19話 2年越しの決意
物陰に隠れながら、優也は首を伸ばして向こう側を見やる。
透明度が高すぎて、無いのかと疑ってしまうほど綺麗なガラスの向こうで、右から左へ二体のゴーレムが歩いてゆく。もちろん、彼らが探すは優也である。
「くそっ。どこもかしこもゴーレムばっかじゃねぇか…………」
現在、優也がいるのは、廊下との壁が一枚のガラスでできた部屋の中だ。
ひなこのおかげで居住区から逃げ出すことができた優也は、彼女を一人で残してきたことへの後悔で足取りが重くなりながらも、少しずつ研究所の外を目指していた。だがその道中、門番が生み出したゴーレムと遭遇してしまい、止むを得ず引き返して逃げまどった結果、今に至るのである。
どうやら、ゴーレムは複数体作られており、研究所のあちらこちらに配置されていたらしい。
「しかし、これじゃ、もとの入り口から出るなんて不可能だぞ……」
追ってくるゴーレムから逃げるのに必死で、ここまでの道のりを覚えているはずがない。
ひなこは、この研究所には、いくつか出入り口があると言っていたが……。
「ゴーレムに見つからず、そのドアを見っけろってか……」
それこそ不可能といっても過言でない。
「どっかに地図とか書かれてねぇのかな?」
こんなところで立ち止まっているわけにもいかないだろう、と。お先真っ暗な現実に、すっかり重くなってしまった腰を上げる。
そして、警戒しながら、部屋を出た。
さっき、ゴーレムは部屋を背にして右側から左側へと歩いて行った。優也が来たのは左側からだが、ここで左に向かうのは自殺行為に等しいだろう。
辺りを気にしながら、優也は少しでもゴーレムのいない確率が高いであろう右側へと歩き出す。
道なりに、ゴーレムに出会わないよう祈りながら、優也は進んで行くと、通路の突き当たりに一枚のドアがあることを発見する。ここまで曲がり角は一個もなかったし、一体ともゴーレムには遭遇しなかった。
通路の突き当たりにドアがあるなら、それは出入り口のドアだ。
(最後の最後で、運が味方してくれたみたいだな)
しかし、一つ気がかりなことがある。もちろん、それは、一人残して来たひなこのことだ。
今、彼女は、彼女の目的のために『美少女』と戦っている。人造人間やゴーレムを瞬殺できるほど彼女は強い。
しかし、『美少女』相手となると話は別だ。
優也は考える。ひなこの目的は『美少女』を救うこと。その結果、研究所のふざけた計画を阻止できるのだ。あくまでも、『世界美少女化計画』を破綻させるために『美少女』を助けるのではない。
そして、ひなこは優しい心の持ち主だ。それは、まだ彼女と知り合って間もない優也にすら分かってしまうほどに。
ならば、そんな心の持つひなこが、自身が救いたいと願う『美少女』を相手にすればどうなるのか?
「………………」
答えは、誰にでもわかることだろう。
だったら、ここで優也が帰ればどうなるのかも、誰でもわかること。
(でも、俺が行ったってなにも…………)
相手は異能力という魔法みたいな力を使ってくる超人だ。そんな者同士が戦っている戦場に、普通の人である優也が駆けつけたところで、ひなこの足手まといになることは間違いない。居住区から逃がしてもらった時、その点を考えて、ひなこを一人にした。
今更戻ったところで、戦況はもっと悪くなるだけだ。
「………………」
心に渦巻く不安を拭い去るように、優也は頭を左右に振って、ドアノブをひねった。
研究所の中は誰もいないが蛍光灯がついていて、それでも、外の明かりには敵わず、開いたドアの隙間から光が射し込んでーーーー
「………………ん?」
ーーこなかった。
むしろ、廊下よりか少し暗く感じられる。
外が路地だからだろうか?
ーーいや。
「ここは……?」
ドアを開けきって、優也は、そこがまだ研究所の中であることを知る。
どうやら部屋のよう。しかし、今までの部屋と違い、四方の壁は白い板でできている。それに、研究機材なども置かれていない。部屋にあるのは、漆塗りされた事務机と革のソファ、それから部屋の壁に置かれた棚に、たくさんのファイルと書類だ。
研究室というよりは、どちらかといえば事務室のような印象である。
見たところ、これ以上先に進める道はなさそうだ。引き返すにも、うしろはゴーレムが歩いていった方向。どこで鉢合わせするかわからない。
「しゃあねぇ、とりあえずはここに隠れとくか」
どれくらいでひなこと門番の戦いに決着がつくか不明だが、しばらく身を潜めたら、確認しに行くとしよう。それまでは、あのゴーレムに見つからないよう静かにしていることだ。
「どこに隠れたもんかな…………」
部屋にあるのは机とソファ、それから書類が保管された棚だけである。
「机の下とか、かな」
幸いにも、この事務机は、入り口から足元が見えるタイプではない。回り込まれない限り気付かれることはないだろう。
隠れ場所を机の下に決定した優也は、その近くへと移動する。
「…………これは?」
と。机の横にたどり着いたところで、机の上に置かれていた数枚の書類が目に入った。
優也は、それを手に取る。
「なんだこれ」
とりあえず文字がズラズラと書かれている。見出しに、『石裂き』の能力を持つ者について、と書かれているあたり、何かの報告書なのだろう。
「………………」
とくに何か気になったことがあるからとか、そういうわけでは一切なく、ただ気が付けば、優也は書類に目を通していた。
まず、タイトルの下に書かれていたのは、『石裂き』という能力についてだ。
「『石裂き』とは、この世で唯一、『結晶』を破壊することのできる能力のことである」
こう続けられている。
『美少女』の一人、紫雲れんげが有する異能力『石拾い』とは違い、『石裂き』は『美少女』に悪影響なく『結晶』を破壊することができる。
この能力は『美少女』が持つ異能力と違い、『生力』を必要としない。
『石裂き』のメカニズムについて、チャーに確認したところ、実際に調べてみない限りは不明な点が多いが、チャーの見解によれば、『石裂き』は『生力』を操ることができる能力である、とのことだった。
チャーが予測する『石裂き』のメカニズムは以下の通りである。
まず、能力者が『結晶』に触れることが必須条件となる。
それにより、『美少女』と『結晶』を繋ぐバイパスである『生幹』に流れる『生力』が一時的に逆方向となり、正と負の『生力』がぶつかり合うことにより『生幹』及び『結晶』が破壊される。
しかしこれでは、『石拾い』と同じく、『美少女』に反動を与えてしまうため、『石裂き』はさらに、壊れた『生幹』を『生力』により修復していると思われる。
またチャーによると、この『石裂き』の能力を利用すれば、『世界美少女化計画』の進行にも役立てるとのことだった。
「…………なんか、ようわからんな」
とりあえず、書類の初めを読んでみたが、何が書いてあるのかさっぱりだ。
「とりあえずは、普通壊せない『結晶』を壊せる能力が、この世には二つだけあるってことか」
となると、これらの能力を活かせば、ひなこの目的を果たすことができるかもしれない。
「つっても、この力持ったやつが近くにいる確率なんて、どんだけ低いんだか……」
希望が見えた矢先、それは軽々と現実の厳しさに打ち砕かれてしまう。
「……てか、この書類、まだまだ書かれてんだな」
枚数を数えたところ、A4の紙が五枚、ホチキスで留められている。
「この二人がどこにいるとか書いてないのか?」
一方の、『石拾い』という異能力を持つ紫雲れんげという人物が『美少女』であることは判明している。
とはいっても、その『美少女』が、今もこの研究所にいるのか、はたまたすでにレンタルされているのか、分からないことだらけであるが。
「…………これは?」
斜め読みで文章を読み進めていく優也は、ある段落で目をとめた。
そこには、『石裂き』という能力を持つ人物について記されていた。
「『石裂き』の能力を持つ可能性がある人物を、ここでは通称Iと呼ぶ」
そんな前置きから始まった文章は、こう続く。
Iが『石裂き』の能力を保有するか確認するため、研究所はIとの接触を試みる。
様々な試験を行い、Iが能力の保有者である判断した場合、『世界美少女化計画』の遂行のため、Iに『美少女』のことを知らせることとする。
また、本試験の際、Iに接触する人物として、笹木竜という少年を利用する。
「ーー笹木竜⁉︎」
思いもよらない名前が飛び出してきて、優也は思わず声をあげた。
「なんで、あいつの名前が……」
しかし、ここに書かれているということは、つまりはそういうことで。
「じゃあ、『石裂き』の能力を持つ人物Iってのは……」
笹木竜と接点があり、彼から『美少女』について聞いた人物。
つまり……
「俺……なのか?」
そんな自覚は当然ない。
こんな何の前触れもなく、突然、『結晶』を壊せる能力を持っているなど告げられても、信じられないのが現状だ。
しかし、ここに書いてあることが全て事実なのだとすれば、
「ひなこを助けられる……」
ずっとそうしたいと望んでいた、彼女の力になれるのだ。
「………………」
しかし優也は迷う。
これは本当に正しき選択なのかと。間違ってはいないのだろうか、と。
そんな時、ふと、ひなこのセリフが脳裏に浮かんだ。
『自分自身のためじゃ人助けしちゃいけないの? 助けたいから助ける、それじゃダメなのかな?』
「…………」
自分の本心は、きっと彼女を助けたいのだろう。それは彼女に助けられたから恩返しとかではなく、ただ純粋に彼女の力になりたい。
それは確かに、今、優也が想っている気持ちだ。
「今度は間違えねぇ、ーー絶対に」
そう、固く、心に誓った。