18話 門番
突如後ろから聞こえてきた声に、慌てて振り返る優也とひなこ。さっき優也たちが歩きてきた廊下に立ってこちらを見ているのは、薄い茶色がかった髪を肩で切りそろえた、見た目小中学年ほどの少女だった。
「『美少女』か?」
「うん。このゴーレムを作り出した子。さっき話した門番さん」
「あの子が、この研究所を守ってるっていう門番か」
見た感じ、ひ弱で、おとなしそうな少女なのだが。あの子が、これだけ大きな施設一つを外敵から守っているというのだから、見た目であなどることなどできない。
「おいマジか……。どうすんだよ……」
想像していた中でも、この状況は最悪の展開である。ここまで何事もなく進んでいたというのに。よりにもよって、最後の帰り道に登場しなくても。
心の中で、無駄に嘆く優也とは反対に、落ち着いた様子で、ひなこは優也の前へ出る。
「戦うしかないよ。こんなところで捕まるわけにはいかないもん」
腰を低く、ひなこの手には、七星と名付けられた煌びやかに光り輝く彼女の愛刀が握られる。
「ちょ、待てよ。あいつも異能力を使えるってことは、誰かと契約してんのか?」
「門番さんは、レンタル対象外の『美少女』だから契約者はいないよ。たぶん、『原石』を使ってるんだと思う」
「げんせき?」
「わたしたち『美少女』についてる『結晶』に加工される前の石のこと。『生力』を貯めておくことができるの」
『生力』といえば、『美少女』が異能力を使うために必要となる、契約者から得るエネルギーのことだ。
「んじゃ、その『原石』とやらを壊せばいいんじゃないか」
「壊せない『結晶』と同じ石だから壊せないはずだよ」
言われれば、その通りである。
「じゃあどうすりゃ…………」
前方には『美少女』、後方にはゴーレム。この状況で、逃げるという選択肢はなさそうだ。
一見すれば、二対二で釣り合っているようにも思えるが、優也はただの人間、対する相手は、一方は人外、もう一方は人間を超えた力を有する存在だ。優也が身につけている戦闘力じゃ足元にも及ばない。この戦い、実質、ひなこ対門番、ゴーレムによる一対二と同じである。
こうなれば、平和的解決にかけてみるしかない。
「なあ、門番よ。見逃してはくれねぇか?」
「私も、できることなら戦いたくはありませんが、これも研究所からの命令ですから。ひなこちゃん、石崎優也さん、おとなしく捕まってくれませんか?」
優也の試みも虚しく、門番を説得できる様子はみじんもなかった。
というか、研究所は優也すらも捕まえる気でいるらしい。ひなこと契約を交わしたからだろうか。
「わたしが、あそこのゴーレムをたおすから、そのすきに、優也くんは逃げて」
門番に聞こえないように、こちらは向かず、ひなこは小さな声で優也に話しかけた。それに答える優也も、もちろん彼女と同じように話す。
「待てよ。それじゃあ、ひなこはどうすんだよ?」
「わたし? わたしはもちろん、門番さんをどうにかするよ」
「どうにかって。具体的には?」
「まだわかんない。でも、どうにかする。それが、わたしの目的だから」
それだけ言うと、ひなこは優也の返事なんて聞かずに、踵を返して地を蹴った。
「ちょ……!」
優也にひなこを呼び止めることなんてできず、彼女は常人にはあり得ない速度でゴーレムとの距離を詰めると、目の前で跳躍。
「はあッ!」
ゴーレムの頭上から、刀を一振り。
ギンッ! と、甲高い音が鳴り響き、ひなこの刀は頭を守ったゴーレムとの両腕に防がれてしまう。
しかし構わず、ひなこは次の一手。
「てやッ‼︎」
空中で器用に体をひねって、ゴーレムのわき腹に蹴りを食い込ませた。その勢いのまま、真横に飛ばされるゴーレムは、廊下の壁を突き破り、砂埃の中へと消えてゆく。
「今だよ優也くん!」
「あ……、ああ!」
本当に情けない話である。こんな危険なことなのに、女の子に後を任せて、男の自分が真っ先に逃げるなんて。
「無事に帰って来いよ、ひなこ」
「もちろんだよ!」
優也にできることといえば、このくらいしかなかった。