23話 自由の身
門番が目を覚ましたのは、しばらくしてからのことだった。
「ん……」
小さく唸りを上げて、門番は、まぶたをゆっくりと開けた。
「ここは……」
首を右へ左へ動かして、現状を把握しようとし始める。
右は壁。左には、椅子や机が見える。
「確か、ひなこちゃんたちを捕まえようとして……!」
記憶の整理が完了。門番は、とっさに上体を起こした。そして、そこで、優也とひなこの姿が視界に入り込む。
「よう。目が覚めたか」
「門番さん! 大丈夫? どこも痛くない?」
「…………」
心配そうに駆け寄るひなこの言葉も、最初、意味がわからなかった。
そして、すべてを思い出す。
「そっか……、私、二人に負けて……」
ならば今、自分がここにいる理由は。こうして、食堂へ移動させられている意味は何なのだろうか。
「どうして私を生かしたのですか。恩を売ったつもりかもしれませんが、生憎ですが私は研究所に逆らうわけには……」
「こっちこそ生憎だが、そんなつもりはさらさらねぇよ。だいたい、自分の胸元をよく見てみな」
その言葉に、門番は視線を下ろす。そして、そこにあるはずのものがないことに気がついた。
「『結晶』が……⁉︎」
「ねぇだろ。お前はもう、研究所に従う必要はねぇんだ。自由の身なんだよ」
「自由の、身……」
途端、心の曇りのようなものが晴れた気がした。それと同時、一つの不安が生まれる。
「それでは私はこれからどうすれば……」
『美少女』になってから、もうずいぶんと経つ。その間、ずっと研究所で暮らしてきた。いわば、あそこは実家のようなものだ。
確かに結晶が失われた今、研究所との関係は絶たれてしまった。それは、門番にとって、家を追い出された子供と変わらないのである。
「それはこれから決めてきゃいいだろ。とりあえずは、なんだ、研究所の見つからねぇように気をつけることだな。お前の『結晶』が壊れたことで、お前も追われる身になるかもしれねぇし」
「そう……ですね」
可能であるならば、家で匿ってあげたいが、優也には実現できないのが現実だ。
「ですが、どうやって『結晶』を? これは壊せないはずでは……?」
「なんかよく知らんが、俺には『石裂き』って能力があるらしくてな。その力が『結晶』を破壊できるんだと」
「優也くんそんな力あったの⁉︎」
「ああ。どうやらそうらしい。この建物から逃げようとして、そんなことが書いてある書類を見つけたんだ」
今思えば、本当に奇跡みたいな発見だった。あれを見つけていなければ、優也が普通に逃げていれば、今頃ひなこは門番に捕まっていたことだろう。
「そんな力があったんだね。……ん? ってことは、優也くんも『美少女』なのかな?」
「んなわけねぇだろ!」
優也は断じて男である。それは、自分が一番よく知っている。
「本当に不思議な力を持っているのですね。研究所が目をかけていたのも納得がいきます」
そんな優也とひなこの漫才のような会話を横目に、門番は一人納得をしていた。
「そういや、一つ聞きたかったんだが、いいか?」
「なんでしょう」
「ここは研究所の拠点なんだろ? なんで誰も人がいない。結界が張ってたからだと思ってたが、今も誰一人としていないのはなんでだ?」
門番が眠っていた間、優也は研究所の建物を少し見回っていた。
ひなことの戦闘の痕が直っていたあたり、やはり結界が張られていたのだろう。しかし、入ってきた時同然、人影は一つもなかった。
「簡単な話です。それは、今も結界が展開されているからです」
「どういうことだ?」
「ここの結界は特殊で、二段階の結界が張られているのです」
「二段階の結界? そんなものあんのか?」
「わたしは知らないよ?」
ひなこには聞いていない。彼女が存じていないことは分かりきっている。
「文字通り、結界が二重に張られているのです。研究所内部の者でなければ、内側の結界の中へ入ることはできません。外部からの侵入者は、外側の結界までしか入れないようになっているのです。つまり、私たちがいるここが、その外側の結界の中です。研究所の人たちは、このさらに内側の結界にいますよ」
「ん? でも、だとしたら、ひなこは内側の結界の中に入れるってことだよな?」
「はい。通常は」
「通常は?」
「ひなこちゃん、これを持ってる?」
そう言って、門番がポケットから取り出したのは一枚のカード。それを、ひなこへ見せた。
「あっ! それ、研究所から逃げてるときに、落としちゃったやつだよ」
「これを持っていなければ、研究所の人でも、内側の結界へ入ることはできません」
「んじゃ、それをひなこが使えばいいんじゃないのか?」
「このカードは自分の物でしか反応しないようになっています。ですから、これをひなこちゃんが使っても意味ありませんよ」
「ま、そうだよな」
しかし、人が誰もいないのは、そういう仕組みだったのか。それならばすべて納得がいく。
「私からも一つ聞いておきたいのですが、いいですか?」
「おう」
「先ほどの戦いで、ひなこちゃんが少し話していましたが、研究所は何を企んでいるのですか?」
「ああ。それはな、『世界美少女化計画』といって」
「ひなこちゃん。研究所は何を企んでいるの?」
「おい!俺が説明してんだろッ!」
「突然意味のわからないことを言い出す人の話は聞きたくありません」
「仕方ねぇだろ!そんな名前なんだから」
文句があるならば、こんな名前をつけた研究所の人間に言ってほしいものだ。
「門番さん。たしかに、優也くんは、いきなり人の服を脱がしはじめる変態さんだけど、いまの話はほんとだよ」
「おいコラひなこ」
「あいたっ!」
軽くひなこの頭を殴ってやる。
「服を脱がせたって……、もしかして私ーー⁉︎」
「…………」
何も答えられないのが、優也にとって心苦しかった。
「…………話を戻すが」
蔑んだ門番の目に、優也の心は崩壊寸前になりながらも、話の路線を元へと戻す。
「さっきも言ったが、研究所が企んでんのは『世界美少女化計画』つって、世界中を『美少女』で埋め尽くそうって計画らしい」
「世界中を『美少女』で……。そんなことに、何の意味が……」
「その様子だと、この計画のことを門番も知らなかったみたいだな」
「残念ながら、知りませんでした」
計画のことを彼女から何か聞ければと、少し期待をしていたのだが。
「今まで私がそんなことに手を貸していたと思えば、なんとも憤りを感じるものですね」
「やっぱ、『美少女』だと、研究所を不審に思わないものなのか?」
「そうですね。『結晶』がある限り『美少女』の意思は操られているようなものですから」
「でも、それだと、ひなこはどうなんだ? 思いっきり裏切ってるが……」
「その理由は私は知りません。ですが、研究所の人たちは、ある程度の予想はできている様子でしたよ」
「そうか」
つまるところ、これから先襲いかかってくるすべての『美少女』に対して、説得は通用しないということか。
「わたしからも一ついい?」
「なに?」
「どこも痛くない? 優也くんは大丈夫だっていってたけど、『結晶』が壊れたから……」
「大丈夫。どこもおかしいところはないと思うよ」
「そっか。ならよかったよ」
大層安心した様子で、安堵の息をもらすひなこ。
『美少女』にとって『結晶』は心臓と同じくらい重要なものだ。それが破壊されれば、普通はなにかしらの反動が起こるはず。しかし、自分の体に異変がないのは確かである。
「そういや、門番って名前なんていうんだ?」
「え?」
「どういう意味ですか?」
ふと思った優也の疑問に、ひなこと門番は二人して、優也の方を見やる。
「いや。門番って、この研究所を守るやつのことだろ? 今は関係なくなったんだし。名前で呼んだ方がいいだろ」
「そういうことでしたか」
少し、門番が笑った。
「私の名前は、門番遥ですよ」
そして、笑顔で名乗った。




