147話 彼だけが本当の理由を知らない
晩ご飯を食べ終わった優也は、キッチンにて二人分の食器を洗っていた。もう一人は、もちろん、この家で共に暮らしている明元ひなこの分。
そんな彼女は、スマホを片手に、リビングのソファーに座っている。
「なにしてんだ、ひなこ」
「カメリアちゃんからメッセージ来てたから、返事してるの」
「カメリアから?」
手についていた石鹸を洗い流して、優也はそばに置いてあった彼のスマホに手を伸ばす。
「あ、優也くん大丈夫だよ。わたしあてに来てたメッセージだから」
「ひなこ宛に? なんて?」
ちっ、ちっ、ちっ、と。
ひなこは、人差し指を立てて、音に合わせて横に振る。
「それは教えられないよ。カメリアちゃんのぷらいべーとに関わることだからね」
「なんじゃそりゃ」
どっかに出かけているのだろうか。
あと、プライベートという単語が言えていたのか怪しかったのは気のせいか。
それにしても、ひなこに教えられて、優也には言えないこととはなんだろう。
……まあ、教えてもらえないというのならば、それでいいけど。
再び洗い物を始める優也。
それから少しして、ひなこが話しかけてきた。
「そういえば、珠音ちゃんって、料理上手なんだね。わたしも一度食べてみたいな!」
「…………」
珠音とひなこが初めて会ったのは、ひなことステラに出かけていた時だったか。あの時は珠音にひなこの存在が気付かれないよう必死だったからよく覚えている。
あの直後、ひなこが、買った服などを無くしたと騒ぎ出し、大変だったものだ。結局、謎の男と少女が拾ってくれていたから良かったが。あの二人は今思い返しても不気味だった。
そんなことは置いておいて。珠音とひなこが会った時、珠音のことをひなこに紹介しそこねている。二回目会った時だってそうだ。
「確かに絶品だが、ひなこがなんでそれを?」
「さあ……、なんでかな?」
どういうわけか、その答えをはぐらかしたひなこは、再びスマホを触りはじめる。
その表情は、どこか微笑ましそうにしていた。
「あ、そういえばな、ひなこ。今日、学校にカメリアが入学して来てな」
「みたいだね」
「……もしかしてカメリアからのメッセージってそのことか?」
「んー、そんな感じかな?」
なぜ疑問形なのか。そして、それのどこがカメリアのプライベートに関わるのか。
「でも、カメリアちゃんも大胆だね」
「そうだな。今までみたいに偵察も危険かもしれんが、今度は隠れてない分狙われる可能性だって高くなるからな」
「それもそうだけど、わたしの言う大胆っていうのは、また別の理由だよ?」
「別の理由?」
それ以外に大胆なことなどあるだろうか。
しばらく優也が首を傾げていると、耐えかねたようにひなこが指を立てて話し出した。
「ほら、考えてみてよ。優也くんを見張るっていうなら、学校に通うまではしなくていいんじゃないかな? 前にわたしたちを監視していたときみたいに近くにいたらいいと思わない?」
「まあ確かに。学校に通うってなりゃ、カメリアの行動できる範囲も限られてくるしな」
「でしょ?」
「そんじゃ、なんでわざわざカメリアは入学して来たんだ?」
そこまで考えが回らなかったとか?
……彼女に限ってそれはないか。
「それは優也くんが考えないと」
「考えてもわからんよ。ってか、そういうひなこはわかってんのか?」
「もちろんだよ」
「なら教えてくれよ」
「だーめ。それはカメリアちゃんのためにも、優也くんのためにもならないもん」
「どういう意味だよ」
むしろその発言が更に謎を深めていくんだが。
「それで? 優也くんは? カメリアちゃんが入学してくれて、どうおもってるの?」
どうって……。
「正直嬉しいよ。研究所の動向を探るためっつっても、これから仲良くできたらなと思ってる」
「そっか。それを本人に言ってあげたら、カメリアちゃんも喜ぶと思うんだけどな」
「そうか?」
「そうだよ」
彼女ならば、「うっさい!」とか言って物投げてきそうだけど。
そんなカメリアの様子が鮮明に想像できる優也の横で、ひなこは笑顔で再びスマホに視線を落とした。