150話 剣 VS ものさし
「まさか結界⁉︎」
「そのまさかみたいね」
予期せぬ事態に焦る優也の隣に現れるのは、後ろの席に座っていたカメリアだ。
「…………」
「な、なに?」
彼女の顔を見つめたまま無言になる優也に、なぜか頬を赤らめてカメリアは問う。
「いや……、なんでカメリアがここにいるのかって……」
「どういうこと?」
「ほら、カメリアって、もう『美少女』じゃねえじゃんか。だからって、誰かの契約者ってわけでもないし。なんで結界の中にいんのかなって」
「ああ、そういうこと。それは、あたしが元『美少女』だからでしょ」
「ほう、なるほど」
単純明快。
結界は、元『美少女』も存在することができるらしい。
「そんなことより、この結界を張った本人がお出ましよ」
「転入生か?」
「でしょうね」
さっき開け放たれた教室のドアをくぐって入ってくるのは、一人の少女。黒い髪を肩まで伸ばし、前髪の一部分を赤く染めている。
「誰、なんだ……?」
そしてなんのために結界を展開したのか。いや、その答えは簡単か。なんせ、結界の展開条件が、敵意を持った『美少女』がいることなのだから。
「はぁ……。やっぱアンタなのね……」
なぜかため息混じりに呆れた様子のカメリア。
「知り合いか?」
「凌霄葉蓮。[国華団]という組織のリーダーよ」
「[黄昏の彼方]と同じ?」
「実に心外だ。あんな野蛮な組織と一緒にしないで欲しい」
カメリアに問いかけたつもりが、返答したのは凌霄葉蓮と呼ばれた少女だった。
「そうね。あの組織から比べれば、今の、あんたたちは穏やかだものね」
「あの行いが、この国の為にならないと気付いたからな」
「それを気付かせたのはあたしだけどね」
「貴様の手など借りた記憶はない」
「はいはい」
いつものやりとりなのだろうか。カメリアは、我が子をあしらうように返事をしてみせた。
「悪い『美少女』じゃないのか……?」
「ま、ユウヤに害はないわ。そもそも反研究所組織の彼女が、研究所からの差し金とも思えないし。それに彼女の要件ならおおよそ分かってるから」
そう言うと、カメリアは彼女に近づいて行く。
「久しぶりね、凌霄葉蓮」
「久方振りだな、カメリア・フルウ」
互いに挨拶を交え、そこに向き合う。
それにしても、その、なんだか厨二病が抜けきらない様な口調はなんなのだろうか。優也はそこが気になって気になって仕方なかった。
「で、今日はなんの用?」
「言わずもがな」
「そうね」
二人の間にはその受け答えで十分。
カメリアは、黒板下に吊るされていた一メートルものさしを手に取ると、それを凌霄葉蓮へ向けた。
「ちょ、カメリア」
これからなにが行われるのか予測できた優也は慌てて彼女のもとへと歩み寄る。
「戦う気か?」
「もちろんよ。彼女の、あたしへの要件はそれだもの」
「邪魔をするな、人間」
お前も人間だろ。
そう言ってやりたかったが、それをグッと押し堪えた。だって喧嘩売りたくなかったもん!
「戦わずに済む方法とかないのかよ」
「ないわよ。あの子、あたしに勝つことしか頭にないから。それに、」
カメリアは手に持っていたものさしを構え、
「心配せずとも大丈夫よ」
余計心配になるわ!
そんな優也の心中をよそに、カメリアの向かい側にいた凌霄葉蓮が動き出す。
彼女は右手を前に突き出し、
「覇ッ‼︎」
その手のひらに幾何学模様を作り出した。
「なにを……」
そのまま模様をくぐり抜ける凌霄葉蓮。その前後で、驚くことに彼女の服装が、この学校指定の制服から、羽織るマントに菊の花があしらわれた黒を基調とした服へと変わっていた。
まるでマジックショーの早着替えを見せられた気分。
「どうやったんだ……」
「『創器』に似たものよ。彼女が『生力』で作り出したの」
その作り出されたマントの中から、一本の剣を取り出す。そして、凌霄葉蓮はそれを構えた。
剣vsものさし。
「カメリア、あれでも勝てるっていうのか?」
「勝てるわよ」
どれだけ自信があるのか。
けれども、カメリアの顔を見て嘘をついていたり、見栄を張っている様子はない。
本当にカメリアには凌霄葉蓮に勝てる自信があるのだ。
(……ん? となると……)
必然的に浮かび上がる疑問。そして事実。
優也も彼女を信じる事にして、その場から静かに離れた。
「どっからでもかかってきなさい」
「今日こそは——勝つッ‼︎」
地を蹴り、凌霄葉蓮は一瞬でカメリアとの距離を詰める。
その勢いのまま振り下ろされる剣。対するカメリアの手に握られているのは木製のものさしだ。あれで防げば、両断されること間違いない。
「もらったぁ‼︎」
凌霄葉蓮の口元に、勝利の笑みが浮かんだ。
「足元、ガラ空きよ」
「だあっ⁉︎」
見事な足払いで、凌霄葉蓮を倒すカメリア。
あまりにも呆気ない形勢逆転勝ち。もはやさっきの戦いに形勢すらあったのだろうか。
カメリアは、床にひれ伏す凌霄葉蓮の後頭部を、ものさしで軽く叩く。
「あたっ⁉︎」
「いいから早く結界を解きなさい」
「ぅー…………」
目尻に涙を浮かべ、悔しさに表情を歪めている。
「次は絶対勝つからなあ——っ!」
そう捨て去ると、教室から逃げ出す凌霄葉蓮。
「はあ…………。そろそろ結界が解けるから、ユウヤも席に戻ったほうがいいわ。でないと、みんなに怪しまれるでしょ」
「だな。けど、あいつが……」
現実の世界では転入生紹介という場面であるのに、肝心の転入生、凌霄葉蓮はどこかへ行ってしまった。
「ほっときなさい。自分からどっかに行ったんだから」
カメリアはものさしを元の位置に戻すと、自分の席へと移動を始める。
それに続いて、優也も席に座った。
「にしても、凌霄葉蓮ってあまり強くないんだな」
あまりのカメリアの自信で、予想はできていたが。
「あの風貌からして、相当強いやつなのかと思ったぜ」
「昔はあんなことなかったのよ」
「そうなのか?」
「ええ。むしろ、あんなになまってたら、他の組織との争いで負けないか心配になるレベルね」
「組織同士で争いとかもあるんだな」
「もちろん。反研究所組織は、それぞれ自分たちの信じる未来というものがあるから、相容れない者たちは、同じ反研究所組織でも争うのよ」
「あいつも[国華団]とかいう組織のリーダーなんだっけか」
「あたしが新鋭隊のリーダーになって、初任務で関わったのがあの組織なの。あの時は[黄昏の彼方]と並ぶほど過激派組織だったけど、あたしが更生させてからは、活動を見なくなったわね。まあ、彼女は会うごとにあたしに戦いを挑んでくるようになったけど」
まるで手の焼ける部下ができたみたい。
そう言わんばかりに、カメリアの表情は和やかであった。
「ちなみに、今まで何回カメリアが勝ってんだ?」
「全勝よ。さっきので、163戦163勝」
「163て……」
もう諦めればいいのに。むしろそうとしか感じられないほどの負け数。
「凌霄葉蓮さんです!」
突然聞こえてきたそんな声に驚きながらも、優也は結界が解けたのだと実感する。
「…………って、あれ?」
ここにいる優也とカメリア以外の人は、何が起こっていたのか知る由もない。
いつまでも入ってこない転入生に、担任は戸惑いを隠せないといった様子だった。