞ」


 ほんと、異性とか全く気にしないのな。


「あーん」

「あ、あーん……」


 しかも食べさせてくれるパターンなのな。さっきのお返しだろうか。

 宣言通り一口、優也はクレープを食べる。一応気をつかったつもりで、彼女が食べていたところとは反対側を口にした。


「どう?」

「……う、うん。うまいな……」


 正直味なんてほとんど感じなかった。それほどに、優也の頭の中では別のことでいっぱいだった。


「でしょ?」


 再び、ひなこはクレープを食べ始める。

 そして、言ってみせた通り、数分で食べ終わってみせた。


「クレープ、おいしいね!」

「そうか。気に入ってもらえてよかったよ」


 これだけ満足そうにしてもらえれば、優也も買ってよかったと思えるものだ。


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